第六話 人形の王様
「あなたはもうご存知だと思いますが」
揺れる炎を見つめながら、アダムは口を開いた。
暖炉の前で、二人は並んで膝を抱えていた。寒い、とレオナルドが文句を言ったので、アダムが火をおこしたのだ。
「わたしの本当の名は……」
「いい」
レオナルドはそっけなく首をふった。
「おまえは校長の人形だろう。それだけわかっていればいい」
たしかに、とほろ苦く笑う端整な顔を、レオナルドはずいぶん前から知っていた。
最初は、魔道学校の卒業式だった。最も高貴な来賓として、その金髪の少年は主席の生徒と握手をしていた。
卒業式前日に校長と大乱闘をくりひろげたため主席から末席に落とされたレオナルドは、遠くからその光景を眺めているだけだったが。
二度目は戦場だったと思う。慰問だか視察だかで、レオナルドが配属された砦にやってきた国王一行。配給が滞り芋をかじるしかなかったレオナルドたちをよそに、その青年には豪勢な食事がふるまわれていた。
その翌月、砦は敵軍に攻め落とされた。逃げ延びることができたのはレオナルドほか、わずか数名だけだった。レオナルドが夜に眠れなくなったのは、それからだった。
「たしかに、わたしは人形でした。われながら、出来のいい人形だったと思います。見栄えよく着飾り、笑みを絶やさず、誰に対しても優しく慈悲深く……それが私の役目でした」
今日のアダムはよくしゃべる。まるで壊れた人形のように。
「その慈悲深いわたしが、年端もいかぬ少年を戦場に送りこんだのです。子どもだったわたしより、さらに幼かったあなたを。あなたの出征命令書に署名したのはわたしです。あなただけではありません。わたしはいったいどれほどの……」
「なあ」
唐突に、レオナルドは口をはさんだ。
「それ、いつまで続けるんだ?」
際限のない愚痴と懺悔を。聞くに堪えない自己憐憫を。
アダムははっとしたように緑の瞳を見開き、苦い笑みを口元に浮かべた。
「もうしわけ……」
「謝らなくていい」
アダムが口にしかけた謝罪を、レオナルドはさえぎった。そんな意味のないものを、レオナルドは求めていなかった。
「悔やんでいるなら独りで悩めばいい。自分を責めたければ好きなだけ責めればいい。罪の重さに耐えられないのなら……」
そのときもおまえの心のままに、と。レオナルドは淡々と告げた。
「だけど、謝罪はいらない。それだけはお断りだ。少なくとも、ぼくには。ぼくは、おまえに壊されてなんかいない」
壊れたというなら、とっくの昔に壊れていた。最初にそれを気づかせてくれたのは父だった。
おまえはもう人間ではないと、父の目はいつもそう語っていたのだから。