第七話 雪かき日和の朝
ぱちん、と暖炉で火花がはぜた。それを合図に、レオナルドとアダムは身じろぎした。長い夢から覚めたように。
「夜が明けたら、出ていきます」
静かにアダムが宣言した。
「わたしがここにいるかぎり、あの手合いはまた現れるでしょうから」
「そうだろうな」
心底嫌そうな顔をするレオナルドに、アダムは小さく笑う。
「彼らはわたしを迎えにきたそうです。ともに手を携え、玉座を取り戻そう、とね。まったく、愚かしいにもほどがある……」
呆れというより憐れみをこめて、アダムはつぶやいた。
「公式には、わたしは死んだことになっています。叔父上……陛下がそのように計らってくださいました。ですが、どこかで秘密がもれたのでしょう。このままでは陛下のご恩を仇で返すことになってしまう」
現国王は、先代国王の叔父にあたる人物だという。年若い先代国王を傀儡に仕立てて専横をふるっていた宰相一派を粛清し、七年にわたる戦争を終わらせた名君と誉れ高い。
「なにより、わたしをここに置いていることで、あなたに反逆の疑いがかけられてしまうかもしれません。あなただけではない。オズヴァルド殿にも……」
「だから」
レオナルドはうんざりしたように黒髪をかきまわした。
実際、うんざりしていた。先ほどから見当はずれな言葉をまき散らしている家政夫にも、その家政夫を押し付けていった校長にも。
そして何より、そのいまいましい校長に、結局いいように使われている自分自身にも。
「だまされるなと言っただろう。あの校長が善意だけでおまえをここに寄越したとでも?」
え、とアダムは目を瞬かせ、これだから世間知らずは、とレオナルドは悪態をついた。
この場にオズヴァルドがいたら「それ、きみにだけは言われたくないと思うよ」としみじみ述べたにちがいない。
「いまの国王はやり手らしいな。旧体制派の連中は、肩身がせまくなる一方だとか」
「ええ。ですから彼らはわたしのもとに……」
そこでようやくアダムも気づいたらしい。まさか、と口に手をあててアダムはつぶやく。
「わたしを餌に……?」
「ああいう害虫にとって、おまえはさぞ旨そうな餌なんだろうな」
煮ても焼いても食えない校長のことだ。どうせこの近くに網でも張って、餌におびき寄せられた反逆者を片っ端から捕らえているのだろう。
仮に網から漏れた者がいたとしても、元国王に危害が及ぶことはない。天才魔道士がそこにいるかぎり。
まったく嫌なジジイ(もしくはババア)だ、とレオナルドは胸のうちで毒づいた。次に訪ねてきても絶対に茶など出してやるものか。ましてやココアなんぞはもってのほかだ。
「わかったら餌は餌らしく大人しくしていろ」
話は終わりとばかりに立ち上がったレオナルドを、アダムはどこかぼんやりとした顔で見上げた。
「……わたしは、ここにいていいのでしょうか」
レオナルドは眉間にぎゅっとしわを寄せ、乱暴に頭をかきまわした。
いつの間にか、窓の向こうは仄明るくなっていた。夜明けが近い。雪もどうやら止んだらしい。さぞ積もっていることだろう。
「……おまえがいなくなったら」
ややあってレオナルドは低い声をしぼりだした。
「誰が雪かきをするんだよ」
アダムは若草色の目を見開き、それからくしゃりと顔をゆがめた。泣き笑いのようなその顔はひどく無様で滑稽で、この上なく人間らしかった。