イヤリング。
騎士団から、クランクハイトタートル討伐への参加要請を受けた翌朝。
「行って来ますね、エリスさん!」
治療院の門の前で、ユエルがエリスに向かって明るい声を掛ける。
けれど、対するエリスは、昨日からずっと複雑そうな表情だ。
エリスは昨日から、食事中も、寝る前も、俺の方を心配そうにチラチラと見ていた。
なんだかんだ言っても、やはり俺のことが心配で心配でたまらないのかもしれない。
ギュッと俺の腰に抱きついて眠るユエルを見たり、俺とユエルの腕にはまったお揃いの腕輪を見たりして微妙な顔をしてもいたから、俺がユエルに手を出さないかと、気が気じゃなかっただけかもしれないが。
「行ってらっしゃいね、ユエルちゃん。その、本当に気をつけてね。......シキ、あなたもよ」
おっと。
どうやら、エリスは本当に俺の身の安全を心配してくれていたらしい。
良かった。
ユエルとお揃いの腕輪をしている俺を、ロリコン認定するエリスはいなかった。
そして、真面目な顔でエリスは続ける。
「騎士にセクハラしたりなんかしたら、冗談じゃ済まないんだから。きっと、厳重注意でも済まないわ。騎士団の詰所に、身元保証人としてあなたの身柄を引き受けに行くなんて、私、嫌よ?」
そっちか。
そっちでしたか。
確かに騎士団のマリエッタさんは、そこそこかわいかった。
でも俺だって、後先考えずにセクハラなんて、あんまりしない。
保身ぐらいは考えている。
あと、ユエルの前で誤解を招くような発言はやめてほしい。
「お、俺はセクハラなんてしないから......! そ、それじゃ、そろそろ行くぞ」
慌てて話を終わらせに入ると、そんな俺を見てエリスがクスッと笑う。
どうやら冗談だったらしい。
「待って」
そして、一歩、俺に向かって踏み込んでくるエリス。
トン、と軽い衝撃が、胸に走る。
エリスがまるで温もりを確かめるかのように、服を掴んで、俺の胸に頭を当てた。
胸が当たりそう。
いや、ちょっとだけ当たっている。
「お、おおう......」
一体、どうしたんだろうか。
エリスがこんなに隙だらけで俺に密着するなんて珍しい。
いつもは俺につけいられまいと、ボディタッチを避けている感じなのに。
デレ期なのか。
もしかしたら、デレ期なのかもしれない。
俺を尊敬するユエルの手前、断ることができなかっただけの今回の依頼だけれど、街のために献身的に働こうとする俺の姿にエリスはグッときてしまったのかもしれない。
「誰かがやらなくちゃいけないことだから、行かないわけにはいかないんだって、わかってるけど......。でも......ちゃんと、ちゃんと帰って来てね」
そしてエリスは俺を見上げて、そんなことを言った。
エリスの目を見て気づいた。
これは、違う。
本当に俺の身を案じている、そんな目だ。
少し、悔しそうでもある。
......そういえば、エリスの両親は事故で死んだと言っていた。
何があったのかは聞いていないが、きっと、エリスの両親は帰ってくると言って出かけて、帰って来なかったんだろう。
俺は今回、騎士団に守られていてそうそう危険なことにはならないと思っているけれど、エリスにとってはそうじゃないのかもしれない。
でも、エリスの治癒魔法の腕では、足手まといになる。
魔物相手に自衛が出来るわけでもない。
討伐隊に、ついて来ることすらできない。
そのことに、エリスは無力さでも感じているのだろうか。
「心配するなよ」
エリスの尻......ではなく頭にポンと手を置く。
流石にこの雰囲気で尻を撫でられる程、図太い神経はしていない。
正直このまま抱きしめてエリスの胸の感触を堪能したくはあるけれど、ユエルの前でもある。
「大丈夫です、ご主人様は必ず、私がお守りしますから!」
そして、そんなエリスを見て、なんとも頼もしいことを言うユエル。
「だから、帰ってきたら、おいしいクッキーの作り方、教えてくださいね!」
でもユエルさん、そういうのは死亡フラグって言うんですよ。
治療院を出て、騎士団との合流場所である、街の門に向かう。
ユエルはもうすっかり昨日の「エリス胸ボタンショック」から立ち直ったようで、俺の隣を歩きながらニコニコと笑顔を浮かべている。
そして歩きながらユエルを眺めていると、ふと、ユエルの視線が動いた。
ユエルが、俺の腕輪をチラリと見た。
次に、自分の腕輪を見つめて、そっと撫でた。
それから、満足そうなため息をついて、また俺の腕輪を見る。
そして、俺が見ていることに気づいたのか、ユエルは恥ずかしそうに頬に手を当ててはにかんだ。
かわいい。
どうやらユエルは腕輪を大層気に入ったらしい。
お揃いというところが良かったのだろうか。
でも、そのアクセサリー、発動したら壊れてしまうらしいんだけれど。
つい勢いで、ユエルが買ったものと同じ魔道具を買ってしまったけれど、普通のアクセサリーの方が良かったかもしれない。
気に入るのはいいんだけれど、発動して壊れてしまったりしたら、ユエルは大丈夫なんだろうか。
泣く気がする。
そう致命的な攻撃なんて受けないだろうから、まぁ発動することは無いとは思うけれど。
でも、もし発動してしまったらどうユエルを慰めるか、一応考えておこう。
そんなことを考えていると、集合場所に着いた。
周囲を見渡せば、鎧を着込んだ騎士や、騎士団の紋章が入った、揃いのローブを着込んだ魔法使いと治癒魔法使いが目に入る。
それにちらほらと、俺と同じような治癒魔法使いがいた。
騎士団の人員が合計五十人程度で、俺と同じような治癒魔法使いが二桁居ない程度だろうか。
少ないような気もするが、まぁ少数精鋭ということなんだろう。
そうして、ぼんやりと人の集団を見ていると、その中を掻き分けるようにして赤髪の、軽鎧をつけた女がブンブンと手を振りながらこっちに向かってきた。
「おはよう、シキ。一昨日はありがとね。やっぱりシキも、クランクハイトタートルの討伐に呼ばれたんだねー」
ルルカだ。
いつものように、冒険者としての装備をつけている。
どうしてここに居るんだろうか。
確か、ここには騎士団の人間と優秀な治癒魔法使いしか居ないはずなんだけれど。
「......なんでここに居るんだ?」
「えへへ、知りたい?」
俺が聞くと、ルルカは何やら自慢気な顔をして言う。
「いや、別に」
まぁ、大体想像はつかないでもない。
ルルカのパーティーはクランクハイトタートルの被害を受けていたし、それ関連で来ているんだろう。
道案内とか。
「な、なんでよ、聞いてよ! 実はね、今回クランクハイトタートルの場所を突き止めたのって、私達なの。だから、騎士団に案内役として雇って貰ったんだ。凄いでしょ、びっくりした?」
やっぱり案内役か。
でも、居場所を突き止めたんじゃなくて、遭難したら偶然霧にのまれただけなんじゃなかったか。
というかこれは、以前ルルカ本人が俺に言っていたことのような気がする。
「雨に降られたり霧にのまれたりして遭難した」とか。
俺が冷めた目をルルカに向けると、ルルカはそれを思い出したのか、さっと目を逸らす。
「あ、あれ、その腕輪どうしたの?」
そして、ルルカが俺の腕輪に視線をやった。
「あぁ、これか? これはユエルが......」
しかし、こういう時、なんて説明すればいいんだろうか。
正直に「ユエルに買ってもらった」と言うのはいかにもヒモくさいような気がする。
「ユエルとお互いにプレゼントしあったんだ」と言うのはもっとまずい気もするし。
「いつもお世話になっている人には、プレゼントを贈るんだって、ご主人様が言っていました」
俺が口籠っていると、そうユエルが説明する。
そして、ユエルがボソりと、腕輪を撫でながら呟いた。
「ご主人様と、お揃いです」
それはもう、それはもう幸せです、といった表情で。
ほう、とため息をつきながら。
そんなユエルの言葉が聞こえたのか聞こえていないのか。
ルルカは俺の腕輪を見て、ユエルの腕輪を見て、もう一度俺の腕輪を見て......固まった。
やはり、ユエルとお揃いというのは不味かったか。
ペアリングではないけれど、ペアアクセサリーである。
ロリコン認定されて、ドン引きされてしまってもおかしくない。
「ね、ねぇ、それなら、私には?」
そんなことを考えていると、ルルカが何やらそわそわしながら、こんなことを言い出した。
それなら、というのはさっきユエルが言った、世話になっているから、というアレだろうか。
でも、それは遠慮がちなユエル向けの建前だ。
そこそこ世話になったエイトやゲイザーにだって、物を贈るつもりは今の所全く無いし。
「ルルカには......無いかな」
「えぇ!?」
ルルカにも世話になっているといえばなっているけれど、ルルカにプレゼントなんて、してはいけない気がする。
味をしめられると不味い。
ルルカに胸を押し当てられて「買って?」なんて言われたら、俺は財布を空にしてしまう自信がある。
「な、なんでよ......で、でも、でも、丁度良いからこれ、シキにあげるね」
そう言って、ルルカは自分のつけていたイヤリングを片方外す。
赤い宝石があしらわれた、そこそこ値段のしそうな一品だ。
「イヤリング?」
「ほ、ほら、フランとセラの治療をしてもらったお礼、ね?」
いや、お礼と言われてイヤリングを片方だけ渡されても困るんだけれど。
そんな俺の考えを無視するように、ルルカはさっと、そのイヤリングを俺の耳につける。
「お、お揃いだね?」
そして、ルルカが髪をかきあげてイヤリングのついた耳を見せつけてきた。
ちょっとドキッとした。
どうしたんだろう。
ユエルに嫉妬しちゃって、対抗意識みたいなものを燃やしてしまったんだろうか。
いやいや、でも、媚びているだけかもしれない。
思い出せ、今まで勘違いさせられて、何度治療費を値引きさせられてきたか。
でも、もしこれが演技だとしたら、俺はお返しにどれだけ高価なものを要求されるんだろうか。




