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第八話 特別なお酒

「それで、これは何なのかな、レオ君」


 うららかな春の昼下がり、元教え子の屋敷の居間で、オズヴァルドは透明なグラスに注がれた琥珀色の液体をしげしげと見つめた。


「お茶です」

「いや、そんなわけないでしょ」


 この鼻を刺激する匂いは、茶などという生易しいものではない。


「どう見てもお酒だけど」

「はい、酒です」


 レオナルドはあっさりと前言を撤回した。


「お年寄り向けの薬酒です。滋養強壮の効能があるそうで、お年寄りには大変おすすめの品です」

「年寄り年寄りとうるさいねえ、きみは」


 とはいえ、今日のオズヴァルドはどこからどう見ても立派な老人である。新種のカエルを採集しにきた老学者、という設定で外見をこしらえてきたためだ。


 正体不明の液体を前にオズヴァルドが首をかしげていると、金髪の青年が茶器をのせた盆を手に現れた。


「お待たせしました、オズヴァルド殿」

「やあ、アダム君。元気そうだね」


 おかげさまで、と微笑むアダムにレオナルドは「おい」と尖った声をあげる。


「茶は出すなと言っただろう」

「お客様にそんな失礼なことはできませんよ」

「これは客じゃない」

「レオ」


 たしなめるようにアダムが名を呼ぶと、レオナルドはふてくされたように黙りこんだ。


 これはまた、とオズヴァルドは内心でにんまりした。予想以上にうまくいっているらしい。この厄介な元教え子と、厄介な過去をもつ元国王は。


「それを飲んだら帰ってくださいよ」

「まあ、そう急かさないでよ」


 かぐわしい茶をひと口飲んで、オズヴァルドは意味ありげな笑みを浮かべた。


「最近このあたりで変わったカエルが見られると聞いてね、今日はそれを捕まえにきたんだけど……」

「暇なんですね、校長」

「レオ君ちょっと黙ろうか? でさ、だいたい捕まえたんだけど、一番のお目当てがまだ見つからないんだよね。それで、きみなら何か知ってるかなあって」

「さあ。そんなカエル知りませんけど」


 お茶請けのじゃがいもクッキーをかじりながら、レオナルドは卓上のグラスをちらと見やった。


「変わったヘビなら捕まえましたよ。そしたらこいつが」


 レオナルドは隣の家政夫をあごで示した。


「ヘビは酒に漬けるといいと言ったので」

「…………」


 漬けたのか。そして()したのか。


 絶句するオズヴァルドの前で、アダムが宿題を忘れた生徒のように首をすくめる。


「まさか本当にやるとは思わなかったんです」

「おい、アダム」


 こちらは悪戯仲間に告げ口された少年のように、レオナルドはアダムをにらみつけた。


「おまえが言い出したことだろう」

「だから冗談だったんですって。あなたが珍しくヘビなんかにするから……」

「カエルばかりじゃ飽きるだろう」

「そういう問題じゃありませんよ。どうするんです、あの酔っ払い」


 言い合う二人をオズヴァルドはぽかんと見つめ、そして、こらえきれずに吹き出した。


「いやあ、いいね! じつにいい!」


 笑いころげるオズヴァルドを、アダムは微笑して、そしてレオナルドは呆れ顔で眺めていた。以前より少しだけ、目の下の隈が薄くなった顔で。




 ……王国のはずれ、とある村に一人の魔道士が住んでいる。若くして天才の名をほしいままにするその魔道士は、今日も平和に――あいかわらずの爆発・炎上・異臭騒ぎを除けばおおむね平和に――そして少しばかり賑やかに、有能な家政夫と暮らしている。



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