お花
生まれたときから時太郎はずっと、この河童淵で過ごしてきた。周囲の大人の河童の話では、父親の三郎太が十何年前かに、赤ん坊の自分を連れてきたという。
だが、詳しい事情は、誰も知らないらしい。父親に尋ねても、言葉を濁して話したがらない。
おれは河童だ!
時太郎は強く思った。
河童の【水話】を聞き取ることができるし、河童ほどではないが、人間には真似できないくらい水の中で息を止めていられる。泳ぎだって得意だ!
水面の下で、銀色の鱗が煌いた。それを見てとった瞬間、時太郎の右腕が反射的に動いていた。
ぱしゃん、と水音がしたと思ったら、時太郎は右手で魚を捕まえていた。
びくびくと動く魚に時太郎は歯で齧りついた。ぐいっと食い千切り、もぐもぐと口を動かす。
たちまち一匹を平らげ、残った骨をぽいと水面に投げ棄てた。ぽちゃりと音がして、ゆらゆら魚の骨は水面に沈んでいく。
ごろりと仰向けになり、頭の下に両腕を組んで枕にする。
ぽかんとした青空が広がっている。その青空に、にゅっとばかりに、女の子の顔が現れた。
細面で、きゅっと吊り上がり気味の大きな瞳が時太郎の顔を覗きこんでいる。髪の毛は頭の皿を隠すように天辺で束ねていて、どこかで摘んできたらしい百合の花を飾っていた。
お花であった。河童の女の子である。
肌は人間の女の子のように白く、血色のいい頬が薄桃色に染まっている。河童の女の子は、見かけはほとんど人間の女の子にそっくりだ。背中に小さな甲羅があるが、着物をまとえば判らない。
胸と腰を覆う、僅かな布切れがお花の身につける全てである。だが、年長の河童の女たちは、そんなもの身につけていない。ほとんどが裸で暮らしている。
お花のような、若い女の子の河童たちは、人間の娘の身につけるものに興味津々で、それらを真似しているのだ。