欠伸
時太郎は呼びかけた。
「あの……長老さま……」
ぴくりとも動かない。二人は顔を見合わせた。
お花は怖々、近寄った。まじまじと長老の顔を見つめる。
垂れた眉毛と、皿の周りを取り巻いている髪の毛に埋もれ、表情はまったく判らない。
ちろりと舌を出し、お花は唇を舐めた。腕を挙げ、指先を近づける。
「おい、やめろ」と時太郎は言いかけたが、お花はちょん、と長老の身体を突っついた。
びく、と長老の体が震えた。
「ん? ん? なんじゃ?」
きょろきょろと辺りを見回す。
指で眉毛を掻き分けると、やっと目が見えるようになったらしい。二人に気付き、ほっと溜息をついた。
「なんじゃ、お花か……。そこにいるのは、時太郎じゃな?」
ふわああ……と両腕を伸ばして欠伸をした。眠っていたらしい。
「良い気持ちで眠っておったのに、何事じゃ?」
「長老さま……おれ、お山で妙なやつらを目にしたんです」
時太郎はお山で目撃した連中のことについて話し出した。
ふむふむと長老は時太郎の話に頷いた。
時太郎が話し終えると、長老の態度は、それまでの薄ぼんやりとした様子から一変した。
「三郎太を呼べ!」
「父さんを?」
「そうじゃ、こういう場合、見聞が広い三郎太の知恵が要る」
長老は背筋を伸ばし、目を見開いていた。その視線は真剣で、一族を背負う河童の長老らしさが現れている。
「あたし呼んでくる!」
お花が立ち上がった。