LV1:気がついて精一杯!
基本的にサブタイトルに意味は無いです。気にしないでお読みくださいw
鬱蒼とした森の中にある小さな泉。
その畔。
「…………。」
アズマはじっと目を閉じ手をあわせていた。
目の前には一抱えほどの大きさもある長方形の岩が、1つは横倒しに、そしてもう一つはその横倒しの岩の上に縦におかれている。
それは、墓石であった。
この世界で一般的に用いられているものではなく、アズマがもといた世界であったものを真似て自ら作ったものであった。
その前には、花が供えられ酒瓶がひとつおかれていた。
「……じいさん、早いもんだな。あんたがここを離れてもう5年だ。長いようで……意外と短いもんだな、5年っていう歳月は。」
愚痴るように、語りかけるようにあの頃より精悍さを増したアズマは墓石に囁く。
「俺は何とかやってるよ。農地もさらに広げたし、作物の種類も増えた。爺さんの仕事の方も順調だ。爺さんのより効果が上がってるって、結構評判良いんだぜ。」
酒瓶を手にし、一口あおる。
「いろいろあったぜ、この5年の間。」
思い出すのは騒がしくも、楽しかった記憶。
それだけではない。
寂しくて涙したこともあった。
苦しく、悔しく、憎らしく思ったこともあった。
怖くて震えた夜もあった。
そこには老人の姿は無かった。
結局最後まで、無かった。
「ま、俺も忙しい身だしな。立ち止まってるわけにもいかないんだよ。」
墓石の上で酒瓶を傾け、中身をみんなぶちまける。
それはあたかもアズマの頬を流れる涙のようで。
「墓参りも今年で終いだ。立派な墓作ってやったし、怨んで化けて出るなよ?」
空になった酒瓶を墓石の上にコトンと置くと、きびすを返し歩き始めた。
陽の光がやさしく墓石を照らす。
泉の上を吹く風は爽やかで供えられた花を揺らす。
つるつるに磨かれた墓石は酒の雫を浴び輝き。
誰もいなくなった辺りは静寂に包まれた。
墓石には、アズマのもといた世界で使われた文字が彫られていた。
きっと読めるのは、この世界ではアズマだけであろう。
いや、アズマだけになってしまったというのが正しい。
『爺の馬鹿、ここに眠ってろ(仮)』。
遺骨も何も無い空の墓がひとつ。
ただそこに佇み続けていた……。
「で、アズマは帰ってきて早々何をしてんのよ?」
「ん? 爺さんの私物をまとめて物置にしまおうかと。」
「ねぇねぇ、いいの? 勝手に動かしちゃって。」
「いや、これから爺さんの部屋を使おうと思ってね、引っ越すついでにいらんものを選別したのよ。」
「いらんものって……。一応遺品ってことになるんじゃないの?」
「生活の中で使わないものはいらんものでしょうに、別段捨てるってわけでもないしだいじょぶだろ?」
「そんなもんなの?」
「そんなもんさ。」
などと会話をしながらも、アズマは旧老人の部屋と物置を荷物を抱えて往復していく。
「それよりも、だ。」
「ん? なに?」
「少しは手伝おうという殊勝な気持ちにならんものかね?」
老人が残した、用途不明なものが詰まった箱を抱えたまま、アズマはソファーに寝そべる毛玉をにらみつけた。
「おいおい、無茶言わないでよアズマ。この手でどうやって荷物を持てというのよ、君は」
そういって突き出された手には、ぷにぷにとした丸い肉の玉がついていた。
ついでに言えば、手は白くてふわふわな毛に覆われている。
どう見ても人の手ではない。
「まぁ、初めから期待はしていなっかたからいいんだけどな。」
「犬に荷物運びの手伝いをさせようという考え自体が間違いなのよ。」
「違いない。」
先ほどからアズマと会話していたのは1頭の中型犬であった。
全身を真っ白な毛で覆われており、目つきは鋭くその口には鋭い牙がずらりと並んでいる。
犬といっても、狼に近い種類のようで、耳はピンと三角にとがり顔もそれに近いものであった。
「それよりお前さんはそんなところでのんびりしてていいのか? そろそろ巡回の時間だろ? エリス」
純白の狼犬はその言葉に耳をぴくんと反応させ、視線をついっと開け放たれた窓の外へ向ける。
「それにしても、今日はいい天気よね~」
「おい、それで話をそらした積もりかよ……」
あまりにもお粗末な話のそらし方に気が抜けたのか、アズマは手に持っていた箱をいったん置くとソファーに座り込む。
手直しした中古品だが、そこそこいい品だったのでアズマの体重をしっかりと受け止め支えてくれる。
勢いよく座ったために、その隣で伏せていたエリスの体が少し宙を浮く。
迷惑そうそうなその視線をよそに、アズマは首にかけていた布で額の汗をぬぐった。
「またサボりかよ。いい加減しっかり働いてもらわんとこっちとしてもお前の給料を考えなくちゃならなくなるぞ」
「いいじゃないのよ、仕事はちゃんとやってるんだし。」
ふてくされるようにエリスがつぶやく。
「ちゃんとやってるってのは、イリスみたいなやつのことを言うんだ。お前さんもいい加減弟の働きっぷりを見習ったらどうだ。」
「やーよ、あんな真面目君になるのは。私はいざというときのためにえーきを養ってるの。それで、いざというときがくるまでの仕事はイリスがやる。持ちつ持たれつってやつね。理にかなってるでしょ?」
「ただ働くのがめんどくさいだけの癖によく言うぜ。」
「ま、それもあるわね。」
「怠惰な姉を持つと、弟は苦労するねぇ。」
「うるさい。かむぞ。」
エリスがその凶悪な牙をちらつかせたので、アズマはやれやれとソファーから立ち上がる。
「こわいこわいワンちゃんに噛み付かれる前に、引越しの続きに戻ることにしますかね」
「ふんっ!」
エリスのその反応を横目で見つめ、苦笑しつつもアズマは作業を再開した。
今抱えている箱には数点の品しか入っていなかった。
それでもどこか重い感じがするのは、そこに込められた思いがそうさせているのかもしれない。
いつの世も、更なる一歩を踏み始めるには、その土台となるものが必要になる。
何も無いところでは足をつくことも、踏ん張ることもできない。
この世界に生きるもの全ては、何かしらの上に立っているのだ。
それは知識や経験であったり。
それは先駆者や贄であったり。
それは時間や財産であったり。
有形無形にかかわらず必ず存在するものなのだ。
小さくとも偉大なる一歩。
その大切さを噛み締めながら、アズマは最後の箱を物置の奥へそっと置いた。
そう多くは無い箱の山ができた。
意外に少なかったと感じる。
その箱の山を覆うように丁寧に布をかぶせていく。
名残惜しさを残しつつも、倉庫を後にする。
「終わったの?」
「ああ、終わった。」
「そう、終わったのね」
「ああ、終わったんだ。」
エリスはアズマをじっと見つめていた。
「だが……。」
その視線をしっかり受け止めながら。
「これが始まりだ。」
アズマは力強く宣言した。
ここは、世界において最大の大陸、カルザード大陸の東、大国ベルライドにある竜骨山脈と死霊の谷を内に擁する『ルヴェス大森林地帯』のどこか。
森の中にぽっかりと広がった大農場の隅に建つ一軒家。
石造りの平屋で、脇に立つ尖塔が目を引く。
その平屋の入り口であるドアの脇につるされた看板。
奏者が好んで使うような杖と、鍬が交差しその中心には大木とフラスコの絵が彫られている。
その絵の下には『セドリック薬剤商店&アズマ農場』とかかれていた。
アズマの義父『セドリック・B・フォード』を創始者とする、後の『セドリック商会』の前身である。
人知れず、時代のうねりが大きく動こうとしていた。
それは中心にいるものも同じである。
そのうねりの只中にいながら、のんびりとその日をすごしていく。
ただ目の前にある目標を目指しながら。
そこに至ったときのことなど気にすることなく。
少しずつ、確実に。
その一歩を踏みしめていくのだった。
お久しぶりでございます、作者のHANMOです。ようやく筆が進みましたので、短いですが投稿しました。これからちょくちょく投稿していけるとおもいますので、よろしくお願いしたい限りです。徐々に話は進んで言ったらいいなーと思っていますが、どうなるかはまだ作者にも不明なので敵トーにお待ちくださいw それでは次回『LV2:急に泣き出した空に』でお会いしましょう。SEE YOU NEXT STORY!