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気になる。

 「......ねぇシキ、それ、いつもやってるの?」


 迷宮一階層。

 ファングラビットを倒し、ドロップを回収したユエルを俺が撫でていると、ルルカがこんなことを言ってきた。


 「そうだけど、どうかしたか?」


 右手でゆっくりとユエルの頭を撫で、左手は顎の下をくすぐるように、細かく動かしていく。


 昨日のビッグチック戦のことを僅かに引きずっているのか、ユエルは頭を撫でられる事への抵抗は無いようではあるけれど、以前のように抱きつく程の密着はして来ない。

 俺はそれに僅かな物足りなさを感じつつも、目の前のさらさらとした銀髪を、じっくりと撫で続ける。


 そんな光景を、ルルカがなんとも言えない、複雑そうな顔で見つめていた。


 「別に、なんでもないんだけど......」


 なんだか不満そうな声だ。

 やはりまだ、俺のことをロリコンだとでも思っているんだろうか。


 だが、これは俺の「仕事」だ。

 ユエルのモチベーションを向上させるためのスキンシップだ。

 止めるわけにはいかない。


 それに、これを止めてしまったら、俺は本当に後ろで立っているだけになる。

 この撫では、迷宮における俺の存在価値そのもの。

 ヒモはヒモらしく、ユエルを褒めて、撫でて、労って、気持ちよく次の戦闘に向かえるように尽力すべきなのである。


 それに加えて、ユエルを撫でるのは個人的に楽しいものがある。

 ユエルに慕われている、懐かれている、というのが実感できる。

 これを止めるなんてとんでもない。





 一階層、二階層、と迷宮探索を続ける中で、ルルカの戦闘スタイルがだんだんとわかってきた。


 ルルカは片手剣と盾を使う軽戦士で、敵の攻撃を弾き、受け流し、隙があれば攻撃をするという戦い方だ。

 鑑定してみた結果、どうやら盾のスキル持ちのようで、ルルカは相手の攻撃を流したり、注意を引く事に長けていた。

 自分の後ろに魔物が向かいそうな時には小石を投げて注意を引いたり、相手の移動を妨害するように立ち回ったりするのがかなり上手い。

 攻撃自体はそこまで得意ではないようだが、確実に二体以上の敵を引き付け続けてくれるため、なかなか安定感がある。

 これがメイン盾ってやつだろうか。

 

 そんなルルカが敵を引きつけているおかげで、ユエルも殲滅に集中できるのか、俺達はいつも以上に順調に迷宮を進んでいった。




 そして五階層。


 目の前にはビッグチックが四体。

 ルルカがいるというのを除けば、昨日と同じシチュエーションだ。


 ユエルが、俺を守れなかったと泣いていた光景が脳裏を過る。


 これはチャンスだ。


 「ちょっと待ってくれ」


 ビッグチックを目視したユエルとルルカが駆け出そうとするが、声をかけて引き止める。


 今こそ、ユエルが自信を取り戻すチャンスである。


 「ルルカ、今回はユエルに任せてみてもいいか?」


 過去の失敗を乗り越え、自信をユエル自らの手で掴み取るのだ。

 昨日とは違い、投げナイフもある。

 きっと、今のユエルなら一人でもどうにかできるだろう。

 

 



 「うわー、凄いねぇ」


 揃って喉からナイフを生やし、崩れ落ちるビッグチック四体。

 ユエルのナイフ投げの結果である。


 想像はしていたけれど、ユエルさん、凄い。

 普通にナイフを手に持って接近戦をするよりも圧倒的に早い。

 いくらビッグチックが直線的な動きしかしないからといって、十数メートル先にいる魔物の喉にナイフを当てるなんてそうそうできることではないだろうに。

 ユエルに尊敬されたいのに、もう俺がユエルを尊敬してしまいそう。


 「やりました! ご主人様ぁ!」


 ドロップとナイフを回収したユエルが駆け寄ってくる。

 まさに俺の胸に飛び込んで来るような勢いで。

 そこに遠慮は無いように見える。

 完全に吹っ切れているようで、ユエルは喜色満面の笑みを浮かべている。


 ユエルは過去を乗り越え、自信を取り戻したのだ。

 こんなにも無邪気にユエルが喜んでいると、俺も、まるで自分のことのように嬉しくなってくる。


 「すごい、すごいぞユエル!」


 飛び込んでくるユエルを優しく抱きとめ、頭を撫でる。

 俺の腰に両手を回し、頭をぐりぐりと身体に押し付けてくるユエル。

 その背中に手を回し、もう片方の手でユエルの頭を力強く撫でる。

 頭を撫でると、腕を押し返すようにユエルが頭を擦り付けてくる感触が返ってくる。


 懐かしい感触。

 懐かしい反応。


 ユエルが気落ちしていたのはたった一日だけのはずなのに、随分長い間この反応を見れてなかったように感じる。


 なんだか嬉しい。

 なんだろうこの気持ち。


 そう、かわいい愛娘が運動会のかけっこで一位を取った時のような。


 全力で褒めてあげたい、そんな気持ちが溢れてくる。

 この喜びをもっと表現したい。

 もっと、もっとユエルを褒めてあげたい。


 ただいつものように頭を撫でるだけ。

 これだけでは駄目だ。

 今日はユエルが過去を乗り越えた日、そう、記念すべき日なのだから。


 しゃがみこみ、ユエルの膝の裏と背中に手を回し、ユエルを横向きに抱き、一息に持ち上げる。


 お姫様抱っこである。


 ユエルは一瞬驚きの声をあげるが、すぐに俺の首に両手を回し、鎖骨のあたりに頭をぐりぐりと押し付けてくる。

 上半身の安定はそのまましがみついてくるユエルに任せ、下半身だけを左腕で支える。

 そして余った右手でひたすら頭を撫でる。

 ユエルの頭を胸板に押し付けるような形だ。


 「ユエルは凄いなぁ」


 褒めて、撫でて、褒めて、撫でる。


 ユエルは嬉しそうな声をあげながら、もっともっとと言わんばかりに頭をぐりぐりと擦り付けてくる。

 俺はそんな可愛らしいユエルの頭を抱きしめるように――


 「ちょっ、ちょっと待ってよ! お、おかしいでしょ!?」


 唐突に、ルルカの叫びが聞こえた。


 顔を赤くしたルルカが、こちらを見ながら、なぜか驚きに目を見開いている。


 「何がおかしいって?」


 頑張った子どもを褒めてスキンシップを取っているだけだ。

 おかしいところなんて何もない。


 「え、えっと、いやっ、だって、ユエルちゃんには手を出さないって......」


 別に手は出していない。

 頑張ったご褒美にお姫様抱っこで頭を撫でているだけだ。

 これに性的なものは一切無いし、これは最早、親子のスキンシップに近いだろう。


 それともルルカの言う手を出さない、というのは文字通り手を触れないというレベルのものなのだろうか。

 それでロリコン認定だとしたら流石に厳しすぎる。


 「撫でてるだけだろ?」


 「そうだけど、そうなんだけど......ほ、ほら、お姫様抱っことか......」


 ルルカがなにやら挙動不審な動きをしながらそんなことを言う。

 なんだか落ち着きが無いように見える。

 なんだろう、この反応は――


 ルルカのことに意識を向けていると、ユエルがもぞもぞと動きだした。

 どうやら撫でる手が止まっていたらしい。


 俺の首の後ろで指を組み、ぶら下がるように回されていたユエルの手が、俺の首をまるで抱きかかえるかのように動いていく。

 手と指で俺の首にぶら下がっていたユエルが、肘の関節で俺の首を抱くように。


 「私の、ご主人様」


 耳元に向けてそう囁くユエルの横顔が、まさに目の前、ほんの数センチ先にある。


 そしてそのまま、ユエルの頬が、俺の頬に近づいてくる。


 柔らかな銀色の髪が、頬をくすぐる。

 しっとりとしたユエルの頬肉が、俺の頬に触れ、ぐにゃりとひしゃげる。


 そして、すりすりと、すりすりと、ユエルの頬が、俺の頬に押し付けられる。


 頬ずりだ。


 普段水浴びに使う粉石鹸の匂いに加えて、ほんのりと甘い匂いがする。

 なんだろう、心が洗われるような、そんな心地良さが広がって――


 「ほ、ほら、女の子がそんなにくっついちゃ駄目でしょー?」


 ――くると同時に、ルルカが俺とユエルの間に体を入れて割り込んで来た。


 密着している俺と、ユエルの間。

 つまり、俺の目の前に。

 ちょっと顔を動かせば触れてしまいそうな距離だ。


 普段とは違う、なんだか必死そうな表情のルルカ。

 言葉の穏やかさとは裏腹に、ぐいぐいと俺からユエルを引き剥がしにかかっている。


 「ルルカ?」


 そんなルルカと目が合う。


 自分で近づいておいて、今更距離の近さに驚いたのか、大きなルルカの目が、尚更大きく見開かれる。

 赤い髪によく似合う、青碧の、大粒の綺麗な瞳がよく見える。


 流石にこれだけ近いと、少し動揺してしまいそう。


 それはルルカも同じなようで、顔が赤く――いや「耳まで真っ赤に」染まっていた。


 ......あれ、なんだろう。

 流石におかしい気がする。


 「ルルカさん?」


 「なっ、なにかなぁ!?」


 硬直するルルカに声をかけると、真っ赤な顔をしたまま、パッと大きく距離を取る。

 離れた後も、俺と顔を合わせようとせず、目線も横を向いたり下を向いたり安定していない。


 なんだろう。

 この反応。

 それに、ユエルと俺の密着を止めた時のあの態度。


 もしかして。

 もしかするんじゃないだろうか。




 ......いや、騙されるな。

 冷静になれ。

 ルルカの今までの行動を考えるんだ。

 治療院でも、勘違いさせられて治療費を値引きさせられた事が何度あったか。


 これは演技かもしれない。


 ......でも、これは本当に演技なんだろうか。

 ルルカの不安そうな表情、赤く染まった頬、挙動不審な態度。

 これが演技なら、俺はもう女という生き物を信じられなくなりそうだ。


 いやしかし、今まで俺がルルカに好かれるような要素は無かったはずだ。

 命懸けでルルカのピンチを救ったりしたわけでもなく、ずっと長い時間一緒に居たというわけでもない。

 まだ、三ヶ月同じ治療院で生活していたエリスの方が可能性があるだろう。


 もしこのルルカの反応が俺の想像通りだったとしても、その原因、心当たりが全く無い。


 ルルカとは、治療院で治療して、お金を貰ったり貰わなかったりする程度の関係だけだったはずだ。

 ルルカは自身の魅力をわかっているし、軽く会話するだけで相手に惚れてしまうような、そんなちょろい女ではないだろう。


 いや、でも胸を触らせてくれたりしていたのは実は俺に惚れていたからで。

 いやいや、対価として治療費の値引きをさせられている。

 金のためだったはずだ。


 ......でも、もしかして、金に汚いような態度は単なる照れ隠しだったりするんだろうか。


 いや、それに、俺はつい最近までルルカの名前も知らなかった。

 その程度の関係だったはずだ。


 あれ、でもそういえばルルカは俺の名前を知っていた。

 ルルカに自己紹介したような覚えはないのに。


 なんだろう。

 アレだろうか。

 行きつけのコンビニで、かわいい店員が居たらチラッとネームプレートを見てしまうような感覚で俺の名前を――


 いや、治療院でネームプレートなんてつけてない。

 治療院でエリスが俺の名前を呼んだのを聞いた、というあたりがありそうな気がする。


 いや、名前をどうやって知ったかなんて関係ない。


 問題は、ルルカが俺のことをどう思っているか、だ。

 自意識過剰に過ぎるような気もするが、今のルルカの態度はあからさまに過ぎる。


 「俺の事、好きなの?」なんて聞ければ早いんだが、流石にそんなことは言えない。

 もし、万が一、予想が外れていたら、ルルカの中で俺のあだ名は一生「勘違い君」とかになりそうだ。

 毎晩ベッドで思い出しては「あああああっ」と唸ってしまうような記憶を作りかねない。


 聞くわけにもいかない、でも気になる。

 ――なんだろう、凄くもやもやする。

 

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