【短編版】来夢とマカロン〜眠れるの森の美女〜
甘党探偵月影ましろ〜テンプレート・ミックス〜より。
「ましろくん、この前クトゥルフの物語の粒子を回収した分のスイーツが届いたよ」
「本当ですか!?」
時刻は午後15時を回る頃。食堂でアーバンは配達で届いた箱を並べていた。
「うわぁ!今回はマカロンだ!ラデュレにピエール・エルメ!」
淡いグリーンの箱に詰まった色とりどりのマカロン。ピンク色のローズ、白色のヴァニーユ、黄色のシトロン、黄緑色のピスタッシュ、エメラルド色のテ・マリー・アントワネット、赤色のフランボワーズ、ベージュ色のキャラメル、茶色のショコラ。
ドーナツ型のオレンジ色の箱に、ぎっしり詰まった6色のマカロン。それに加えてピエール・エルメの代表的的フレーバー、ピンク色のイスパハンーーフランボワーズとバラとライチの上品なクリームがサンドされているバラのマカロンが人数分。
フランスのマカロンで有名なツーブランドの箱に、ましろは興奮を隠せない。
「うわー。マカロンか。作るの大変なんだよね。こうして並べられるとすごいって思うよ」
鵜久森が箱を覗き込んで感嘆する。
「待って!今スクショ撮るから!」
「ましろって、そういうところはなんか女子っぽいね。いっそのこと食べログでもすればいいのに」
スイーツよりもゲームな綺羅々が、様々な角度からマカロンのスクショを撮るましろに口を尖らせて言う。
「ましろさん、お先に一口宜しいかしら?」
「ーーん、スクショはバッチリ撮り終わったから、どうぞ」
「では、おひとついただきますわ」
来夢はシトロンのマカロンを摘んでサクリと一口食べる。
「優雅な甘さとほのかな酸味……柑橘系のお味、堪りませんわ」
ましろはピスタッシュを摘んで口に入れた。
「んんー……。香ばしくてまろやかな味、バタークリームが最高だね!」
「どれどれ、僕も一口……。綺羅々ちゃんや林檎ちゃんも遠慮せずに食べなよ」
「ええと……!こう言った外見が完成されているお菓子ってなんだか食べ辛いと言いますか」
「いいじゃんいいじゃん食べちゃいなよ?折角の報酬なんだしさ!」
遠慮している林檎の横で、綺羅々がヴァニーユのマカロンを摘む。ショコラのマカロンを食べた鵜久森は、料理人として難しそうな表情を浮かべる。
「……じゃ、じゃあ、いただきます」
フランボワーズ味のマカロンを上品に食べる林檎。甘酸っぱく香り高い味わいが口の中に広がる。
「お、美味しいです!」
「でしょう!?たくさんあるからいっぱい食べよう!」
「ましろさん?夕飯を食べれるくらい、ほどほどにしてくださいまし」
ましろに釘を刺す来夢に追い討ちをかけるように、ラプスがテーブルの上にぴょんと飛び乗った。
『みんな!マカパの最中に悪いけど、物語の気配だ!』
「ええー!空気くらい読もうよラプスー!」
『それを言うなら僕じゃなくて物語にだろう?』
ましろのブーイングにラプスは首を傾げる。
「最近多くないかい?ここ3か月で結構、物語を退治してると思うけど……」
鵜久森が聞くと、ラプスは二本足で立ち上がった。
『そう!そのおかげでアーバン・レジェンドのポイントはついにビリから脱却したよ!』
「それはそれは、喜ばしいことですわ。私もわざわざこちらに来た甲斐があったというもの」
来夢が胸を張って金髪を靡かせた。林檎はメガネのレンズを光らせパチパチと拍手する。
ラプスはテーブルの上から飛び降り、食堂の入り口へと向かう。
『さぁ!更なるポイント稼ぎに行こうじゃないか!』
「張り切ってるねラプス」
『当然!僕はスイーツじゃなくて物語の粒子がご馳走なんだから。ほらましろ、早く準備して』
「はいはい」
「やれやれ。続きは物語を退治してからだ」
アーバンがマカロンの入った箱を片付けるのを、ましろは目線で追っていたが、ラプスに急かされ食堂から出る。
「今回の物語は何系なんだろう?」
『クトゥルフ系ではないことは確かさ』
「最近クトゥルフ続きだったから、久々に息抜きが出来そうだね」
『クトゥルフ系じゃないからって気を抜かないことだ。気を引き締めて行っておくれよ』
「全く。ラプスは心配性だなぁ」
『物語を狩れる人間が居なくなったりでもしたら、ゲームオーバーじゃ済まされないからね』
「不安になるような変なことは言わないでよ?ラプス」
何をそんなに心配しているんだい?とましろは首を傾げる。プラチナブロンドがさらりと揺れた。ラプスはましろを振り返る。何か言いたそうだが、ラプスは何も言わずに前を見た。
「……?」
ましろは裏口のドアノブを回す。
「それでラプス、今回はどこに行けばいいんだい?」
『御伽街の東にある、荊で囲われた古びた屋敷さ』
◇◇◇
(ーーあれ?私は一体……)
確か、荊で囲われた屋敷に着いた直後。それからの記憶がない。
(あ、あら?なんだか身体がーー)
身体が思うように動かず、来夢は慌てる。
視界にティアラを付けた美しい女性が入ってきた。
「あら、ライムは元気ね。私も嬉しいわ」
(う、嘘ーー!?)
煌びやかな部屋に取り付けられた鏡に映った姿ーー今の自分は赤子になっていると気付かされる。
「今日はライムの誕生パーティよ」
王妃らしき女性は隣の王様らしき男性に声をかけた。
「まさかあのカエルに言われた通り、本当に女の子が生まれるとはな」
「今日は貴女に祝福を授ける為に国内の魔法使いたちを12人も招待してるの」
「おいおい、ライムはまだ1歳だぞ。そう言ってもわかるものか」
しかし、我が子に語りかける妻が微笑ましくはあるのか、冠を付けた王様は笑みを浮かべている。
(待って、待ちやがれですわ!)
つられて笑っている場合ではないが、鏡の中の自分は笑ってはしゃいでいる。
(落ち着きなさい、私ーーカエルの予言、12人の魔法使い……。眠り姫の物語かしら?)
王妃たちが喋っていた内容から、物語を導き出す。
(いえ、落ち着いている場合かしら!?)
自分が知っている眠り姫の今後の展開。姫は突如現れる13人目の魔法使いに呪いを授かってしまう。
(展開がわかっているのに、どうすることも出来ないなんてーー)
王室の扉をノックする音。入れ、と王様が声をかけると、近衛兵が入ってくる。
「パーティの準備が整いました。招待した魔法使いも12人、揃っております」
「うむ。行こう、我が妻よ」
「ええ」
(こ、このまま呪いをかけられるのを待つなんて、あんまりですわーー!!)
◆◆◆
来夢は王妃に抱かれたまま、祝宴の席に招かれた12人の魔法使いの姿を見ることになった。
(! 綺羅々さん……!!)
12人目の魔法使いの席に、綺羅々が座っている。綺羅々はまさか来夢が赤子になっているとは思わず、気付いていないようだ。
長々と祝辞を述べた王様が、手にした盃を上げる。
「ーー乾杯!」
「ーーふふ。どうしたの?手を伸ばして。気に入った魔法使いでもいるのかしら?」
王妃に抱かれ直された。綺羅々がこちらに気付く様子はない。
(綺羅々さんが12人目の魔法使い……)
もし、これで12人目の魔法使いが来ていない展開であったら絶望的であったが、まだ救いはあるようだ。
金色の皿で食事をする12人の女魔法使いたち。彼女たちは食事を終えると、次々と王妃の前に参列した。赤子の来夢に祝福を贈る為に。
「では、私からは徳の贈り物をーー」
「ーー私は美の贈り物を」
「私からは富の贈り物を……」
来夢は赤子の身で贈られてくる魔法を次々と受け取ることしか出来ない。
早くも、12人目の魔法使いの綺羅々が王妃の前に跪こうとした、その時。
室内の扉が乱暴に開かれ、その音に皆が振り返る。
「ーーどーうしてー、私だけが呼ばれてないのかしらー?」
(なっ……!?ぶ、ブラックローズさん!?)
別れて久しいブラックローズが、黒ずくめの魔法使い衣装に身を包んでこちらを睨んでいる。どうやらブラックローズが13人目の魔法使い役のようだ。
「ふーー私からもその小娘に、祝福を授けてあげましょう。王女は15歳になると、紡ぎ車の錘が指に刺さって死ぬわ!」
13人目の魔法使いーーブラックローズが叫ぶと、黒い靄が赤子の来夢の身体を包んで拡散した。
「私だけをパーティに呼ばなかった報いよ!ざまぁないわね、あははは!!」
高らかに笑い声を上げ、ブラックローズは静まり返った室内からブーツの踵を鳴らして出ていく。
「ーーい、一体どうすれば……!」
「待って!あたしがまだ魔法かけてないってば!」
我に返り狼狽える王妃の目の前で綺羅々が手を挙げる。綺羅々は手にした杖を掲げ、宣言した。
「この呪いを取り消すことは出来ないけど、呪いの力を弱めることが出来る!王女さまは死ぬのではなく、100年間眠り続けた後に目を覚まします!」
(綺羅々さんナイスーー! ですが、100年!?100年も眠ってしまうのかしら私!?)
◇◇◇
「いたっ!?」
「どうしたんだ?マシェロ」
突如、後頭部を小動物に蹴り上げられ、マシェロは思い出した。自分が月影ましろという名前だったことを。
「ーーあ、あはは、なんでもないよ。ちょっと疲れが出てるみたい。今日はもう家に帰るよ」
「そっか。じゃあな、また今度」
一緒に歩いていた少年と手を振って別れたましろは、茂みの中に隠れた小動物を探す。
「ーーもう出てきていいよ、ラプス」
ましろが呼びかけると、ラプスはガサガサと茂みの中から出てきた。よろよろで、今にも倒れそうだ。
『……やっと思い出したのかい、ましろ』
「うん。どうしたんだいラプス?そんなに弱々しくなって」
『……どうしたもこうしたもないよ。この物語に取り込まれてからもう115年が経っているんだ』
「ええ!? 115年!?」
『そうさ。115年もの間、僕は物語の粒子を食べることなく暮らしてたんだ……。ましろたちが生まれるのを、来夢が目覚める時を待って……』
「まさか、他のみんなも疑似転生経験を?」
『魔法使い役になった綺羅々以外はね。回復役の綺羅々だけじゃ、物語を退治することは出来ない。来夢も眠りについてしまったし……』
「眠りって……」
『今回の物語は眠れる森の美女さ。来夢が眠りについてから丁度今年で100年だよ』
「……物語内で100年以上過ごすなんて今までになかったけど……。大丈夫?ボクたち、浦島太郎みたいに現実に帰ったらおじいさんおばあさんになったりしない?」
『幸いにも時間軸が捻じ曲がっているようだから、その点は大丈夫だろう。ーー僕と綺羅々は物語の中で115年の時を待つ羽目になったけどね』
「今回ばかりはお疲れ様、ラプス」
ラプスはましろの身体を駆け上がり、肩に乗って身を落ち着かせる。
「それで?ボクはこれからどうすればいい?」
『まずは王子に生まれた王子と合流しよう。魔法使いの格好をしていれば、すぐに取り合ってもらえるさ』
◇◇◇
「ようこそましろくん、待ってたよ」
隣国の王城。魔法使いとして王子に謁見を求めたましろはすんなりと通された。鵜久森が正装でましろを出迎える。
「僕もラプスに蹴られて記憶を取り戻してね。城の猟師として雇われてる林檎ちゃんも同じくさ」
「ボクが最後だったんですね」
「来夢ちゃんがかけられた呪いが、丁度100年経たないと解けないみたいだからね。眠りの呪いにかかったまま、現実世界に帰るわけにはいかないし……」
ライム姫が13人目の魔法使いから呪いを受けたあの日以降。国王は兵や国民に命じて国中の紡ぎ車を焼き払ったのだが、ライム姫が15歳になった日。城の塔の最上階に紡ぎ車を持った13人目の魔法使いが再び現れた。ライム姫は呪いに逆らうことは出来ず、錘が指先に刺さり、深い眠りに落ちることとなった。
呪いは城内に波及し、城中の人間が次々と眠りに陥った。城は瞬く間に荊に覆われ、まるで封印の如く来る人間を拒むこととなる。
「じゃあ、来夢は隣国の城の最上階に居るんですね」
「ああ。ましろくんの魔法があればすんなり通れる筈だよ」
「……ひとつ気になることが……」
『なんだい、ましろ?』
「……その、来夢は100年丁度経ったら目覚めるのか、キスで目覚めるのか……どっちなのかなぁ?」
『それはーー実際に行ってみないとわからないよ』
◇◇◇
荊で覆われた隣国の城に到着した一行。入ろうとして命を落とした者もいるという城を見上げ、鵜久森は息を呑んだ。ましろは淡々とスペルカードの準備をする。
「この最上階に来夢ちゃんがいる……」
「それじゃあいきますよー。黒炎」
ひとりでに開くことはなかった荊に向けて、ましろが掲げた杖の先からスペルを放つ。荊はあっという間に黒炎に飲み込まれ焼け落ちた。
「水属性の魔法使い、消火は頼んだよ」
「はい!王子の仰せのままに」
「……どうやら来夢が眠りについて、まだ100年経っていないみたいだね」
懐中時計を開いたましろは時間を確認する。
道中、城の中まで侵食する荊を焼き払いながら、ましろたちは城の最上階に到達した。
豪華なベッドの上で、三つ編みの来夢が手を合わせて深い眠りについている。
「……どうします、鵜久森さん」
「なんで僕に聞くんだいましろくん?」
「だって鵜久森さんが王子ですし」
「別に王子じゃなくても、キスをすれば目覚めるんじゃないかなぁと僕は思うんだけど!」
「ええ……、ダメですよ王子じゃなきゃ」
「ましろくん、彼女の幼なじみなんだろう?ささっ、勇気を出して……」
ましろと鵜久森、どちらが来夢にキスをするかで揉めている。そんな中、ラプスが来夢の寝ているベッドの上に飛び乗り、来夢にキスをした。
「「え!?」」
『これでいいんだろう?』
しれっとしたラプスは2人を振り返って見た。同時に、来夢があくびをしながら起き上がる。
「ん……。私、あれからどうしたのかしら……」
「来夢!目覚めたんだね!よかったぁ」
「ましろくん、来夢ちゃんには黙っておこう」
「? ましろさんに鵜久森さん……。やっと合流出来まして!」
「おっと、来夢……大丈夫?」
ベッドから降りようとしてふらつく来夢の身体をましろが支えた。
「ましろさん、ありがとうございます、ですわ」
「う、うん……」
ましろを見上げる来夢の頬がほんのり紅い。来夢のことだ。この状況で、ましろが自分にキスをしたと誤解しているのだろう。ましろは本当のことを話すべきか迷う。
「来夢ちゃんとやっと合流出来たことだし、物語の領域展開をしている敵を倒さないと!」
「……13人目の魔法使いはブラックローズさんでしたわよ」
「彼女も領域展開に巻き込まれてたんだね。巻き込まれている人たちが他にもいるかも。早く現実に帰してあげないと。……ねぇ、来夢。他に黒幕と思わしき人物はいないの?」
「ペロー版のお話は姫と王子の後日談があり、王子の母である王妃が人喰いであったお話……。バジレ版のお話には姫を心配する国王に嫉妬した王妃が姫の子供をスープにして食べさせようとするお話がありますわ」
「え!?僕を育ててくれた人が人喰いだった話があるの!?」
「……おとぎ話って子供に読み聞かせるのに、本当は残忍な話が多いんだね」
『もう子供が出来るまで待ってられないよ!この物語に閉じ込められているのにはうんざりだ!』
「私も子供を作るつもりなんてありませんわ!!」
「わかってるよ。まずは目を覚ました筈の王妃に会いに行ってみよう」
◆◆◆
「おお、ライム!目覚めたのか!」
王室に辿り着いた来夢を見るなり、その身を抱きしめる国王。
「むぎゅ。く、苦しいですわ、お父様」
「はっ!すまん、すまん」
「……」
父子の再会を醒めた目で見つめる王妃の姿。ましろは王妃に声を掛けた。
「……どうやら、貴女が黒幕のようだね」
「あら?なんのことかしら?招待していない魔法使いがどうしてここに?」
「13枚の金の食器を1枚減らして、13人目の魔法使いを呼ばなかったのも貴女だ。13人目の魔法使いに姫を呪ってもらって殺すつもりの計画を立てていたのさ」
「なんだと!?それはまことか!?」
国王が驚いた表情で自分の妻を見る。王妃は醒めた笑みを浮かべたまま、来夢を見つめていた。
途端、王妃の顔がなくなり口だけになった。綺麗に整えられていた髪がばさりと広がり、人語ではない奇声を上げる。
「かまかけのつもりだったけど、まさか当たるなんてね!黒炎!!」
ドレスの端が黒い炎に焼かれ、あっという間に王妃だったものが燃え上がり消滅する。
「あれ?もう終わり?」
「ましろくん、荊を焼き払っている時から思ってたけど、炎を唱えてた時より火力強くなってない?」
「うーん……どうやらそうみたいです。クトゥルフパワー、恐るべし……」
ましろは杖の下をトントンと叩き、頭を掻く。まさか鵜久森の出番もなく呆気なく消滅させるとは。ましろの黒炎の凄まじさが窺える。
『やれやれ。115年も僕を閉じ込めていたやつがどんなものかと思ったけれど、最期は楽に済んでよかったよ』
ほんっとうに久々のご馳走だ、とラプスは大きく口を開ける。空間がガラスの破片となって吸い込まれていった。
◇◇◇
「来夢ーー来夢!」
「ひゃわ!?な、なんですのましろさん!?」
「なんなのはこっちのセリフだよ!帰ってきてからぼんやりしてておかしいよ、来夢」
ボクは来夢に熱があるんじゃないかと思って額に手をあてた。来夢の顔が茹蛸みたいに赤くなる。やっぱり熱があるんじゃないか。
「ね、熱なんてありませんわ!」
「でも顔が真っ赤だよ」
来夢がぶんぶんと首を横に振り金髪を靡かせる。三つ編みもよかったけど、来夢はやっぱりストレートの方が似合っていると思った。
「ましろさんの気のせいですわ!」
「そうかなぁ……」
まあ、本人がそう言うならまあいいかと満天に輝く星空に視線を戻す。
眠り姫の事件が解決してからアーバン・レジェンドに戻ってマカロンパーティを再開している最中、ボクは星空が見たくなって寮の屋根に登っていた。来夢はそんなボクの後を追ってきたんだ。
「ねぇ、またスペルカードで空を飛ばない?」
「……正気ですの?動画がどうのこうのと騒ぎになったりしましたのに?」
「ダメ?」
「……」
真っ直ぐ見つめるとうぐぐ、と来夢は変な声を漏らし、スペルカードを顕現させる。
「人気のない森へ行きますわよ」
「やったー」
ボクは来夢と一緒に箒に跨った。やっぱり、夜風に吹かれながら星空の下で食べるお菓子は一味も二味も違う。
「ねぇ、来夢」
「なんですの……むぐっ」
来夢が好きなシトロンのマカロンを口の中に入れてあげる。すると来夢の顔がまた赤みがかった。
「……ま、ましろさん」
「なんだい、来夢?」
シトロンのマカロンを食べ終えた来夢が後ろを向きながら話す。
「マカロンのお菓子言葉はご存知でして?」
「うーん。そこまでは知らないなぁ」
お菓子言葉だって?そういうのはあんまり興味がないから知らない。どういう意味なのかを聞いたら、来夢は複雑な表情を浮かべながら教えてくれた。
「あなたは特別な存在、ですわ」
「ふーん。なるほど……」
あれ?ボクってば来夢が特別な存在だと思ってるってこと?
「あ!違うよ!だって偶々マカロンが報酬で贈られてきただけだし!!」
「偶然にしては出来すぎてますことよ!?」
否定すると、来夢がぽかりと頭を叩いてきた。違うんだ。全然そんなつもりはなくて。なんて言うと、来夢が更に怒ってきそうだから言葉を呑み込んでおく。
「眠り姫の件についてはノーカンですからね!ノーカン!」
あらら。やっぱりボクがキスをしたって勘違いしちゃってる。来夢の態度が変なのもそれのせいかな。
「ーーじゃあ、鵜久森さんがよかったのかな?」
意地悪心が出て、つい来夢を揶揄ってしまった。来夢が悲しそうな顔をする。……待って。来夢ってやっぱりボクのことが、幼なじみとかそういう域ではなく……。
「……え?そ、それはないなぁ……」
と、思いたいけど。
「……なにひとりでぶつくさ言ってるんですの?」
「な、なんでもないよ」
平常心を取り繕う。まさかとは思うけど、あの来夢が、ぼ、ボクのことを?
「ちょっと、ましろさん?食べすぎではなくって?」
心を落ち着かせようとして、ひたすら袋に詰め込んできたマカロンを食べ続ける。マカロンのお菓子言葉なんて知らない。ボクは甘いものが好きな呪いで食べているだけさ。
「大丈夫だよ。このくらい」
平常心ーー平常心。来夢がボクのことを好き?だからって、ボクが来夢をいきなり好きになるのはありえない。揶揄いはしたことはあったけど、今の今までそう認識したことがなかったから。
ーーどうする?本人にボクが好きかどうか直接聞く?
「ーー星が綺麗だね」
「……そうですわね」
臆病なボクから出たのは、別の言葉だった。来夢が呆れた表情をしたけど、すぐに笑顔になってくれた。
ーーボクは今の距離感が崩れることを怖がっている気がする。……そうだ。昔から築いてきた距離感が崩れるのが怖い。
だから、今まで通り。それが1番いい選択だと信じて。
ボクはこの夜、心を隠して来夢に接することを決めた。




