ボス戦。
「ヒュージスライムって、あの七階層のボスだろ? 俺達で倒せるのか?」
ヒュージスライムは直径三メートルという巨体を持つ、七階層のボスである。
特性はほぼスライムと同じだが、その巨体からくる攻撃力と耐久力は、今まで戦ってきた魔物とは一線を画すだろう。
それにエイトとゲイザーはそこまで強くは無い気がする。
エイトもゲイザーも長剣のスキルを持ってはいるが、動きを見る限りではユエルのように特別キレが凄いとか、技量があるとか、そういうわけでもなかった。
なんというか、普通に武器を扱うのが上手い。
その程度だ。
「もう一度は倒してるんだよ。ほら、シキを送った時のパーティーメンバーいただろ?」
エイトが言う。
「あー、あの時か」
そういえばあの時、エイトのパーティーには魔法使いもいた。
ユエルを探しに迷宮に潜った俺が、ボス部屋の前でエイト達に会ったのはただの偶然じゃなかったのか。
あの時、エイト達はボスを狩った後か何かで、休憩でもしていたのかもしれない。
「でも、俺抜きで問題なく倒せるなら、俺が行く必要も無いんじゃないのか?」
「いや、今回もあのメンバーで行くつもりではあるんだが......スライムといってもボスはボスだからな、あの時はなんとか倒すことは出来たが怪我もした。高価なポーションも使うことになって結局赤字でな。そういうわけでまぁ、シキには回復役を頼みたいんだ」
「あぁ、なるほどな」
ポーション代を浮かせたいということだろう。
ポーションは魔法薬の一種だ。
回復効果の大きさにもよるが、相当高価だったような気がする。
......それにしてもヒュージスライムか。
ヒュージスライムのレアドロップはスライムの雫、高価な魔法薬の原料で、ひとつ二十万ゼニー。
戦闘一回あたりの時間とドロップ率次第ではあるが、もしかしたらこれで大金を稼ぐこともできるかもしれない。
しかし、明日ボス狩りに行くとなると、問題はユエルだ。
正直、ユエルがボス戦で役に立つことはないだろう。
小柄な体格で、短剣しか扱えないユエルに巨大なヒュージスライムの相手は難しいはず。
今日も酒場で働きながら留守番してもらう、というのがベストな気がする。
「ユエル、明日なんだが......」
そしてユエルに留守番をお願いしようと、横を見ると――
ユエルは「明日が楽しみですね、ご主人様!」とでも言わんばかりのキラキラとした目で俺を見ていた。
行く気満々じゃないですか、ユエルさん。
どうやらしっかりエイト達との話を聞いていたようである。
駄目だ。
もうこれは完全に期待してしまっている。
明日、俺がユエルを置いて行こうとしているなんて、微塵も思っていないような影の無い笑顔。
しかし、今回、ユエルは留守番だ。
いや、でも。
......俺は、この眩しい笑顔に向けて「留守番していろ」だなんて言えるのだろうか。
「明日が楽しみですね、ご主人様!」
言えない。
こんな純粋な笑顔に向けて「お前、今回は役立たずだから待ってろ」なんてどの口が言えるというのか。
......いや、しかしここは心を鬼にするべきところである。
多分、ユエルが一緒に行ってもただ危険なだけだろう。
「ユエル、悪いんだけどな......」
そして、断固たる決意を持ってユエルに声を掛けたところで――
「あー、シキだけじゃなくてな。ユエルちゃんにも来てもらった方がいいんだが」
ゲイザーが割り込んできた。
どういうことだろうか。
「......別に必要ないんじゃないか?」
「いや、ヒュージスライムは核に攻撃が届かねぇから外側から少しずつ削っていくんだがな、ある程度小さくなってくるとかなり機敏な動きをするんだよ。普通のスライム以上にな。最初は戦わなくてもいいが、最後の止めだけやってもらいてぇんだ。ユエルちゃんは素早い上にかなり器用だし、適任だろ。まぁ後ろに攻撃は通さねぇから、心配すんな」
どうやら理由があったらしい。
最初は戦わなくて良いというなら大丈夫だろうか。
ユエルが危険なのは、ヒュージスライムが巨体だからだ。
体が小さくなったヒュージスライムを相手にする程度なら問題は無いだろうか。
それにユエルが来れば儲けの分配も増える。
金を稼ぐという目的を考えれば、来てもらったほうが良いのかもしれない。
そして翌日。
エイト達が連れてきたのは、以前、俺が迷宮で会ったメンバーと同じだった。
杖を持った男が一人と、前衛職だろう男が四人だ。
前回はあまり意識していなかったが、なんだか全員チンピラっぽい雰囲気を醸し出している。
類は友を呼ぶというやつだろうか。
癒しはユエルのみである。
その五人をパーティーメンバーに加えて、俺たちは順調に迷宮を進み、今は六階層を進んでいた。
そして――
「「ひぃっ......!」」
俺とエイトの悲鳴が通路に響く。
六階層の中盤、角を曲がったところで不意に、五体のジャイアントアントと鉢合わせたからだ。
獲物を見つけ、嬉しそうにガチガチと顎を鳴らすジャイアントアント。
以前足を齧られた光景が蘇る。
あれから何度も迷宮に潜っているが、今でも不意に出会うと心臓が跳ねる。
どうやらエイトも同じなようだ。
俺と同じく、きっとトラウマなのだろう。
「あぁ、シキもこいつにやられたんだっけか? まぁこのあたりで大怪我するとしたらジャイアントアントに足をやられるのが一番多いからなぁ」
しみじみとゲイザーが言う。
そんなことよりさっさ倒してくれ。
「そういえば、俺の知り合いも最近こいつにやられちまったんだよ。しかも今はまとまった金が無くて治療できないらしくてな。神官さんよ、欠損もいけるんだろ? パパッと治してやってくんねーか? 金はねーけどな、ははははは」
チンピラAもそんなことを言い出す。
笑ってないでさっさと倒せよ。
「まぁ、後払いでも払ってくれるなら構わねぇよ」
冒険者の怪我の治療。
これは伝手がある。
エイトやゲイザーの知り合いを紹介してもらうか、それか治療院の客の冒険者にでも知り合いを紹介してもらえばいいからだ。
けれど、低階層で大怪我をするような、それこそジャイアントアントにやられるような冒険者はあまり金を溜め込んではいない。
ユエルの戦闘技能がやたら高いために見落としがちだが、駆け出しの冒険者は戦えば武器を傷めるし、怪我もする。
武器のメンテナンス代やポーション代、治癒魔法代というのはそういった冒険者の大きな負担になるのだ。
欠損の治療を出来る治癒魔法使いは多くないため、その相場は高額だ。
けれど、無いところから金は取れない。
そして冒険者という命の保証の無い職業柄、借金をさせることも難しい。
エリスの治療院を買うためには今すぐ金が必要ではあるけれど、どうせ今すぐ金が払えないなら、今後のためにコツコツ払ってもらうのもいいかもしれない。
「お、いいのか? 言ってみるもんだな。それじゃ、伝えとくわ」
「あ、それなら俺の知り合いも頼めるか? もちろんツケで」
チンピラAに便乗して、チンピラBもそんなことを言い始める。
「......後払いでも代金はしっかりもらうぞ」
欠損の治療は、並の治癒魔法使いの魔力では一日にそう何度もできない。
これは治癒魔法使いにとって、かなり重要な収入源だ。
そして迷宮都市という場所柄、怪我人はどんどん湧いてくる。
というわけで普通の治癒魔法使いは後払いをあまり受け付けないが、俺の場合ここで治療をしたからといって後で魔力が不足するということも無い。
後払いでも不都合は無いだろう。
このチンピラ風の男達の知り合いがきちんと後で料金を払いにくるのか不安ではあるけれど。
そして、なんとか七階層のボス部屋までたどり着いた。
「よーし、準備しろ」
ゲイザーの声に、チンピラ達がアイテムボックスから大盾を取り出す。
金属製の、高さのある四角い盾だ。
タワーシールドというものに近いだろうか。
エイトやゲイザーも武器をしまって、そのタワーシールドを取り出している。
「作戦は前と同じで単純だ。まず、俺達がヒュージスライムの攻撃を全力で受け止める。そして動きが止まった止まったところに魔法を打ち込んでやつを削る。これの繰り返しだ」
どうやらボス戦はゲイザーが仕切るようだ......が、随分と乱暴な作戦だ。
「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ?」
正直、脳筋にしか思えない。
「大丈夫だ。最初の一撃さえ受け止めて魔法を打ち込んじまえば、ヒュージスライムもあとは小さくなっていくだけだからな。同じことを繰り返すだけで良い。ただ、最初の一撃だけは注意が必要だ。これを受け止められなかったら作戦は失敗、大怪我をする可能性もある。その時はすぐに回復してやってくれ」
初撃を防げるかどうかで成否が決まる。
最大威力の初撃を確実に防ぐためのタワーシールド装備なのだろうか。
まぁ安全に勝てるならなんでもいいんだけれど。
「あぁ、わかった」
「まぁ、この人数なら大丈夫だとは思うがな」
「さて、準備はいいか?」
エイトがボス部屋の扉に手をかけながら言う。
そして、全員がそれに頷く。
「いくぞ!」
ゲイザーの野太い声と同時に、扉が開く。
その奥には、広い空間が広がっていた。
三十メートル四方はある、大きな部屋だ。
そして、その中心にはスライム。
ワゴン車程度の大きさのスライムが、ぷるぷると震えていた。
「横一列に並べ! 来るぞ!」
前衛組六人が横一列に並び、盾を構える。
ほぼ同時に、スライムの震えが止まり、ゴロゴロと音を立てながら転がってくる。
攻撃の瞬間だけ硬質化するという、スライムの特性のせいだろう。
自重のせいか、普通のスライムのように飛んだり跳ねたりはできないようだが、それでもかなりの威力がありそうだ。
それこそ自動車が突っ込んでくるようなものだろうか。
そして、直撃。
金属に硬いものがぶつかる、鈍く大きな音が部屋に響く。
盾を構えた前衛達が押され、列が大きく歪む。
相当な衝撃があったようだ。
しかしそれでも、タワーシールドを構えた前衛組は、きっちりヒュージスライムの突進を止めていた。
そしてやはり、かなりのダメージがあったらしく腕を痛そうに抱えている奴も居る。
さっきの衝撃から考えて、骨にヒビぐらいは入っているのかもしれない。
まさに肉壁という感じだ。
「エリアヒール!」
範囲型の治癒魔法を唱え、前衛組を治療する。
これは難易度は低いが、同時に複数の人間に向けて治癒魔法をかけるために魔力の消費が大きい治癒魔法である。
ヒールと同程度の効果しかないが、単純な骨折程度ならこれで十分だ。
しかし、この作戦は単純ではあるけれど、案外良いかもしれない。
ヒュージスライムの突進は、一人で受け損なえば死ぬ危険性もあるが、この陣形の場合しっかり全員にダメージが分散されている。
確実にダメージは受けるけれど、全員がヒュージスライムの攻撃を回避しながら戦うよりも万一のリスクは低そうだ。
そして多少の怪我なら治癒魔法で治せる上に、その治癒魔法を使うのは俺。
無尽蔵だ。
どうやら、ゲイザーの癖にしっかり考えていたようだ。
「ファイアーボール!」
俺が治癒魔法を放つとほぼ同時に、魔法使いの詠唱が終わる。
サッカーボール大の燃え盛る火の玉がヒュージスライムに向かって放たれる。
ヒュージスライムの一部が爆発し、弾け飛ぶ。
ヒュージスライムはすぐに寄せ集めるようにして身体を再生するが、一割程縮んだような気がする。
ヒュージスライムが魔法に怯んでいる間に、前衛組が列を作り直し、盾を構える。
あとはもう繰り返しの作業のようなものだった。
小さくなり、だんだんと軽くなるヒュージスライムの攻撃。
それを複数の前衛職で危なげ無く受け止め、そこに魔法を飛ばす。
最後は小さくなってしまってもう全然ヒュージじゃないヒュージスライムを、ユエルがナイフの投擲で倒していた。
やたら素早かったが、ユエルは一撃でとどめを刺していた。
どうやら連れて来て正解だったらしい。
そしてドロップはただのスライムゼリー。
それから五回ボス狩りを繰り返してやっとスライムの雫を出した頃には、もう昼を過ぎていた。
清算をして酒場。
今回の利益は一人あたり、約二万ゼニーだった。
流石に怪我前提、治癒魔法や回復ポーション必須の狩りだけあって、大分旨みがある。
......でも、足りない。
一般的な冒険者としては破格の収入ではあったけれど、俺の目標には全く届かない。
一個二十万ゼニーのレアドロップと言っても、九人で分配すれば、一人頭二万ゼニーと少し。
何度もボス狩りを繰り返せばいつかは百万ゼニーにも届くかもしれないが、今は時間が無い。
今日をのぞいて、あと五日で百万ゼニー、いや、それ以上の金額を貯めなければならないのだ。
酒場の治療院スペースに座りながら、考える。
いつもは下着の色でも想像しながらミニスカウェイトレスを眺めているだけだったが、今はそんなことはしていられない。
今日を除いてあと五日で、金を稼ぐ方法。
これを考えなければならない。
「あ、あのー、後払いでも治療をしてくれるという話を聞いて来たんですけれど。本当ですか?」
ひたすら思考に没頭していると、女性に声を掛けられた。
片足の先が無いらしく、木製の簡素な義足をつけている。
多分、今日チンピラ冒険者Aが言っていた、怪我をした知り合いの冒険者というやつだろう。
早速俺のことを伝えていたらしい。
俺としては今すぐ金が欲しいが、無いものは仕方が無い。
「あぁ、怪我はそれだけか?」
「はい、ジャイアントアントにやられちゃいまして。魔法が使えるからなんとか暮らしてはいけるんですけど、貯金が無いから治療できなかったんですよ」
「やっぱりジャイアントアントか『ハイヒール』」
ハイヒールは、ヒールとエクスヒールの間にある魔法だ。
エイトの時は失血で体力が落ちていたようだからエクスヒールを使ったが、ただ単純に四肢の欠損を治すだけならこれで十分である。
ちなみにエリスはハイヒールを使えない。
平均的な治癒魔法使いは欠損を治療できず、欠損を治療できるのは治癒魔法使いの中でも優秀な部類の人間だけである。
そしてその優秀な治癒魔法使いでも、一日に何度も欠損の治療を行うことはできない。
魔力不足のためだ。
「あ、ありがとうございます! えっと、でも本当に後払いでよかったんですか? こんなことを言ってはなんですけど、私てっきり、身体でも要求されるんじゃないかと思って」
まぁあんなチンピラみたいな冒険者に紹介されれば不安にもなるだろう。
この女冒険者、よく見れば巨乳な上に、顔も悪くない。
ルルカのように身体で払ってもらう、というのも魅力的ではある。
ただのヒールの代金が胸を揉むことであるならば、ハイヒールの代金を身体で払うとどうなるのか凄く気になるところではある......けれど、今は隣にユエルが居る。
身体で払ってもらうなんて、そんな真似はできない。
「いいんだよ、当然のことをしたまでだ」
ユエルは治療をする俺のことを、純粋な尊敬の眼差しで見つめている。
そう、このイメージを崩すわけにはいかない。
身体で払ってもらうなんて、そんな真似はできない。
「あ、ありがとうございます。本当に良い治癒魔法使いさんを紹介してもらって良かったです! お金は今はないですけど、そのうち、必ず払いますから!」
嬉しそうな笑顔を浮かべる女冒険者。
視線を下に向ければ、起伏のある、実に女性らしい体のラインをしていることがわかる。
いや、身体で払ってもらうなんて、そんな真似は......。
「ありがとうございました!」と、感謝の礼をする彼女。
その大きな胸がたゆんと揺れる。
ユエルにバレなければ問題無いのではないだろうか。
いや、駄目だ。
駄目だ。
まだ初対面だ。
流石に時期尚早だろう。
それに、身体で払うといってもどうやってユエルにバレずに......。
――閃いた。
「そうか、そうだよ、その手があった、前言撤回だ! やっぱり、その身体で払ってくれ!!」
「えっ、ええええええ!?」
以前あった治癒魔法使いの給料の相場についての描写は、ハイヒールが使えない一般的な治癒魔法使いの給料、ということでお願いします。




