丁髷
立ち上がると、奥へ歩いていく。膝をつき、物入れから櫛と鋏を手に戻ってくる。
「これはな、お前の母さんが使っていた道具だ。おれが焼け跡から探して持ってきた」
「焼け跡?」
「あとで話す。動くなよ!」
しゃきしゃきと鋏を鳴らし、櫛を使って三郎太は手早く時太郎の髪の毛を梳いていく。後頭部で髪の毛を引っ張ると、丁髷の形に結い上げた。
「なんだか、顔が突っ張るよ……」
時太郎が不服を言うと、三郎太は首を振った。
「じきに慣れるさ。さあ、出かけるぞ」
「どこへ……?」
「お前の生まれた所だ」
「えっ?」
三郎太は洞窟を出て、足早に外へと歩いていく。
後を追う時太郎は、どきどきしていた。
いよいよ総てが明かされる、そんな期待で胸が苦しい。
洞窟を出ると、一人の河童とばったり出会った。河童にしては珍しく、でっぷりと太った体躯をしている。あの、長老の洞窟を守っていた河童である。
太った河童は、三郎太と時太郎の姿を見て、ぎょっと立ち止まった。
くるりと背を向けると、小走りに駆けていく。
なぜか、異常に慌てていた。
時太郎が水虎さまの〝お告げ〟を受けたあと、河童たちは時太郎の顔を見ると、どうにも具合の悪い表情になる。
それまで、さんざん〝土掘り〟だの〝はぐれ者〟だのと馬鹿にしていた時太郎に、事もあろうか水虎さまが直々に話しかけ〝お告げを〟与えたのだ。
どうにも具合の悪い感じになるのも、無理からぬことである。