関係。
ミスコン襲撃事件から数日が経った。
結局、あれから聖女やメディネ教の関係者が俺を訪ねてくるようなことも無かった。
もしかしたら聖女は人前で俺と話をしたくなかっただけで、後日訪ねてきたりするかもしれないとも思ったんだが。
あのクランクハイトタートル事件の時のエリアヒールは、街の人々に神の奇跡、なんて言われていた。
だから、その噂を守るためにあの観客ひしめくミスコン会場で俺と話すわけにはいかなかったのかもしれない。
後になってそんな考えもでてきたんだけれど、これも外れたようだ。
接触はせずとも行動を監視している、という可能性もあったが、誰かがもし俺を見張ったり尾行したりしていればまずユエルが気づくはず。
それとなくユエルに聞いてみても、そういう気配は感じないそうだ。
どうやら、本当にあの「見つけた」というのは俺の勘違いだったらしい。
というわけで、平穏である。
「ご主人様、タオルをどうぞ」
「あぁ、ありがとうユエル」
ルルカにキスされた件でユエルのメンタルがどうなるか、というのも不安だったが、それも特に問題は無かった。
まぁ多少の影響は無いでもなかったが、以前ルルカの胸を揉んだ時のように大泣きしたりはしていない。
影響というのも、最近いつも、寝返りを打つだけでユエルの唇が頬に当たるような位置でユエルが寝るようになって危険だとか。
ふと気づくと、ユエルが触れてしまいそうなぐらい近い距離で俺の頬をじっと見ていることがあって危険だとか。
あとは、ついさっきまでのように、一緒に風呂に入っているといつも以上にユエルから強い視線を感じて危険だとか。
せいぜいその程度である。
ユエルに酷く落ち込まれたり悲しまれたりしたら対処に困ったところだが、これぐらいなら大丈夫だ。
ユエルの行動は元からこんな感じだったような気もするし。
まぁ今回は、あくまで俺はルルカにキス「された」だけであって、俺が何かを「した」というわけではない。
おそらく、ユエル的にはギリギリセーフだったんだろう。
立ち直りは意外と早かった。
案外、ルルカのこともそこまで気にしてはいないのかもしれない。
というわけで、とても平穏である。
ユエルからタオルを受け取り、体を拭いて、着替える。
そしてそのまま風呂場を出る……が、
ふと脱衣所で、ユエルが着替えを中断して、首をぐるぐると動かしているのが目に入った。
地面にペタンと座ったり、壁によりかかってみたりしながら、なにやら首を動かしている。
一体何をやっているんだろう。
ストレッチか何かだろうか。
……そういえば。
ユエルがたまにしていた酒場のウェイトレスのバイトというのは、繁盛店だけあってそこそこ重労働だ。
もしかしたら、働く中で体のどこかを痛めてしまったのかもしれない。
ユエルなら、そういった怪我や疲労は、俺に迷惑がかかるからと隠してしまう可能性がある。
これは無視することはできない。
「ユエル、何やってるんだ?」
「えっと、酒場のウェイトレスさんが胸は吸うと大きくなるって言っていたんですけど、やっぱり私には無理みたいで……お風呂に入って体が柔らかくなれば、もしかしたら自分で吸えるかもしれないと思ったんですが」
無視するべきだったようだ。
「ルルカさんも大きいですし、私も大きくなれば……その……。ウェイトレスさんは、一人でも出来るって言ってたんですけど」
そう言いながら、恥ずかしそうに俯くユエル。
……やっぱり、ルルカのことは気にしてたんですね。
しかし、どうやら本当に見なかったことにすべきだったようだ。
「自分では吸えない」と言っていたユエルが、ハッと何かに気づいたような顔をして俺のことをじっと見つめてくる。
でも、俺にはその視線の意図を察してあげることはできない。
というか一人で出来るそのウェイトレスさん、凄いな。
どれだけ身体がやわらかいんだろう。
いや、ユエルみたいに貧乳ではないということか。
おそらく巨乳なのだ。
……しかも、自分で吸って大きくしているらしい。
ぜひとも紹介してもらいたいが、ユエルがもじもじと指や太ももをこすり合わせるように動かしながら、今にも俺に向けて何かを言おうとしている。
こんなことを考えている場合ではない。
「あ、あの、ご主人さ」
「さ、さぁユエル! 早く着替えるんだ! そ、そうだ、今日はユエルに治癒魔法を教えてやろう! 俺と一緒にいると魔力が上がるみたいだし、そ、そろそろ魔法のひとつくらい使えるようになってるかもしれないしな!」
「もしよければ、吸っ」
「じゃ、じゃあ俺は部屋で待ってるから、早く着替えて来るんだ! いいか、ちゃんと服を着てくるんだぞ!」
ユエルの声をかき消すようにまくし立てた後、逃げるように部屋に向かう。
聞こえていない。
俺には何も聞こえてはいない。
しかし、どうしよう。
やはりユエルはルルカのことを大分気にしているようだ。
あの時は、ルルカ本人がすぐに立ち去ったから、なんとかユエルを宥めることもできた。
でも、次にルルカと会った時、ユエルは一体どういう反応をするだろうか。
あのミスコンの後、次ルルカと会ったらどうしようかなんてそわそわしていたけれど、なんだか今は会いたいような会いたくないような複雑な心境だ。
本音を言えば、ユエルやエリスにバレないように会いたい。
密会したい。
最終的にはエリスもルルカも二人とも好感度を上げてハーレムにしたい。
……そういえば、エリスもだ。
エリスはエリスで、最近よく目が合うようになったかと思えば、なにやら難しい顔をしてすぐに目を逸らされる、ということがやたらと増えた。
エリスにも、あのルルカとのことに思うところがあるらしい。
弁解は一応したが、あまり効果は感じられない。
まぁ、エリスは未婚の男女がキスをするとか、そういうことにはかなり抵抗がありそうな性格だ。
キスは結婚してからするもの、ぐらいの高い貞操観念を持っていても不思議ではない。
ユエルの頭や耳を撫でているだけでも微妙な顔をしたりすることがあるし。
……エリス、ハーレムとか絶対に受け入れなさそうな気がする。
い、いや、でも、貴族や豪商なんかの一部では一夫多妻なハーレムもままあるらしい。
一般的な家庭では一夫一妻が基本のようだし、エリスもルルカもそういう価値観を持っているけれど。
でも、制度的に認められている以上、着実に好感度を上げていけばどうにかしてハーレムに持ち込む術もあるはずだ。
具体的な展望はまだ無いけれど。
――と、そんなことを考えていると。
ちょうどエリスが廊下の向こう側からやってきた。
おそらく、風呂に入るつもりなんだろう。
エリスは俺と目が合うと、ふっと目線を下に逸らして廊下を進んでくる。
「お、おうエリス。これから風呂か?」
「……ええ」
「あ、あー……そうだ、脱衣所にユエルがいると思うから、もしまだ服を着てなかったら着るように言ってくれないか?」
「……ええ。言っておくわ」
俺が声をかけると、俯きがちにそっけない返事をするエリス。
最近、ずっとこんな調子だ。
やはり、あの件で好感度が下がってしまった感は否めない。
ルルカとは進展したけれど、エリスの方は一歩下がったような気がする。
いや、好感度が下がったというか…………ただ落ち込んで、考え事をしているだけのように見えなくもないけれど。
でも、エリスの性格ならあの一件で俺への好感度は下がっていると考えるのが自然だろう。
そんなことを考えながらエリスを見ていると。
これから風呂に入るというエリスの肢体をじっと見ていると。
唐突に、エリスが顔を上げた。
「あ……」
そして、一瞬俺の目を見ると、すぐにまた目を伏せた。
どうしたんだろうか。
何かを言おうとしたようにも見えたけれど、胸をガン見していた俺の視線に気づいただけという気もする。
「ご主人様、着替えてきました!」
おっと、早いですねユエルさん。
声とともに、ユエルが脱衣所から駆けてくる。
エリスのことは気になるが、今のユエルに自由に喋らせるのは非常によろしくない。
出来るだけ俺が会話を主導し、胸のことに話題が向かわないようにしなければ。
「あ、あぁ! 治癒魔法だな、治癒魔法。任せろ、俺が教えればすぐに治癒魔法も使えるようになる!」
「はい、ご主人様が怪我をした時に治せるよう、私頑張りますね!」
俺は自分で治せるから良いんだが。
しかし、ユエルはやる気に満ちている。
これなら危険なことを口走ることもないだろう。
ホッと安心したところで、ユエルが不意にエリスに視線を向けた。
「エリスさん、どうしたんですか?」
見てみると、エリスはさっきの位置から動いていない。
風呂に入ると言っていたのに、ぼーっと俺とユエルを眺めている。
そして俺が見ていることに気づくと、エリスは焦ったように視線を逸らし、
「な、なんでもないわ、ユエルちゃん。それじゃあ、お風呂に入ってくるわね」
すぐに脱衣所に入って行った。
……やはり、エリスの様子は少しおかしい気がする。
ここはアリアあたりに、助言を頼むべきだろうか。
いや、でも、今アリアと顔を合わせたら、まず真っ先にルルカのことを問い詰められる気がする。
あの事件の後、アリアは魔物の死骸の片付けや、観客の誘導なんかで俺と話す時間はほとんど無かった。
会えば浮気だなんだと詰め寄られるのは間違いない。
というかあの姉思いなアリアに、最終的にはエリスも含めたハーレム目指してますなんて言えば、下手をすれば叩き斬られそう。
それにそもそも、アリアは騎士団の仕事が忙しいのか、あれから一度も治療院に顔を出していないし、会うこと自体がまず出来なさそうだ。
まぁ、街中であんな魔物の襲撃事件なんてあれば忙しくても仕方ないのかもしれないが。
「ご主人様?」
一向に部屋に向かわない俺に疑問を感じたのか、おずおずとユエルが顔を覗き込んでくる。
まぁ、考えても良い解決策は出てこない。
今はユエルに治癒魔法を教えてやるか。
「いや、なんでもない。それじゃ、治癒魔法の練習でもするか!」
「はい!」
返事をしながら、ユエルの耳がピコピコと上下に揺れる。
耳からだけでもわかる感情の動き。
治癒魔法が学べる、というのが相当嬉しいのかもしれない。
これはヒール程度ではなく、エクスヒールまで教えたくなる。
――が、そんなユエルの耳が、不意にピンッと硬直した。
そして、なぜか俺の服をぎゅっと掴んでくる。
ユエルの表情を確認すると、不安と淋しさが混ざったような顔。
「シキー、いるー!?」
すぐに理由はわかった。
聞き覚えのある、快活な声。
それが、治療院の外から聞こえてきた。
こんな夜更けにいらっしゃい……ルルカさん。
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