お山
河童淵を取り囲む崖の裏側を河童たちは「お山」と呼んでいる。
海岸紅杉が立ち並び、地面には雑草が繁茂していた。時折、ぽかりと開けた場所があって、そこには四季の花々が咲き誇っている。
がさがさと下生えを踏み分け、時太郎とお花は山の中を歩いていた。
山の中をちょろちょろと細い小川が流れている。二人は上流に向かっていた。
「まだかい?」
時太郎の問いかけに、お花は短く答える。
「もう、ちょっと」
上流に向かうと、辺りはごろた石が目立ってきた。下生えが少なくなり、ごつごつとした岩が突き出している。
岩にぴたりと寄り添い、お花は時太郎を振り向いた。
「こっち」と口だけ動く。指を唇に当てている。声を出すな、ということらしい。
そうっ、と時太郎はお花の隣に並んだ。
いるいる……。数人の人間が歩き回っている。
百姓には見えない。
手甲、脚絆で手足をしっかりと固め、蓑笠を被っている。蓑笠には面隠しの直垂があり、表情は読めない。背負子を背負い、手には錫杖を持って、山伏のようであった。腰には脇差をさしている。
「何してんだろう?」
小声で時太郎はお花に囁いた。
判らない、とお花は首を振った。