追儺
藤四郎は迫り来る河童像を見つめていた。
呟く。
「河童の石像が消えるわ……!」
信じられぬ、と首を振る。
巨大な河童の石像が、じわりと空中に溶け込んでいった。同時に、あれほど立ち込めていた霧も、急速に薄れていく。
藤四郎は甚左衛門に振り返った。
「甚左衛門、どういう訳じゃ? いったい、何が起きた?」
「追儺の行事に、京の公卿どもが啼弦の法というのを、やっていてな。それで、思いついたのよ。破魔矢と申すではないか。昔から、弓には魔を払うという言い伝えがあったので、もしやと考えたのだ」
甚左衛門は、にたりと、勝ち誇った笑いを浮かべた。
理由は矢弦の震動が、河童たちの【水話)の音波に干渉したためである。矢弦の振動数は、河童の音波の倍数の周波数に相当し、両方が打ち消し合う形となったのだ。
がさがさがさ……
滝壺近くの山笹が掻き分けられる音がして、二人は、はっとその方向を見た。
すると……。
見よ! あちこちから河童たちが、うようよと夕闇の中から湧き出してくる!
河童たちは怒りの表情を顕わにしていた。
そのうちの一人が素早く地面から小石を拾うと、ひゅっと投げつけてきた。
びしっ!
礫をまともに受けた兵が、呻き声を上げ、倒れた。怖ろしいほどの威力がこもった、河童の礫であった。
けえ────っ!
河童の甲高い叫び声が、長く尾を引き、それをきっかけに「わあっ!」とばかりに襲い掛かってくる。ぴょんぴょんと跳ねるような動きで、人間離れした跳躍だった。
「者ども、何をしておるっ! 矢を番えよ、槍を構えるのだ!」
甚左衛門が軍配を手に喚いた。
兵たちは叱咤の声に、ようやく我に帰ったようであった。
日ごろの訓練通りに体が動き、気がつくとすでに、矢弦に矢を番えていた。
「討て──っ!」
さっと甚左衛門が軍配を振ると、兵たちは一斉に矢を放った。