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サンドイッチを食べさせる。

 フランの治療をした翌日。

 目が覚めると、目の前にユエルの顔があった。

 シングルサイズのベッドの上で、昨日と同じ様に抱き枕になりながら穏やかな寝息を立てている。

 それにしても人が一人入っているだけで随分と温かい。

 季節は春、まだまだ肌寒いのだ。


 この世界にも四季がある。

 というか暦が地球とほぼ同じだ。

 違いと言えばせいぜい曜日の名前が違ったり月の言い方が違ったり、という程度で基本は同じである。

 今は春の一月。

 春の最初の月という意味で、日本で言えば三月である。

 朝はそこそこ冷える。


 こうしてくっついているとよくわかるが、やっぱりユエルは細い。

 このぐらいの女の子っていうのはもうちょっとぷにっとしているものだと思うんだけれど、肩やら背中やら、骨の感触がやたらと目立つ。

 今日はもっと迷宮の深い層まで行こうかと考えていたが、ユエルにはまだ無理をさせない方がいいかもしれない。

 筋力や瞬発力も万全じゃないだろうし、それが原因でミスをされても困る。

 怪我をするだけなら治療すればいい話だが、魔物を恐れるようになったり自信を失ったりとメンタル的な面で問題が出ると対処が難しい。

 それに今は少しは余裕がある。

 少なくとも明日の宿代はある。

 ゴブリンが楽勝なのはわかっているのだから、ゴブリンあたりを一日乱獲するのもいいかもしれない。


 ユエルの身体の様子を確かめながらそんな事を考えていると、ユエルが起きた。

 顔をほんのり赤くして、少し驚いたような表情で俺の目をじっと見つめている。


 そしてくっと顎を上げると、ゆっくりと目を閉じた。


 違う。

 勘違いなんです。

 身体の肉付きや健康状態を確かめていただけであって劣情を持て余してユエルの身体を弄っていたわけではないんです。

 

 しかしどうしよう。

 今のユエルは所謂キス待ちというやつだろう。

 キスぐらいなら有りだろうか。

 奴隷だし。

 いやアウトか。

 流石にロリコンの誹りを免れない気がする。

 それにここで応じてしまえばユエルの勘違いを正すことができない。

 もしキスからエスカレートでもしたら本格的にやばい。


 そう考えているうちにも状況は刻々と変化している。


 具体的にはユエルが先程の状態のまま、ぷるぷると震えだし顔を真っ赤に染めていた。

 俺が一向に応じないから、自分の勘違いだということに気づいたのかもしれない。


 これは恥ずかしい。

 まさに赤面ものだ。


 しかしこのままで良いのだろうか。

 これが昨日のフランとかいう女ならば指をさしてゲラゲラと大爆笑する所なんだが、相手は純真純粋で可愛らしく愛らしいこのユエルさんである。

 対処を間違えばこのことを引きずって、あの子供らしい笑顔に影が落ちてしまう可能性も否定できない。


 どうするべきか。

 ミッション「ユエルを傷つけずこの場を乗り切れ」発令である。


 まずてっとり早いのはこのままキスをするという手段だ。

 しかしこれは今後の関係性に問題を作る可能性がある。

 エスカレートの危険性だ。


 自分を慕う幼い少女奴隷との退廃的な関係。


 少しゾクリと来るものを感じるが、俺はもう数年はピュアな関係を続けたい。

 幼い少女奴隷を手篭めにするなんてあまりにも外聞が悪すぎる。

 比較的性に寛容そうなルルカですら間違いなくドン引きするだろう。

 それに慕ってくれてるのは事実だけれど、純粋なユエルをそういう目で見ようとすると、なんだか少女を騙して食い物にしているような気分になってくるのだ。

 決してそんなことは無いはずなんだけれど。

 とにかく別の方法を選びたい。


 他には......。


 あぁ駄目だ。

 考えている時間が無い。

 ユエルはもう耳の先まで紅潮し、眦には薄っすらと涙が浮かび始めている。


 「っ......」


 やばい。

 ユエルの羞恥心がやばい。

 もう限界だ。

 すぐにケアしなければ。

 撫でよう。

 とりあえず撫でよう。

 すぐさまユエルの背中を抱き後頭部を撫でる。

 子供をあやすようにリズミカルに、サラサラとした銀髪を軽いタッチで梳いていく。

 撫でつつも思考を回転させる。

 どうすればいい。

 どうすればいいんだ。

 今まで他人の失敗は煽ってばかりだったせいか、女の子を慰めるという経験が足りない。

 こんな状況でも「ぐへへ、ベッドの上で慰めてやるよお嬢ちゃん。」なんて下衆な言葉しか頭に浮かばない。

 駄目だ。

 こういうのは根本的に向いてない。


 「あー、えっと、そういうのはもうちょっと大きくなったらな? 今は沢山食べて沢山寝て、ほどほどに働くだけでいいんだ」


 対子供用汎用兵器、「大きくなったらね」だ。


 前にも使った気がするが、俺の慰めスキルなんてこんなものしかない。

 というかそもそも慰めになってすらない。

 それにどうせなら子供は沢山食べて沢山寝るだけで良い。と言ってあげたかったがそれだと俺は生活できない。

 金が無いというのは優しさに制限をつけるものなのだ。

 

 「あの、やっぱり私には魅力が無いのでしょうか」


 落ち込んだ表情をしたユエルを見て「そんなことないよ。」と言ってしまいたい気持ちを必死に抑える。

 行動を伴わない言葉は薄っぺらい。

 行動を伴うわけにもいかないし。


 「まだまだ子供だからな。でも何年かしたらきっと魅力的な女の子になるよ。保証する」


 「魅力的な女の子に......。はい、私頑張りますね!」


 パッと表情を輝かせるユエル。


 ちょろい。

 ちょろいよユエルさん。

 なんかちょっと前向きな感じで褒めておけば良いみたいな。


 だがミッションコンプリートだ。

 無事にヒモの職務を完遂しきった。





 宿は流石にランクを下げて一泊素泊まり五百ゼニーの所にすることにした。

 風呂付きのところに泊まれなくもないけど、ユエルに服とかも買ってあげないといけないし。


 そのため食事は最初から酒場で取る。

 いつも通っている大衆酒場は味良し、量良し、値段良しで元気なミニスカウェイトレスだって居る。

 それに加えてメニューと人員を変えて二十四時間営業しているという日本の居酒屋も真っ青な経営だ。

 以前はくるくると軽快に注文をとってまわるミニスカート目当てで来ていたが、今の目的はユエルにしっかりとおいしいものを食べさせて肉をつけさせることだ。

 適当に四人分ぐらいの料理を注文し、届けられる端からユエルと一緒にもりもり食べていく。

 ついでにお弁当用にサンドイッチも注文し、アイテムボックスにしまっておく。

 これも四人前。

 エンゲル係数がやばい。




 冒険者ギルドにある迷宮への入口。

 綺麗に整備された石造りの階段を足早に降りていく。

 降りた先には迷宮の一階層。

 ゴツゴツとした固い石の壁はぼんやりと発光し、行く先を照らしている。

 迷宮はまさにローグライクゲームのダンジョンのようだ。

 迷宮には、人一人が剣を振り回せる程度の広さの通路があり、その先には大きな部屋がある。

 その部屋の先にも数本の通路があり、その通路の先はまた部屋があったり行き止まりだったり。

 小部屋と通路を組み合わせた迷路のような造りだ。


 迷いそうではあるが、実際には迷わない。

 階層と階層を繋ぐ最短ルートには一定間隔で杭が打ち込まれ、道標が出来ているからだ。

 冒険者ギルドが定期的に行っている事業ということで、今は五十六層まで杭が打たれているらしい。

 迷宮内部で迷子になるなんてことはこの道標を辿っている限りはまずないだろう。

 普通に探索すれば何時間もかかる階層でも、この正規ルートを進むことで短い時間で次の階層に進むことが出来る。


 ただしこの正規ルートの周辺には魔物が少ない。

 多くの冒険者が頻繁に行き来するルートだからだ。

 だから魔物を沢山狩るには正規の道から脇道に入って探索をする必要がある。

 そして人があまり踏み入らない脇道の奥にこそ宝箱がある可能性が高いとのことだ。


 今日の方針は三階層でゴブリンを狩りながら宝箱探し、これで決まりだ。




 昨日と同じくザックザクとゴブリンを刻むユエルを眺めながら昼食のサンドイッチを摘まむ。

 今度は四体同時だった。

 でもやっぱり無傷。

 ユエルが二匹目のゴブリンを切り倒したところで、俺の方に向かおうとしたゴブリンもいたがそいつもナイフの投擲で倒していた。

 そしてその後残ったゴブリンの眼球に深くナイフを差し込んでとどめ。

 やっぱりえぐい。


 しかし魔物が俺の方にも向かって来るとなると、一度に戦えるのは四体程度が限界なのかもしれない。

 ユエル自身はゴブリンぐらいなら大量に来ても大丈夫かもしれないが、後ろにいる俺はタコ殴りにされそうだ。

 俺は武器を何も持っていない。

 手に持ってるのは昼食のピリ辛サンドイッチぐらいだ。


 ユエルと一緒に戦う、というのは邪魔をしそうだからやらないけれど、自衛の手段ぐらいは持っておくべきか。

 タコ殴りされても有り余る魔力を使って、殴られる度に回復魔法を発動していればそうそう死なないかもしれないが、確かめたくはないしそんな状況に陥るのはそもそも嫌だ。

 一番簡単なのはユエル一人で迷宮に潜らせることなんだが、もしそれでユエルが帰ってこなかったらと考えるとどうしてもできない。

 迷宮に潜らせた後、心配と罪悪感でイライラしながら、宿でそわそわしながら待っている自分が簡単に想像できる。

 一緒に居るうちに愛着がわいてしまったのだ。

 というかあれだけの好意と笑顔を向けられれば愛着がわかない方がおかしい。

 というわけで今後もユエルと迷宮探索をするためには自衛の手段が必要だ。



 ドロップの回収を終えて戻ってきたユエルの頭を軽く撫でてやり、昼食のサンドイッチを食べさせる。

 ユエルは手が少し汚れているため、所謂「あーん」の状態だ。

 もくもくとサンドイッチを齧るユエルを見ていると先ほどまでのゴブリン蹂躙劇が幻だったかのように穏やかな気持ちになれる。


 サンドイッチはレタスのような葉野菜と分厚いハムを挟み、各種香辛料と白っぽくて甘辛いドレッシングをふんだんにかけたものだ。

 右手に掴んだサンドイッチがどんどんとユエルの口に消えていき、二本の指でつまめるサイズまで小さくなる。

 最後の一欠片をユエルの口に入れ、手を引こうとすると、その手をユエルに掴まれた。



 ぬるり、と指に暖かいものが這う感触。


 舐めたのだ。

 ユエルが、俺の指を。


 ユエルは俺の手に垂れた白いドレッシングを、指先からゆっくりと舐める。

 中指、人差し指、そして親指。


 手を引こうとしても、ユエルはガッチリと俺の手首を掴んで離さない。


 そして親指には特にドレッシングが多く垂れている。

 ユエルはその指を――パクリと咥えた。

 舌から、口内の粘膜から、熱いぐらいの熱が伝わってくる。

 俺の親指を、ユエルがねぶるように、まるで味わっているかのように吸う。

 浅い吐息を洩らしながら、舌で、親指全体を舐めとっていく。

 

 「このドレッシング、ピリッとしますね」



 こっちは危うく下半身にビリッとくるところだった。


 いや、ユエルにしてみればご主人様の指が汚れていたから奴隷として掃除しただけなのかもしれない。

 きっと、きっとそうなんだ。

 誤解してはいけない、というか誤解したくない。


 それにしても流石にこれは。


 どうしてこうもユエルは俺を背徳の徒にしようとしてしまうのか。

 理性が危ない。




 なんとか理性を保ちつつ、買取カウンターへ行く。

 本日の稼ぎは三千百ゼニー。

 今日は大体三時過ぎぐらいまで狩りを続けていた。

 しかし宝箱の発見は無し。


 ギルドの買取カウンターで聞いた話では、宝箱は浅い階層よりも深い階層の方が出やすいらしい。

 深い階層の方が冒険者の数が少なく、見つけられにくいからだそうだ。

 宝箱が発見されても一応再配置されるらしいが、それには結構な時間がかかると言われているとのこと。


 もっと深い階層も行きたいけれど、俺が狙われてタコ殴りされるのは嫌だ。

 せめて自衛用の装備を買える金が溜まるまではゴブリン狩りを続けよう。

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