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お母さんの手料理レシピを持って異世界に転移したら、なぜか最強の料理人になった件

作者: 桜木ひより

お母さんの手料理レシピを持って異世界に転移したら、なぜか最強の料理人になった件



「はあ……今日も残業か」


私、田村美咲は会社帰りの電車の中で、重いため息をついていた。

25歳、一人暮らし三年目。

最近は毎日が同じことの繰り返しで、なんだか虚しい。


特に、唯一の肉親だったお母さんを三ヶ月前に病気で亡くして、それからは家に帰っても一人ぼっち。

お母さんが教えてくれた料理を作っても、一人で食べるのは寂しすぎる。


「お母さん……」


バッグの中に入っているレシピノートを撫でる。

お母さんが残してくれた大切な宝物。

手書きで丁寧に書かれた料理のレシピがぎっしり詰まっている。


「今日は何を作ろうかな」


駅に着いて電車を降りようとした時、ふらっとめまいがした。


「あれ?」


視界がぐらぐらして、気がついたら目の前が真っ暗になっていた。


「うーん……」


目を覚ますと、見知らぬ場所にいた。

草っぱらの真ん中で、空は青く澄んでいる。

でも、見たことのない鳥や花が咲いているし、遠くに見える街並みも日本じゃない感じ。


「え?ここどこ?」


慌てて立ち上がると、バッグだけは手元にあった。

中を確認すると、お母さんのレシピノートも無事。


「とりあえず、あの先に見える街に行ってみよう」


歩いていると、道端で座り込んでいる人を見つけた。

初めて人に出会った、一旦ここがどこか聞いてみようかと近づいた。


薄汚れた服を着た男の子。年は10歳くらいかな?


「大丈夫?」


声をかけると、男の子がびっくりしたような顔で振り返った。


「あ、あの……」


「お腹すいてるの?」


男の子が小さく頷く。

見ると、頬がこけていて、明らかにまともな食事をとっていないみたい。


「待ってて」


私はバッグからお弁当を取り出した。

今朝作ったおにぎりが残っている。

お母さんに教わった、梅干しと昆布の入ったおにぎり。


「はい、どうぞ」


「え?本当にいいの?」


「うん、食べて」


男の子は恐る恐るおにぎりを受け取って、一口食べた。


その瞬間、男の子の目がぱあっと輝いた。


「美味しい!こんなに美味しいもの、初めて食べた!」


「そう?良かった」


男の子は涙を流しながら、おにぎりを大切そうに食べてくれた。


「ありがとう、お姉さん。僕、リオって言うんだ」


「私は美咲。よろしくね、リオくん」


リオくんに案内してもらって、街に向かった。

でも、街の様子を見てびっくり。

まるで中世のヨーロッパみたいな建物ばかりで、人々の服装も昔の時代みたい。


「ここって……異世界?」


「異世界?何それ?」

リオくんが不思議そうに聞く。


どうやら本当に異世界に来てしまったらしい。

でも、焦っても仕方ない。

とりあえず、どうすれば生活できるか考えよう。


「リオくん、この街で働くにはどうしたらいいの?」


「働く?お姉さん、何かできることあるの?」


「料理が作れるよ」


「料理?」リオくんが首をかしげる。


「でも、この街の料理はあんまり美味しくないよ。みんな塩と香草をちょっとかけるだけ」


塩と香草だけ?それは確かに物足りなそう。


「じゃあ、もっと美味しい料理を作ってみようか」


リオくんに連れられて、街の食堂に入った。

『銀の鈴亭』という看板が出ている。


中に入ると、がたいの良いおじさんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい。でも、うちの料理は期待しないでくれよ」


なんだか自虐的な店主さん。

メニューを見ると、確かにシンプル。


「肉の塩焼き」「野菜のスープ」「黒パン」くらいしかない。


「実際に食べてみようかな」


注文した肉の塩焼きは、確かに塩をかけただけって感じ。

野菜スープも、お湯に野菜を入れただけみたい。


「うーん、これは確かに……」


「まずいだろ?」店主さんが苦笑いする。


「料理の知識なんて、この田舎の街にはないからな」


「あの、もしよろしければ、私が料理を作らせてもらえませんか?」


「え?」


店主さんとリオくんがびっくりした顔をする。


「お姉さんの作った料理、すっごく美味しかったんだ!」

リオくんが興奮して言う。


「本当かい?」店主さんが興味深そうに聞く。


「はい。お母さんから教わった料理なら、色々作れます」


店主さんが厨房を見せてくれた。

調味料は塩と数種類の香草だけ。でも、お肉や野菜は新鮮で良い感じ。


「とりあえず、一品作らせてもらいますね」


お母さんのレシピノートを開いて、「肉じゃが」のページを見つけた。

材料を見ると、じゃがいも、人参、玉ねぎ、お肉はある。


問題は調味料。


醤油や砂糖、みりんがない。でも、お母さんが言っていた。

「大切なのは愛情よ。材料がなくても、工夫すれば美味しくできるの」


砂糖とみりんの代わりに、少し甘めの香草を使ってみよう。

醤油の代わりに、肉の旨味を活かして。


「何を作ってるんだい?」店主さんが覗き込む。


「肉じゃがです。お母さんの得意料理でした」


じゃがいもと人参を一口大に切って、玉ねぎをスライス。

お肉も適当な大きさに切る。


「最初にお肉を炒めて、旨味を出すんです」


お肉を炒めると、いい香りが立ち上がる。

それを見て、店主さんが驚いた顔をする。


「こんなに良い香りが出るなんて……」


「次に野菜を入れて、一緒に炒めます」


野菜を入れて炒めて、水を加えて煮込む。

香草を少しずつ入れて、味を調整していく。


「お母さん、見てる?異世界でも美味しく作れるかな」


心の中でお母さんに語りかけながら、丁寧に料理を作る。

お母さんがいつもそうしていたみたいに、愛情を込めて。


30分ほど煮込んで、味見をしてみる。


「うん、いい感じ」


「できました」


お皿に盛って、店主さんとリオくんに出してみた。


「いただきます」


店主さんが一口食べると、目を見開いた。


「これは……なんだこの味は!」


「美味しい!」リオくんも大喜び。


「野菜が甘くて、お肉が柔らかくて……こんな料理、食べたことがない」


店主さんが感動したような顔をしている。


「これが料理なのか……僕が今まで作っていたのは、ただの動物の餌だったんだな」


「そんなことありません」私が慌てて言う。

「大切なのは、食べる人のことを思って作ることです。お母さんがいつも言ってました」


「君のお母さんは、すごい人だったんだな」


「はい!」胸が温かくなる。

「お母さんの料理で、みんなが笑顔になってくれるなら、お母さんもきっと喜んでくれます」


その時、食堂の扉が開いて、お客さんが入ってきた。


「あれ?なんかいい匂いがするな」


「これは……今まで嗅いだことのない香りだ」


あっという間に食堂がお客さんで満席になった。

みんな、肉じゃがの香りに引き寄せられてきたらしい。


「すみません、この料理を私にも!」


「僕にも!」


注文が殺到して、慌てて追加で作ることになった。

店主さんも手伝ってくれて、みんなで必死に料理を作る。


お客さんたちが肉じゃがを食べる顔を見ていると、みんなとても幸せそう。


「美味しい……」


「こんな料理があるなんて」


「また明日も食べに来よう」


その光景を見ていると、お母さんの声が聞こえたような気がした。


『美咲、良くやってるわね』


「お母さん……」


涙がぽろぽろ出てきた。

一人で食べるのは寂しかったけど、みんなで食べて、みんなが喜んでくれるのは、こんなに嬉しいものだったんだ。


「美咲ちゃん」店主さんが声をかけてくれる。

「もしよかったら、うちで働いてくれないか?」


「え?」


「君の料理があれば、この店も立派にやっていけそうだ。もちろん、給料もちゃんと払うよ」


リオくんも嬉しそうに手を叩いている。


「はい!お願いします」


異世界に来てしまったけれど、新しい居場所を見つけることができた。

お母さんの手料理で、みんなを笑顔にできるなら、きっとここでも幸せに暮らしていける。



『銀の鈴亭』で働き始めて一週間が経った。


「美咲ちゃん、今日も満席だよ!」


店主のガルシアさんが嬉しそうに声をかけてくれる。

最初は『がたいの良いおじさん』だと思っていたけど、実はとても優しい人だった。


40代前半で、奥さんを早くに亡くして、一人で食堂をやっているらしい。


「今日のおすすめは何だい?」


常連さんのおじいさんが尋ねてくれる。

毎日来てくれるお客さんも増えて、みんな家族みたいに温かい。


「今日は『親子丼』を作ってみました」


「オヤコドン?」


お客さんたちが不思議そうな顔をする。

確かに、この世界には丼という概念がないみたい。


「鶏肉と卵を使った料理です」


お母さんのレシピノートを見ながら、親子丼を作る。

この世界にもお米にかなり似ている穀物があるから、それで代用。

醤油がないのは相変わらずだけど、鶏の出汁と香草でなんとか味を整える。


「いい匂い!」リオくんが厨房を覗き込む。


リオくんは今、ガルシアさんの家に住まわせてもらっている。

最初は路上生活だったけど、ガルシアさんが引き取ってくれた。

今では食堂の手伝いもしてくれる、頼もしい助手。


「リオくん、お皿運ぶの手伝って」


「はーい!」


卵でとじた親子丼を丼に盛って、お客さんに出してみる。


「うわあ、これはすごくおいしそうだ!」


一口食べたお客さんが、とろけるような表情をする。


「卵がふわふわで、鶏肉が柔らかい!」


「しかも、全体が一つにまとまって、すごく食べやすい」


またしても大好評。

最近は新しい料理を出すたびに、お客さんが増えていく。


「美咲ちゃんの料理、本当にすごいね」


隣のテーブルに座っている女性が話しかけてくれた。

エリンさんという名前で、この街で雑貨屋をやっている。

いつも一人で食事をしていて、どこか寂しそうな印象があった。


「ありがとうございます。エリンさんも、いつもありがとうございます」


「私、料理が全然できなくて……いつもパンとチーズだけだったの。

でも、ここに来るようになってから、ちゃんとした食事ができて嬉しいわ」


「今度、簡単なエリンさんでも作れる料理、教えますよ」


「本当?」エリンさんの顔がぱあっと明るくなる。


そうしているうちに、夕方になった。

お客さんがひと段落したタイミングで、ガルシアさんが声をかけてくれる。


「美咲ちゃん、少し話があるんだ」


「はい」


「実は、街の商工会から連絡があってな。来月、『秋の料理祭』があるらしいんだ」


「料理祭?」


「各店舗が自慢の料理を出品して、お客さんに投票してもらうんだそうだ。

優勝すると賞金も出るし、街中に店の名前が知れ渡る」


「それは素敵ですね」


「美咲ちゃんの腕なら、きっと優勝できると思うんだが……どうだろう?」


私は少し考えた。

確かに、もっと多くの人にお母さんの手料理を知ってもらえるのは嬉しい。

でも、コンテストとなると、プレッシャーもある。


「でも、優勝が目的じゃないですよね」


「え?」


「お母さんがいつも言ってました。

『料理は愛情よ。食べる人が笑顔になってくれれば、それが一番の勝利』って」


ガルシアさんが温かい笑顔を浮かべる。


「そうだな。美咲ちゃんらしい考え方だ」


「参加させてもらいます。

でも、勝つためじゃなくて、もっと多くの人を笑顔にするために」


「よし、じゃあ決まりだ!」


その夜、店を閉めた後、みんなで食卓を囲んで夕食を食べた。

ガルシア、リオくん、そして私の三人。まるで本当の家族みたい。


「美咲お姉ちゃんの料理、毎日食べられて僕、幸せだよ」

リオくんが嬉しそうに言う。


「私も幸せよ」


本当にそう思う。一人ぼっちだった時とは大違い。

料理を通じて、新しい家族を見つけることができた。


「お母さん、見てる?私、頑張ってるよ」


心の中でお母さんに語りかけながら、レシピノートをぺらぺらとめくる。

まだまだ作ったことのない料理がたくさんある。


「明日は何を作ろうかな」


「美咲ちゃん、無理しちゃダメだよ」ガルシアさんが心配そうに言う。

「毎日新しい料理を考えるのは大変だろう?」


「大丈夫です。お母さんのレシピがたくさんあるから」


レシピノートを見せると、二人とも驚いた顔をする。


「こんなにたくさん!」


「お母さんが一生かけて集めてくれたレシピです。全部、愛情がこもってる」


そのページの隅に、お母さんの小さなメモが書いてある。

『美咲の好きな味付けに変えてもいいわよ』

『野菜は季節のものを使って』『何よりも楽しく作ることが大切』


読んでいるだけで、お母さんの温かい気持ちが伝わってくる。


「素敵なお母さんだったんだね」リオくんが言う。


「うん、とっても」


「きっと、美咲ちゃんが頑張ってるのを見て、喜んでくれてるよ」


ガルシアさんの言葉に、胸が温かくなった。


次の日の朝、いつものように店の準備をしていると、見慣れない男性がやってきた。

立派な服を着ていて、なんだかお金持ちそう。


「ここが噂の『銀の鈴亭』ですね」


「はい、いらっしゃいませ」


「私、マルクスと申します。この街で一番の高級レストラン『黄金の皿』のオーナーです」


高級レストラン?ガルシアさんから少しだけ聞いたことがある。この街で一番格式高い店らしい。


「お噂はかねがね。平民の作る料理が話題になっているとか」


平民って言い方、なんだか感じが悪い。


「美味しい料理を作っているのは確かですが……何かご用でしょうか?」


「来月の料理祭の件でね。参加されるそうじゃないですか」


「はい」


「忠告させていただきますが、あまり期待されない方がいいでしょう。

料理祭の審査員は、全て貴族の方々です。洗練された味を好まれますからね」


洗練された味?お母さんの手料理は十分洗練されてると思うけど。


「それでは、失礼します。当日、お手柔らかにお願いしますよ」


嫌味っぽく笑って、マルクスさんは帰っていった。


「なんか、感じ悪い人だったね」リオくんが眉をひそめる。


「でも、負けないよ」私は決意を新たにする。

「お母さんの料理の美味しさを、絶対に分かってもらう」


「そうだな」ガルシアさんが頷く。

「美咲ちゃんの料理を食べて、笑顔にならない人なんていないよ」


午後になって、エリンさんが料理を習いに来てくれた。


「今日は『おにぎり』を教えますね」


「オニギリ?」


「お米を握って作る、簡単な料理です」


エリンさんと一緒におにぎりを作る。

最初はうまく握れなくて、お米がぼろぼろ落ちてしまったけど、だんだんコツを覚えて、綺麗な三角形ができるようになった。


「中に具を入れると、もっと美味しくなりますよ」


この世界にも、梅干しに似た酸っぱい実があるから、それを入れてみる。


「わあ、美味しい!」

エリンさんが嬉しそうに言う。


「こんなに簡単に作れるなんて…」


「お母さんが言ってました。

『料理は難しく考えなくていいのよ。大切なのは、食べる人のことを思う気持ち』って」


「素敵な言葉ね」


エリンさんが自分で作ったおにぎりを大切そうに食べている姿を見ていると、お母さんも喜んでくれてるような気がした。


料理祭まであと三週間。

どんな料理を作ろうか、今からとても楽しみ。



料理祭当日がやってきた。


街の中央広場には、たくさんの屋台が並んでいる。

どの店も自慢の料理を持ち寄って、お客さんや審査員にアピールしようと必死だった。


「美咲ちゃん、緊張してる?」ガルシアさんが心配そうに聞く。


「大丈夫です」


本当は少し緊張していたけど、お母さんのレシピノートを握りしめると、不思議と落ち着いてくる。


「今日はどの料理を作るの?」リオくんが興味深そうに尋ねる。


「お母さんの一番得意だった『カレーライス』です」


カレーライス。お母さんが我が家の定番料理として、毎週必ず作ってくれていた思い出の味。

野菜たっぷりで、スパイスが効いていて、でも優しくて温かい味だった。


この世界にはカレー粉がないから、色々な香草を組み合わせて再現してみた。

何度も試作を重ねて、やっとお母さんの味に近づけることができた。


「いい匂いがしてきたね」


隣の屋台から声をかけられた。

見ると、街のパン屋のおじさんがにこにこ笑ってくれている。


「お互い頑張りましょう」


「ええ、頑張りましょう」


でも、その向こうを見ると、『黄金の皿』の屋台がある。

マルクスさんが高級そうな食材を使って、何か豪華な料理を作っている。

審査員の貴族の方々も、そちらに注目しているみたい。


「気にしちゃダメだよ」リオくんが励ましてくれる。


「美咲お姉ちゃんの料理が一番美味しいもん」


「ありがとう、リオくん」


カレーの具材を炒めながら、お母さんのことを思い出す。


『美咲、カレーはね、最初に玉ねぎをしっかり炒めることが大切よ。

透明になるまで、じっくりと愛情を込めて』


『お肉は一度取り出して、野菜を炒めてから戻すの。そうすると、全体の味がまとまるのよ』


『最後にスパイスを入れるときは、焦がさないように注意してね。苦くなっちゃうから』


お母さんの声が聞こえるみたいに、丁寧に料理を作る。

玉ねぎが透明になるまで炒めて、お肉と野菜を順番に入れて、水を加えて煮込む。


「あら、何か美味しそうな匂いがするわね」


声をかけてくれたのは、上品な雰囲気の女性だった。

年は50代くらいかな?とても綺麗なドレスを着ている。


「ありがとうございます」


「私、アリシアと申します。今日は審査員をさせていただいてるの」


え?審査員の方?


「あの、もしよろしければ、お味見をしていただけませんか?」


「ええ、ぜひ」


アリシアさんにカレーライスを小皿に盛ってお渡しした。

一口食べてもらうと、アリシアさんの表情がぱあっと明るくなった。


「これは……なんて温かい味なの」


「ありがとうございます」


「色々なスパイスが調和して、でも主張しすぎない。そして、なんだか懐かしいような……家庭的な味ね」


「お母さんから教わったレシピです」


「お母さんの?」アリシアさんが優しく微笑む。


「きっとあなたのお母様は愛情深い方だったのね」


「はい。お母さんの手料理で、みんなが笑顔になってくれるのが一番嬉しいです」


「素敵ね。料理は技術だけじゃない。心が大切なのよ」


その時、マルクスさんがやってきた。


「アリシア様、こちらは素人の作った料理ですよ。お口に合いますでしょうか?」


「マルクスさん、料理に貴賤はありませんわ。美味しいものは美味しいのよ」


「しかし……」


「それより、あなたの料理もお味見させていただきましょうか」


アリシアさんがマルクスさんの屋台に向かっていく。

マルクスさんは私を見て、なんだか悔しそうな顔をしていた。


午後になって、いよいよ審査が始まった。

審査員の方々が各屋台を回って、料理を試食していく。


私たちの屋台にも、次々と審査員の方がやってきた。

みんな、カレーライスを一口食べると、驚いたような、そして嬉しそうな表情をしてくれる。


「これは新しい味ですね」


「スパイシーだけど、マイルドで食べやすい」


「家族で食べたくなる味だわ」


みんな喜んでくれているみたい。

でも、一人だけ、眉をひそめている審査員がいた。

マルクスさんと親しそうに話している、偉そうな男性。


「庶民的すぎますね。もう少し洗練された味を期待していたのですが」


その言葉を聞いて、少しがっかりした。

でも、ガルシアさんが肩を叩いてくれる。


「気にすることないよ。大多数の人が美味しいって言ってくれてるじゃないか」


そうしているうちに、一般のお客さんも料理を試食しに来るようになった。

街の人たちが次々とカレーライスを食べて、笑顔になってくれる。


「美味しい!」


「こんな料理、初めて食べた」


「家でも作ってみたい」


エリンさんも来てくれて、嬉しそうにカレーを食べてくれた。


「美咲ちゃん、本当にすごいわ。私も料理、頑張って覚えるわね」


夕方になって、審査結果の発表があった。


「第三位は、『麦の穂亭』のミートパイ!」


パン屋のおじさんが嬉しそうに賞状を受け取る。

良かった、いい人だから嬉しい。


「第二位は、『黄金の皿』の高級魚料理!」


マルクスさんが得意げに前に出る。確かに見た目は豪華だった。


「そして、第一位は……」


私はあまり期待していなかった。

だって、あの偉そうな審査員は明らかに私の料理を気に入っていなかったから。


でも、それでもいい。

たくさんの人が笑顔になってくれた。それが一番の勝利だと思う。


「『銀の鈴亭』のカレーライス!」


え?


「美咲ちゃん、優勝だよ!」リオくんが飛び跳ねている。


「おめでとう!」ガルシアさんも大喜び。


信じられない。本当に優勝?


司会の人が説明してくれた。


「審査は、審査員の採点と一般投票の合計で決まります。

審査員の採点では僅差でしたが、一般投票では圧倒的な票数を獲得されました」


一般投票。つまり、街の人たちが選んでくれたってこと。


「お母さん……やったよ」


涙がぽろぽろ出てきた。

賞状と賞金を受け取りながら、お母さんに報告したい気持ちでいっぱいになった。


「ありがとうございました」


マイクを渡されて、お礼を言った。


「この料理は、亡くなった母から教わったレシピです。

お母さんが込めてくれた愛情を、みなさんに届けることができて、本当に嬉しいです」


会場からは大きな拍手が起こった。


「これからも、お母さんの手料理で、たくさんの人を笑顔にしていきたいと思います」


式典が終わった後、アリシアさんがやってきた。


「おめでとうございます。本当に素晴らしい料理でした」


「ありがとうございます」


「実は、私にも亡くなった娘がいるんです。

あなたの料理を食べていると、娘の作ってくれた料理を思い出して……」


アリシアさんの目に涙が浮かんでいた。


「料理には、人の心を動かす力がありますね」


「はい。お母さんがいつも言ってました。『料理は愛情よ』って」


「素敵なお母さんですね。きっと天国で喜んでいらっしゃるわ」


その後、マルクスさんもやってきた。

でも、今度は嫌味っぽい態度ではなくて、素直に祝福してくれた。


「参りました。私は技術ばかりにこだわって、一番大切なことを忘れていました」


「一番大切なこと?」


「心です。あなたの料理には、確かに心がこもっている。それが一番の調味料だったんですね」


「ありがとうございます」


夜遅くまで、街の人たちがお祝いに来てくれた。

『銀の鈴亭』は大盛況で、みんなでお祝いの宴会をした。


「美咲お姉ちゃん、すごいよ!」リオくんが嬉しそうに抱きついてくる。


「みんなのおかげよ」


「いや、美咲ちゃんの頑張りの結果だよ」ガルシアさんが優しく言ってくれる。


その夜、一人でレシピノートを開いた。

お母さんの手書きの文字を見ていると、すぐ隣にいるような気がする。


「お母さん、優勝したよ。みんながお母さんの料理を喜んでくれた」


風が窓から吹き込んで、ノートのページがぱらぱらとめくれた。

最後のページに、見たことのない文字が書かれている。


『美咲へ。お母さんより』


え?これ、いつ書かれたの?今まで全然気付かなかった。


『美咲が料理を通じて、たくさんの人を幸せにしてくれることを、お母さんは知っています。

きっとあなたなら、どこにいても愛情のこもった料理を作って、みんなを笑顔にしてくれるでしょう。

お母さんは、いつでもあなたを見守っています』


「お母さん……」


涙が止まらなかった。

でも、悲しい涙じゃない。

とても温かい、嬉しい涙だった。



料理祭の優勝から一ヶ月が経った。


『銀の鈴亭』は街で一番人気の食堂になって、毎日たくさんのお客さんで賑わっている。

でも、それよりも嬉しいのは、みんなが本当の家族みたいになったこと。


「美咲ちゃん、今日の新メニューは何?」


常連のおじいさんが楽しみそうに聞いてくる。

毎日新しい料理を期待してくれる常連さんたち。みんなもう家族同然。


「今日は『オムライス』です」


「オムライス?」


「卵で包んだご飯料理ですよ」


お母さんが私の誕生日によく作ってくれた思い出の料理。

ケチャップで「おめでとう」って書いてくれたっけ。


フライパンに卵を流し込んで、手早く混ぜる。

この作業にもだいぶ慣れた。

最初の頃は卵がぐちゃぐちゃになってしまったけど、今では綺麗にふわふわの卵焼きが作れるようになった。


「すごい!卵がふわふわしてる」リオくんが感動している。


リオくんも最近、料理の手伝いが上手になった。

野菜を切ったり、お皿を運んだり、立派な戦力。


「リオくん、お客さんにお水を持っていってくれる?」


「はーい!」


元気よく返事をして、お水を運んでいく。

最初に会った時の痩せこけた男の子とは大違い。

今では頬もふっくらして、顔色も良くてとても元気。


「美咲ちゃん」

ガルシアさんが厨房にやってきた。


「嬉しい知らせがあるんだ」


「何ですか?」


「街の商工会から連絡があって、美咲ちゃんの料理のレシピ本を出版したいって言ってるんだ」


「レシピ本?」


「ああ、街の人たちから『家でも作れるように』って要望が多いらしくてね」


確かに、最近はエリンさん以外にも、料理を教えてほしいって言ってくれる人が増えた。


「でも、これはお母さんのレシピだから……」


「だからこそ、もっとたくさんの人に伝えた方がいいんじゃないかな?

お母さんの愛情を、もっと多くの人に届けられるよ」


ガルシアさんの言葉に、はっとした。

そうか、お母さんのレシピを私だけで独り占めしている必要はないんだ。


「はい、やらせてもらいます」


「よし、じゃあ決まりだ」


その時、食堂の扉が開いて、見知らぬ女性が入ってきた。

年は私と同じくらいかな?でも、どこかおどおどした様子で、一人で座った。


「いらっしゃいませ」


メニューを持っていくと、その女性がぽつりと呟いた。


「すみません、あまりお金がなくて……一番安いものを」


「お腹すいてますか?」


「はい……でも、大丈夫です」


私はオムライスを作って、その女性に持っていった。


「え?私、まだ注文してないですけど……」


「サービスです。たくさん食べてくださいね」


「でも、お金が……」


「いいんです。お腹すいてる時に、美味しいものを食べるのが一番」


女性は涙を浮かべて、オムライスを食べ始めた。


「美味しい……こんなに美味しいもの、久しぶりです」


「良かった」


話を聞くと、その女性は隣の街から仕事を探しにやってきたけど、なかなか見つからなくて困っているらしい。


「もしよろしければ、うちで働きませんか?」

ガルシアさんが声をかけた。


「え?でも、私料理できませんし……」


「大丈夫、美咲ちゃんが教えてくれるよ。なあ?」


「はい、もちろんです」


女性は感激して泣きながら、お辞儀をしてくれた。


「ありがとうございます。頑張ります」


「私、ルナって言います」


こうして、私たちの家族にまた一人、新しいメンバーが加わった。


夕方、店を閉めた後、みんなでまかないを食べる。

今日は簡単におにぎりと味噌汁みたいなスープ。


「美味しいですね」ルナさんが嬉しそうに言う。


「明日から、ルナさんにも料理を教えますね」


「はい、お願いします」


リオくんも嬉しそうに話しかけている。


「ルナお姉ちゃん、一緒に頑張ろうね」


「うん、リオくん、よろしくね」


ガルシアさんが満足そうに見回している。


「いいなあ、こういう光景。まるで本当の家族みたいだ」


「本当の家族ですよ」

私が言うと、みんなが嬉しそうに笑った。


その夜、レシピノートを開いて、明日教える料理を考えた。

まずは基本的な卵焼きから始めようかな。


お母さんのレシピを見ていると、いつものように温かい気持ちになる。

最初は一人ぼっちで寂しかったけど、今では素敵な家族に囲まれて、毎日がとても充実している。


「お母さん、私、幸せよ」


窓の外では星がキラキラ光っている。

きっとその中の一つが、お母さんなんだろうな。


「これからも、お母さんの料理でたくさんの人を笑顔にするからね」


次の日の朝、いつものようにお店の準備をしていると、エリンさんがやってきた。


「おはよう、美咲ちゃん」


「おはようございます、エリンさん」


「実は今日、とっても嬉しいことがあるの」


「何ですか?」


「私の作ったおにぎりを食べた隣の奥さんが、『すごく美味しい』って言ってくれたの。

それで、今度料理を教えてもらえないかって」


「それは良かったです」


「美咲ちゃんに教えてもらった料理で、私も誰かを喜ばせることができた。本当に嬉しいわ」


エリンさんの笑顔を見ていると、お母さんの愛情が確実に広がっていくのを感じる。

お母さんから私に、私からエリンさんに、エリンさんから隣の奥さんに。


料理を通じて、愛情の輪がどんどん大きくなっていく。


「お母さん、見てる?あなたの愛情が、たくさんの人に届いてるよ」


昼時になって、いつものようにお客さんでいっぱいになった『銀の鈴亭』。

ルナさんも一生懸命お手伝いしてくれている。


「美咲先生」常連のおじいさんが声をかけてくれる。


「今度、孫にも料理を教えてもらえないかね?」


「もちろんです」


「私にも教えて」


「僕も習いたい」


次々と声をかけられて、料理教室みたいになってきた。


「みんなで一緒に作りましょうか」


厨房ではない場所にテーブルを並べて、みんなで料理教室を開催することになった。

今日のメニューは、お母さんの得意料理だった「肉じゃが」。


「最初に玉ねぎを切りますよ」


「こんな感じ?」


「もう少し細かく切った方がいいですね」


みんなワイワイ言いながら、料理を作る。

失敗する人もいるけど、それも含めて楽しい。


「うわあ、美味しくできた!」


「家族に作ってあげよう」


「今度は違う料理も教えて」


みんなの笑顔を見ていると、心がとても温かくなる。

これが、お母さんが望んでいたことなんだろうな。


夕日が食堂を優しく照らして、今日も平和な一日が終わろうとしている。


ガルシア、リオくん、ルナさん、そして常連のお客さんたち。みんな私の大切な家族。


異世界に来てしまった時はびっくりしたし、不安だったけど、今では本当に来て良かったと思う。

お母さんの手料理で、こんなにたくさんの人を笑顔にできるなんて。


「お母さん、ありがとう。あなたの愛情を教えてくれて」


レシピノートをそっと撫でながら、明日のことを考える。

明日はどんな料理を作ろうかな?どんな笑顔に出会えるかな?


きっと、素敵な一日になる。

お母さんの愛情と一緒なら、どんな日だって素敵な一日になるから。


私の新しい人生は、まだまだ始まったばかり。

お母さんの手料理と共に、これからもたくさんの人を幸せにしていこう。


『銀の鈴亭』の看板が夕日に照らされて、温かく光っている。

まるで、お母さんが微笑んでいるみたい。


---


【終】

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