メーデー 1
カチカチ音を鳴らせるリズムは一定に、九条あかねは一文を添えて終了とばかりにノートパソコンを閉じた。ワードの一文は『私がやったことは正解だ。』と、終わった。そうか、彼女はどうやらそう書き込んで、自らを正当化したいらしい。
でも、彼女が正当化したいのは、この部分じゃない。
九条あかねはノートパソコンの隣に置いていたコーヒーを飲み干して立ち上がる。窓から差し込むキレイな朝日に目を細めて伸びをした。なんだか体がすっきりする。
担当から電話があったことを思い出した九条あかねは、さっきまでコーヒーが入っていたコップを掴むと、その隣にあった携帯を左手に掴んだ。キッチンに向かいコップを片付けながら、リダイヤルを押す。電話できる状態になったら電話ください、担当からそう留守電を預かっていた携帯は、今度はこちらが留守電を預けることは無く、すんなりリダイヤルコール二度目で繋がった。
『あっ、九条さん』
どうですか? と何やら嫌味ったらしく聞かれる。彼女はため息をついて、キッチンから自室に再び戻りながら、
「どうですかって?」
『めんどくさいのは分かりますけど、不機嫌にならないでくださいよ』
「改定版って何よ」
チクチクと小さなトゲを張り巡らせた言葉で返す。その痛く、短い言葉に担当は苦く笑う。
『コラムのスペースくらいに載せてた小説ですからね、去年まとめて単行本出しましたけど、あれ、もっと長い物が読みたい! って先生のファンの方々からね』
「その説明はこの間聞いた。本出す時まとめるために足したりしたでしょって言ってんの」
『もう……僕の言うことも聞いてくださいよ』
「あんたの言うことだったら聞いてるわよ」
部屋のクローゼットを開けて黒いコートを取り出す。彼女は、去年まで白いコートを気にいって着ていた。けれどその白いコートはこのクローゼットから、いつからか消えた。
『嬉しいこと言ってくれるじゃないですか。でも、編集長だって』
「改定版、なかなか出せないかも。全然進まないから。じゃ、用事あるから」
『えっ、九条さん!』
無理やり切った携帯はツーツーと声を上げる。それも切ってしまって、九条あかねは側にあった鞄に携帯を放り投げるとコートに手を通した。それから机に閉じたままだったノートパソコンを、彼女はゆっくり丁寧に掴むと鞄に入れた。
それを抱えて、家を出る。
今日は一月十五日、火曜日だ。