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異世界の迷宮都市で治癒魔法使いやってます  作者: 幼馴じみ


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41/89

作戦。

 夏も近づき、段々と気温も高くなってきた今日この頃。

 治療院に相変わらず客は来ないが、今、この街の雰囲気はいつもと違っていた。


 治療院には、大勢の人の声や、楽器の音が、僅かに響いてきている。

 どこから聞こえてくるかと言えば、街の大通りの方からだ。


「ご主人様、私お祭りって初めてで、とっても楽しみです!」


 何かといえば、そう、祭りである。

 この迷宮都市では毎年、夏の前のこの時期に、豊穣や安全を祈って祭りをやっているらしい。

 そして、今年は例年より盛大にやるそうだ。

 何故かというと……以前、街全体にかけた俺の治癒魔法が原因だ。


 あの治癒魔法。

 街の人々にどう受けとめられたのか気になってはいたが、どうやらあれは神の奇跡とか、その手の扱いになっているらしい。


 街を救った、神の奇跡。


 その奇跡の地を一目見ようと、多くの観光客が祭りに合わせてやってきている、と小耳に挟んだ。

 この世界の治癒魔法は、宗教と深く結びついている。

 多分、聖地巡礼とかそんなようなものだろう。

 クランクハイトタートルも討伐されて街道に出る魔物も減ったらしいし、観光客はこれからもっと増えていきそうだ。


 しかし、なんというか、とても大きな話になってしまっている。

 まぁ、あんな大規模な治癒魔法を連発するなんて普通の人にはできないし、そうなるのも当然なのかもしれないけれど。


「祭りかぁ」


 例年の祭りに乗っかった形ではあるが、あの治癒魔法は今、この街の話題の中心だ。

 俺の治癒魔法が、この街の話題の中心だ。


 なんだかそわそわしてきた。

 ……これはもう、俺の偉業を讃える祭りと言ってもいいかもしれない。


 例えば、もし今、あの治癒魔法を使ったのは俺だと名乗り出たなら。


 「わ、わたしあの時とっても苦しくて……! 助けてくれたのはあなただったんですね、素敵!」みたいな美女が大勢現れたりしないだろうか。

 ……治癒魔法の実力は隠す方向だったけれど、なんだか名乗り出たくなってきた。

 俺こそが、あの治癒魔法を使った張本人であり、感謝するなら神ではなく、俺という個人だと。


 ……いや、街全体を治療できる治癒魔法使いがいるなんてことになれば、この街の治療院はどこも廃業の危機だ。

 身を狙われる危険もあるし、ユエルにもそんな感じのことを言ってしまったし、やらないけれど。


「まだ一週間もあるのに、今年は本当に賑やかね」


 エリスが言うには、祭り自体は一週間後らしい。

 けれど、街には人も屋台も、どんどん増えている。

 普段は街で見かけない、珍しいものを売る露店も多くあった。


「お金、たくさん必要ですね! 私、頑張ります!」


 ぐっと、小さくガッツポーズをするユエル。

 ユエルは今最高に忙しい酒場の要望もあり、いくらかアルバイトのシフトをいれているらしい。

 多分、ユエル自身が、祭りで気兼ねなく使えるお小遣いが欲しいというのもあるんだろう。

 ユエルのお財布は、あの腕輪を買って空っぽのはずだし。

 ということで、今日もこれから酒場で働くそうだ。

 俺は治療院でゴロゴロする予定。


 そして、ユエルはバイトのために治療院を出て行き……何故か、すぐに戻ってきた。


「ご主人様、お手紙がきてました」


 見れば、ユエルの手には一枚の便箋が握られていた。

 宛先は、エリス宛だった。






「はぁ、あの子は本当に……」


 ユエルが出かけた後。

 エリスは手紙を読むと、ため息を吐いてこめかみを揉む。


「誰からの手紙だったんだ?」


「アリア……妹からよ。いつもの近況報告みたいなものね」


 妹か。

 そういえば、俺はエリスの妹のことをろくに知らない。

 というか、つい最近まで存在すら知らなかった。


 知っていることといえば、騎士になるために、騎士学校に通っているということぐらい。

 名前はアリアっていうのか。


 手紙はどんな内容だったんだろう。

 エリスの反応を見る限り、成績が悪くて留年し、もう一年分学費が必要になったとか、そんな内容かもしれない。

 もしそうなら「エリス、妹の学費を払って欲しかったら……わかるよな?」とか言えそうだ。

 流石にしないけど。


「へー、ちょっと見せてくれよ」


「えぇ、いいわよ」


 ごく普通な感じで、エリスから手紙を受け取る。

 受け取るが……。


「おい、手を離してくれないと読めないんだけど」


 エリスが手を離さない。

 エリスは俺の顔を見て、そして、手紙を見る。

 それから何かを思い出したかのように、手紙を握る手に力を込めた。


「……って、だっ、駄目に決まってるじゃない!」


 慌てた様子で手紙を引き戻し、胸に抱くようにして隠すエリス。

 なんなんだろう。

 何を思い出したんだろう。

 あの手紙には、何が書いてあったんだろう。

 別にそこまで気になっていたわけでもなかったが、こう隠されるとなんだか見たくなってくる。

 実は、手紙の中ではエリスはとんでもないシスコンだったりするのかもしれない。


 ――と、そんなことを考えていると。

 ふと大通りの方から、大きな歓声が聞こえた。


「す、凄い歓声ね……。いったい何をやってるのかしら」


 エリスは誤魔化しにかかっている。

 いや、でも、確かに凄い歓声だった。

 声だけでも、楽しそうな雰囲気が伝わってきた。


 まだ祭り自体は準備段階とはいえ、既に屋台も多いし人も多い。

 なんだかそわそわする。

 今日はエリスにセクハラする機会を窺いながら、治療院でゴロゴロする予定だったが、やっぱりやめだ。

 ちょっと、今からでもこの空気を楽しみたくなってきた。


 遊びに行こう。


 早速ユエルに声を掛けようと――いや、そういえばユエルはさっきバイトに出かけたばかりだった。


 エリスを誘うか。

 客が来る気配も無いし、少し治療院をあけるぐらい構わないだろう。


「エリス、ちょっと街を見にいかないか? どうせ客も来ないしさ」


「っ……えっと、ごめんなさい。今日はちょっと、治療院をあけたくないの」


 僅かに逡巡しつつも、誘いを断るエリス。

 ユエルが仕事でいないかと思えば、エリスも仕事か。

 まぁ、祭りで街に人は増えている。

 これから客が来る可能性も、ないではないだろう。

 まったく真面目なことである。


 仕方ない、今日は一人で遊びに行くか!






 迷宮都市の大通り。

 観光客は日に日に増えているようで、やはり人が多い。

 さっきの歓声はどこからきたのか探そうにも、どこも人で賑わっていて、特定はなんだか無理そうだ。


 これはユエルとは来なくてよかったかもしれない。

 あの身長だ。

 一度はぐれたら、この大通りで再び見つけるのは骨だろうし。


 少し歩いてみると、いろいろな店があった。

 使い道があるのかすらわからない珍しい魔道具や、うさんくさい縁結びのアクセサリーを扱う露店。

 おもちゃのような弓を使った、射的まである。


「お? シキじゃねーか!」


 そうして大通りを見てまわっていると、ふと、声をかけられた。

 この野太い声は、間違いない。


 声の方向に視線を向ければ、通り沿いの細い横道に、エイトとゲイザーがいた。

 ……しかし、何をやっているんだろう。


 ゲイザーの方は目を皿のようにして、じっと大通りの方を見つめている。

 少し暗い雰囲気の路地裏から、大通りを見張るチンピラといった風体だ。

 凄く怪しい。


 対するエイトは、何故だか指を組んだりほどいたり、もじもじとしている。

 そわそわと、落ち着きがない。

 こっちは凄く気持ち悪い。


「何やってんだ?」


「見てわかんねぇか、ナンパだナンパ。ここで、巨乳でかわいい子が通るの待ってんだよ」


 ……こいつ、このむさっ苦しい顔で、ナンパとか言ったか。

 正気なのか。

 俺は説明を求めて、エイトに視線を向ける。


「いや、ゲイザーがヒュージスライムで稼いだ金を使い切っちまったらしくてな」


 なるほど、大人のお店に行けなくなったから、そこらへんの女を捕まえようと、そういうことか。

 しかしナンパなんて、ゲイザーの顔と性格では無理な気がする。

 あと顔。


 多分、徒労に終わる。

 大人しくスライムゼリーでも使っていた方が有意義だろう。


「ゲイザー、大人しく迷宮で金を稼いでこいよ。少しだけなら付き合ってやるからさ。俺も暇だしな」


「おいおい、馬鹿にしてんじゃねぇよ! 去年は結構上手くいったんだぜ? まぁ、向こうに時間が無かったみたいで軽く食事しただけなんだがな」


 嘘だろ。

 ゲイザーがナンパを成功させるなんて、ありえないような気がする。

 根拠は顔。

 俺は説明を求めて、エイトに視線を向ける。


「……俺も見てたわけじゃないけど、そういえば……去年そんなこと言ってたかもな」


 マジか。

 あのゲイザーが、女の子をナンパして、きゃっきゃうふふしながら仲良く食事をしている光景。

 ……ちょっと信じられない。


 いや、ゲイザーは確かにむさ苦しい顔をしているし馬鹿ではあるが、意味のない嘘はつかない。

 信じてもいいんだろうか。

 でもなぁ……ゲイザーだしなぁ。


「お前、信じてねぇな? ったく……そもそもな、祭りってのは一年で、一番女を落としやすいチャンスの日なんだよ」


 ずいっと、ゲイザーが距離を詰めてくる。

 むさ苦しいゲイザーの顔だが、その表情は真剣だ。


「いいか? 考えても見ろ、今は他の街から、大勢の観光目的の女が来てる。この街のことを、ろくに知りもしないようなやつらがな。そんなやつらがこの街に来て、まず抱くのはどんな気持ちだと思う?」


「それは……楽しそう、とか?」


 俺が答えると、ゲイザーはそれを鼻で笑う。

 そして、身振り手振りを混じえながら、熱を込めて語りだした。


「ちげぇよ、ちげぇんだシキ。この街に来たばかりの奴らはな、この人ごみを見て、間違いなく不安な気持ちになる」


 不安。

 こんなに楽しそうな祭りの雰囲気なのにか。


「なんでかっていうとな、祭りが始まるのはまだまだ先だろ? つまり、今日この街に来て、今日帰りの馬車に乗る、なんてことはできねぇわけだ。だから、必要になるんだよ…………宿がな」


 ハッとした。

 そうか、確かにこの人ごみを見れば、一週間後の祭りまでの間、宿泊する宿がまだ残っているのかどうか、不安に思う。

 宿の数は有限だ。

 けれど、観光客は次から次へとやってくる。

 そして、祭りが終わるまで、彼らは去ることはない。


「不安なんだよ。まず間違いなく、街に来たばかりの観光客は、すぐに宿を探すだろうよ。でもな、街の入り口近くの宿は大抵埋まってるんだ……わかるか?」


「わかった、わかったぞゲイザー!」


 つまり、宿を見つけられない不安な女の子を、勝手知ったる俺たちが、知る人ぞ知る宿に案内してあげようということだろう。

 そして、ついでに口説いちゃおうと、そういうことなんだろう。


 女の子は宿を見つけたくて、きっと焦っている。

 今なら、あからさまなナンパでも、「宿」という単語を出せば、無視される可能性はきっと低い。


 改めて見てみれば、ゲイザーは大通り沿いの、大きな宿の出口を見つめているようだ。

 宿泊を断られた観光客を、狙い撃ちにしようということだろう。


 よく考えている。

 馬鹿と天才は紙一重というが、ゲイザーはもしかすると天才だったのかもしれない。

 これはいける。

 この作戦は、間違いなくいける作戦だ。


「おっ、あの三人組なんかいいんじゃねーか、おい、エイト、シキ行くぞ」


 ターゲットは三人組か。

 いくか。

 いくしかないな。

 俺もいないと三対三にならないもんな、なら仕方がない。

 仕方がないから俺もナンパに付き合ってやろう。

 まったく、仕方がないなこいつらは。


 そして、俺とゲイザーがその三人組に向かって近づこうとした瞬間。


「や、やっぱ駄目だって、ほら、絶対断られるって。シキ、ゲイザー、こ、断られたらどーすんだよ。も、もう、俺はいいから二人だけで行ってこいよ」


 エイトが顔を赤くして、ためらいながらそう言った。

 さっきから様子がおかしいと思ったら、そういうことか。


 でも駄目だ。

 エイトが来ないと、三対三の状況にならない。

 こういう時に数が合わないというのは、それだけで大きな失敗要因になりうるのだ。


 そして、俺がエイトを説得するため、口を開こうとすると――


「馬っ鹿野郎が!!!」


 ゲイザーがエイトをぶん殴った。


 体重の乗った、右ストレート。

 不意の出来事に反応が遅れたエイトは、その一撃を顔面の中心にくらう。


 間髪入れず、倒れたエイトの胸ぐらを、ゲイザーが掴み上げる。

 それから、さっきの女三人組を指差して、真剣な顔でエイトに言った。


「エイト、見えるか? あれはなんだ」


「……お、女だ。俺には釣り合わないぐらいの、美人で巨乳の女だ」


「違う、あれはおっぱいだ」


 馬鹿と天才は紙一重。

 俺はこいつのこの言葉を聞いて確信した。

 やっぱりこいつは馬鹿だ。


「お、おっぱい!?」


「見ろ、よく見るんだ。あれを、なぁ、すげーだろ? 触りたくないのか?」


 ゲイザーの視線の先には、三人組の内の一人、牛のような角を生やした獣人がいた。

 ……少し視線を下げれば、そこはまさに牛だった。

 悪かったゲイザー。

 確かにあれはおっぱいだ。


「す、すげぇ……。さ、触りたい、触りたいけど、でも……」


 感嘆の息を漏らすエイト。

 でも、エイトはあれを見ても、まだ躊躇っている。


 けれど、触りたいと、本音を口にしたエイト。

 そんなエイトに、ゲイザーは少し声のトーンを和らげ、労わるような口調で声をかけた。


「あれを触るには、ナンパを成功させるしかない。でもなぁ、こんなとこで怖気づいてちゃ、ナンパはできねぇんだ」


 そして、ふっと、エイトに微笑むゲイザー。


「それになぁ、今ここに居るのは、祭りの時だけこの街に来る観光客。失敗しても、後引くような連中じゃない。エイト。俺はなぁ、お前に男として、一皮剥けてほしいんだよ。どうしても、この気持ちだけはわかって欲しかったんだ。……殴って悪かったな、痛かったろ?」


 それから、ゲイザーはとても優し気な表情で、エイトに手を差し伸べる。


 僅かな間。


 駄目か、とゲイザーが落ち込みかけたその瞬間、エイトは、その手を掴んだ。


「お、俺の方こそ、すまなかったゲイザー。お前がそこまで俺のことを考えていてくれたなんて! お、俺が間違ってたよ!」


 その手を掴み、立ち上がるエイト。

 ゲイザーは、感極まったようにエイトから顔を背け、嬉しそうに笑う。


「わかりゃーいいんだよ、へへっ」


 へへっ、じゃねぇ。

 青春してんじゃねえ。

 なんだか俺だけ蚊帳の外だ。

 流石にあれに混じりたくはないけれど。


 しかし、エイトは覚悟を決めた。

 エイトにヒールをかけ、早速さっきの三人組に声をかけようとする――が、見つけられない。


「あー、さっきの三人はもう見失っちまったな。おっ、あの子もいいな。でも一人か……エイト、シキ、まぁ見てな、俺が手本を見せてやる」


 どうやら、あの三人は既にどこかへ行ってしまったようだ。

 残念。

 まぁ、仕方ない、とりあえずはゲイザーのお手並み拝見といくか。






 物陰から、ゲイザーをよく観察する。


 ゲイザーは、大通りに入っていくなり、すぐに猫耳がチャーミングな巨乳の女の子を連れて、横道に戻ってきた。

 猫耳ちゃんは少し不安気ではあるものの、嫌がっている様子はない。

 どうやら作戦は成功しているようだ。


 それから、ゲイザーは道を歩きながら、猫耳ちゃんと二、三話をする。

 ゲイザーは朗らかな笑顔で猫耳ちゃんに喋りかけている……が、猫耳ちゃんの表情がだんだんとイラっとした感じになっていく。


 あ、これ駄目だ。

 多分、ナンパ目的だと気づかれた上、嫌がられている。

 やはりゲイザーの顔と性格では、これが限界か。


 ――いや、でも、猫耳ちゃんがゲイザーから離れる様子はない。

 どうやら、宿に行くまでは付き合ってくれるようだ。

 やはり、宿を探す女の子を狙い撃ちにする作戦は、効果が高い。

 これはもしかすると、可能性ぐらいはあるかもしれない。

 ここから巻き返せるかどうかが、勝負の分かれ目だろう。


 が、次の瞬間。


 唐突に、猫耳ちゃんを通せんぼするように、ゲイザーが壁に手をついた。


 多分、ゲイザーは駄目な雰囲気を感じ取ったんだろう。

 あれはいわゆる壁ドンってやつだ。

 急な接近で、女の子をドキッとさせる作戦に変えたのかもしれない。


 それからゲイザーは顔をぐっと近づけて、猫耳の耳元で、何事かを囁く。

 顔を赤くし、目を見開く猫耳ちゃん。


 そして猫耳ちゃんは――


 キッとゲイザーを睨みつけ、シャッと顔を引っかき、股間をズドンと蹴り上げた。


「――――っ!! う、うごぉ……」


 ……股間を押さえ、蹲るゲイザー。

 やっぱり駄目じゃねぇか。


 しかし、あの猫耳、ただものじゃない。

 今の蹴りはなかなかにキレがあった。

 多分、冒険者か何かだろう。


「こ、こここここいつ、ち、痴漢にゃ! 変態にゃ! ぶ、ぶぶぶ、ぶっ殺してやるにゃー!!!」


 顔を真っ赤にして、大声で叫ぶ猫耳ちゃん。

 するとすぐに、ガシャガシャと金属がこすれるような音が近づいてくる。


 あっ、やばい。

 これはいけない。

 またたく間に、大通りの方から二人組の騎士が飛んできて、ゲイザーが組み伏せられる。


 鼻息荒く、ゲイザーを睨みつけている猫耳美少女。

 ほんの数秒の間に、二人組の騎士に拘束されたゲイザー。

 一体どんな事を囁けばあんなことになってしまうのか。


「シ、シキ、ど、どどどどうしよう」


 一部始終を見ていたエイトが、慌てた様子で聞いてくる。


「エイト、落ち着け。冷静になるんだ。絶対にあっちを見るな、他人の振りをしろ」


 多分ゲイザーがよほどアレなことでも言ったに違いない。

 天才と馬鹿は紙一重。

 やはりゲイザーは馬鹿だった。

 それも、手に負えない程の。


「やっ、やめろぉー! 離せぇー! お、俺はまだ何もしてねぇ! エ、エイトー! シキー! た、助けてくれぇー!」


 ゲイザーがじたばたともがきながら喚き散らしているが、気にしない。

 ゲイザーがどんなセクハラ発言をしたのかは知らないが、俺は性犯罪者の一味になるつもりはない。


 が、ゲイザーの叫びを聞いて、騎士が俺の方へ駆け寄ってきた。


「あ、あなたはクランクハイトタートル討伐の時の……もしかして、あの方、お知り合いですか?」


 男の騎士だ。

 察するに、多分、討伐隊のメンバーだったんだろう。

 俺は覚えてないが。


 「いいえ、知りません」と言おうとしたところで、ゲイザーと目が合った。


「シキー! 助けてくれぇー!」


 あの野郎。

 完全に俺を見て、俺の名前を呼んでいる。

 ……流石に言い逃れできない。


「……い、いやぁすいません、そいつ俺の連れで……口下手な奴なんで、も、もしかしたら変なこと言っちゃったのかもしれません」






「なるほど、そういうことでしたか。ですが、人の流れに紛れて、この街に逃亡中の犯罪者が入り込んだという情報もあります。今は警戒を強めてますから、あまり疑われるような行動は……」


 道案内をしていたら、口下手なゲイザーが猫耳ちゃんを怒らせてしまったと、ソフトな感じに誤魔化すと、あっさり信じてもらうことができた。

 多分、俺の清廉潔白なイメージのお陰だろう。


 猫耳ちゃんも、相当宿探しを急いでいたようで、騎士に事情を話すこともなくすぐに消えてしまったし。

 どうやら助かったようだ。

 俺がじゃなくて、ゲイザーが、だけれど。


「はぁ、すいませんでした」


 去っていく騎士を見送ると、いつの間にか復活したゲイザーが、肩を叩いてくる。


「いやー助かったぜシキ。ひでぇよなぁ、ちょっと褒めただけなのになぁ」


「……お前は反省しろよ。というか、どういうことだよ、あんなんじゃ成功するわけねーだろ! 去年は上手くやったんじゃなかったのか?」


「っかしーなぁ、前はこれでうまくいったんだけどよ」


 あんなやり方で靡くのは、相当なもの好きだと思う。

 いったいどんな女だったんだろうか。


「本当に良い子だったんだぜ? 飯は奢ってくれたし、相場より格安で壺とか絵画も売ってくれてよ。すげー良い雰囲気でなぁ、今度会った時には続きをしようって言ってたよ」


 もの好きというか金好きだった。

 詐欺師じゃねーか。

 ナンパをカウンターして詐欺にかけるとか……この世界の女性は本当にたくましい。

 というか怖い。


 しかし、こいつを信じた俺が馬鹿だった。


「……あのー」


 と、そんな事を考えていると……気付けば目の前に女の子がいた。


「お兄さん、かっこいいですね!」


 そんなことを言って、俺に笑いかける女の子。

 多分、十六歳ぐらいだろうか。

 ツヤのある金髪をポニーテールにまとめて、溌剌とした雰囲気を醸し出している。

 スポーツとかしてそうな感じだ。


 しかし、今、俺に話しかけたんだろうか。

 かっこいいと言ったのは、俺のことだったりするんだろうか。


「えへへ、偶然話をしてたの聞いちゃって。えっと、シキさんって言うんですよね?それに、その服装……治癒魔法使いなんですよね?」


 俺のことだった。

 もしかして、ずっと見ていたんだろうか。


「私、あなたのこと、とっても気になっちゃって」


 ニコニコと笑顔で、そんなことを言う金髪ポニテの少女。


「あ、あぁ」


 なんだろうこの子。

 一瞬戸惑うが、少し考えると、納得がいった。


 すまない、エイト、ゲイザー。

 これが魅力の差というやつだ。


 俺にはわかる。

 無実の罪で取り押さえられた親友のため、必死に騎士に釈明をする俺の姿を偶然見かけ、キュンときてしまったに違いない。

 俺から滲み出るイケメンオーラが、この子のハートを射抜いてしまったのだろう。


「あの、私、行きたいところがあるんです。良かったら、一緒に行ってくれませんか?」


 ポニテちゃんが、そう言って俺の腕をとる。

 唐突な事態に、目を丸くするゲイザーとエイト。

 そんな二人に、俺は言った。


「悪いな二人とも、また今度会おうぜ。ま、ナンパ頑張れよ?」







 ポニテちゃんの希望で、一緒に食べ物の屋台をまわる。

 ポニテちゃんは、一つの屋台ではなく、いろいろな屋台で少量ずつ買っていた。

 しかし少量ずつだが、既に結構な量になっている。


「そんなに買って食べられるのか?」


「私、結構食べるんですよ? それに、一人で食べるんじゃありませんから」


 ポニテちゃんは、串焼きを俺の口の前に差し出して、ニコッと笑う。

 なるほど俺と食べるから問題ないということか。


「そういえば、行きたいところがあるんだろ? 案内するよ」


「あ、実は私、昔この街に住んでたことがあって。とっても良いところ知ってるんです。そこに行きたくて……一緒に、来てくれますか?」


 なんだろう、とっても良いところって。

 とてもわくわくするワードだ。


 ……いや、冷静になれ。


 うまい話には裏がある。

 いくらなんでも、うまく行き過ぎだ。

 カモられたゲイザーの例もあるだろう。


「壺とか絵とか、売りつけてきたりしないよな?」


「壺? 絵? なんのことですか?」


 キョトンとするポニテちゃん。

 勘でしかないが、この反応は多分違う気がする。

 やはり、俺に一目惚れしてしまったと、そういうことなのかもしれない。


「あっ、それよりも! シキさんは、いつもこういうことしてるんですか?」


「こういうこと?」


「ほらほら、さっきしてたじゃないですかぁ。ナンパですよ」


 ポニテちゃんの、何気ない質問。

 でも、その目の奥は真剣に見えた。

 なんだか見定められているような、そんな雰囲気を感じる。

 ここは間違っちゃいけない。


「いや、今回だけ偶然でさ。あの二人にしつこく誘われて、仕方なくだよ。ナンパとか全然興味ないんだけどな。それに、俺は見てるだけだったし」


 だいたいあってるはずだ。

 俺は見てるだけだった、というあたりは嘘じゃないし。


「うーん、それならギリギリセーフですかね」


「セーフ?」


「ふふっ、なんでもないので気にしないでください!」


 なんだかよくわからないが、多分、軽い男は嫌いなんだろう。

 一途な子だということだ。

 こんな一途な子が、俺をいったい、どんないいところへ連れて行くというのだろうか。

 気になる。

 凄く気になる。

 

「ち、ちなみに、いいところってどんなところ?」


「えっとー、落ち着ける場所っていうかー、休める場所ですかね!」


 つまりご休憩ということだろうか。

 ちょ、ちょっと、気が早すぎないか。

 い、いや、いまどきの子はそれぐらいが普通なのかもしれない。

 ここは落ちついて、大人の雰囲気を見せる時。

 慌てず騒がず、冷静な対応を心がけよう。






 道を進んでいく内に、腕を組んできたポニテちゃん。

 ごく普通サイズ、手のひらに僅かに収まりきらない程度の胸が、肘にぷにぷにと当たる。


 俺がその感触に気を取られていると、ほんの僅かな時間で、ポニテちゃんの目的地にたどり着いた。


 ポニテちゃんの言う、いいところ。

 落ちつける、休める場所。

 俺たちがナンパをしていたところから、大して距離の離れていない、その場所は、


「ここです!」


 ……嫌な予感はしていた。

 ここまで来る途中、やけに見覚えのある道を通っていたからだ。

 肘に当たるポニテちゃんの胸ばかり考えていたから、気づくのが遅れたけれど。


 ここは、エリスの治療院。


 そういえば、このポニテちゃんの、ツヤのある金色の髪。

 いつも見ている、あの髪の色にそっくりだ。


「な、なぁ、そういえば、名前聞いてなかったけど」


「私ですか? アリアっていいます」


 アリア。

 エリスの妹の名前も、アリアだ。


「こ、この街に住んでたって言ってたけど……も、もしかして、お姉さんとかいる?」


「はい、ここにいますよ?」


 治療院を指さしながら、ニコッと笑うポニテちゃん、改めアリア。

 そのアリアの口角が、まるでイタズラを成功させた子供のように、嬉しそうにゆがむ。


「おねーちゃーん! たっだいまー!」


 こいつ、王都の騎士学校に居るんじゃなかったのか。

 い、いやそんなことよりこの状況は不味い。

 もし、エリスがこの場に出てきたら――


 エリスが一緒に出かけてくれないから、街でお前の妹をナンパしてお持ち帰りしてきました。


 駄目だこれ。

 ここは、とりあえず逃げるしかない。

 そして、俺は全力で逃げようと――


 したところで、アリアが組んでいる腕をきゅっと締め付け、残った方の手でも俺の腕を掴んだ。


「くそっ! お、お前、騙しやがったな! は、離せ!」


 エリスの妹――アリアは、万力のような力で、俺の腕を掴んでいる。

 そうして俺が逃げようともがいている間にも、治療院の中からは、ぱたぱたと足音が響いてきた。


「別に騙してなんかないですよー……それと、シキさんのこと、お姉ちゃんからの手紙に沢山書いてありました。駄目ですよ、お姉ちゃんというものがいるのに、ナンパなんて」


 逃げたい。

 でも逃げられない。


 街でナンパして妹をひっかけたなんて、エリスがどれだけ怒るかわからない。

 そもそもナンパという行為自体、エリスが一番嫌いそうだ。

 な、なんとかして、この状況を打破せねば……。


 ――が、時間切れ。

 治療院の扉が開いた。


「おかえりなさい、思ったより早かったわね……って、なんであなたも一緒に居るの?」


 偶然街で会ったから、一緒に来たんだよ。

 と、俺が言う間もなく、アリアが答える。


「えへへ、この人、街中でナンパしてたから捕まえてきちゃった!」


 エリスの頬がひくっと引きつったのを、俺は見逃さなかった。

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