購入。
今回ちょっと短いです。
「ちょっ、ちょちょちょっと待ってください! それは流石に駄目です! そ、それにそもそも、か、身体で払うつもりなんてないですから! ハイヒールなんだから五万ゼニーぐらいですよね? ちゃんと後で、お金で払いますから!」
首をぶんぶん横に振りながら、その巨乳を掻き抱くようにして隠す冒険者。
流石に不味い発言だったかもしれない。
どうやら誤解させてしまったようだ。
「あー、いや、違う! そういう意味じゃなくて......」
閃いたと言っても、この冒険者ちゃんの巨乳を合法的に、そしてユエルにバレずに触る方法を、ではない。
俺が思いついたのは、エリスの治療院を買う方法、つまり金を稼ぐ方法だ。
確かにこの冒険者ちゃんには治療の代金を身体で払ってもらうつもりではあるけれど、それは性的な意味ではない。
直前までそっちの方を考えていたから、ついつい誤解を招く表現になってしまったけれど。
「ご、ご主人様! それなら、それならわたしが......」
ユエルも勘違いしているようだ。
横に座るユエルは、俺の手をキュッと握りしめ、上目遣いで俺の目を見つめている。
......恥ずかしそうに頬を赤らめ、太ももをもじもじとこすり合わせながら。
一体わたしがどうするつもりなんだろうか。
ちょっと考えたくない。
周囲を見渡せば、チラチラとこちらを見る視線がある。
酒場で、それも大声であんなことを言ったせいか、注目を集めてしまったようだ。
この視線は......。
治療行為の後に叫んだ、身体で払えという発言。
自分の身を掻き抱き、こちらを睨む冒険者ちゃん。
幼いユエルの、もじもじとした態度。
......間違いなく軽蔑の視線です。
これはマズイ。
「ち、違う! あれは言葉のあやで......そ、そういう意味じゃないんだ! ただ、代金は要らないから、あんたに迷宮で手伝って欲しいことがあるんだよ! そう、迷宮で返して欲しいんだ!」
「.......迷宮で手伝って欲しいこと......ですか?」
とにかく「迷宮」を強調する。
冒険者なのだから、これで意図は伝わるだろう。
冒険者ちゃんの顔をみれば、得心いったような顔をしている。
どうやら一応、冒険者ちゃんの方の誤解は解けたらしい。
周囲を見れば、視線も大分和らいだ。
誤解だとわかってもらえたようだ。
危なかった。
あの人に治療してもらうと代金に身体を要求される、なんていう噂が流れでもしたら、これからの計画に支障が出るところだった。
冒険者ちゃんに向き直る。
ふと目に入った巨乳に「その巨乳を使って、手伝って欲しいんだ」と言いたい気持ちがムクムクと膨らむが、なんとか押さえつけながら続ける。
「あぁ、実はな......」
「わたしがっ、わたしがお手伝いしますからっ! め、迷宮でも大丈夫ですから!」
......ユエルの誤解は解けていなかったようだ。
半分涙の浮かんだ、必死そうな顔で、そんなことを言うユエル。
こっちを見てとばかりに俺の服をくいくいと引っ張っている。
迷宮でも大丈夫って、一体何がどう大丈夫なんだろうか。
今の話を聞いて、俺が冒険者に迷宮で何をさせようとしていると思っているんだろうか。
考えてはいけない気がする。
いや、考えたくない。
まぁ、どうであれ誤解は解かなければならない。
「ユエル、そうじゃないんだ。どういう意味で言ってるのか俺にはさっぱり想像できないしわからないが、きっと多分、そうじゃない」
そう、俺が手伝って欲しいのは、ただ一つだ。
「迷宮で手伝って欲しいことっていうのは......ヒュージスライムの討伐だよ」
そして、三日後。
「それじゃ、皆さんお願いします!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
七階層のボス部屋。
ヒュージスライムを前に、盾を構えた冒険者達がズラリと並ぶ。
その数、十人。
ほとんどがジャイアントアント被害者の会の皆さんだ。
そんな会は無いけれど。
この人数は、三日をかけてエイトやゲイザー、それと治療院の客の冒険者達に「怪我をしているけれど治す金が無い冒険者」を紹介してもらった結果である。
今回協力を頼んだ冒険者は、ほとんどが駆け出しの冒険者達だ。
ここの迷宮は、七階層のドロップが労力に比べて非常に美味い。
スライムは一階層のファングラビットと同じぐらい弱いのに、落とす魔石は七階層級。
つまり、多くの冒険者達が七階層で狩りをしたがっている。
けれど、七階層に行くには六階層を超えなければならない。
そして、その六階層にはジャイアントアントが居る。
そこそこ迷宮慣れしているエイトや、六階層を全力で走り抜けようとしていただけの俺の足を、不意打ちで軽々と食いちぎったあの恐ろしいジャイアントアントである。
駆け出しの冒険者で、金に目が眩み、実力不相応でも六階層を越えようとする冒険者は多い。
そして、ジャイアントアントに足を美味しくいただかれる。
けれど、足を失って再起不能、冒険者稼業を続けられなくなる、なんていうことはあまり無い。
大きな治療院か、教会にでも行って治せばいいからだ。
しかし、貧乏な冒険者は、その代金を支払えない。
誰かに借りようにも駆け出しの冒険者なんかに金を貸してくれるようなところもなかなか無い。
手が動くなら冒険者以外の仕事も無いでもないが、それで食い繋ぐことはできても、すぐに治療費をためられるような冒険者は多くなかったようだ。
というわけで、そういう冒険者を探し、紹介してもらい、三日もかかってしまったがやっとヒュージスライムに対抗できる戦力を集めることができた。
集まったのはほとんどが駆け出しで、スキルも持っていないような冒険者だ。
全員の実力が高いというわけではない。
というよりも、低い。
けれど、それで問題ない。
俺が求めているのは、ただの肉壁なのだから。
ヒュージスライム狩りで大金を稼ぐには、ネックになる部分があった。
ヒュージスライムのレアドロップは二十万ゼニーと高額だ。
けれど、ヒュージスライムを安全に倒すには、あの巨体を確実に受け止められるだけの数の肉壁が必要である。
しかし、パーティーメンバーが増えれば増える程、分け前は減ってしまう。
――そこで俺は、金の無い冒険者達に、怪我を無料で治す代わりに一日ボス狩りに付き合って欲しい、と誘いをかけた。
金の無い冒険者を治しても、後払いでは治療院の競売までに間に合わない。
それならば、その冒険者の肉体を使ってさっさと支払ってもらおうというわけだ。
冒険者達は、まとまった金を工面できずに怪我を治せない、という問題をたった一日の労働で解決できてハッピー。
そして俺は、ヒュージスライムのドロップを独り占めできてハッピー。
まさにWinWinの関係である。
鈍い大きな音を立て、衝突するヒュージスライムと冒険者達。
人数が多くてもやはり前衛の中央には負担が偏るようで、どうしても怪我人は出ている。
ここに、二回目の突進を受ければ戦線は崩壊してしまうかもしれない。
「エリアヒール!」
けれど、俺が居る限りはすぐに復帰できる。
それも、何度でも。
怪我の痛みも一瞬だけだ。
「「「ファイアーボール!」」」
魔法使いの冒険者も三人確保できた。
体当たり直後、隙だらけのヒュージスライムに三発の魔法が突き刺さり、スライム質が弾け飛ぶ。
殲滅速度も、ゲイザー達と来た時に比べ大分早くなっている。
このペースなら、なんとか今日中に百万ゼニー以上の金額を稼ぎ出すことができるだろう
それにしてもボロ儲けである。
流石にジャイアントアント被害者の会の方々はもう居ないかもしれないが、しばらく時間が経ったらまたやるのも良いかもしれない。
そんなことを考えていると、ユエルが小さくなったヒュージスライムにとどめを刺した。
「ご主人様! スライムの雫です!」
駆け寄るユエルの頭を優しく撫で、ドロップをアイテムボックスにしまう。
まずは、一個だ。
それから、丸一日ヒュージスライム狩りを繰り返した。
ドロップの売却を終え、宿に戻る。
手元に残った金額は、百六十万ゼニー。
本来ならこれを人数分で分配し、そこから更に高価なポーション代が引かれるところなのだが、今回はそれが無い。
丸々と大金が残る結果になった。
そして、翌日、治療院の競売の日。
俺は、エリスの治療院を競り落とした。




