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ゲートキーパー

作者: 羽根ノ歌

 俺は天でゲートキーパーをしている。

もちろん、天とは天国みたいなところの事だ。

だが、ここ天の住人は俺の勝手知らぬところから入ってきたかと思うと、いつの間にやら居なくなっている。

正直ゲートキーパーとしての機能は果たしていないが、それはそれだ。

仕事をさぼったところで、文句を言いに来るやつなどいやしない。

今日も雲の上にかかった石のアーチの階段に座り込み下界を見下ろしていた。

 下の世界は時代の流れのような人の目に見えないけど確かに存在するウネリのようなものが世界を包み込み否応無しに人を急き立てて時計の針を動かしていく。

人は何かやらねばという切迫感と、はたまたどうでもいいやという倦怠感を両天秤にかけ、その間のモヤモヤとした感情の中で生きている様である。

「変わったなー。」

以前はこれほどキリキリしていなかった。もっと緩やかに時が流れていたものだ。

俺は巻きタバコを取り出すと一服した。

「下界じゃ、禁煙がはやっているんだったな。」

クスッと笑って煙を吐き出した。

生きるということは、なんにしても大変な事だ。

「おや?」

吐き出した煙の向こうに小さな人影を見つけ目を凝らす。

あぁ、また下の世界に未練がある者が来ているのだな。

俺と違い、明らかに誰かを探しているような雰囲気だ。

「まだ、小さな子供か・・・」

ここにくる子供の前世はあまりいい状況ではない。

どちらかというと、悲劇の確率の方が高いのだ。

「あの様子だと、ここに来た時は生まれる前、または死産・・・だったのかな・・・」

俺はしばらくその子を見ていた。

やがて向こうもこちらに気が付いた。だが視線をすぐ下に戻す。

まだ幼い女の子だった。雲の上に寝そべっていた。

女の子は、何かを見つけたのか嬉しそうな顔をして下界を見つめて笑っている。

俺は近づいてみることにした。

「やぁ、何を見ているんだい?」

女の子は顔を上げずに言う。

「おとうと。」

女の子の視線を追うがどこに弟がいるのかよく解らない。

「あぷぷー」

あやしているようだ。

「あ!!」

急に女の子が大きな声をあげた。

「どうした?」

「こっち、みた!!にっこにっこした!」

「見えるのか?」

と訊ねると、こくりと頷いた。

へぇ、こりゃ驚いた。下と居るものと交信できるとはね。

女の子はようやく2歳を過ぎたあたりのようだ。

そうか。成長していればそのくらいか・・・。

無邪気な姿が、俺には少し複雑だった。

女の子の顔が曇る。

「だっこ・・・いいな・・・」

弟がだっこされているのだろうか。母親の手を知らないんだな。

ここにいる子供達は親の都合であることが殆どだ。

そんな非情な母親でも求めるのだろうか?

「だっこされたいのか?ならおじさんがしてやろうか?」

まぁ、おじさんと言うほど歳は取ってないけど。

親切心というか、ちょっとかわいそうに想って言ったのだが、女の子は首を横に振った。

「いい。」

そういうと、またごろりと雲の上に寝転がる。

「なんだ。甘えたいんじゃないのか。」

その日、女の子は飽きることなく、いつまでも下界を見つめていた。


天の時の流れは一日はものすごく長いくせに、一年ニ年はあっという間に過ぎてしまう。

あれからあの女の子は時々現れては下界を見つめていた。

ある日の昼下がりだった。

「やぁ、また会ったね。」

やはり女の子は下界を見に来ていた。

今は、もう1人、弟の下に弟が出来た様だ。

兄弟が子犬のように遊ぶ。それを眺めているのが楽しいようだ。

「一緒に遊びたいな・・・」

物足りなさを感じているのだろうか?

だが、

「あ!!」

叫んだと同時だった。女の子の姿が消える。

俺はのんびり雲の数を数えていたが、女の子の声で緊張が走った。

「おい!どこだ!?どこへ行った!?」

俺は慌てて女の子を捜す。

「うっうう・・・」

雲の隅っこでうずくまっていた。

身体にひどい怪我をしている様だ。

「どうしたんだ!?」

女の子は俺の顔を見ると安心したようだ。

「おとうと。」

その言葉にはっとして、下界を見下ろし、対象を探す。

女の子に接触した兄弟はすぐにわかった。

兄弟は抱き合って震えていた。

「危なかった・・・でも・・・守れた・・・」

兄弟が公園で遊んでいたらボールが飛び出した。

それを追って二人が道路へ出る。

車は目の前に迫っていた。

女の子は精一杯兄弟を押して二人を守ったのだ。

「おい、無茶するなよ!気持ち的に救うのは、どうってことないが、肉体で救う時はその身を削るんだぞ!?」

「だって・・・あの人の・・・願いだから。」

「あの人って・・・??」

俺は女の子の満足した顔に一抹の不安がよぎった。

女の子は片腕が動かなくなった。

「することないから、動かなくても平気。」

「そうは言ってもなぁ。来世に通じるかも知れないんだぞ。少しは自分の身体を大事にしろよ。」

「??」

それから幾度となく女の子は兄弟を救った。

その度に身体が不自由になる。

でも、あの人の願いだから平気だといい、それに兄弟が好きだと言った。

俺は大声でどなった。

「なんだよ!あの人あの人って!そんなのお前に関係あるのか?」

「あるよ。姉弟だもん。」

消え入りそうな寂しい声。

その時、願う思いが聞こえた気がした。

“私の娘よ、どうか兄弟たちを見守って”


俺は怒りで震えてきた。

見守れだと?お前の都合でこの子をここへ送ったんじゃないか!

それを今度は守らせて、ボロボロにするのか?

しらないかもしれないだろうが、この子はお前の願いに必死なんだよ。

もう頼むから、やめてくれ!

この子をもう傷つけさせないで、安らかに眠らせてやってくれ・・・

もう・・・寂しい思いはこりごりだ。

この声が届かないのが、悔しかった。

俺は女の子が不憫でならない。


ある晩のことだ。

町の一角から黒い煙と赤い炎が上った。

天まで焦がす勢いだったので、天の住人はどこからともなく出てきて雲の淵から下界を見下ろしていた。

「ああっ!!」

あの女の子の顔が青ざめている。

下界を見ると彼女の母親らしき人物が煙に巻かれ火傷をした状態で病院へ運ばれていくところだった。

「取り残された下の弟を助けた為に、あの人が・・・」

下の弟は無事救い出したようだ。

だが母親は重症だった。

「あの人が・・・死んじゃう」

女の子は天を仰ぐと大きな声でそいつを呼んだ。

「神様!お願い!あの人を助けて!」

必死だった。何度も何度も女の子は願う。やがてその声に応えて神は彼女の側に降りてきた。

「神様。私のすべてをあげるから、あの人を・・・」

神は、頷いた。

俺は背中がぞくりとした。

「ちょっと待てよ。なぜその子のすべてを奪うんだ?」

そうだ、この子は何も悪い事はしちゃいない。

「こんなにこの子を苦しませて、本当にお前は神か?それとも、神という名の悪魔か?」

そもそもこいつがあの母親の元にあの子を送らなければ、あの子の悲劇は起こらなかったはずだ。

全部悪いのは神じゃねぇか。

だが、神は容赦しなかった。

「望みどおりに。」

神は女の子の頭に手をかざした。

光があふれ出す。眩しくて俺は目を開けていられなかった。

「特別に、見せてやろう。」

そう、神が言ったような気がした。


ザザザザザー。

砂嵐のような音が流れる。

だが温かなプールに浮かんで気持ちよいまどろみの中にいる。

あぁ、どこからか歌声が・・・子守歌か?

守られているようなそんな安堵感があった。

出口の無いプールはゆったりと生命を育んでいた。

「名前は、何にしようかな?」

楽しげな声が聞こえた。

「胎教にモーツアルトがいいって聞いたけど、どうなんだろうねぇ。ねぇ聞こえるかな?」

そういってプールの向こう側に暖かな手が添えられた。

生命は、その大きな手に自分のちっちゃな手を合わせるようにプールの壁へ触れる。

嬉しくなるような、ウキウキするようなむずむずした感覚だ。

この手に抱っこされる日が待ち遠しい。

「早く大きくなあれ。」

外側の声もそれを望んでいるようだ。

「一緒にお散歩したり、お話したりしたいねぇ。君はどんな言葉をわたしに紡いでくれるのかな?」

ふふふと外側で笑う声がする。

生命もふふふと真似をした。

やりたいことはたくさんある。どれから叶えていこうかな?

ふわふわした柔らかい時間だった。


だがある日の事だ。

温かなプールの外の砂嵐の音が乱れ、不安定な気持ちが流れ込んでくる。

外では、固い声が途切れ途切れ聞こえた。

「これ以上は・・・・脳は・・・となっており・・・・成長は期待できない・・・早い選択を・・・」

「先生!治してもらえないのですか!?もう・・・だめなんですか・・・」

必死な声だった。暗い暗い闇の世界が襲ってくる。コワイヨ。

「今の状況では・・・」

どうやら生命は生きていくのに必要な何かが無いらしい。

外側の声は壮絶な選択を迫られているようだ。

まだ他の声がしていたが、聞こえなかった。

長い間、泣き声が聞こえていた。プールが荒波をたてた。

温かなプールは寒くなった。

「なぜ?どうして?」

大きな手が周りをさする。愛しいといわんばかりに。

「ごめんね。うっっうっ・・・ご・・めん・・ね」

救えなくてごめんね。

親らしいことをしてやれずにごめんね。

ちゃんと産んでやれずにごめんね。

抱っこできなくて・・・ごめん・・ね。

何度もそう聞こえた。

生命はどこかでわかった。

お話・・・できなくなっちゃったんだね。

お散歩も・・・。

いっぱいやりたいこと、あったけど。

抱っこ・・・抱っこして欲しかった。

生命は泣いた。産声は上げれない。

だからプールで泣いた。


砂嵐の音は消え、俺は天の世界へ戻される。

女の子は言った。いや正確には、女の子は跡形もなく消えていたのでその魂が言った。

「たくさんあの人を困らせて、泣かせて、悲しい思いをさせちゃったから。」

お前のせいじゃないだろう。親のせいでもない。

どうしようもなかったっていうことだけだ。

俺は、光の中の女の子を薄目を開けて見た。

「あの人、私を失った後、魂が抜けたみたいだった。おとうとが産まれた時、命の偉大さに震えていたよ。だから、おとうとを守ろうと思った。私が開けた心の穴を、また、開けないように。もう二度と悲しい思いをさせないように。」

必死に守ったのには理由があったのか。

満足気だったのはその為か。

健気で、どこまでも親が恋しいんだな。

神は女の子のすべてと引き換えに、母親を救った。

母親にはわかるまい。この子供の一途な愛が。

どんな選択をされても、一生懸命慕ってるんだ。

ママ、ダイスキ・・・。

そんな声が聞こえた気がした。

俺はこの気持ちをどこへ持っていきゃいいんだ。

切なくて、悲しくて、でもそれだけじゃない、この気持ち。


俺はしばらく下を見ることを止めた。

この世は寂しすぎる。

だがある日、どうしても巻きタバコが吸いたくなっていつもの石のアーチに腰掛けた。

一服吸ったら帰るつもりだった。

その時、下界から産声が聞こえた。

見るとあの兄弟のところだ。

「おや?」

女の子が産まれていた。光り輝く命の誕生だ。

もしや??

神が隣に降りてきていた。

「生まれ変わるにも、試練はあるのだ。」

「はぁ?」

俺は危うく巻きタバコを落としそうになった。

「いきなりなんだよ?」

「あの子の事、気にしておったのではないのかい?」

図星なだけに、顔が赤らむ。

「なに、心配はいらない。人はたくましい。」

どうだか。

こいつの気まぐれでどんだけの人が迷惑かけられててると思ってんだか。

その時、兄弟の声が聞こえてきた。

「今度は、俺たちが守ってやるからな!」

「そうさ、兄ちゃん達にまかせとけよ」

おや?どうして、“今度は”なのだろう?

だが、あんまり考えないことにした。俺は微笑んだ。

今度は、ちゃんと抱っこしてもらえたようだな。

どうかこの先も幸せでありますように。

だが、あの気まぐれな神の事が頭をよぎった。

はぁぁー。

しょうがない、俺もここからお前の事、見守らせてもらう事にするよ。

優しい目をしたゲートキーパーは、いつまでも下界を見つめていた。



おわり

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― 新着の感想 ―
[良い点] 心の温まる話でした。悲しくも美しい家族愛、それがハッピーエンドで終わってよかったです。ゲートキーパーの彼の一喜一憂は読者と一体化していて読みやすかったです。シリーズや短編集として続編があっ…
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