腕輪。
マリエッタに指摘され、急いで胸を隠すエリス。
そんなエリスを、ユエルは呆然としながら見つめている。
そして、ユエルがまた、表情を窺うかのように俺を見る。
......俺にはユエルの胸をどうにかしてやることはできない。
俺に出来ることといえば、自分の胸をユエルに見せて「俺も同じだから気にするな、お揃いだな」と慰めることぐらいだ。
そんなことをすればユエルは泣く。
やはり見なかったことにして、マリエッタと話を続けよう。
「騎士団に同行して欲しいっていうのは、俺だけなんだよな?」
「えっと、は、はい、今の所はそうです」
マリエッタが、エリスの方に視線をやりながら言う。
少し含みがあるな。
今のところは、ということはそのうち声をかけることもあるかもしれないということなんだろうか。
有能な治癒魔法使いに断られれば、エリスみたいな普通の治癒魔法使いにも順番がまわってくる可能性はある、そんな感じかもしれない。
質が駄目なら、数を揃えるしかないわけだ。
しかしどうしよう。
正直、面倒な気もする。
街の外には魔物が増えているというし、街の中で安全にエリスの胸でも眺めていたい気持ちはある。
「他を当たってくれ」と言うのは簡単だ。
でも。
......今、ユエルが俺を見ている。
そわそわとした表情で、じっと俺を見ている。
そして俺の目の前にいるのは、いかにも困っていそうな、気弱な女騎士。
用件は、皆が住む街を守るために力を貸して欲しい、という内容。
高潔で尊敬できる、博愛主義で誰よりも優しくて、そして格好いいユエルのご主人様としては、断ってはいけないような気もする。
そう、ユエルに、俺の人格について疑問を持たせてはいけないのだ。
今のユエルの瞳は俺への尊敬でそれはもう曇りに曇りきっているけれど、それが無くなると色々不味い。
具体的には俺がエリスの治療院を追い出された理由とか、ルルカに治療と称して何をしていたのかとか、バレると不味い。
尊敬から軽蔑への急転直下は間違いなしだ。
まぁ、騎士は犯罪を犯した冒険者崩れのチンピラを軽々と捕縛してしまう程度には強い。
その集団に守られて、そうそう危険な目には会わないような気もする。
それこそ、森の中ではぐれて迷子になったりでもしなければ大丈夫だろう。
それに、もしこの話を断って、俺の代わりに行った治癒魔法使いが死んだ、なんて話を後で聞いたりしたら後味が悪い。
俺ならエクスヒールが使える分、そうそう死んだりはしないし、致命傷を負った人間が出ても対応できる。
騎士団なんて、貴族と繋がりのありそうな人間にエクスヒールを見せるつもりは無いけれど、もしもの場合を考えれば俺がついていくことは多分、最善だ。
そんなことを考えながらふと顔を上げれば、無言で悩む俺に断りの気配を感じたのか、マリエッタが涙目になっていた。
ちょっとかわいい。
自信無さげで、なんだか小動物みたいな感じがする。
よく見れば、胸もそこそこだ。
そしてマリエッタは、少し俯いて、ビクビクしながらも俺の反応を窺うように聞いてくる。
「駄目、でしょうか?」
「駄目じゃないよ」
全然駄目じゃない。
出来れば謝礼を身体で払ってもらいたいぐらいだ。
そんなことは言えないけれど。
「ほ、本当ですか!? よ、よかったぁ。教会の偉い方々には会うことすらできないし、他所の治療院に行っても本業があるからと断られてしまって。また断られたらどうしようかとっ......!」
俺の言葉に、安堵の表情を浮かべるマリエッタ。
何かに納得したかのように、うんうんと頷くユエル。
そうして、話が纏まりかけたところで――
「ちょ、ちょっと待って、そんなの、危険なんじゃない?」
エリスが、羞恥に頬を染めながらも、口を開いた。
顔は赤いけれど、表情は真剣だ。
でも、そんなことより、今すぐに着替えに行った方がいいんじゃないだろうか。
手で胸元を隠しているけれど、隠し切れていない。
それとも、そこまで俺のことが心配なんだろうか。
やれやれ。
やれやれやれ。
全くエリスは仕方が無いな。
「シキが行くとなれば、ユエルちゃんだってついていくでしょう? ユエルちゃんは戦えるけど、やっぱり心配よ」
あ、ですよね。
俺はそうそう死なないからね。
治癒魔法も使えるからね。
「わ、私は......何処であろうと、ご主人様についていきます! ご主人様を、お守りします!」
そして、エリスの言葉にユエルがこう返す。
表情を見る限り、その決意はかなり固そうだ。
視線がチラチラとエリスの胸に向いているのが気になるけれど。
「えぇっと、一応、個人的な護衛ということであれば、問題はありません。冒険者ギルドでシキさんの話を聞いた時にも、いつも一緒に居るダークエルフの少女は相当に強い、と聞いていますし。騎士団としても、シキさんの安全を保証はしますが......その、絶対というわけではありませんから」
騎士団としても護衛の同行を断ったりしておいて、その上で怪我でもされたら不味い、ということか。
正直、ここでマリエッタがユエルの同行を拒否してくれれば楽だったんだけれど、騎士団のスタンスとしてそうはいかないようだ。
まぁ、ユエルはスキルを持っているし、迷宮で実戦の経験もある。
足手まといにはならないだろう。
連れていってもいいのかもしれない。
俺は行くけどユエルは待っていろ、と説得するのも難しいだろうし。
経験的に。
「あっ、でも、もちろん心配はいりませんよ? しっかり騎士団で守りますから! 以前街道に出没したアーマーオーガの亜種でも、森の奥に住み着くフォレストコドラの群れでも、騎士団は遅れを取ったりしませんので!」
聞いたことのない魔物だけれど、名前からなんだか強そうな雰囲気は伝わってくる。
このあたりにいる強い魔物を挙げたんだろうか。
エリスを見ると、難しい顔をしているが、これ以上は何も言わないようだ。
ユエルの顔を見て、説得が難しそうだと感じとったのかもしれない。
「そ、それでは、今日は失礼しますね。出発は明日の早朝、街の南門に集合でお願いします」
そして、マリエッタは最後にそう言うと、はっとしたようにエリスを見て――
「......あ、あと、その、出来れば教えて欲しいんですが......どうすればそこまで大きくなるんですか? や、やっぱり......揉んだりすると良いんでしょうか?」
――エリスにこう聞いた。
マリエッタが帰ってからのユエルの表情は暗い。
エリスは胸を育てるために、胸を揉んだりなんてしていない、とマリエッタに言っていた。
そして、特別なことは何もしていないと、手をブンブンと振りながら、恥ずかしそうに説明していた。
そのせいだろうか。
今、ユエルに声を掛けるのはやめておこう。
マリエッタが言った「揉むと大きくなる」なんてことを真に受けている可能性も無いでもない。
お願いされてしまう可能性もある。
それからしばらくすると、立ち直ったらしいユエルの方から、俺に声を掛けてきた。
少し表情がぎこちないような気もするけれど。
「ご主人様、買い物に行きませんか?」
「買い物?」
「はい、街の外に出るなら、相応の準備をしたいです。それに、その......」
そして、ユエルが自分のバンクカードを手に握り、もじもじとしはじめた。
なるほど。
わかった。
最近、ユエルはよくバンクカードに表示される残高を見つめていた。
たまに時間を見つけては行っていた酒場のアルバイト。
ついに、お金が溜まったということだろう。
それからユエルに言われるがまま街に出て、ナイフの予備を増やしたり、食糧やらなにやらを購入した後のこと。
ユエルに手を引かれた俺は......街の中央付近にある、アクセサリーショップにやってきていた。
チラリと商品棚を見てみると、多くの種類の指輪や腕輪、ピアスやイヤリングが並んでいる。
なんだろう、少し嫌な予感がする。
もしかして、ユエルから指輪をプレゼントされてしまうんじゃないだろうか。
それも、左手の薬指にはめるようなやつを。
ユエルが精一杯働いたお金をはたいて指輪を買って、そして期待を込めたユエルの純粋な瞳で見つめられたとしたら、俺はそれを無視できるのだろうか。
俺に指輪を渡した後、どこの指につけるかをその青い瞳でじっと見つめるユエル。
俺が左手の薬指以外の指につけようとすると、それを見て涙ぐむユエルの姿が簡単に想像できる。
もしそんな状況になれば、俺は薬指に指輪をはめてしまうかもしれない。
そして、治療院に帰ってエリスにドン引きされる、と。
そんな展開もありそうだ。
そんなことを考えていると、ユエルが手に何かを持ってやってきた。
「ご主人様、これ、その......お返しです」
ユエルがその手に持っていたのは......加工した魔石らしきものがあしらわれた、腕輪だった。
「う、腕輪か」
良かった。
指輪じゃなかった。
指輪じゃなくて本当に良かった。
「はい。ほんの少しだけですけど、致命的な攻撃を肩代わりしてくれる魔法がかかっているらしいです。発動すると、その......割れてしまいますけど」
ただの装飾品かと思えば、やけに実用的な一品だ。
いや、ユエルらしいといえばユエルらしいんだろうか。
そして、高そうでもある。
僅かとはいえ魔法のかかったアクセサリー。
ユエルのバイト代なんて、全部なくなってしまうぐらいの値段がするのではないだろうか。
俺はユエルに千ゼニーぐらいのネグリジェを買っただけなのに。
そういえば、心なしか少しユエルの表情も暗いような気がする。
やはり、吊り合っていないのかもしれない。
「あぁ、店員さん、これと色違いのその腕輪をくれないか」
「はい、えぇと、二万ゼニーになりますね」
......この腕輪、日本円換算だと二十万円ぐらいか。
ホワイトデーですら三倍返しなのに、どうやらユエルは二十倍返しをしてくれたようだ。
値段に少し引けてしまったが、まぁ僅かとはいえ、魔法のかかったアクセサリーなら安い方だろう。
そして、代金を支払って店員に色違いの腕輪を貰い、なにやら落ち込んでいるユエルの腕につけてやる。
「お揃いだな?」
「っ......! はい!」
ユエルはパァッと表情を輝かせて、嬉しそうにその腕輪をそっと撫でた。
書籍化します。
詳しいことは活動報告に。




