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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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43/89

神官。

 エリスが治癒魔法の実力を向上させたい、というのはわからないでもない。


 クランクハイトタートルの討伐隊についていけなかったこと。

 毒霧に侵されて治療院にやってきた大勢の客を、一人でさばききれなかったこと。


 確かに最近、高い治癒魔法の実力を要求されることがあった。

 しかも、その直後に俺が血まみれ姿で治療院に帰ったことで、エリスを心配させた。

 その上に、この街全体をカバーするような俺の治癒魔法を見せてしまった。

 ……エリスが気にするのも、当然だったのかもしれない。


 しかし、だからといって何年も王都に修行に行くというのはやはりよろしくない。

 なんとかしてエリスを引き止めたいところだが、引き止めるにはエリスの治癒魔法の実力を向上させる必要がある。


 そして、俺がエリスの治癒魔法の実力を向上させるためにできること……。


 それは、俺が持つ、日本で学んだ人体の知識をエリスに教えることだ。


「それじゃあエリス、早速人体の仕組みについて授業しようか」


 つまりは、保健体育の授業だ。

 エリスに手とり足とり、マンツーマンで保健体育の授業である。


 どこまで教えていいんだろうか。

 金髪で巨乳で清楚で真面目なエリスに、いったいどこまで教えていいんだろうか。

 ついさっき、アリアに散々からかわれて、俺のことをきっと少し意識してしまっているだろうエリス。

 そんなエリスに、どういう風に保険体育の授業をすればいいのか。

 色々な考えが、脳裏を過る。


「ご主人様、私、人体の仕組みって教わったことがなくて、楽しみです!」


 いや駄目だ。


 エリスの横には、いつのまにかユエルがニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべて座っている。

 マンツーマンじゃなかった。

 そういえばついさっき、ユエルも帰ってきていたんだった。


 それに、変な方向に行こうとしていた思考が、ユエルの声でちょっと冷静になった。

 今、エリスは治癒魔法のことで悩み、それこそ人生を大きく変えてしまいかねないような選択をしようとしている。

 エリスの表情には、真剣さだけではなく、なんだか憂いや不安も混ざっている。

 エリスが本気で治癒魔法の実力について悩んでいるのがわかる、そんな表情だ。


 さすがにこの状況で煩悩に流されてセクハラしたら、軽蔑どころじゃ済まないだろう。


「人体の仕組みって、あなたが……? 私、これでも一応、教会の座学は修了してるんだけど……」


 それに、エリスはきちんと教会で教育を受けた人間だ。

 真面目にやらなければ、多分、エリスにものを教えることなんてできない。


「まぁ聞いてくれよ。俺の治癒魔法の実力は知ってるだろ? その実力の一端を、今から見せてやるからさ」


「ご主人様、私も聞きたいです!」


 ユエルも見ているし。

 仕方ない。

 ここは、真面目に冷静にエリスに知識を教授する、知的なご主人様を演じるしかないだろう。








「……ごめんなさい、あなたの言っていること、全然理解できないわ」


 結果、駄目でした。


「いきなり細胞とか、血小板がどうとか言われても、全然イメージがわかないし」


 何が駄目かというと、俺とエリスの持っている、前提としての知識の差が駄目でした。


「それに、ただそういうものがあるって言われても……具体的にそれが何をどうして傷を治すのか、きちんとはじめから説明してくれないと、わからなくて……」


 ついでに言うなら、そのギャップを埋める程の確かな知識を俺が持っていないことが駄目でした。


「思うんだけど……多分、あなた自身もよくわかってないんじゃないかしら。私も昔、教会で年下の子に勉強を教えたことがあるからわかるけど、教えるのって、しっかりとした知識が無いと難しいのよ」


 それにそもそも、人体の仕組みなんていう複雑なものを、ちょっと聞き齧った程度の知識で教えようとしたことそのものが駄目でした。


 ……エリスは、日本で教育を受けた俺とは違う、異世界の住人だ。

 そんなエリスに、日本レベルの知識を教えようと思ったら、それこそ一から、教科書を初めからなぞるように、体系的に話をする必要があったのかもしれない。

 それなのに、資料の一つもない。

 日本の参考書にあるような、理解を助けるカラーのイメージ図や顕微鏡写真なんて、この世界にはない。


「それに、教会で教わったことと全然違うから……あなたが言ったことを治癒魔法を使うときにきちんとイメージできるかというと、やっぱり難しいと思うわ」


 これは駄目だ。


 やってみて、初めてわかった。

 人体の知識を他人に教えるなんて、俺には手に余る。

 せめて日本製の参考書の一冊でもあればなんとかなったかもしれないが、そんなものはどうやっても入手できないし。


 あれだけ楽しそうにしていたユエルも、今ではエリスの隣でうつらうつらと船を漕いでしまっている。

 たまにハッと覚醒しては、頭を大きく振って無理矢理意識を覚醒させていた。

 でもそれから数秒もすると、また瞼が落ちてカクッと頭が揺れる。

 多分酒場のバイトで疲れていたのもあるんだろうけれど、あまりにも俺の授業がグダグダ過ぎて、眠くなってしまったのだろう。


 多分、エリスの言う通りだ。

 ぐうの音もでない。


「あっ…………で、でも、凄いことを話そうとしているっていうのは、なんとなくわかったから。ほら、も、もしかしたら、ハイヒールだって使えるようになってるかもしれないし……ハイヒール!」


 エリスは俺を慰めるようにそう言って、ハイヒールを発動させようと集中する。

 が、エリスの発動させようとしたハイヒールは、僅かな緑色の光を発するだけで霧散した。

 やはり、効果は無かったようだ。


 ……人にものを教える事が、こんなにも難しいとは。


 でも、このままではいけない。


 エリスが王都になんて行ってしまったら、俺はこれから一体誰の胸をチラ見して心を癒していけばいいのか。

 ユエルか。

 もっといけない。


 エリスが王都に何年間も修行に行くなんてことを阻止するためには、エリスの悩みを俺が解決する必要がある。

 ついでに、アリアにからかわれて俺のことを意識しているうちに華麗にエリスの悩みを解決し「素敵、抱いて!」な展開に持っていきたい。


 しかし、今回は少し、方法を間違えたかもしれない。

 でも、方法はこれだけじゃない。


「エリス、今回は失敗だったけど、まだ方法はある。絶対にエリスの治癒魔法の実力は向上させる、だから、王都に行くのはもう少しだけ待っていてくれ」


「それは、構わないけど……その……」


 どうやら待ってくれるらしい。

 しかし、なんだか歯切れが悪い。

 何か言いたいことでも――、


「っ……!」


 と、そんな事を考えていると、エリスの隣にいたユエルがブンブンと頭を大きく振った。

 そして目を大きく見開くと、俺の言葉を聞こうと、じっと目を見つめてくる。

 どうやら、まだ授業が終わったことに気づいていないようだ。

 そして、また瞼がゆっくりと落ちていき、頭がカクンと揺れた。

 相当眠そうだ。


 まぁ、そんなユエルのことは置いておくとして。


 治癒魔法の実力に関わる三つの要素、知識、魔力、信仰心。

 知識は駄目だったが、まだ魔力と信仰心の二つが残っている。

 どうにかして、エリスのそれを引き上げることができれば、エリスだって高度な治癒魔法が使えるようになるはずだ。






 翌日。

 ユエルは今日も元気に酒場のアルバイトに出かけていった。


 エリスの方は、昨日俺が教えた内容を理解できないなりに一応まとめてみると言って、治療院にこもっている。


 そして俺はといえば、一人街の露店を物色中。


 街は祭りのおかげもあってか、いつも以上の賑わいを見せている。

 露店の数も、普段と比べて段違いに多い。

 大通りからちょっと外れた路地にすら、露店が出ていたりするぐらいだ。


「おっ、兄ちゃん、それが気になるのかい? それは迷宮から最近発見されたばかりの魔道具でね……」


 そして、ふと見かけた露店で、店番のおっちゃんの説明を聞き流しつつ、鑑定のスキルを発動する。

 いくつかの品に目をつけて、鑑定、鑑定、鑑定。


 ……が、どうやらこの中には、目当ての品はないようだ。


 何を探しているかと言えば、エリスの治癒魔法を向上させるために使える魔道具だ。


 この世界には、迷宮や遺跡から発掘された、様々な魔道具がある。

 その中には、身につけるだけで人の魔力量を増やしたり、乾電池のように魔力を蓄える魔道具だってあるかもしれない。

 魔道具は大抵高価だが、今の俺ならほとんどのものは買うことができる。


 先日、騎士団からもらった二百五十万ゼニーの報奨金。

 日本円にして、二千五百万円相当の金額。

 魔道具の一つ二つ買ったところでおつりがくるだろう。


 知識が駄目なら金だ。

 金の力でゴリ押そう。


 しかし、さっきから露店をいくつも見ているけれど、なかなかそういった魔道具が見つからない。


「あっ、シキ! こんなところで会うなんて奇遇だねー。何してるの?」


 そんな時ふと、背後から声をかけられた。

 とても嬉しそうな、媚びの入った猫撫で声。

 この声はルルカだ。


 その直後、腕に柔らかい胸が押し付けられる感触。

 この胸はルルカだ。


「露店見てるの? ……あれ、ユエルちゃんは?」


「あぁ、魔道具を探してるんだけど、なかなか見つからなくてな。あと、ユエルは今日は酒場だよ」


 今は祭りで人手不足なのもあって、給料がいつもより良いらしい。

 ユエルが何を買うつもりなのかは知らないが、最近では毎日のように酒場で働いている。


 しかし、こんなタイミングでルルカに会うとは。

 これは、もしかしたらまずいかもしれない。


「そうなんだー。そっかそっか、ユエルちゃんは今いないんだ」


 とても嬉しそうな声。

 喜色満面の、ルルカの表情。


 ……なぜ、こんなにも嬉しそうなのかは想像がつく。


 先日の、領主主催の食事会。

 俺があそこで報奨金を貰った時、ルルカはその場にいたのである。

 そう、ルルカは今、俺の財布が普段と比べてとても暖かいことを知っている。


 そして俺を見つけるなり、胸を押し当ててきたこの行動。

 ……例えば今、この状況でルルカに「これ買って」と言われたら。

 いや、「これを買ってくれたら後で……」なんて言われたら。


 俺は買ってしまうかもしれない。

 一時の心地よい感触に流されて、ルルカに高価な宝石でも魔道具でも、なんでも購入してしまうかもしれない。


 まぁ多少の後悔はあったとしても、きちんと相応の対価を貰えるならそれもアリではあるのだが。

 ……でも、今はこの金をエリスのための魔道具に使うつもりなのだ。

 今は、今だけは、タイミングが悪い。


「そういえば、なんの魔道具探してるの? 一緒に探してあげようか?」


「あー、魔力を上げられるもの、かな……」


「へー、そうなんだ。 ……そうだ、最近大きな魔道具の店ができてね、行ってみたかったんだ。この街でもかなり大きな店だからシキが探してる魔道具も見つかるかもよ? 一緒に見に行こうよ!」


 ルルカはそう言って、俺の腕をその柔らかい胸に挟み込みながら引っ張ってくる。

 胸に挟み込んで、ぐいぐいと、引っ張ってくる。


 ……逆に考えよう。

 俺が誘惑に耐えさえすればいいんだ。


 ルルカは冒険者だ。

 以前のイヤリングの件もあるし、魔道具については俺よりも詳しいだろう。

 案内してもらえば、俺の探している魔道具も早く見つかるかもしれない。


 別に、腕に当たる胸の感触が心地よくて離れたくないとかじゃない。

 防具をつけてない、シャツ一枚越しに当たる胸の感触が柔らかいからとかではない。

 俺が強く固い意思を持ち、財布の紐をきつく締めればいいだけの話なのだ。


 そうと決まれば、早速出発だ!








「うわ、なにこの串焼き、とっても美味しいよ! 霜降り王都牛ってすごいんだね、初めて食べたけど、口の中でとろけるみたい! 買ってくれてありがとうシキ! 流石! かっこいい!」


 腕にとろけるような胸の感触を感じながら、人の流れをすり抜けつつ魔道具店を目指す。


「あぁ、気にするな。……おっと、人にぶつかりそうだ。もうちょっとこっちに寄った方がいいんじゃないか?」


「もう、しょ、しょうがないなー!」


 まだほんの少しルルカと通りを歩いただけだが、使用金額、既に数千ゼニー。

 得た物は、腕に感じるとても柔らかい感触と、とってつけたような雑な賞賛、そしてご機嫌なルルカによる道案内。


 まぁ、多少値は張ったが食べ物程度なら安いもの。

 串焼きの一本ぐらい、ヒール一回より安いのだ。

 魔道具店への道案内にかかった費用だと思えば高くない。

 いや、高いかもしれないが、腕に当たり続けている胸の感触まで含めれば高くない。


「あ、そこの通りに出て、北だよ」


「ああ」


 ルルカは本当に嬉しそうな表情で、高級串焼きを頬張っている。

 見ていると、ちょっとぐらいなら奢ってもいいかななんて思ってしまうあたりにルルカの高い技量を感じてしまう。


 しかし、エリスのための魔道具を買うまでは、間違っても高級な装飾品なんかを買ってはいけない。

 魔道具は基本的に高額だ。

 流石に足りるとは思うが、魔道具店につく頃には魔道具を買う金が残っていませんでした、では話にならない。


 そんなことを考えながら、大通りに出ると、


「……これは通れないな」


 通りを埋め尽くす程の、大きな人だかりにぶつかった。

 ルルカの言う魔道具店は、街の北側、少し離れたところにあるらしい。

 ここを北に進んだところにあるはずなのだが、この人だかりではどうにも通れそうにない。


「うーん、どうしよっか」


 そして人だかりの方を見てみれば、中心には見覚えのある貧乳黒髪の、装飾を施された神官服を着た女性がいた。

 昨日も見た、あのメディネ教の女神官だ。


「あ、また無料で治療してくれてるみたいだね、メディネ教の神官さん。一昨日もやってたよ」


 どうやらルルカも見たことがあるらしい。


 しかしあの神官、なんだか気になる。

 フランと同じくらい貧乳なせいだろうか。

 Dカップの女性よりも、トリプルAカップの女性の方が物珍しさで視線を向けてしまいやすいようなアレだろうか。


 ……いや、初めてエクスヒールを使える治癒魔法使いを見たせいか。


 昨日は一発で魔力切れを起こしてはいたものの、エクスヒールまで使っていた。

 俺がいままでに見た治癒魔法使いの中では、間違いなく一番の実力だろう。

 今はどうやら、ハイヒールを使って欠損患者達を治療しているようだ。

 笑顔を絶やさずハイヒールで患者を治療し、患者の手を包み込むように優しく握手をした後、周囲の野次馬に手を振っている。


 ……。

 なんだろうこの光景。


 まるで、アイドルがボランティア活動でもしているような、そんな華やかさを感じる。

 アリアが、あれは教団が寄付を集めるためのパフォーマンスだと言っていたし、そういうものなのかもしれないが。

 あの女神官も年齢は十七歳ぐらいに見える上、胸の大きさはともかく顔立ちはかなり整っているし。


「しっかし、あんなに若いのにあれだけの治癒魔法が使えるんだな。エリスはハイヒールを使うだけでも、何年も修行しないといけないって言ってたのに」


「ふーん、でも、シキも似たようなものじゃない? その年でハイヒールまで使えるんだし」


 いいえ、エクスヒールまで使えます。

 ルルカには言ってないけれど。


 でも、俺の場合は特別だ。

 もともと僅かながら治癒の力を使えた上に、魔力の無い地球からやってきたおかげで、膨大な魔力を蓄える特殊な体質をしている。


 まぁ、俺のことは置いておくとしても、この世界でエクスヒールまで使える人間というのはなかなかいない。

 あの年齢でエクスヒールが使えるというのは、この世界でも相当特異な存在と言っていいだろう。

 まさか俺と同じように、異世界からやってきたなんてことは無いだろうし。


 ……無いのだろうか。


 あの女神官が気になる理由。

 エクスヒールの件だけじゃなかったかもしれない。


 黒髪だ。

 あの女神官、この世界ではあまり多くない、真っ黒な黒髪なのだ。

 黒に近いグレー、茶色混じりの黒というのはかなり多いが、純粋な黒髪というのはあまり多くない。

 もしかしたら……そんな考えが脳裏を過る。


 ――不意に、野次馬に手を振っている女神官と目があった。

 ほんの一瞬だ。

 こちらを見ようとしたわけではなく、ただ視線が通っただけだろう。


 でも、見えた。


 透き通るような、青色の瞳。

 黒ではなく、青色だ。


 違った。

 少なくとも、日本人じゃない。

 ……いや、というか、俺と同じように日本から来たなら、昨日、エクスヒール一発程度で魔力を切らしたりしないか。


 しかし、そうならやはり特別に才能ある人間ということなのだろう。

 エリスに教えたら、自信を喪失して更に落ち込みそうだ。

 魔力が凄いのか、知識が凄いのか、それともよっぽど敬虔な神の信徒でメディネ神とかいう存在から大きな信仰の力を借りているのかはわからないけれど。


 そんなことを考えながら女神官を眺めていると、


「すごい! 手が動く、動くよお母さん!」


「聖女様、ありがとうございます、このご恩は一生忘れません!」


 幼い女の子を連れた母親らしき人物が、女神官に土下座でもするような勢いで深く頭を下げて礼を言っているのが目に入った。

 どうやら今治療を受けたのは、あの幼い女の子らしい。


「お気になさらないでください。こんなにかわいらしいお子さんを救うことができて、私も嬉しいです。ほら、顔を上げてください」


 女神官は笑顔で母親にそう言うと、服が汚れるのも気にせず地面に片膝をつき、母親を立ち上がらせようと手を差し伸べる。

 母親は、そんな女神官を見て、感動して泣いているようだ。

 きっと、貧しくてハイヒールの治療を受けられなかった子供を、今回の無料の治療で治してもらったんだろう。

 まるで劇のワンシーンのような、感動的な光景だ。


「ありがとうございます、ありがとうございます!」


「おねーちゃん、ありがとう!」


 娘と母親は、何度も女神官に礼を言いながら立ち去って行く。

 周囲の野次馬からは、歓声と拍手が鳴る。


「よかった、よかったね、あの子、治療してもらえて……」


 ルルカも、嬉しそうにはしゃぐ母子を見て、少し涙ぐんでいる。


「……」


 でも、なんだろう、この光景。

 違和感を感じる。

 どこがおかしいとは言えないが、何かがおかしい。


 そしてふと、日本でのとある経験を思い出した。

 そうか、この違和感の原因は……。


 少し気になって、女神官が次の治療を終えた直後の野次馬の様子を観察する。

 すると、真っ先に大きな拍手と歓声を上げる人間が、野次馬の中に等間隔にいることに気づいた。

 その次の治療の後も、さっきと同じ人間が、まるで場を盛り上げようとでもするかのように、大きな歓声と拍手を上げていた。


 ……あれは。

 あれは、サクラだ。


 違和感の原因は、既視感だった。

 そうだ、これは新興宗教の手口によく似ている。

 教祖を信仰の対象としている種類の新興宗教では、子供を使った感動的な体験や、サクラを用いた集団心理を使って教祖を偉大に見せかけ、信仰の材料にするということがある。

 俺も何度か見たことがある。


 しかし、これは教団による、ただの寄付のためのボランティア、イメージアップ活動だとアリアは言っていたはずなのに、どうしてサクラなんて……。

 そして気づいた。


「なるほどな」


「なるほどって、シキ、どうしたの? ……あ、そろそろ移動しよっか、あんまり見てても仕方ないしね」


 信仰心。

 そうだ、信仰心だ。


 あの女神官は、俺と同じように、自分自身に信仰を集めているのかもしれない。

 そう考えれば、あの女神官の行動にも納得がいく。


 やたら華やかな雰囲気。

 治療をしながら野次馬に向かって手を振るような、高いサービス精神。

 神官なのに、装飾が施されたあの服装。

 まるでアイドルか何かだ。


 そして、極めつけがサクラの存在と、あの年齢でエクスヒールまで使えるという事実。


 ああやって、自分を象徴化し、偉大に見せかけ、信仰心を集めているのだろう。


 エリスは神を信仰するだけではなく、自身が信仰を集めることでも治癒魔法の実力が向上することは知らなかった。

 自分に信仰心を集めることで治癒魔法の実力が向上するという事実は、俺が特殊なケースだったから気づいただけで、一般的に知れ渡っていないはずだ。


 いや、メディネ教は治癒魔法の総本山ともいえる宗教なわけだし、気づいているけれど、あえてお偉いさんの中だけで秘匿しているのかもしれない。

 そういえばアリアも無料での治療は寄付を募るためだと認識していたし、その可能性は高い。

 誰でも彼でも信仰を自分に集めようとなんてしたら、信仰対象が分散してしまうだろうし。


 ……これは使える。


 エリスに似たようなことをやらせて、信仰を集めさせれば……。


 ――いや、駄目か。

 エリスが首を縦に振るイメージがわかない。


 というか、あの女神官は服装や周りの護衛の数からして教会のお偉いさんだ。

 さっきは聖女なんて呼ばれていたし。

 そんな人間なら注目をいくら集めても問題無いのかもしれないが、ただの治癒魔法使いのエリスがそれだけの注目を集めては、危険な気がする。

 美人で金髪であの男好きする体つきのエリスが、まるでアイドルのように愛想を振りまいたりなんてしたら、間違いなく事件に巻き込まれるだろう。

 エリスは戦う力も無いし、それはよくない。


 エリスの治癒魔法を向上させる、画期的なアイデアになるかと思ったけれど……このアイデアはボツだ。

 エリスを危険に晒してまでやるべきことでもない。


「……ねぇシキ、ねぇってば。ここは通りにくいしさ、裏路地の方から回って行こうよ。多分、近道にもなるし」


「あ、あぁ」


 気づくと、ルルカが俺の手を引いていた。

 そうだった、魔道具を買いに行く途中だった。

 エリスの治癒魔法の実力を向上させるためにはやはり、魔力を増やしてくれる魔道具を探して、買うのが現実的な方法だろう。


「ほら、シキ、こっち」


 ルルカはここを通るのは諦めて、裏路地を使うつもりらしい。

 まぁ、俺も流石にこの人混みの中を突っ切るのは遠慮したい。

 そして、ルルカについて行こうとした、そんな時。



「あっ、あーーっ!! な、何やってるんですかぁ!」



 聞き覚えのある大きな声が、耳に届いた。

 声の方に目を向ければ、人混みの中から、騎士の鎧を着込んだポニーテールの女の子が、こちらに向かってきている。

 そのポニーテールの色は、エリスによく似た金色。


 あれは……アリアだ。

 そして、アリアはルルカに握られた俺の手を見ると、あからさまに顔をむすっとさせる。


「えっ、な、なに? あの子、シキの知り合い?」


 ルルカは突然のことに驚いたのか、目を丸くして俺に視線を向けた。

 アリアの方は、なにやら怒ったような顔でずんずんと距離を詰めてくる。


 まさか、こんなところで、こんなタイミングでアリアと会うなんて。

 ……やばいかも。


「シキさん、何やってるんですか! 誰なんですかその人!」


 アリアは怒っている。

 偶然見かけた姉の同居人と親交を深めるために挨拶をしにきた、というわけではなさそうだ。

 目的はなんだろうか。

 俺が想像している通りなら、これはまずい展開だ。


「アリア、待てよ、ちょっと落ち着けって」


「あぁっ、もう、手なんて繋いじゃって! 答えてください、誰なんですかその人は! 浮気相手ですか!」


 まずい展開だった。


「うっ、浮気相手ぇ!?」


 アリアの言葉に俺が言い訳をしようとする間もなく、今度は素っ頓狂な声でルルカが叫ぶ。


「わ、私のこと……? 浮気相手って、私のこと!?」


 そして、ルルカはわなわなと震えながら自分を指さしつつも、混乱した顔で俺とアリアを交互に見た。


「シ、シキ、浮気相手ってどういうことなの!? ねぇ、シキってば!」


 いけない。

 ルルカは浮気相手呼ばわりが相当嫌だったのか、半分涙目だ。

 浮気相手という風に軽く見られたことが嫌なのか、浮気ということはつまり本気が別にあるということが嫌なのかはとても気になるところだが、今はそれを考えている余裕はない。

 即座に弁解しなければ。


「い、いや、それは誤解でっ……」


「誤解ってなんですか! お姉ちゃんのこと、昨日、ちゃんとお願いしたじゃないですか!」


 そして、さらに怒り出すアリア。

 あ、これはまずい。


「そういえば、昨日も女の人をナンパしようとしてましたよね! 友達に無理矢理誘われただけなんて、やっぱり嘘だったんじゃないですか!」


「ナ、ナンパ!? シキ、ナンパなんてしてたの!?」


 アリアはどんどんヒートアップしていく。

 まずい。

 ちょっと用事があるから、なんて逃げられる感じではなさそうだ。

 誤魔化せない。


「見てしまったからには、お姉ちゃんのためにも見過ごせません! シキさん、その人が誰なのか、一体どういう関係なのか、きちんと説明してもらいますからね!」


 ……ど、どうしよう!

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