008
今日は早めの時間で投稿。
投稿数、投稿時間不定期ですいません……。
へたりこんでいる僕の下に助けた二人が駆け寄ってくる。
戦士の男は満面の笑顔、回復役の女性は大粒の涙を流しながらと対照的な表情だった。
「本当にありがとうございます! 助かりました!」
僕の手を握り締める女性プレイヤーに、僕は顔が真っ赤になるのを感じる。
現実世界では女性と会話したことすら数える程しかない僕がいきなり手を握られれば赤面するのも当然だ。
女性の手の柔らかい感触をリアルに伝える体感システムが恨めしく感じる。
「私は治癒士のアリサ。こっちはソードナイトのマーシャルです。貴方のお名前は?」
ウェーブのかかった長い髪と羽衣のようなセクシーな衣装が印象的なアリサの手を振りほどき、僕はおどおどとしながら答える。
「ゴーレムサマナーのビーンです……。あの……助けられて……良かったです」
マーシャルと呼ばれた金色の髪を逆立てた男が豪快に笑いながら、僕の背を叩く。
「あんたは命の恩人だ! 本当に助かったぜ! それで助けられておいてなんなんだが……」
マーシャルが馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「ここの奥地に出現する、ゴブリンマスターの討伐を手伝ってくれないか?」
なんて懲りない男なのだろうと僕は呆れる。
普通、全滅しかけたのだから、一度拠点に戻り体制を立て直すのではないだろうか。
それでなくても目の前で二人もパーティーメンバーが死んだのだ。
九死に一生を得て尚も戦い続ける気分になる神経が理解できない。
さらにゴブリンマスターは掲示板でも名前をよく見かける強力なエリートモンスター。
初期のエリートモンスターでその辺の通常モンスターとはその力量に雲泥の差があるとのことだ。
ゴブリン達に全滅させられかけ、さらには人数も半分に減ってしまった今、勝ち目があると本気で思っているのだろうか。
普段あまり自分の意見を言わない僕も今ばかりは、と二人を諌める。
「……一度、体制を立て直したほうがいいのでは? エリートモンスターはかなり強敵だと聞きますし」
そう言った僕の肩を鷲掴みにしつつ、マーシャルが真剣な面持ちで言う。
「そういう訳にはいかないんだ。これはあの有力国家『Escape Eagle』の入団試験なんだよ」
国家、Escape Eagle。通称、EE。
その名は何度か掲示板で目にしたことがある。
入団試験が厳しいことで有名だが、その反面入団試験さえクリアできる力量を持った者ならば来る者は拒まない国家。
それゆえ所属団員は軒並み戦闘力が高く、統一国家最有力と言われている国家だ。
僕は昔から自分の事があまり好きではない。
だからこそ、ゲームという仮想空間の中であっても自分を自嘲したようなプレイヤーネームをつける。しっかりしない自分への罰。馬を速く走らせようと鞭を打つようにそんな自傷行為を行うようになっていたのだ。
自分を嫌う理由の一つ。
僕は人から頼まれると、嫌とは言えない。
最初は断ろうとも、二度三度と頼まれたりすると断り切れない。
僕はいつもそうだ。
そうして損をするのだ。
結局マーシャルの強引さに押されるように、僕は二人と共に鬼畜の砦最奥地にあるゴブリンマスターの住居へと向かった。
ゴブリンマスターが出現すると言う住居は鬼畜の砦に立ち並ぶ民家の中でもひと際大きな民家。
屋敷というにはあまりに貧相な外装をしている為、小屋のように見えるが、その大きさは小屋と呼ぶにはあまりにも巨大であった。
納屋の扉のような、立てつけの悪い扉をマーシャルが強引に開く。
僕はゴーレムを戦闘待機状態にさせながらレティクルから小屋の中を覗くが、ゴブリンマスターの姿はない。
ゴーレムを先行させ、複眼を使いながら中の様子をうかがうが、やはりゴブリンマスターはおろか、モンスターがいる気配すら感じられない。
何者もいない埃っぽい小屋へと僕は足を踏み入れ、それに続いて、マーシャルとアリサも小屋に入る。
アリサの羽衣の裾が敷居の上を通過し、僕のゴーレムを含めた全員が小屋の中へと足を踏み入れた瞬間。大きな音を立てて、小屋の扉が閉まる。
驚いたアリサが無理矢理開けようとするも、扉は固く閉ざされ、開こうとはしない。
簡単に蹴破れそうなもろい扉であるにもかかわらず、マーシャルの斬撃をくわえようと、僕のゴーレムに破らせようとも扉は軋みすらしない。
破壊不可能オブジェクトである。
全身から血液が引いていく音が身体の中で反響する。
涼やかに響く血流の音とは対照的に、大きく脈打つ心臓の鼓動。
そして、背後に生まれる気配。
僕は恐怖にかられながらも、恐る恐る気配のする方を向く。
木製の地面を突き破り、黄緑の毒々しい色をした巨大な手が出現する。
這い出るように現れたのは巨大なゴブリン。
僕のゴーレムすら上回り、身の丈三メートルは優に超えているであろう巨大な体躯。
僕の胴周りよりも太い両手はごつごつとした岩肌のようで、破壊の象徴と呼べそうなものであった。
ゴブリンマスターの双眸に宿る紅い光が、品定めするように僕らを見渡す。
起きぬけなのだろうか、大きな欠伸をしたゴブリンマスターは腹部を巨大な手でかきむしり、大地を揺るがすような咆哮を上げた。
その風貌と咆哮が放つ、圧倒的な恐怖に僕の足は生まれたばかりの小鹿のように震えてしまい、立っている事さえできず、地面に尻を打ちつける。
アリサも恐怖のあまり、地面にへたりこみながら、排泄し、口の端からよだれを垂らしていた。
マーシャルはゴブリンマスターへと健気に剣を構える。剣を左右に振っているのかと見紛うほどに大きく振れる剣先が彼の心中を表していた。
その向けられた剣を敵意と感じたのか。それともただ不快だったのか、ゴブリンマスターがマーシャルの腕ごと剣を握りつぶす。
不気味な破裂音をともない、花火のように飛び散った鮮血は周囲を紅く染め、やがて何事もなかったように消える。
腕を握りつぶされ、痛みに喚くマーシャルをゴブリンマスターが持ち上げ、恍惚の表情で見た後、ぶら下がるマーシャルを耳まで裂けた大きな口へと放り込む。
ごりっという音と共にゴブリンマスターの口元から再びの鮮血が噴出した。
圧倒的な力を前に抗う事すらできず、霧散したマーシャルを思いながらも僕の身体は動かない。
マーシャルの死が何かの引き金になったのか、恐怖で硬直していたアリサが這いながら、開かずの出入り口へと向かう。
ゴブリンマスターはそれを目で追いながら「ぐるるぅ」と喉を鳴らし、消えた。
正確には目にも止まらぬ速さで僕の横を駆け抜けたのだ。
僕が首だけを後ろに向けると、出入り口に拳を突き立てたゴブリンマスターの背中が見えた。
突き出されたゴブリンマスターの拳と閉ざされた扉の間には紅い花が咲いていた。
こってりとバトル回。
自分はこういうシリアスなバトル展開にどうしてもなってしまいます。