LV0:プロローグ3
3話目を投稿を期にサブタイトル変更しました。実際内容がほぼ進んでいないため、ひっくるめてプロローグって形としました。
この世界において最大の大陸、カルザード大陸の東、大国ベルライドにある竜骨山脈と死霊の谷を内に擁する『ルヴェス大森林地帯』のどこかにそれは存在していた。
そこは奥深い森の中に切り開かれたように作られた場所。
森から少し離れたところに、木製の柵が設けられ。
それが、ぐるっと円を描いている。
広さでいえば、東京ドームが1個すっぽり納まっても、まだ余裕があるだろう。
そこは、耕され畦が作られ、多種多様な植物たちが青々と茂りその姿を陽光の元へと晒していた。
そう、そこは森の中に切り開かれるように作られた農地だったのだ。
きれいに品種ごとに区切られ、視界いっぱいに広がるそれらはある種の芸術性さえ伺える。
そんな中を男が一人、ゆっくりと歩いている。
精悍ながらもどこかあどけなさが残るその顔は青年と呼べる年頃に見える。
日に焼け浅黒くなった肌。
農作業で鍛えられた体は、筋骨隆々といえないまでも引き締まり力強さを感じさせる。
動きやすい布の服を身にまとい、片手には鍬、頭には麦藁帽、首には布を巻いている。
背中には収穫したのだろう、青々とした葉を茂らせた草がいっぱいに背負い籠に詰まっていた。
男はあたりの様子を伺いつつ、農地の端に建てられた石造りの家に入っていく。
傍らには風車のついた尖塔があり、それなりに大きな家だ。
「アズマ、今日もご苦労だったのぅ」
ドアを開け中へ入った男へとしわがれた、しかし衰えを感じさせない力強さのある声がかかる。
『アズマ』
それが男の名前なのだろう。
「ほれ、冷えた水じゃ。これでも飲んで一休みせぇ」
「ありがとな、爺さん」
部屋の片隅に籠を下ろすと、アズマは老人が差し出した木のカップを受け取る
ごっごっごっ……。
盛大に喉を鳴らし、その中身を飲み干していく。
「…っぷはーっ! このために生きてるってもんだな!」
幾分親父臭い台詞ではあるが、炎天下の中外で働いてきたアズマにとってはまさに生き返るおいしさであった。
「さて、アズマよ。ちと、いいかの?」
その様子をほほえましそうに伺っていた老人の瞳に、不意に真剣な色が宿る。
「ん? どうした、爺さん? そんな顔して……」
普段ののほほんとした表情とまったく異なるそれを見て、首をかしげるアズマ。
曲がった腰に、緑のローブ。
細長く先がねじれた杖を持ち、頭にはローブと同色のとんがり帽子。
しわがれた顔には白く長い髭を蓄え、さらに長い眉毛で目が隠れている。
この老人を見た人がいれば、ほとんどの人がこう答えるであろう。
”まるで、魔法使いのよう”……だと。
「ちと昔馴染みから頼まれごとをされてのぅ。少々ここを離れることになることとなったわい」
「なんだよ、そんなことか。いやにまじめに話したりするもんだから、何か大事が起こったのかって心配して損したぜ」
おどけたように言って、アズマは近くにあった椅子へと腰掛ける。麦藁帽をとり、布で汗をぬぐいながら老人へと視線を向ける。
「で? 今度は何日かかるんだ? 二日? 三日? それとも一週間ぐらいか?」
この老人がひょっこりと出かけていくのはよくあることなのか、アズマは気が抜けたような声でそう聞いた。
「分からん」
「は?」
「じゃから、分からんと言っておるのだ」
ぽかんとした表情を浮かべるのを、老人は悪戯の成功した少年のような瞳で見ていた。
「すぐ戻ってこれるかも知れぬ。十日……いや、百日かかるかも知れぬ。もしかしたらずっと帰ってこれぬかも知れぬ……。だからの、分からんと言ったのだ」
しかし、その瞳にすぐさま真剣な光を戻しそう告げた。
何かを感じ取ったのだろう、呆然としていたアズマの顔も真剣なそれとなる。
「分かった……って、何がなにやらよくわからないが、分かった。留守の間は任しておいてくれ」
「ふぉっふぉっふぉ。アズマならば大丈夫じゃよ。ワシよりうまくやっていけるはずじゃ」
「なに言ってやがる、このボケジジィ。こないだようやく及第点をもらった新米に言う台詞か、それが!」
「及第点を取れれば十分。ただ一人のワシの弟子なんじゃ、もっと胸を張っておればいいんじゃよ」
「あんたの弟子ってのが一番心配な点だよ!」
「ふぉっふぉっふぉ」
あんまりなアズマの台詞だったが、いつものことなのか老人は楽しそうに笑っていた。
「あ~も~……。爺さんはこっちのこと気にせずいってこい! 後は何とかしておくから。何とかならなくても何とかしておくから。気が済むまで頼みごととやらをやってくればいいさ!」
「うむ、ならばアズマに全てを任せようかの。分からんことがあれば、あやつに聞くのじゃぞ。権限もお前さんをマスターに変更しておいた、確認はしっかりとな?」
「そこまで……? ……なぁ、爺さん。本当に……本当にいくのか?」
重たい空気が辺りを包む。
アズマの顔は先ほどと比べようもなく険しい。
「……うむ。ワシは……いや、ワシが行かねばならぬことじゃ」
しかし、老人は優しい声で柔らかな表情でそう言った。
「……」
「……」
しっかりと目と目が合ってどれぐらい過ぎたのだろうか?
「……はぁっ」
アズマは思わず大きなため息をついた。
「さっさと帰って来いよ? こっちにゃ農作業もあるんだ。爺さんの代わりものんびりやってられないしな。捜索届け出される前に、さっさと戻って来るこった」
「わかっておるわい。それにの、アズマに教えなければならんこともまだまだ残っとるからのぅ」
「こっちはこっちで勝手に勉強させてもらうさ。帰ってきたときに、もう教えるものはないってことにならないのを祈っておいたほうがいいかもな」
「む、それはちと厄介じゃ。こりゃ本当にゆっくりしてられんかもしれないのぅ」
老人は笑い。
アズマはおどける。
二人は袂を分かつ。
老人は旅立ち。
アズマは見送る。
二人が再び出会うその日まで……。
「いっちまったか……」
思えばあれから5年の年月が過ぎていた。
アズマがこの世界に墜ちて来て5年。
この老人にアズマが拾われてから5年。
老人はアズマにこの世界の言葉を教え、文字を教え、そして生き方を教えた。
アズマは老人にもといた世界の言葉を教え、文字を教え、歴史や技術を語った。
年は離れていたが、二人はまるで兄弟のように仲がよく。
アズマはいつしか、老人のためにと鬱蒼と茂る森を切り開き、そこへ農地を作っていった。
老人は薬草、毒草、魔草などから薬を作ることを生業にしており、頻繁に危険な森の中へと採取に出かけていた。
木の枝のように細い体ではあるが、実力こそ心配ない。しかし、万が一ということもある。
アズマがそれを危惧し農地の提案をしたことに老人は驚き、そして嬉しさに涙した。
こうしてアズマの地道で気の遠くなる作業が始まる。
記憶の中にある歴史、技術、道具をフルに使い、少しずつ少しずつ広大な森を拓いていった。
アズマは決して身体能力が高くは無く、どちらかといえば肉体労働は苦手であった。
今までいた世界ではしたことの無い、重度の肉体労働に熱を出し寝込むこともあった。
だが、アズマは決してあきらめず、めげず、手を抜かず作業を進めていった。
木を切り倒し、岩を除き、時には魔物を倒し農地を作るに十分な広さを確保していく。
その後、地を耕し、整備し、種や苗を集め、肥料を作り、実際に植えていく。
そこまでたどり着くのに、実に3年の年月を要した。
それでも、現在の広さと比べるとまだまだ狭いものである。
その面積を一人でという条件からいうと、かなり厳しい作業であったが、それを可能にしたのはこの世界に存在する魔法という不可思議な力の存在であった。
万物に宿るといわれる魔力を使い、様々な事象を起こすそれは、この世界において広く認知され多くのところで使用されていた。
部屋の明かりを灯したり、傷を癒したり、ものによっては大きな爆発を起こすこともできる。
もっとも、適正が存在し一部の者を除けばほとんどの者が使えないのと同意であった。
そういった者でも扱えるようにと、ごく微量の魔力でも発動できるように作られた魔道具というものが存在しているのだが、今は詳しいことは割愛する。
そして、この魔法という力を使う者は言霊を唱える様子に倣い『奏者』と呼ばれていた。
アズマにとって運が良かったのは、その奏者の適正があったということであった。
さらに運がいいことに、老人が魔法の扱いに長けていたということもある。
「成したいことを思い浮かべ、魔力を引き出し言霊を唱えよ」
しかし老人の教えはたったこれだけであった。
まったくもって魔法初心者であったアズマはその日の開墾作業を終えると、老人の実演を観察し、覚えたばかりの文字を使い文献を読み漁り、その仕組みを考察・設計・実践していった。
魔力というものを感じ、認識するのに一ヶ月。
それを体の内から自由に引き出すようになるのに三ヶ月。
やっと魔法らしいものが使えるようになった頃には、すでに一年の月日が流れていた。
老人曰く。
「アズマに魔法の才は無い。才のあるものは赤子の頃にマナを知り、息をするように言霊を紡ぐ。じゃがしかし、魔法を理解し変化させ自分の使いやすいようにするという一点においては、アズマは誰よりも柔軟な思考ができておる。このワシよりも、じゃ」
魔法は大別して、簡略化されある一定以上の適性を持つものならば誰でも使える共通魔法と、その奏者が自ら生み出した固有魔法の2種である。
その2種の中でも様々な分類はあるのだが、基本的に固有魔法はそれを作った奏者と、その本質を理解しイメージできる者のみが使えるものなのだ。
つまり、作った魔法の基本概念、効果や規模、言霊に込められた思いや意味などをしっかり把握していなければ、他者には使えないものなのである。
似たり寄ったりな魔法は多いが、それらは系統が同じなだけであって必ず細部に差異が出るのだ。
そして、その基本概念的な部分に大衆のもつ共通のイメージを刻み、ある種の常識的な範囲でしか効果が発揮されない用に調節されているのが共通魔法となっている。
そのため、共通魔法は固有魔法に比べその数は極端に少なく、だがしかしこの世界の生活に深く根付いているものが多い。
夜間明かりを灯すために用いられる光源。
簡易な錠を施す閉鍵。
上記のものが代表例として挙げられる。
こういった魔法は、もともと固有魔法だったものを、多くの研究者と費用を投じ長い年月をかけて完成したものである。
つまりそれだけ他者が固有魔法を理解し変化させ自分の使いやすいようにするというのは困難なことなのである。
それは、知識の面であったりイメージの面であったり要因は様々であるが、もといた世界が世界であったし、相性がよかったのかアズマにとっては然程難しくはない作業であった。
逆に、その豊富な知識によってよりイメージを強くし、原理を紐解き、カタチをしっかりと作ることにより多くの場合が、無駄が無く効果が上がることが多かった。
これにはさしもの老人も目を丸くせずにはいられなかったようだ。
しきりに秘訣は何なのだ? と尋ねてくる老人に、その様子を見てアズマは苦笑しつつも。
「育ってきた環境が違うからな……」
と、言うことしかできなかった。
この世界の住民に対して、原子や分子の話をしても理解もしくは納得できるかが不明であったのもあるし、アズマの言う育ってきた環境に物を言わせている部分が多々あったので説明のしようが無かったのもある。
実際、アズマがもといた世界でも、国が違えば考えた方や常識が違うところなど山ほどあったのだ。
こればかりはどうしようもない。
こうして紆余曲折を経た後、アズマは魔法という新たな力を手に入れた。
主に、開墾や農作業のためというのがいささか間抜けだが。
しかし、魔法があったからこそ作業時間は大幅に短縮され、より広い面積を切り開くことができ、3年という短い期間で農地を作りきって見せたのは確かなことであった。
それからアズマは薬草、毒草、魔草の育成法を研究していった。
もといた世界の知識と、この世界に存在する知識を踏まえ、品種や育成時期、育成法や病気害虫対策にいたるまで昼夜を惜しんで調べていく。
そして世間で一番オーソドックスな薬草(正式な名前は特に無いので勝手にグリーンハーブ(笑)と呼んでいる)の栽培に成功したのは半年たった頃であった。
これは、この世界では初のことなのだということを聞いて驚いた。
基本的にこういった草類はその辺の道端に生えているというものではなく、この『ルヴェス大森林地帯』や『常闇の大洞穴』、『霧の湿原』などの一定以上の魔力が常在している場所でのみ生育できるらしい。
こういった場所では強力な魔物も好んで住み着くので、多くの場合冒険者と呼ばれる何でも屋が依頼を受け採取してくるのが常識である。
老人のような実力者の場合はその限りではないが、薬師のような生産職の者が直接赴くことはほとんど無かった。
そして、農家が何とか栽培できないかと試行錯誤を繰り返してきた歴史はあるが、どれも結果的に育つことが無かったり、育ったとしても薬草などの効果がまったく無いものが出来上がったりとその結果は皆があきらめるのに十分すぎるほどであった。
栽培しようにも土地が悪く、よい土地を見つけてもそこは魔物の住処のど真ん中。
この世界の農家たちが匙を投げるのも当然の話だったわけである。
無論、アズマの住んでいるこの地も立派な危険区域なのだが……。
この後、ゆっくりとだが栽培する種も増えてゆき、老人としても十分な規模となったころには農地も完成した当時よりさらに広がりを見せていた。
アズマの飽くなき探究心と、もはや趣味の一環ともいえるほどどっぷりはまってしまった農作業の結果である。
……思えばあれから5年の年月が過ぎていた。
アズマがこの世界に墜ちて来て5年。
この老人にアズマが拾われてから5年。
老人はアズマにこの世界の言葉を教え、文字を教え、そして生き方を教えた。
アズマは老人にもといた世界の言葉を教え、文字を教え、歴史や技術を語った。
年は離れていたが、二人はまるで兄弟のように仲がよく。
アズマはいつしか、老人のためにと鬱蒼と茂る森を切り開き、そこへ農地を作っていった。
その生き生きした姿を見て、もといた世界の人々は目を疑うだろう。
たくましく成長したアズマの体を見て、もといた世界の人々は何かの冗談だと思うだろう。
誰かの為に事を成し。
それが巡って自分の為と成る。
アズマは今、自分が生まれ出でた意味をかみ締めていた。
遠ざかる老人の背を見送りながら。
アズマは今、自分が堕ちて来た意味をかみ締めていた。
森の中へ消えた老人の背を思い浮かべながら。
アズマは生きていく。
この世界の中で。
今日が過ぎ。
明日が訪れ。
昨日を振り返ったそのときに。
そこには確かに足跡が残っているのを感じられる。
さぁ、面白い話をしよう。
堕ちて来た男の話を。
開幕のベルを鳴らそう。
劇はまだ始まってもいない。
舞台は整った。
役者は幕の袖で出番を待っている。
幕が上がり、そこに立つは一人の男。
恭しく頭を垂れ、しかして不遜に笑いを浮かべ。
劇が始まる。
筋書きの無い劇が。
いま、始まる……。
ようやく主人公の名前も出てきて、一息つけたHANMOです。これからようやく、アズマののんびりとした話が始まります。プロローグの1だか2で喜劇だとか何とか書いた気がしたのですが、どこに笑える要素があるの? と総ツッコミされそうで戦々恐々としております。今しばらく、お待ちください。なんだか書いていて、自分でも頭をひねってしまっていたので、これからに期待ということにしておいてください(苦笑)。それでは、次回『LV1:気がついて精一杯!』でお会いしましょう。SEE YOU NEXT STORY!