クモをつつくような話 2025 その2
6月1日。曇り時々晴れ。最低14度C。最高18度C。
午前1時。
うーん……。ガス漏れ警報器ちゃんの子グモたちの中からアイガーの北壁ちゃんが現れない。どうなっているんだろう?〔仮説が間違っていたというだけのことだろ〕
午前8時。
小雨が降っている。
ヤエンオニグモのヤエちゃんは住居へ戻ったらしい。
その近くには体長4ミリから6ミリほどのヤエンオニグモの幼体が4匹、円網で待機していたのだが、そのうちの1匹は撮影している間に円網の回収を始めた。晴れている日ほど明るくはないが、もう朝なのである。
ビヨウヤナギの黄色い花、と言うか、多数のおしべの中のめしべにピントを合わせて撮ってみた。作者はこういう構図が好きなのである。
午後10時。
スーパーの東側ではヤエンオニグモのヤエちゃんと4ミリちゃん、その他に体長4ミリほどの子と5ミリほどの子だけが円網で待機していた。かなり気温が低いので仕事をしたくない子が多いのらしい。
6月2日。曇り時々晴れ。最低13度C。最高24度C。
午後1時。
光源氏ポイントの奥のスギの枝葉にジョロウグモの小さなまどいがあった。まどいのシーズンはもう終わっただろうと思っていたんだが、またまた大ハズレだ。
これは何らかの理由で後続グループに保温してもらえなかった先行グループではないかと思う。先行グループは個体数が少ないので、保温してもらえないと後続グループよりも脱皮が遅くなる可能性があるはずだ。
※気温が高いと、まどいの外側にいる子グモたちの方が先に脱皮できてしまうということなのかもしれない。
カーブの外側の矢印看板の裏に体長17ミリほどのクサグモがいた。この体長だと立派な雌成体である。看板のフレームの幅はせいぜい3センチくらいしかないのだが、不規則網とシート網と住居をコンパクトにまとめているらしい。おかげで薄い糸の幕の中にいるクサグモを撮り放題だった。
午後8時。
ガス漏れ警報器ちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んだ。ガス漏れ警報器ちゃんは住居から飛びだしてきてダンゴムシに近寄り、糸を投げかけている。
午後11時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんと新顔君が住居から出ていたので、それぞれ体長10ミリほどのダンゴムシを不規則網に落とし込んであげた。で、2匹とも飛びついてきたのだが……もしかすると新顔君は雌、つまり新顔ちゃんなのかもしれない。あまりにも獲物が少ないので、思い切って不規則網を捨てて約束の地を目指したという可能性も否定できないのだ。
そして、この子が雌だったならば、マダラヒメグモはあまり排他的ではないということになるかもしれない。だいたい枠糸を共用できるジョロウグモレベルの排他性というところか。
6月3日。雨時々曇り。最低17度C。最高19度C。
午前4時。
マダラヒメグモの2ミリちゃんの近くに体長12ミリほどのダンゴムシを落とし込んでみた。ダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、2ミリちゃんは近寄っては糸を投げつけ、また近寄っては糸を投げつけて獲物を吊り上げようとしている。とんでもない積極性だ。
不規則網が繋がっているらしい右前隅ちゃんもダンゴムシに気付いたらしくて、住居から出てきたのだが、それ以上は近寄ろうとしない。どうしようもない消極性だ。
午前5時。
2ミリちゃんはダンゴムシをコンクリート面から1センチくらい吊り上げた状態で食いついているようだ。6倍の体長をヒトに換算すると中型バスを超える大きさだ。1センチでもたいしたものである。
午前10時。
雨が降っている。
スーパーの東側では体長4ミリほどのヤエンオニグモの幼体と体長3ミリほどのオニグモの幼体(多分)が円網で待機していた。晴れていないせいだろう。
今年の1月20日頃に姿を消したジョロウグモの20ミリCちゃんの子グモたちが現れる様子がない。産卵できなかったか、あるいは無精卵を産むことになったかだと思う。
20ミリCちゃんには気の毒だが、「産卵前の絶食」仮説に対する否定的なデータがなくなったのは助かる。
6月4日。晴れのち曇り。最低17度C。最高27度C。
午前1時。
星が見えている。
ヤエンオニグモのヤエちゃんは糸の下にぶら下がっていた。円網を張るかどうかはわからない。
オニグモの3ミリちゃんは強力ライトの直下に引っ越したらしかった。
4ミリちゃんも今までと同じくらいの距離を保ったまま、3ミリちゃんの下の方で円網を張っている。うらやましいとは思わないが。
午前4時。
ヤエンオニグモのヤエちゃんと体長4ミリほどの幼体2匹が円網で待機していた。
その近くでは体長4ミリから5ミリほどのオニグモの幼体4匹が横糸を張っているところだった。オニグモはヤエンオニグモよりも遅い時間帯に円網を張り替える傾向があるようだ。
午前6時。
いつの間にか、ガス漏れ警報器ちゃんが7個めの卵囊を造っていた。「産めよ増えよ」である。人間のように地に満ちて環境破壊をすることはないのだがね。
午前11時。
スーパーの東側で業者が草取りを始めた。これはマズい。まだオニグモの幼体2匹とヤエンオニグモの幼体2匹が残業しているのである。しょうがない。この子たちを順にツンツンして住居へ戻るように仕向ける。
ところが、ツンツンすると4匹全員が円網の中を逃げ回って円網を揺らしたのである! まあ、円網を揺らすというか、円網の平面と平行に体を揺するという表現の方が正しいかもしれない。
ユウレイグモの仲間はもちろん、ジョロウグモの幼体もツンツンすると体を揺するから、この行動は昆虫などに対する威嚇という面で効果があるんだろう。
午後1時。
ホタルブクロかヤマホタルブクロが咲き始めていた(見分けるポイントがあるらしいのだが、作者にはよくわからない)。
ジョロウグモのまどいのシーズンは終わっただろうと思っていたのだが、光源氏ポイントの奥のスギの枝葉には小さなまどいが1個あった。おそらく10匹くらいのまどいだ。もしかして、6月になったら後続グループは先行グループを保温しなくていいというルールになっているんだろうか?〔んなわけ……ないとは言えないかもしれない〕
気温は上がっているのだから保温の効果は相対的に低下しているはずなのだ。
森の中では体長7ミリほどのヤエンオニグモが残業していた。
※この子が住居へ戻ったのは午後3時頃だったようだ。
午後4時。
もういいだろうと思って、スギの枝葉ごと、2個のジョロウグモの卵囊を回収した。2日くらいベランダに吊しておいて、出囊しないことを確認してから卵囊保管計画に従ってプラスチック容器に入れよう。
午後8時。
オニグモの4ミリちゃんの触肢には膨らみがないことを確認した。つまり、この子は雌である。ということは、自動的に3ミリちゃんは雄の3ミリ君ということになる……のだが、強力ライトの周囲には4匹のクモがいて、1匹はズグロオニグモなのだが、残り3匹のうち、どの子が3ミリ君なのかわからない。ライトはまぶしいし、近くに寄るのも難しいのだ。
午後11時。
ガス漏れ警報器ちゃんに体長8ミリほどのダンゴムシをあげた。
6月5日。晴れ時々曇り。最低17度C。最高28度C。
午前8時。
ガス漏れ警報器から15センチくらいの場所に体長2ミリほどの黒っぽい子グモがいた。おそらくマダラヒメグモの幼体だと思う。特にマダラヒメグモの場合は体長2ミリにまで成長できる子がほとんどいないようだ。おそらく2ミリになれば、かなり長期間の絶食もできるようになるんだろう。もっとも、出囊した子グモたちが全員オトナになったりしたら大変なことになってしまうのは明らかだ。現状でも80センチ四方の玄関に4匹いるのだし。
午後1時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんに体長15ミリほどのダンゴムシをあげた。左前隅ちゃんは左右の第四脚を交互に使って糸を投げかけるのと、同時に使って糸を投げつけるのを交互に繰り返している。もしかすると、獲物の種類だけではなく、その大きさによっても手順を変えているのかもしれない。確実に獲物を仕留めるためならそれくらいのことはやるだろう。クモなんだから。
午後7時。
4ミリちゃんを初めとしてオニグモの幼体たちが横糸を張っているところだった。それに対して体長5ミリほどのヤエンオニグモはすでに円網を完成させていた。ヤエンオニグモの方がオニグモよりも早めに張り替えるような気もするんだが、データが少なすぎるので断言はできない。
6月6日。晴れのち曇り。最低16度C。最高30度C。
午前9時。
コンクリート製電柱の表面で2匹のハエトリグモが争っていた。下方からやってきたやや小さめの子が上にいた子に近寄っていくと、上にいた子が左右の第一脚をVの字形に振り上げた。これであっさり決着が付いたらしくて、小さめの子は電柱の裏側へ逃げていき、大きめの子はそれを追いかけていったのだった。大きさに明確な差があればケガをするような争いにはならないのだろう。
ヤエンオニグモの5ミリちゃんが残業をしていた。
午前10時。
アジサイが咲き始めている。見頃になるのはもう少し先のようだが。
光源氏ポイント周辺にはジョロウグモのまどいが見当たらなかった。いくらなんでも、まどいのシーズンはもう終わりだろう。
午後1時。
血圧は78と41だった。ここまで下がるとふらふらする。
6月7日。晴れ時々曇り。最低19度C。最高29度C。
午前2時。
今さらだが、ヤエンオニグモの7ミリちゃんと5ミリちゃんの横糸の間隔はオニグモのそれに比べて狭い。翅が小さめの昆虫を狙っているんだろう。
スーパーの東南の角の強力ライトの前に体長15ミリほどのクモがいた。大穴の開いた円網にかかっている大量の小さな羽虫を食べているようだ。この子はもしかすると、引っ越ししてきた15ミリちゃんかもしれない。
6月8日。曇りのち晴れ。最低20度C。最高27度C。
午前5時。
スーパーの東側では体長4ミリほどのオニグモ体型のクモが横糸を張っているところだった。曇ってはいるが、この時間帯に横糸を張るのなら夜行性とは言えない。完全に24時間営業、あるいは昼行性である。
ヤエンオニグモのヤエちゃんも円網で待機している。
スーパーの東南の角でも体長10ミリ弱ほどのオニグモ体型のクモが横糸を張っているところだった。
午前7時。
光源氏ポイントで体長4ミリほどのナガコガネグモの幼体を見つけた。もっとも、ナガコガネグモだとわかったのは円網の中央部に隠れ帯を付けていたからである。ちなみに円網の前後にバリアーがあればジョロウグモの幼体だ。
矢印看板の裏にいるオオヒメグモはざっと体長10ミリ近くになっているのだが、まだ産卵していない。いまさら「オオヒメグモではありませんでした」というオチにはしたくないんだが……。
堤防の上の舗装路では体長80ミリほどのごく薄い緑色の毛虫が歩いていた。そのままでは轢かれそうなので枯れ草の茎で草地に放り込んだのだが、その茎に噛みつくんだ、この子は!「情けは毛虫のためならず」であるなあ。〔そんなことわざはない!〕
午前9時。
玄関先で体長10ミリほどのダンゴムシを捕まえたので、ガス漏れ警報器ちゃんにあげた。この子は空腹になると住居から出てくるので実にわかりやすい。
玄関にいる4匹については確信を持って「食欲がありそうだ」とは言えない。
午前11時。
今日は103キロ走ってしまった。100.2キロ地点での走行時間は4時間2分だったからいいペースで走れている。ただ、少々腹筋が痛い。
なお、新品のレーサーパンツだと滑る感じがするようになったので、サドルの上面に軽く紙やすりをかけてみた。滑りにくくはなったのだが、洗濯したせいかもしれないので今のところ結論は出せない。
午後6時。
ヤエンオニグモの4ミリちゃんが縦糸を張っているところだった。それで確認できたのだが、触肢が膨らみがあるからこの子は雄だ。以後「ヤエンオニグモの4ミリ君」と呼称する。
ヤエンオニグモの他の幼体たちは全員業者に殺されたようだ。とっとと地獄に落ちろ、人間どもめが!
6月9日。曇りのち雨。最低18度C。最高26度C。
午前10時。
歩道の上に緑色のカエデの種が落ちていた。なんとまあ、この通りの街路樹はスズカケノキ科のモミジバスズカケノキ(プラタナス)ではなく、ムクロジ科(旧カエデ科)の樹木だったのらしい。6年も住んでいて気が付かなかったとは迂闊な話である。数百メートル先の歩道に植えられているのがモミジバスズカケノキだったので同じものだと思い込んでいたようだ。いかんなあ。
6月10日。雨時々曇り。最低19度C。最高21度C。
午前2時。
ガス漏れ警報器の周囲に子グモたちが現れていた。何個目の卵囊かはよくわからない。まあいいや。クモに数という概念が理解できるとも思えないし。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
午前5時。
ガス漏れ警報器ちゃんの卵囊が8個になっていた。
それに対して左前隅ちゃんは2度めの産卵をする様子がない。これはどういうことなんだ? 念のために左前隅ちゃんの不規則網に体長10ミリほどのダンゴムシを落とし込んでみたのだが、全く反応なしだった。
不規則網から歩いて出てきたダンゴムシは、もう一度捕まえて右前隅ちゃんにあげた。今回はちゃんと不規則網に引っかかったダンゴムシに糸を投げかける右前隅ちゃんだった。
ついでに新顔ちゃんの不規則網にもダンゴムシを落とし込んでおく。新顔ちゃんは住居から出てこないが、しばらく様子を見よう。
午後6時。
新顔ちゃんがダンゴムシに口を付けていた。
玄関先にはダンゴムシを2匹吊り上げているマダラヒメグモがいた。罠を仕掛けるタイプの捕食者だとこういうことも起こり得る。そのため、網を張るクモは食い溜めもできるし、獲物がかかるまで絶食することもできるような体になっているのだそうだ。クマムシほどではないだろうが。
午後5時。
トイレットペーパーホルダーの近くに子グモが1匹いた。どうも、ガス漏れ警報器ちゃんの子グモたちには去年のヒメちゃんの子グモたちよりも高所を目指すタイプが少ないようだ(少なくとも1.7メートルの高さまで登った子はまだ観察できていない)。気候(気温など)の問題か、母親の体格による制限があるのかもしれない。
6月11日。雨時々曇り。最低20度C。最高22度C。
午前1時。
玄関先で体長10ミリほどのダンゴムシを捕まえたので、左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。ダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、歩きまわっているうちに糸に触れたらしくて、左前隅ちゃんがいったん近づいてから再び距離を取った直後に吊り上げられていた。
この子は不規則網の補修もしていないようだし、ガス漏れ警報器ちゃんや去年のヒメちゃんほど積極的に産卵する気はないようだ。「個性」と言ってしまうのは簡単なんだが、積極的に繁殖しようとしないという個性にどんな意味があるのかわからない。
6月12日。晴れのち曇り。最低19度C。最高26度C。
午前2時。
ガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。不規則網の補修をしたようだ。
体長12ミリほどのダンゴムシを落とし込むと、ガス漏れ警報器ちゃん寄りも先に居候していた3匹の子グモが気付いた様子だった。ウロウロしているが、さすがに近寄ろうとはしない。そのうちに住居からガス漏れ警報器ちゃんが出てきた。
午後10時。
ヤエンオニグモのヤエちゃんが円網で獲物を食べていた。
4ミリちゃんは姿を見せていない。こちらは脱皮しているのかもしれない。
スーパーの東南の角付近にいるヤエンオニグモの幼体が戻ってきていた。体長は7ミリほどになっているから脱皮したんだろう。そしてこの子も雄らしい。
強力ライトの周囲にあるオニグモの卵囊より小さい白い卵囊が2個増えていた。その近くにはよく太った子を含めてズグロオニグモが3匹いたから、この白い卵囊はズグロオニグモのものではないかと思う。大きさもそれらしいし。
6月13日。曇り時々晴れ。最低17度C。最高23度C。
午前4時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網の端に体長3ミリほどのマダラヒメグモ(多分)がいることに気が付いた。というわけで、今、玄関にいるのは右前隅ちゃん、左前隅ちゃん、新顔ちゃん、2ミリちゃん、3ミリちゃんの5匹ということになる。かなりのクモ口密度だ。
午後2時。
スーパーの東側で体長2.5ミリから3ミリほどのジョロウグモの幼体を3匹見つけた。
午後5時。
体長5ミリほどの右前隅ちゃんと体長3ミリほどのクモが15ミリくらいの距離で見つめ合っていた。〔……網を張るクモは一般的に視力が弱いんだぞ〕
『日本のクモ』によれば、マダラヒメグモ雌の体長は「3.5ミリ~6.5ミリ」ということなので、右前隅ちゃんはすでにオトナになっていて、雄が現れないので獲物が喉を通らなかったと考えることもできるかもしれない。なお、マダラヒメグモの雄は「3.5~4.5ミリ」とされているのだが、この程度は誤差の範囲内だろう。
体長3ミリでは触肢の膨らみも確認できないから、交接するか、3ミリちゃん(3ミリ君?)が姿を消した後に右前隅ちゃんの食欲が回復して、さらに産卵すれば「雄だった」と言えると思う。
そして、右前隅ちゃんの不規則網にはもう1匹、体長3.5ミリほどの子も同居している。この子も雄なら三角関係になるのだが、今のところ争う様子はない。雌1匹に雄2匹なら取り合いをするべきだと思うんだが。
「それでも雄ですか、軟弱者!」〔…………〕
雌の不規則網に複数の雄が同居しているという状態になることがきわめてまれなクモであるならば「雄同士で争う」ということが本能に書き込まれていないという可能性もある……かねえ……。
6月14日。曇りのち雨。最低18度C。最高22度C。
午後2時。
ガス漏れ警報器の周囲には子グモが7匹いるようだ。体長1ミリほどの子グモはゴミと見分けがつかないから断言はしかねるが。
マダラヒメグモの雄2匹の配置が変わっていた。今は右前隅ちゃんに近い位置に3.5ミリ君がいて、その後方に3ミリ君がいる。まあ、正しいポジションだと言えよう。どうしてさっさと交接しないのかはわからないが。
そして、新顔ちゃんもいるのだから2匹で分け合えばいいだろうと人間は思ってしまうんだが、複数の雌と交接できるタイプの雄であるならば、強い雄が雌を独占してしまうということもあり得るだろう。ただし、マダラヒメグモ雄の交接能力についての情報は見つけられなかったので断言はしかねる。
午後3時。
マダラヒメグモの3ミリ右前隅ちゃんの反対側へ移動していた。しかも3.5ミリ君よりも近い。嗅覚でライバルと雌の位置を把握しながら最適なポジションの取り合いをしているような感じだ。
午後5時。
右前隅ちゃんのすぐ前に3ミリ君がいた。右前隅ちゃんは3ミリ君に向かって第四脚(多分)を何回か伸ばし、その後、3ミリ君は何回か右前隅ちゃんに体ごとぶつかるような動作をした。これがマダラヒメグモの交接なのかもしれない。思ったよりも時間がかかったが、そこまで雌雄が接近したのなら交接したと判断していいだろうと思う。ああっと、3.5ミリ君の方が大きいのに交接できなかったのは何故かという問題も残ってしまったぞ。もしかするとマダラヒメグモの雌は「雄の価値を決めるのは大きさじゃないのよ」と思っているのかもしれない。そうだったらうれしいなあ。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
クモ観察は予想外のことが次々に起こるから面白い。ああっと、24時間体勢を取っているわけでもないのに交接を観察できてしまうのは、やはりクモの神様のお導きなんだろうなあ。
※『マダラヒメグモの交接 その1』『同 その2』という動画サイトを見つけた。興味がある方は閲覧してください。
午後6時。
右前隅ちゃんは住居に戻っていた。
3ミリ君は右前隅ちゃんから5センチくらいの所にいる。3.5ミリ君は12センチだ。
午後11時。
マダラヒメグモのガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていたので、その不規則網に体長10ミリほどのダンゴムシを落とし込んだ。まあ、よく食べること。
この子は七回も産卵しているし、不規則網もちゃんと補修しているというのに、左前隅ちゃんを含めて玄関の3匹がろくに働かないのはどういうことなんだろう? 個性で片付けてしまっていいのか?
6月15日。雨のち晴れ。最低21度C。最高29度C。
午前1時。
マダラヒメグモの3.5ミリ君が姿を消していた。おそらく、マダラヒメグモの雌も「交接しました」ホルモンを放出するんだろう。……いやいや、雄の「交接しちまったぞ。ざまあ見ろ」ホルモンでもいいかも……いやいや、それは雄がライバルを騙すために使うこともできるからフェアじゃないし、ライバルの雄もいずれは対抗策を獲得するだろうな。ボツ。
午前7時。
マダラヒメグモの3ミリ君は動いた様子がまったくない。交接した雄は動かず、交接できなかった雄は立ち去った。これはマダラヒメグモの雄は一生に一度しか交接できないということを表しているんだろうなあ。
「我がクモ生に一片の悔いなし」
ガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に体長4ミリほどのマダラヒメグモの雄が侵入していた。「第三の雄」である。〔古い! あれは1949年の映画だぞ〕
ダンゴムシを食べていたらしいガス漏れ警報器ちゃんは2センチくらい侵入者に向かって踏み出している。
すでに産卵を始めている雌の不規則網に侵入しても意味はないだろうと思うのだが、おそらく、マダラヒメグモの雄は不規則網があったら侵入してみることにしているんじゃないかと思う。糸を食べれば栄養補給はできるだろうし、網の主がまだ交接していない雌だったらチャンスだろうし。
午前8時。
3ミリ君が不規則網の端の辺りまで10センチくらい移動してうろうろしている。交接を終えた雌の近くにいると食われてしまうのかもしれない。それでも不規則網から出て行くつもりはないらしい。
午前11時。
近所のオニノゲシの花が咲き始めた……と思ったら、そのつぼみが明るい赤紫色なのだった。なんてこった。こいつはアザミの仲間じゃないか! 改めて調べてみると、どうもアメリカオニアザミだったらしい。葉に棘が生えているキク科の草というだけで判断してはいけなかったのだなあ。
マダラヒメグモの3ミリ君が姿を消していた。交接から約18時間。マダラヒメグモの雄にとって交接とはそれほど消耗する行為なんだろう。
第三の雄君もいなくなっていた。
午後6時。
日高敏隆著『春の数えかた』の「動物の予知能力」の章は「秋、カマキリが高い所に卵を産むと、その冬は雪が深い、とか」「雪国ではあちこちにこのような言い伝えがある」という文章で始まっている。
面白そうなので「カマキリ 卵囊 雪」で検索してみると。酒井興喜夫・湯沢昭著『地理的特性を考慮した最大積雪深予測の実際―カマキリの卵ノウ高さによる方法―』という論文が見つかった。これは10ページもある立派な論文で、表やグラフを見ていると確かにカマキリの卵囊の高さと最大積雪深さには関係があるような気がしてくる。しかし、何回か読み返しているとおかしな点がいくつか見つかるのだ。
(1)この言い伝えは、ただ単に雪に埋もれている卵囊は見えなかったというだけのことではないかという気がする。どうにも「蛇に睨まれた蛙」ほどの整合性が感じられない。
(2)この「カマキリ」は何カマキリなのかがわからない。これでは追試もできない。性悪説に従うならば、意識的に追試ができないような論文にしたと考えることもできる。
(3)「カマキリの卵ノウ高さに関する観測データ」の項には「冬には枯れてしまうような草や低木に生み付けられた卵ノウは冬期間雪に埋もれてしまうことが多いため、調査の対象とはならない」と書かれているのだが、産卵の時点では雪に埋もれていないのだから、このデータを切り捨てる理由にはならない。これはデータの改ざん、あるいはねつ造と言えるだろう。
ちなみに『カマキリの卵の位置で分かる雪との関係の秘密』というサイトには「……カマキリの卵の位置とその年の降雪量にはなんらの関係性もないという学説もあります。実際の研究からも、カマキリの卵を雪に埋もれた状態で孵化させたところ、実に98%の赤ちゃんカマキリが孵化したという研究結果もあり……」などと書かれている。カマキリの卵囊は卵を保護するためのものなのだから雪に埋もれた程度のことで孵化率が下がったりするとは思えないし、雪が融けてから出囊するのでなければ獲物もいないだろう。
(4)この論文では卵囊の高さと積雪の深さの関係式に対して3段階の修正を加えている。修正を加える度にグラフ上の点の分布が直線に近づいていくのだが、これは最大積雪深さの予測値の妥当性を上げるための「改ざん」にあたると作者は思う。「年度が新しいほど重相関係数が上昇しているが、これは前年度の結果を参考に卵ノウ高さの計測方法やその修正方法を改良した結果である」というのも「自分が埋めた石器を発掘する」という行為と同じようなものだろう。
科学的にはこういう「否定されるための論文」も議論を活性化させるという意味で存在価値がある。いい例がプリオン説論文やSTAP細胞論文だ。
しかし、利害関係が成立しない論文屋さんはわざわざ手間をかけてまで検証しようとは思わないだろうし、そういう論文が存在した方が都合がいい論文屋さんは引用までするかもしれない。そんな状態をいつまでも放置していると天動説のように否定しにくいものになってしまうぞ。
※念のために言っておくと、作者は天動説も科学であると思っている。ただ、地動説の方がより論理的科学的であるというだけのことだ。
午後8時。
部屋の中に体長10ミリほどのアリがいたので、捕まえて右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。アリはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、右前隅ちゃんが追いかけていくと、アリは吊り上げられてしまった。
いままでは、お婿さんが現れないので獲物も喉を通らなかった……というか「交接していないのに獲物を食べるのは無駄」という考え方なのかもしれない。そういえば、交接していないのに獲物を食べ続けて無精卵を産むことになったらしいオニグモがいたなあ。
午後11時。
ヤエちゃんは円網を張っていなかった。
体長10ミリほどになったヤエンオニグモの4ミリ君は円網を張っていたので、そこらで捕まえた体長20ミリほどの甲虫を少し弱らせてから円網に投げ込んだ。かなりの大物なので、4ミリ君はセオリー通りに獲物の上で円網を切り開き、それを獲物に被せてから、獲物の下に回り込んでバーベキューロールで捕帯を巻きつけ始めた。
ああっと雨だ。帰ろう。
6月16日。曇り一時雨。最低21度C。最高27度C。
午前1時。
マダラヒメグモの新顔ちゃんの不規則網に体長12ミリほどのダンゴムシを落とし込んでみた。あまり期待はしていなかったんだが、住居から駆け出してきた新顔ちゃんは不規則網に引っかかっているダンゴムシに糸を投げかけ始めた。
午前4時。
どうにも眠れないので、馬場祐希著『クモの奇妙な世界』という解説書の話をしよう。これが実に非科学的で面白いのだ。
最も悪い例を挙げると「都会暮らしも快適」の章には「フロリダ州におけるアメリカジョロウグモ(Nephila clavipes)を対象とした研究によりますと、なんと都会に生息するジョロウグモは田舎に生息するジョロウグモに比べて、60%も脚が長く、35%も腹部が長いこと、さらに網も田舎や公園のクモに比べて網が大きく、網を張る場所も地表面高くに作られることも分かりました」と書かれている。
何も考えずに読むと、この「ジョロウグモ」や「クモ」は日本産のジョロウグモのことだと思ってしまうだろう。しかし、よく読めば、これは「アメリカジョロウグモ」であることがわかるはずだ。クモの論文屋さんは「ヒメグモ」という用語を「ヒメグモ科のクモ」という意味で使ったり、「世界中に生息しているすべての昆虫はショウジョウバエである」という前提で論文を書いてしまったりするようだから、クモ学世界では一般的にこういう非科学的なデタラメが許されているのだろう。
しかし、論文屋さん以外の読者も読むような解説書でこんなことをやられてはたまらない。そもそも、日本語で書かれている日本人向けの解説書にアメリカにしか生息していないクモの話を載せることに何の意味があるんだ? 銭儲けのためにページを水増ししたのか?
2番目に悪い例は「あのクモの名は」の章の「昆虫と私たち人間では、見えている光の波長が違っており、昆虫には人間の目では見えないような波長の低い光(すなわち紫外線など)も見ることができます。ですので、紫外線を通すフィルターを使って写真撮影すると、昆虫の眼からクモがどのように見えているかが分かります」だと。やれやれ……。
まずは「波長の低い光」。「波長」という用語には「長」の字が含まれている。したがって「波長」は「長い」とか「短い」と表現するべきだ(周波数なら「低い」「高い」になるが)。これについては大崎茂芳氏の論文を丸写ししたんだろうが、クモの論文屋の世界でしか通用しない非科学的な表現を解説書で使ってはいけないだろう。なお、「紫外線」ならともかく、「紫外線など」だとエックス線やガンマ線まで見えることになってしまうんじゃないかという気もする。
次は「紫外線を通すフィルター」。素人さんは知らないんだろうが、市販されている写真撮影用フィルターのほとんどは紫外線を通す。従って、そんなものを使ったところで普通の写真にしかならない。紫外線写真を撮影する時に使うのは「紫外線だけを通すフィルター」なのだ。
さらに「昆虫の眼からクモがどのように見えているかが分かります」。わかりません。昆虫は紫外線以外は見えないということはないのだ。
昆虫の色覚は、種にもよるが、だいたい紫外線の領域から黄色の領域までとされているらしい(ナミアゲハは赤色の光まで見えるそうだ)。したがって、昆虫の眼で見た世界というなら、人間に見えている世界から赤色領域を除いて、代わりに紫外線の領域を加えたようなものになるだろう。ただし、昆虫の複眼では対象にピントを合わせることはできないので、おそらくは色の分布という形で世界を認識しているのではないかと作者は思っている。
「読者にはわからないだろう」などという安易な考え方で解説書を書かれるのは、本気でクモを理解したいと思っているアマチュアには大迷惑なのである。
というようなわけで、論文屋さんが銭儲けのために書き散らかした非科学的な解説書などは読むべきではない。作者はどこにどれだけ嘘やデタラメや非科学的な記述があるかを楽しんでしまうけどね。
午前6時。
玄関先の数枚のズグロオニグモ(多分)の円網に合計25匹の羽アリがかかっていた。羽アリのシーズンが来たんだなあ。
体長2.5ミリほどのジョロウグモの幼体も4匹見つけた。
その他に体長8ミリほどのヤエンオニグモの幼体が1匹と体長3ミリから5ミリほどのオニグモ体型の子グモたちが多数、円網で待機していた。曇っていると「夜行性」とされているクモたちでも残業することが多いのだ。
午後1時。
光源氏ポイントではミゾソバが咲き始めていた。これは白い花よりもピンク色のつぼみの方が見栄えがするという変な花である。好きなんだけどね。
ジョロウグモの幼体のうち、最大の子は体長7ミリほどになっていた。その円網を逆光で見ると縦糸が虹色に輝いている。午後1時の虹である。〔いいかげんにせんかい!〕
その円網に、そこらで捕まえた同じくらいの体長のアリを弱らせてから投げ込んだ……のだが、バリアーにはね返されてしまった。もう少し育つまでは手を出さないでおこう。
矢印看板の裏にいるオオヒメグモが産卵していた。早ければ今月中に出囊するかもしれない。
午後2時。
木造ガレージの近くの空き家の西側の壁にマイマイガの幼虫らしい毛虫が130匹くらいいた。これはなんとも……アメリカ人に見せたら「オゥ、マイマイガ―!」と言ってもらえそうな状況である。〔…………〕
北側にも数十匹いたが、東側と南側は確認していない。この子たちは多分、繭を造る場所を探しているんだろう。なお、黒と金色の横縞模様の個体とやや小さめの黒と銀色の個体がいるようだ。雌と雄なのかもしれない。
この毛虫たちを撮影していて、ふと気が付くと、サイクリングシューズの上を毛虫が歩いている! 雌か雄かわからない毛虫に懐かれてもうれしくない。振り払ってロードバイクにまたがった。〔雌ならいいのか?〕
…………。
午後4時。
マダラヒメグモの新顔ちゃんが住居から20センチくらいの位置にいた。どうやら雄が侵入してきたので逃げたようだ。マダラヒメグモの縄張り意識はこの程度のものなのである。
右前隅ちゃんの不規則網にも雄が1匹侵入している。うーん……交接を終えた雌の網に侵入したところでヤルことはないだろうに……栄養補給かなあ。「旅の途中で難儀してんだ。何か食わせてくれよー」とか?
ちなみに、今はどうか知らないが、何十年か前のモンゴルの遊牧民には「サインバイノー(こんにちは)」と言って、見ず知らずの家族のゲル(円形の大型テント)に入り込み、常に用意されている食べ物や飲み物を勝手に飲み食いしていい、という習慣があったのだそうだ。同じような習慣は北極圏で暮らしていたエスキモー(イヌイット)にもあったらしい。そういう習慣がないと命を落としかねないような厳しい環境だったということだろう。
午後8時。
玄関先に体長10ミリほどの甲虫がいたので、右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ。甲虫はコンクリート面まで落ちてしまったのだが、右前隅ちゃんはそれを追いかけていって吊り上げた。
左前隅ちゃんは出囊済みの卵囊を捨てていた。この子は玄関の角の部分を住居にしているので、空っぽの卵囊を置いておく場所がないんだろう。
また、出囊済みの卵囊をどうするかは母親の判断に任されているという可能性もあるかもしれない。
6月17日。曇りのち晴れ。最低22度C。最高31度C。
午前1時。
スーパーの東南の角で体長15ミリほどのオニグモが円網を張っていた。そこらで捕まえた同じくらいの体長のガを円網に投げ込んでおく。
「オニグモにはガがよく似合う」
午前4時。
ガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。不規則網の補修をしているようだ。とにかくよく働く子である。というか、左前隅ちゃんのように産卵回数が少ない方がマダラヒメグモの雌としては異常なんだろう。
午前7時。
右前隅ちゃんが産卵していた。もう卵囊の仕上げをする段階に入っているようだ。
今日は暑くなりそうなので、気温が上がる前に走ってしまうつもりでアラームを午前5時にセットしたのだが、結局起きられなかった。しかし、逆にそれが幸いした形である。これもまたクモの神様のお導きであろう。後で右前隅ちゃんに感謝の生け贄を捧げよう……と思ったのだが、昨日あげた甲虫が不規則網の中にまだ残っている。
「こいつぁいけにぇ。生け贄の前払いをしちまったぜい」〔…………〕
午前8時。
右前隅ちゃんが甲虫に食いついた。一仕事終えたところでご飯である。
午前10時。
1匹だけだが、光源氏ポイントにもマイマイガの幼虫(多分)がいた。全く身動きしないから、もうすぐ繭を造るんだろう。
コガネグモの幼体を2匹見つけた。体長10ミリほどの子は短い隠れ帯を4本付けている。体長15ミリほどの子は左下に1本だけ。
午前11時。
ガクアジサイを撮影した。ウィキペディアによると、これこそがアジサイの原種で、花序がすべて装飾花となったアジサイは「手まり咲き」と呼ばれるのらしい。
また、花びらに見えるのは萼(がく)が大きく発達したものなんだそうだ。ということは、その中心部にある4個の膨らみこそが本来の花なんだろうが、この部分が開く様子はない。花の集団を巨大な花に見せかけるために、自らは花としての機能を放棄しているというわけだ。あっぱれな生き様であると言えよう。
「いいのよ。みんなが幸せになれるなら」
午後1時。
帰宅した途端に脳貧血。血圧は94と51でそれほど低くはないのだが、疲れているという感じはある。暑いせいもあるかなあ。
午後9時。
不規則網に雄が侵入するのを許したマダラヒメグモの新顔ちゃんは、30センチくらい離れた左前隅ちゃんの不規則網の上辺りまで逃げていた。
もはやこれまで。是非もなし。ここは左前隅ちゃんの産卵を観察することを優先せざるを得ない。お箸を使って新顔ちゃんをヒメちゃんがいた辺りまで約80センチはじき飛ばす。そこまで追放すれば戻って来られまい。
「遠島申しつける!」
そこなら他のマダラヒメグモに迷惑をかけずにのびのびと不規則網を張れるだろうしな。ついでに新顔ちゃんが捨てた食べかすも掃除して、さらに死んだふりをしている雄もお箸でつまんで新顔ちゃんの近くまで追放した。
2024年のヒメちゃんも不規則網の中を横切って行ったマダラヒメグモ2匹に対して頭胸部を向けるだけで追い出そうとはしなかったし、どうにもマダラヒメグモの雌は縄張り意識がきわめて弱いようだ。あえて言おう、平和的なクモであると。
なお、お箸はきれいに洗いました。〔いいのか、それで?〕
午後11時。
マダラヒメグモの新顔ちゃんは玄関のドアのヒンジの近くに不規則網を張っていた。念のためにドアを開けてみても問題はない。
雄の方はというと、新顔ちゃんの不規則網があった場所に戻ってしまったようだ。しょうがない。左前隅ちゃんのじゃまをしない限りは無視しよう。
6月18日。晴れ時々曇り。最低21度C。最高30度C。
午前1時。
玄関の右奥にいる体長3ミリほどのマダラヒメグモの不規則網に体長9ミリほどのダンゴムシを落とし込んでみた。「通常の3倍です!」という大物なのだが、吊り上げられて、文字通り、地に足が付いていない状態になってしまうと抵抗のしようがない。球形の防御姿勢を取っても、それをゆるめた途端に近くで待機している網の主に牙を打ち込まれてしまう。不規則網はきわめて優れた罠なのである。バッタや甲虫のように強力な脚を持っている獲物だとおそらく苦労することになるだろうけどね。
左前隅ちゃんにもダンゴムシをあげておく。
午前2時。
ガス漏れ警報器ちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んだ。もちろんガス漏れ警報器ちゃんは住居から駆け出してきたのだが、不規則網の中に居候していたらしい体長1ミリほどの子グモ2匹も獲物がかかったことに気付いたらしかった。とは言っても、網の主の近くまで寄っていく勇気はないようだ。
さてさて、この観察結果によってマダラヒメグモの雌が不規則網に侵入してきた同種の個体に対して攻撃的な態度を取らないことを説明できるかもしれない。侵入者が我が子であった場合には、もちろん攻撃するべきではないだろう。そして、侵入者が我が子であるか否かを正確に識別できないとしたならば、侵入者に対して寛容である方が子孫を残す上で有利になることもあり得るのではあるまいか? まあ、この仮説が大ハズレである可能性も否定できないんだが……。
午前6時。
去年、コガネグモの妹ちゃんが最後の卵囊(多分)を取り付けた電柱の両脇に体長15ミリほどと12ミリほどのコガネグモが円網を張っていた。電柱は多くはないと言われればそれまでなんだが、作者はどうしても「出囊した場所へ戻ってきた」という考え方を捨てられない。
卵囊があった場所には母親が産卵できたほどの豊かな環境が残っている可能性が高い。したがって、オトナになったら卵囊があった場所に円網を張るのが正解であるわけだ。ただ、その場合、「なぜその場所だとわかるのか」という問題も生じる。匂いが10ヶ月以上もの間残っているとも思えないから、地磁気を利用したポジショニングシステムを備えている……のかなあ……。
そこから光源氏ポイントまでの数十メートルには体長17ミリから12ミリまでのコガネグモが4匹、ガードパイプの間に円網を張っていた。コガネグモにとってはかなりよい環境なんだろう。
体長10ミリ前後のオニグモも2匹円網を張っていた。そういえば、去年もこの辺りにはオニグモが多かったなあ。
矢印看板の裏側にいるオオヒメグモの卵囊は2個になっていた。その上、昆虫らしいものを食べている。
午前10時。
いつかはやるだろうと思っていたミスをやらかしてしまった。
作者はロードバイク乗りなので本能的に荷物を軽くしてしまうのだが、それは観察結果をメモするための文房具も例外ではない。スマホケースに常備しているのは耐水ペーパーのメモ用紙を1枚とボールペンの替え芯を1本だけなのである。とりあえず、これだけあればメモはできるのだ(字はぐちゃぐちゃだが)。
今日はそのボールペンの替え芯の先端に被せてあるチューブを落としてしまったのだ。下草をかき分けてなんとか回収したのだが、あぶないところだったよ。
午後1時。
気が付いたらサイクリングシューズの滑り止めがだいぶ剥がれていた。さっそく瞬間接着剤で補修したのだが、指で押さえながら接着すると指まで貼り付いてしまう。指を剥がしながら少しずつ接着するのは実にめんどくさい。〔よい子は真似しないでね〕
午後8時。
右前隅ちゃんと左前隅ちゃんに体長10ミリほどのダンゴムシを1匹ずつあげた。
6月19日。曇り時々晴れ。最低21度C。最高29度C。
午前5時。
台所にチャバネゴキブリがいたので、捕まえてガス漏れ警報器ちゃんにあげた。
右前隅ちゃんと左前隅ちゃんは食欲がなさそうだ。
午前10時。
ガス漏れ警報器ちゃんはチャバネゴキブリを不規則網の中に固定したままでウロウロしていた。不規則網の補修をしているような感じだが、それは獲物を食べることよりも重要なんだろうか?
午前11時。
スーパーの東側にいる体長5ミリほどのジョロウグモの幼体がバリアーにゴミを9個取り付けていた。そのうち1個は脱皮殻で、3個は古い円網の糸をまとめたもののようだ。こういうことをする子には時々出会うのだが、その近くにいる幼体たちのバリアーにはゴミが付けられていない。というわけで、この行動は個体変異の範囲内なのかもしれない。
バリアーにゴミを付けると昆虫に気付かれやすくなるはずだが、その後に昆虫がどういう行動を取るのかがわからない。誘引説教信者ならショウジョウバエを使って実験して「誘引される誘引される……」とお経を唱えるんだろうが、あいにくと作者は科学的な人間なので宗教など信じないのだ。
午後8時。
ガス漏れ警報器ちゃんの卵囊が8個に増えていた。今はチャバネゴキブリに口を付けているから、あのウロウロは産卵に適した場所を探していたということなのかもしれない。
さてさて、この子はガス漏れ警報器の下にスペースがなくなったらどうするんだろう? 左前隅ちゃんのように出囊済みの卵囊を捨てるんだろうか? それともガス漏れ警報器の側面を利用するか? 積極的に獲物をあげてみるのも面白いかもしれない。
6月20日。曇りのち晴れ。最低22度C。最高29度C。
午前5時。
芝生でネジバナが咲いていた。これは作者の好きな花のひとつである。
ガス漏れ警報器ちゃんと右前隅ちゃん、そして左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。この時間帯だと玄関先にもダンゴムシが多いのである。
ところが、左前隅ちゃんだけは仕留めたダンゴムシをそのままにして住居に戻ってしまった。産卵するのかもしれない。
午前6時。
電柱の横にいるコガネグモのお姉ちゃんに冷蔵庫の中で力尽きていた体長10ミリほどの甲虫をあげた。しかし、お姉ちゃんは何かを食べているところだったので、甲虫に寄って来ない。
こういう場合は必殺のツンツン攻撃が有効だ。すでに力尽きている獲物でも、大暴れしているように見せかければ「逃がしてたまるもんですか!」という気持ちにさせることができるのである。
妹ちゃんは飢えていたらしくて、すぐに甲虫に駆け寄って、バーベキューロールで捕帯を巻きつけ始めた。
光源氏ポイントでは体長50ミリほどの緑色のカマキリの子虫を見つけた。カマキリはカメラに気付くと目線をくれるので撮影しやすい。
体長7ミリほどのサツマノミダマシの雄が残業していた。しかし、この時間帯ではアリが活動していない。その代わりに体長10ミリほどの甲虫を捕まえた……と思ったらカメムシの仲間だった。円網に投げ込んだら捕食してくれたけれど、指が臭くなってしまった。〔捕まえる前に確認しろ!〕
午前7時。
用水路ポイントにはコガネグモが4匹いた。そのうちの1匹の円網の枠糸の外には雄が2匹いる。草刈りされてしまったので心配だったんだが、全滅は免れたようだ。
その先の草地の半径1メートルくらいの範囲には小型のコガネムシ(多分マメコガネ)が群れていた。そのうちの4匹を捕まえて引き返し、1匹を体長20ミリほどの立派なコガネグモの円網に投げ込んだ。その円網には小さな羽虫がびっしりかかっていたのだが、コガネグモはこんなものをちまちま食べたりはしないのである。
午前8時。
赤紫色のタチアオイが咲いていた。夏らしい色だな。
1匹のコガネグモを撮影しようと思ったんだが、お尻の黄色い横帯が白く飛んでしまう。どうにもならん。
午前10時。
サイクリングしていて気が付いた。黄色が白飛びするのは反射光が強すぎるからだと。というわけで、クズの葉で日陰にして、ホワイトバランスも太陽光にしたら、いくらか黄色くなった。メモ代わりの写真だが、黄色が白色になるのは許せないのだ。
午後1時。
近所のサザンカの植え込みに体長2ミリほどのヒメグモが戻ってきていた。去年は剪定されてしまったから半分諦めていたのだが、ラッキーである。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんは産卵していなかった。またハズレだ。この子のお尻は大きいので、大きな卵囊を少数造るはずだが、いったい、ダンゴムシを何匹食べたら産卵するのやら……。
午後5時。
ガス漏れ警報器の下に多数の子グモがいた。次の出囊が始まったようだ。
6月21日。晴れ時々曇り。最低21度C。最高31度C。
午前3時。
スーパーの東側では体長5ミリほどのオニグモの幼体(多分)が横糸を張っているところだった。こんな時間に張り替えてどうするつもりなんだろう?
午前11時。
サザンカの植え込みにいるヒメグモは同じくらいの体長の獲物を食べていた。
午前3時に横糸を張っていたオニグモの幼体の円網は見当たらなかった。確認してはいないが、早朝に回収したのだとしたら、試合のない日も1日2時間しかトレーニングしないというプロサッカー選手並みの営業時間である。〔クモはサッカーなんかやらない〕
もっとも、クモとしては必要な量の獲物を食べられればいいのだから「一定時間営業しなければならない」という就業規則はないわけだ。ああっと、プロサッカー選手は週末の試合に勝っても負けてもお金をもらえるわけだから、クモ以上に楽をしているんだなあ。〔サッカーは野球なんかよりも疲れるんだぞ〕
作者が工場で働いていた頃は毎日のように残業していたんだけどねえ……。
午後9時。
流し台の横に子グモが1匹いた。これくらいが今年のマダラヒメグモの子グモたちの限界なのかもしれない。床面から20センチまでの高さなら少なくとも10匹くらいはいるんだけどなあ。
6月22日。晴れ。最低23度C。最高34度C。
午前1時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが産卵していた。ちゃんと数えれば1回産卵するのに何匹のダンゴムシを必要としたかがわかるだろう。もっとも、一定の大きさのダンゴムシをあげていたわけではないし、この子は他のマダラヒメグモよりも一回りくらいお尻が大きいので、その分、大きな卵囊を少数造るタイプであるはずだ。
※新海栄一著『日本のクモ』によると、マダラヒメグモの雌の体長は「3.5~6.5mm」だそうだ。クモの仲間でも大きめの個体差である。
そして、今回の左前隅ちゃんの卵囊は、住居にしている壁の角部分から5センチくらい離れた場所にある。そこであれば出囊済みの卵囊を外して捨てる必要はないだろう。
「最初っからそこで産卵すればいいじゃないかあ!」と言いたいところだが、おそらく産卵してしまってから、ここで産卵すると卵囊がじゃまになるということに気が付いたんだろう。子グモの出囊が終わるまで卵囊を捨てなかったというだけでたいしたものである。おそらく、本能には「卵囊を捨ててはいけません」と書き込まれているものの、「出囊済みの卵囊を捨てれば居住性を改善できる」と考えて「捨てる」という判断に至ったのではないかと思う(2024年のヒメちゃんは一部の卵囊を移動させたことがある。本能にプログラムされているのなら常に同じやり方になるはずだ)。
おそらく、左前隅ちゃんは次回も角の部分を避けて産卵するはずだ。それを確認する必要が……って、また大量のダンゴムシをあげなくちゃならんのかい!〔クモ学の進歩のためだ。諦めろ。それと「おそらく」が4回も続いているぞ〕
大っ嫌いだ。お尻の大きい子なんか!
午前7時。
眠くて眠くて起き上がる気になれない。血圧は187と97。もう一度寝ることにする。
※「降圧剤を中止しても、死亡リスクにはほとんど影響しないか、全く影響しない」という論文が発表されているそうだ。降圧剤というものは医者と薬屋を儲けさせるための薬なのだろう。
午後1時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんも2度目の産卵をしていた。この子は住居の上3センチくらいの場所に卵囊を並べている。うんうん、君は正しいマダラヒメグモだ。〔えらそうに……〕
午後7時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんと左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
右前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、右前隅ちゃんはそれを追いかけて行って吊り上げた。
左前隅ちゃんにあげた方は不規則網に引っかかったので知らん顔をされてしまったのだが、ダンゴムシがもがき始めると近寄って来た。
6月23日。晴れのち曇り。最低24度C。最高34度C。
午前10時。
コガネグモ姉妹の電柱の周囲には4匹のコガネグモがいた。ジョロウグモならともかく、コガネグモだとかなり密集しているという印象だ。
英語にすると「Dent you very much」である。〔英語じゃねえ!〕
全員半径1メートルの範囲にいて、3匹は電柱から係留糸を引いて円網を張っている。
コガネグモの狙いは大型の獲物なので密集することを嫌うはずなのだが、今回は歩道の草刈りが行われたせいで草地にいた子たちが避難してきて集まってしまったという状況らしい。
光源氏ポイントからガードパイプの端までの範囲にもコガネグモが3匹いた。この子たちはちゃんと間隔を広く開けて円網を張っている。最大の子は
体長20ミリを超えている上に、今食べている獲物の他にお代わりが3匹、円網に固定してある。少なくとも光源氏ポイントのコガネグモたちは今年限りで絶滅するということはなさそうだ。
矢印看板の裏にいるオオヒメグモの卵囊は3個になっていた。そのうち1個はしぼんでいるから出囊済みなのかもしれない。
なお、この子の卵囊はラッキョウ形というか、丸い部分の反対側が尖った形になっている。オオヒメグモにも丸くなれない、我が道を行くタイプがいるのらしい。
午後2時。
玄関のドアを開けると、右前隅ちゃんと左前隅ちゃんが三つ指ついてお出迎えしてくれた。〔……マダラヒメグモも三爪類のクモだが……〕
後でダンゴムシをあげよう。
午後3時。
サザンカの植え込みにいるヒメグモは3匹になっていた。ついに来た。復活の日だ。
一番目ちゃんはすでに不規則網の下にシータ網……もとい、シート網を取り付けている。〔「バルス!」と言われたいか?〕
午後8時。
今日は新しいタイヤをテストしたのだが、これが使えない。カタログに書かれている重量は軽いのだが、やや遅くなる上にものすごく硬いのだ。いままで使っていたタイヤなら1日100キロ走っても全身が疲れるだけなのだが、このタイヤは60キロで手のひらから手首にかけてが限界に達してしまうのである。とはいえ、今使っているタイヤはもうカタログから消えているので、いずれは別のタイヤに乗り換えなくてはならない。やれやれ……。
6月24日。曇り時々雨。最低24度C。最高29度C。
午前5時。
玄関に体長3ミリほどのマダラヒメグモの幼体(多分)がいたので、あいさつ代わりに体長5ミリほどのダンゴムシをあげた。ダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、3ミリちゃんはそれを追いかけて行って、見事に吊り上げていた。
ついでに左前隅ちゃんにも体長10ミリほどのダンゴムシをあげておく。
右前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんについては観察すべきテーマがないので、今回はパス。いくらクモが好きでも、室内がマダラヒメグモだらけという状況は許容しがたいのだ。「好いたるはなお及ばざるが如し」ということわざもあるしな。〔んなものはない!〕
午前11時。
近所のサザンカの植え込みの前に体長10ミリ弱のナガコガネグモの幼体がいた。隠れ帯はジグザグ型の楕円形だ。繰り返しになるかもしれないが、この楕円形の隠れ帯は昆虫に気付かれやすくするためのものだと作者は思う。
ナガコガネグモの幼体としては仕留めるのに苦労するような大型昆虫は円網にかかって欲しくないだろう。それどころか、大型昆虫の体当たりをまともに食らったりしたら、脚がもげることにもなりかねない。もちろん、自切したクモの脚は脱皮の際に再生する(元の長さにはならないらしいが)。しかし、脚が少ない状態では獲物を仕留める能力が低下するはずだ。それは成長が遅くなることを意味する。その結果、子孫を残す機会が減ることになるだろう。人間に例えるなら脚の骨を折ってしまうと、再生……もとい、治癒するまでは勉強や仕事に支障をきたすようなものだ。
というわけで、自分自身が大きくなって、腹部の模様が目立つようになるまでは、隠れ帯の面積を広げて目立たせようとしているのではないかと作者は思う。大きくなったらI字形の隠れ帯の長さや本数で円網にかかる獲物の量を調節するわけだ。
まあ、ここまで考えるのは論文屋さんには無理なんだろうなあ……。
午後3時。
今さらという話だが、右前隅ちゃんと左前隅ちゃんの卵囊の中の卵塊の大きさにはかなりの差があることに気が付いた。右前隅ちゃんの卵塊は見た感じで直径約2.5ミリなのに対して、左前隅ちゃんのそれは約5ミリなのである。
「お尻の大きさが違うのだよ、お尻の大きさが!」〔…………〕
なお、卵囊全体の大きさはそれぞれ直径約5ミリと約7ミリである。
6月25日。雨時々曇り。最低23度C。最高26度C。
午前1時。
室内の壁にチャバネゴキブリがとまっていたので、ポリ袋を被せて捕まえた(チャバネゴキブリは動きが速いので素手では無理)。ダンゴムシよりも速く歩くタイプの上に、ゴキブリの翅は粘球の効きが悪いので、少し弱らせてからガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に落とし込んだ。
午前5時。
玄関先にワラジムシがいたので、捕まえて左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んでみた……のだが、まったく身動きしない。一般的にクモは動かないものは「獲物だ」と認識しないので、これでは食べてもらえない。まいったね。
ワラジムシはダンゴムシのように球形になれない。その代わりに高速で逃げるのだが、それも通用しない時には死んだふりをするんだろう。プランBまで用意していたわけだ。弱者にとっては「生きることは逃げること」なのである。
ガス漏れ警報器ちゃんはまだチャバネゴキブリを食べていた。おかしいなと思って覗き込むと卵囊が9個になっている。産卵の前祝いをあげてしまったのだなあ。
午前6時。
左前隅ちゃんがワラジムシを食べていた。
午後3時。
右前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
左前隅ちゃんはワラジムシを食べ終えていた。
ガス漏れ警報器ちゃんはまだチャバネゴキブリを食べている。うーん、ダンゴムシは昆虫に比べて可食部分が少ないんだろうかなあ……。
午後5時。
左前隅ちゃんの不規則網にチャバネゴキブリを落とし込んだ……のだが、左前隅ちゃんはチャバネゴキブリに近寄っただけで何もしない。しかし、住居に戻る様子もないから獲物であることは認識しているはずだ。ということは、獲物が身動きしないと捕食スイッチが入らないのかもしれない。ああっと、吊り上げた場合は、その時点で動いているのだから別かも。
クモ観察はわからないことが多いから面白い。
午後6時。
左前隅ちゃんはチャバネゴキブリを食べている。
6月26日。雨時々曇り。最低24度C。最高31度C。
午前2時。
左前隅ちゃんはチャバネゴキブリの食べかすを捨てていた。
午前10時。
サザンカの植え込みにいるヒメグモの一番目ちゃんの不規則網の前に体長5ミリほどのジョロウグモの幼体が円網を張っていた。これはいけない。一番目ちゃんの獲物が減ってしまうではないか。しょうがない。円網を破壊して追い出すことにする。個体数が多いジョロウグモよりもヒメグモの方を大事にせざるを得ないのだ。
※チベット仏教には「命の価値はみな同じである」という考え方があるのらしい。そのため、多数の小動物を殺すよりも少数の大型動物を殺す方がいいということになるのだそうだ。環境が変われば命の価値も変わるのだろう。
午前11時。
近所のアメリカオニアザミの花でベニシジミが吸蜜していた。人間にとっては迷惑な外来種であってもチョウには関係ないんだろうな。
午後6時。
『ニュートン』2025年8月号に「原子核の形は「アーモンド」」という記事が載っていた。
原子核の形は1930年代にはサッカーボールのような球形だと思われていたのだが、1950年代にボーア、モッテルソン、レインウォーターが重い原子核はラグビーボールのような楕円体だという仮説を提唱し、この3人はノーベル賞を贈られている。
しかし、今回、理化学研究所などのチームが「断面が楕円になるアーモンド形の方が、陽子や中性子がより強く束ねられ、原子核が安定することが分かった」とする論文を発表したのらしい(原子核のような小さな物の形がなぜ「分かった」のかわからないが)。いやはや、科学だねえ。
そこでクモの生態学はというと、1990年に発表された『紫外線を反射するクモの網の飾りは昆虫を誘引する』論文がいまだに否定されていない。もしもこれが2060年までに否定されないようなら、クモの生態学は核物理学レベルの科学ではないということになるんだろうなあ。〔否定したところでノーベル賞の対象にはなれないぞ〕
6月27日。晴れ一時雨。最低23度C。最高31度C。
午前5時。
右前隅ちゃんが3個目の卵囊の仕上げをしている。1個目と2個目は並べられているが、3個目はその下3センチくらいの位置にある。不規則網の中のどこで産むかは母親が判断しているようだ。
午後5時。
いつの間にか左前隅ちゃんが3回目の産卵をしていた。卵囊は2個目の隣にある。1回目は異常な産卵だったのかもしれない。
6月28日。晴れ。最低21度C。最高31度C。
午前11時。
玄関のドアの蝶番の近く(コンクリート面からの高さは約1.7メートル)に体長1ミリほどの子グモがいた。ただし、マダラヒメグモかどうかはわからない。
6月29日。晴れ時々曇り。最低20度C。最高32度C。
午前2時。
体長15ミリほどのダンゴムシを左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだのだが、無視されてしまった。
不規則網から出てきたダンゴムシは再度捕まえてガス漏れ警報器ちゃんにあげた。かなりの大物だったせいか、ガス漏れ警報器ちゃんは住居に戻ってしまったのだが、30分ほど後には不規則網に引っかかっているダンゴムシに食いついていた。
午前5時。
濃い青紫色のアサガオが咲いていた。
午前6時。
また間違えた。ガクアジサイの周辺部分の花も咲くのを見てしまったのだ。どうも中心部の小さな花の群れが半分くらい咲いたところで咲くこともあるのらしい。迂闊なことは言うもんじゃないね。
電柱のコガネグモは3匹になっていた。その先の光源氏ポイントの草地には5匹。そして低木の枝の下に1匹だ。
光源氏ポイントではナガコガネグモの幼体たちがI字形の隠れ帯に切り替え始めていた。どうも体長8ミリから10ミリくらいになると楕円形からI字形に移行していくようだ(個体差はある)。
体長5ミリほどのサツマノミダマシもいた。この子は本来夜行性ということになっているのだが、陽当たりが悪い場所だとしばしば残業をするのだ。
午前8時。
久しぶりに用水路ポイントまで行ってみると、コガネグモが11匹いた。
で、その中の体長20ミリ弱の子の円網にマメコガネ(多分)を投げ込んでみると、捕帯を巻きつけながら何回か牙を打ち込んだ後、休憩しないでホームポジションに持ち帰ってしまった! なんなんだ、これは? ええと……コガネムシやイナゴのような比較的大型の獲物には大量の捕帯を巻きつけるので、その分疲れるから途中で休憩する……のか? ああっと、空腹のあまり早く食べたかったという可能性もあるなあ(この子の円網には隠れ帯がなかった)。
午前11時。
ヒメグモの一番目ちゃんの姿が見えない。なかなかうまくはいかないものだ。
午後11時。
最近ヤエンオニグモたちが姿を見せない。もしかすると夏休みに入っているのかもしれない。
その代わりに体長5ミリ前後のオニグモの幼体が多くなった。
6月30日。晴れ時々曇り。最低22度C。最高34度C。
午後8時。
住居から出ていたガス漏れ警報器ちゃんのお尻が小さいような気がしたので、そうっと覗いて見てみると、卵囊が10個になっていた。
「産めよ。増えよ。地に満てよ」だが、マダラヒメグモのような小型動物が少しくらい増えても環境に対する負荷はたいして変わらない。
「人間とは違うのだよ。人間とは!」
左前隅ちゃんも住居から出ていたので、ダンゴムシをあげておく。
7月1日。晴れのち雨。最低23度C。最高33度C。
午前7時。
電柱のコガネグモは4匹いた。地上から3メートルくらいの高さにいた小さめの子を見落としていたのらしい。
その中の一番大きい子にはコガネムシをあげておく。
その先にいた体長17ミリほどの子に体長7ミリほどのマメコガネをあげると、この子もバーベキューロールで捕帯を巻きつけながら何回か牙を打ち込むと、休憩せずにホームポジションに持ち帰った。小型の獲物なら休憩する必要はないのか、空腹なのですぐに食べたかったかだろう(円網に隠れ帯は付けられていなかった)。
矢印看板の裏のオオヒメグモの側には、2番目の卵囊から出囊したらしい子グモたちがまばらなまどいを形成していた。1個目の卵囊は見当たらないから、置き場所に困るようなら出囊済みの卵囊は捨ててもいいということになっているんだろう。
午前8時。
ネムノキが咲いていたのだが、堤防の内側の草地に生えているので、近寄るとシューズの滑り止めが剥がれてしまいそうだ。とりあえずデジタルズームを使って撮影しておく。記録くらいにはなるだろう。
ちまき状に巻かれたイネ科植物の葉を見つけた。多分、フクログモ科のクモの産室だと思う。カバキコマチグモに咬まれるとものすごく痛いという話なので、中身までは確認しないでおく。
午前11時。
スーパーの南側に輝く点が5個ずつ2列に並んでいるサナギを見つけた。調べてみると、これはツマグロヒョウモンのサナギらしい。
いつか見たコガネグモが戻ってきていた。というか、最後に見た場所の1.5メートルくらい上にいるから見落としていただけかもしれない。ただし、大きくなった様子もないから別の個体という可能性もある。
午後7時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが4回目の産卵をしている。もう仕上げ段階だ。なお、位置は3個目の卵囊の真下。
午後8時。
左前隅ちゃんが4個目の卵囊を3個目にくっつけていた。意外に簡単に移動できるものらしい。
午後10時。
右前隅ちゃんも4回目の産卵をしていた。
午後11時。
右前隅ちゃんは4個目の卵囊を1個目と2個目の側まで運んでいた。
7月2日。雨時々曇り。最低24度C。最高32度C。
午前1時。
体長4ミリほどのマダラヒメグモ(多分)が左前隅ちゃんの不規則網の端辺りに侵入している。2匹は8センチくらいまで接近しているが、左前隅ちゃんが追い払う様子はない。不思議なクモだ。
午前3時。
ちょっと意地悪な実験をしてみた。左前隅ちゃんと侵入者ちゃんの間にダンゴムシを落とし込んでみたのだ。結果は、いったんは2匹とも動かなかったものの、左前隅ちゃんが先にダンゴムシに近寄って牙を打ち込む、だった。侵入者ちゃんも立場をわきまえているのらしい。
午前4時。
侵入者ちゃんがいなくなっていた。旅の途中で立ち寄っただけだったのかもしれない。
午後5時。
侵入者ちゃんがまた現れた。ほぼ同じ場所にいる。うーん……居候生活を続けるということは、自分で不規則網を張る必要がないという以外にも何かしらのメリットがあるんだろうかなあ……。
※ウィキペディアの「イソウロウグモ」のページには「イソウロウグモ(居候蜘蛛)は、ヒメグモ科イソウロウグモ亜科に属するクモ類である」と書かれているから、ヒメグモ科のクモはもともと居候生活向きの性質を持っていたのかもしれない。それが具体的にどういう性質なのかはわからないが。
7月3日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高32度C。
午前10時。
電柱の脇にいる体長22ミリほどのコガネグモにコガネムシをあげた。なお、この子の円網の係留糸には体長5ミリほどで6本脚の雄が同居している。体長22ミリでもまだオトナになっていないということになるかもしれない。
光源氏ポイントの広葉樹の葉に取り付けられた白い卵囊らしいものを見つけた。縦30ミリ、横15ミリほど。ズグロオニグモの卵囊のようだが、産卵から観察したわけではないので断言はしかねる。
矢印看板の裏のオオヒメグモは出囊済みの2番目の卵囊も捨てたらしかった。3番目の卵囊と多数の子グモの脱皮殻しか残っていない。
午前11時。
また間違えた……かもしれない。用水路ポイントにいる体長20ミリほどのコガネグモの円網にコガネムシを投げ込んだところ、この子は捕帯を巻きつけながら何回か牙を打ち込んだ後、休憩せずに獲物をホームポジションのやや下まで持ち帰ったのだ。ちなみに、この子の隠れ帯は向かって右下にハーフサイズが1本だけだった。
というわけで、コガネグモがコガネムシに対して大量の捕帯をだらだらと巻きつけるのは空腹ではないからである、という可能性が出てきてしまったわけだ。まいったね。
この仮説を検証するためには、大きなケージを2個用意して、成体か亜成体のコガネグモを2つのグループに分け、片方を空腹群、残りを飽食群にしてからコガネムシを与え、何秒間捕帯を巻きつけるか、捕帯を巻きつけた後に休憩をするかしないかを観察するという方法があると思う。もちろん作者はやらないが。
午後10時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんの不規則網に体長15ミリほどのダンゴムシを落とし込んだ。ダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、獲物に気が付いた右前隅ちゃんが不規則網の中を素早く駆け下りてダンゴムシを吊り上げてしまった。
左前隅ちゃんの不規則網の隅には相変わらず侵入者ちゃんがいるので、その近くにダンゴムシを落とし込んだのだが、まったく反応しない。そのうちに左前隅ちゃんが近寄って吊り上げてしまうのだった。
ガス漏れ警報器ちゃんにもダンゴムシをあげた。これも床面まで落ちてしまったのだが、やはり、ガス漏れ警報器ちゃんが近寄った途端に吊り上げられてしまった。
7月4日。晴れのち曇り。最低23度C。最高33度C。
午前5時。
サザンカの植え込みにいるヒメグモは1匹だけになっていた。諸行無常である。
そもそも、網を張る高さは地上から1メートル以上2メートル以下で、隣の不規則網まで1メートル以上欲しいなんてわがままを言っているようでは絶滅しても不思議はないだろう。マダラヒメグモ並みとは言わないまでも、もう少しおおらかな生き方ができればいいのに。まあ、個人的にはすでにお尻の色の謎は解いてしまったから、ヒメグモがいなくなってもたいして困らない……のだが、やっぱりいなくなると寂しいなあ。
午前6時。
コガネグモたちがいる電柱の1本手前の電柱の脇で体長15ミリほどのオニグモの幼体(多分)が残業していたので、その円網にショウリョウバッタの子虫を投げ込んだ。なお、この子のお尻の背面には白い縦帯が2本と、そのすぐ後ろに細長い白班が1つあった。この白班はバリエーションが多いのだが、本当に個体変異の範囲内なんだろうか?
光源氏ポイントには体長20ミリほどのお尻が薄べったいコガネグモがいた。脱皮直後なのか、産卵したばかりなのかはわからないが、隠れ帯は向かって右下に点が1つなので、体長30ミリほどのショウリョウバッタの子虫をあげておく。
午前9時。
ショウリョウバッタの子虫を3匹捕まえたので、光源氏ポイントまで戻って、お尻が薄いコガネグモの円網に時間差を付けて投げ込んだ……のだが、2匹目以降は近寄ろうともせずに円網を揺らすんだ、これが。もしかすると、今日は曇っているために体温が上がらないので、獲物を消化する能力まで低下しているのかもしれない。
午前11時。
お尻が薄いコガネグモは2匹目のショウリョウバッタの幼体を食べていた。残り2匹も捕帯を巻きつけた状態で円網に固定してある。やれやれ……。
なお、今日も後輪のタイヤにこぶができた。このタイヤは使えない。
午後1時。
じっちゃんの名にかけて謎はすべて解けた……かもしれない。〔弱気だな〕
もしかしたら、左前隅ちゃんの不規則網に居候している侵入者ちゃんは、左前隅ちゃんが1000個の卵を産み終えて立ち去った後、その不規則網に居抜きで入居するつもりでいるんじゃないだろうか? 条件をいくつか仮定すればこの謎は解けるような気がするのだ。
(1)マダラヒメグモは長生きであること。
ナガコガネグモは出囊したその年のうちに死んでいく。オニグモなどでも出囊した後、越冬して翌年までの命だ。しかし、『クモ生理生態図鑑 2019(編集中)編集/池田博明』(長いな)というサイトによると、マダラヒメグモは産卵開始の翌年にも産卵したという記録があるのらしい。もしも3年以上、あるいは1000個の卵を産むまでは生きられるということであれば、左前隅ちゃんが卵巣内の卵を使い切って姿を消すまで待って、その不規則網に入り込むということが可能になるだろう。
(2)不規則網の主と居候する子が血縁関係にあること。
赤の他クモにまで寛容になる必要はあるまい。
(3)長期間の絶食に耐えられること。
すべての有精卵の出囊が済むまで待つとなると、数ヶ月間はほとんど絶食する必要があるだろう。ただし、不規則網の中を通り抜けるついでに、そこにあった獲物を盗み食いしていったらしいマダラヒメグモも一度だけ観察している。
(4)狙いがダンゴムシであること。
これはとても重要なのだが、飛行性昆虫の出現時期はかなり短いことが多いのだ。例えばコガネムシ科だと成虫が現れるのはだいたい3ヶ月から4ヶ月でしかない(マメコガネだけは6ヶ月)。これはおそらく、気温が下がると飛べなくなってしまうので、暖かい時期に交尾と産卵を終えてしまうからだろう。したがって、飛行性昆虫を狙うクモも昆虫たちが飛べなくなる時期になったら死んでいくか、越冬体勢に入ってしまう。
しかし、ダンゴムシなどはクモと同じで歩くタイプの節足動物なので、マダラヒメグモが活動できる気温であれば歩き回れるのではないかと思う。それなら獲物がかかるのを待つことにも意味があるわけだ。
(5)子グモたちの出囊が終わったら母親は立ち去ること。
これは(2)とも関係するのだが、「いいクモ生だったわ」という気分になったら、さっさと不規則網を明け渡して、はるか東方にあるというマダラヒメグモの墓場を目指して旅に出る必要があるのだろう。〔んなわけあるかい!〕
これだけの条件が揃えば(まだ見落としがあるかもしれないが)不規則網の隅で居候生活をすることにも意味が生まれるだろう。
なお、うちの玄関にはもう1匹、不規則網を張らずにじっとしている体長3ミリほどのマダラヒメグモもいる。
7月5日。曇り時々晴れ。最低24度C。最高32度C。
午前1時。
コンビニの店先でコガネムシを5匹捕まえた。コガネムシのシーズン到来だ。
スーパーの南側のコガネグモはいなくなっていた。十分な量の獲物を捕食できるような場所ではないのだろうな。
午前6時。
電柱脇のコガネグモが円網を張り替えていたのでコガネムシを投げ込んだ……のだが、円網を揺らされてしまった。コガネムシもそのうちに外れておちてしまう。
昨日、ショウリョウバッタの子虫を4匹あげた子は3メートルくらい引っ越したらしかった。藪をかき分けて近づくこともできなくはないんだが……パスしよう。
どうも今年のコガネグモたちは積極的に獲物を食べてくれない。作者のやり方がまずいんだろうが、どこに問題があるのかもわからない。
午前7時。
残ったコガネムシとマメコガネ5匹は用水路ポイントにいるコガネグモたちに配ってしまう。ここにいる子たちの多くは手の届く場所に円網を張っているので獲物をあげやすいのだ。
コガネムシをあげた子の1匹は捕帯を巻きつけながら何回か牙を打ち込んだ後、休憩せずにホームポジションへ持ち帰った。あまり手間をかけずに仕留められれば休憩する必要がなくなるのかもしれない。今日も曇っているから、その分体温が上がりにくいだろうし。
6月20日頃にコガネグモの幼体がいた自転車置き場の近くにコガネグモの雄がたたずんでいた。雌を訪ねて三千里の旅路の果てに、ようやく雌のところにたどり着いたと思ったら、雌はすでに引っ越した後だったという状況らしい。
「そんなこともあるさ、コガネグモだもの」
午前9時。
矢印看板の裏のオオヒメグモの三番目の卵囊では子グモたちの出囊が始まっていた。しかし、コンパクトデジカメで体長1ミリほどの子グモを撮影しても、お尻の背面が白っぽいという程度のことしかわからない。重いカメラや交換レンズに三脚まで背負って走れるほどの体力はもうないのだからしょうがないのだが。
午前10時。
事故った。舗装路脇の草地から飛び出してきた体長50ミリほどのトノサマバッタ(多分)をはねてしまったのだ。うまく飛べない様子なので、ポリ袋に入れて持ち帰ることにする。明日にでもコガネグモにあげよう。
7月6日。晴れのち曇り。最低24度C。最高33度C。
午前5時。
いったんは眼が覚めたのだが、眠くてたまらない。二度寝する。
午前10時。
暑くてたまらんのだが、とりあえず用水路ポイントまで走った。
ここにいるコガネグモの1匹の円網(隠れ帯はなし)にトノサマバッタ(多分)を投げ込んでみた。この子はバーベキューロールとDNAロールで捕帯を巻きつけ、牙を打ち込むと休憩に入った。死海文書の記述通りの展開である。〔嘘つくな!〕
その隣の子(隠れ帯は右下に点が1つ)にはコガネムシをあげた。予想通り、捕帯巻きつけ時間は短い。隣の子と同じくらいだったのではないかと思う。
気温、クモ自身の空腹度、獲物の種類と体重などによって、捕帯巻きつけ時間がどれくらい変化するかというデータを収集すれば、論文らしい論文が書けるんじゃないかという気もする。もちろん作者はやらないが。
ここには体長22ミリほどのナガコガネグモもいた。お尻は細めだが、オトナであってもおかしくない体長である。
午後3時。
台所の壁に体長1.5ミリほどのアイガーの北壁ちゃんが現れた。床から1.6メートルくらいの所をトラバースしようとしているのだが、ツルツルの壁なので苦労しているようだ。何か手助けしてあげたいところだが、生暖かく見守ること以外は迷惑にしかならないだろうなあ。
午後8時。
玄関先で体長5ミリほどの甲虫を捕まえたので、ガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に落とし込んだ。ガス漏れ警報器ちゃんは反応しなかったが、甲虫は不規則網に引っかかっているから、身動きした途端に仕留めてもらえるだろう。
右前隅ちゃんと左前隅ちゃんの不規則網にもそれぞれダンゴムシを落とし込んだ。この2匹も食欲がないようだ。
現在の気温は27度C。室温は28度Cくらいである。歩きまわっているダンゴムシは明らかに少ないから、この辺りにダンゴムシの高温側の活動限界があるのかもしれない。そして、マダラヒメグモがダンゴムシを主な獲物とするべく進化してきた種であるならば、活動できる温度の範囲を一致させることは体力の無駄遣いをしないで済むという点でメリットが生じる可能性もあるだろう。
左前隅ちゃんの不規則網に居候していた侵入者ちゃんの姿はなかった。まったく……マダラヒメグモの考えることはわからん。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
午後10時。
気温26度C。玄関先に多数のダンゴムシがいた。
7月7日。曇り時々晴れ。最低25度C。最高34度C。
午前5時。
気温25度C。玄関先ではダンゴムシが数匹とワラジムシが1匹、元気に歩きまわっている。
午前11時。
今日は1日休むことにしたので、オニグモの話をしよう。今年はスーパーの東南の角に設置されている強力ライトの前にオニグモの成体が現れそうにないのだ。その代わりにズグロオニグモの成体が2匹か3匹住みついていて、すでに産卵までしているのである。
どうしてそうなるかというと、ズグロオニグモはオニグモよりも早い時間帯に円網を張ってしまうためらしい。体重ではオニグモの方が上なのだから「ちょっと、あんた。そこ退きなさいよ!」と追い出してしまえばいいだろうと思うのだが、そういうことをする子はいないのである。むしろ「こんなところでは生きていけないわ」とばかりに身を引いて、どこかへ立ち去ってしまうのだ。自分の縄張り(円網)を大事にするタイプなので、他のクモの縄張りも尊重するという考え方なのかもしれない。あるいは、同じくらいの大きさなら、すでに成体になっている方が大型のクモの幼体よりも精神的に強いのか、だな。
ズグロオニグモの卵囊はオニグモのそれより小さくて白いようだということがわかったのは収穫だが、諸行無常の鐘の音は聞きたくないものである。
午後9時。
単なる思いつきなんだが、オニグモは円網を24時間張りっぱなしにすればいいんじゃないか? 例え主が待機していなくても、円網さえあれば縄張り宣言として機能するはずだ。獲物が豊富な環境を横取りされたくないのなら、どう考えても張りっぱなしが正解になると思う。食欲がないから獲物を捨てるという程度のわがままは許されてもいいはずだ。
そうしないということは、オニグモ(コガネグモ科のクモの一部)には縄張りよりも大事なもの、守りたいものがあるのだろう。それが何なのかは今のところわからないが、いつかは謎が解かれるはずだ。ああっと、ただ単に「昔から基本的に夜行性だったから」というだけのことかも……。
午後11時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが5回目の産卵を終えていた。
7月8日。曇りのち晴れ。最低25度C。最高33度C。
午前1時。
玄関の右前隅ちゃんと左前隅ちゃんの不規則網の間にいる体長3ミリほどのマダラヒメグモが住居から出ていた。珍しいこともあるものだ。念のために、そこらで捕まえた体長5ミリほどのアリを弱らせてから落とし込んでみると、3ミリちゃんはコンクリート面まで落ちてしまったアリの近くまで駆け下りて吊り上げてしまった。
作者は恒温動物なのでクモが住居に引きこもっていると心配してしまうのだが、クモは数週間から数ヶ月の絶食などたいしたことではないようだ。
7月9日。晴れ。最低25度C。最高35度C。
午前4時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが5回目の産卵をしていた。位置は四番目の卵囊のすぐ下。今はお尻ぺったんぺったんをしているところだ。糸でできているとはいえ、お尻の直径の2倍くらいの卵囊を造ってしまうのだからたいしたものである。
今日はアラームが鳴る前に目覚めてしまったのだが、これもクモの神様のお導きだったのかもしれない。祭壇を作って生け贄を捧げようかな。〔やめとけ。喜ばれるとは思えん〕
午前4時30分。
右前隅ちゃんは4番目と5番目の卵囊の周囲を歩きまわっている。卵囊の取り付けを補強しているのか、位置を変えたいのかだと思う。
午前5時。
右前隅ちゃんは最初の3個の卵囊の周囲を歩きまわって、卵囊を脚先で触れたりしているようだ。左前隅ちゃんやガス漏れ警報器ちゃんと比べて働かない子だと思っていたんだが、産卵の時だけは別らしい。
午前6時。
電柱の周囲にいたコガネグモたちは全員いなくなっていた。
光源氏ポイントにはコガネグモが3匹いたので、一番近寄りやすかった体長22ミリほどの子の円網に体長10ミリほどの甲虫を投げ込んだ。この程度の獲物なら何の問題もなく仕留められるようだ。
矢印看板の裏のオオヒメグモの姿が見えない……と思ったら、下側のフレームの下まで30センチくらい移動していた。
午前7時。
用水路ポイントにはコガネムシらしい獲物を食べているコガネグモが2匹いた。
その隣の暇そうな子の円網にコガネムシを投げ込むと、この子も捕帯を巻きつけて牙を何回か打ち込んだ後、休憩なしでホームポジションに持ち帰った。ただし……最近はコガネムシの鞘翅を外してからあげているから、その分楽になっているという可能性も否定できない。
午前10時。
帰宅してみると、左前隅ちゃんの不規則網の端に3ミリちゃんが入り込んでいた。この子は同性に好かれるタイプなんだろうかなあ……。
午後4時。
ガス漏れ警報器の州に子グモたちがいた。出囊が始まったらしい。何個
めの卵囊なのかわからなくなってしまったが。
午後7時。
赤い月が出ていた。
近所のツゲの葉にコガネムシの食い跡らしい丸い穴がいくつか開いていた。コガネムシたちはすぐそこまで来ているのかもしれない。
「夏来たりなばコガネムシ遠からじ」〔……正しくないとは言えないかもしれない〕
午後8時。
コンビニの店先でコガネムシの仲間を2種類3匹捕まえた。また明日も出かけなくては。
午後10時。
左前隅ちゃんとガス漏れ警報器ちゃんにダンゴムシをあげた。
7月10日。晴れのち雨。最低25度C。最高31度C。
午前5時。
こ時間帯だと玄関先に多数のダンゴムシがいる。右前隅ちゃんと左前隅ちゃんに1匹ずつあげた。
3ミリちゃんの姿が見えない……と思ったら、玄関の右側の、かつてヒメちゃんがいた場所の近くで不規則網を張っている子が3ミリほどの体長だった。やはりマダラヒメグモには「他クモの不規則網に入り込んで休憩してもいい」という習慣があるようだ。
午前6時。
光源氏ポイントにいる体長22ミリほどのコガネグモにコガネムシをあげた。この子も捕帯を巻きつけて牙を何回か打ち込んだ後、休憩せずにコガネムシをホームポジションに持ち帰った。
最近アメリカやフランスで話題になっている「ジャパニーズ・ビートル」ことマメコガネ1匹と、同じくらいの体長の甲虫2匹も他のコガネグモに配っておく。この程度の大きさなら何の問題もなく仕留められるようだ。
午前9時。
気温30度C。光源氏ポイントにいる体長20ミリほどのコガネグモに体長50ミリほどのショウリョウバッタの子虫をあげてみた。この子は一通り捕帯を巻きつけた後、休憩してからまた獲物に近寄っていった。ちゃんとした実験はできないんだが、休憩は上がりすぎた体温を下げるための行動のような気がする。
午後5時。
ガス漏れ警報器ちゃんが11回目の産卵をしていた。
7月11日。曇り一時雨。最低22度C。最高25度C。
午前3時。
腿はともかく、右手首と骨盤の背面側から背中にかけて痛みがある。年寄りは硬いタイヤを使うべきではないな。しなやかなタイヤはどこにあるんだろう?
午前10時。
マダラヒメグモの3ミリちゃんは、また20センチくらい引っ越していた。そこならサイクリングする時にサンダルを置いておけるのでありがたい。
そして、なな、なんと、3ミリちゃんは体長6ミリほどの徘徊性のクモ(多分)を捕食していた! クモはもともと糸使いのはずだが、吊り上げられてしまうともう逃げられないということなのかもしれない。腹面側にある糸なら引きちぎってしまえるかもしれないが、背面には脚先が届かないんだろう。ああっと、クモは背中が痒くなっても搔くことができないかもしれない。〔キチン質の外骨格だぞ。痒くなったりするのか?〕
7月12日。曇りのち晴れ。最低21度C。最高27度C。
午前8時。
光源氏ポイントの10メートル×15メートルくらいの範囲にコガネグモが11匹いた。また草刈りが行われたので、草刈り難民が集まってきたのらしい。隠れ帯は無しからほとんど4本までいろいろ。お尻もまん丸から薄べったい子までいろいろだ。手の届くところにいた3匹にはコガネムシをあげておく。
春の頃から光源氏ポイントの奥の森の中に生えている低木の枝分かれしている部分に、お尻が丸いクモが不規則網を張っているのに気が付いていたのだが、この子はオオヒメグモだったようだ。卵囊らしいものも1個ある。ウィキペディアの「オカダンゴムシ」のページには「木登りも得意であり、幅広い植物の葉をかじったり茎ごと切り落とす」と書かれているから獲物がいないわけではないのだろう。
午前9時。
用水路ポイントにいるコガネグモの1匹にはコガネムシを、もう1匹には体長7ミリほどの甲虫をあげた。
午後1時。
近所のサザンカの植え込みにいるたった1匹のヒメグモは2.5ミリほどになっていた。同じくらいの体長の羽虫を食べているようだ。
午後8時。
左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
右前隅ちゃんは住居にこもっている。もしかしたら、この子は少しずつ長期間にわたって産卵し続けるつもりでいるのかもしれない。不規則網を補修するまでは獲物をあげないようにしようかと思う。
7月13日。曇りのち晴れ。最低21度C。最高30度C。
午前9時。
光源氏ポイントにいるコガネグモのうちの2匹にコガネムシをあげた。
隠れ帯2本の子は約77秒間捕帯を巻きつけて、休憩なしでホームポジションに持ち帰った。隠れ帯なしの子は捕帯を約24秒間巻きつけて、やはり休憩なしだった。うーん……曇っていたから、そのせいかなあ……。
ジョロウグモの最大の個体は体長10ミリほどになっていた。
矢印看板の裏のオオヒメグモは幅3センチのフレームと、それが取り付けられている円柱を利用して不規則網を張っていた。卵囊の側に戻る気はないようだ。
午後1時。
帰宅してみると、左前隅ちゃんの2番目の卵囊からの出囊が始まっていた。
午後6時。
右前隅ちゃんの卵囊からも出囊が始まっていた。なお、どちらの子グモたちも密集したまどいは形成していない。
7月14日。雨時々曇り。最低24度C。最高29度C。
午後1時。
左前隅ちゃんのお尻が小さくなった……と思ったら6回目の産卵をしていた。
ついでに観察すると、右前隅ちゃんの右第一脚は左よりも少し短い。こういうハンディキャップも積極的に不規則網を補修しない(捕食しようとしない)原因になり得るかもしれない。
午後6時。
ちょっと意地悪して、左前隅ちゃんの子グモたちの中に体長5ミリほどのアリを弱らせてから落とし込んでみたのだが、左前隅ちゃんは正確にアリだけを捕食した。当たり前だが、我が子を捕食しないシステムが備わっているのらしい。
7月15日。雨時々曇り。最低26度C。最高27度C。
午前1時。
左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
午前5時。
ガス漏れ警報器ちゃんにもダンゴムシをあげた。
7月16日。曇り時々雨。最低25度C。最高29度C。
午前1時。
ガス漏れ警報器ちゃんが12回目の産卵をしていた。ちょうどお尻ぺったんぺったんをしているところだ。
午後4時。
トイレットペーパーホルダーの隣に子グモが1匹いた。誰の子かまではわからない。
午後7時。
天井から体長1.5ミリほどの子グモが糸を引いて降りてきた。床から天井まで2350ミリあるんだが、どうやってそこまでたどり着いたんだろう?
7月17日。曇り一時雨。最低25度C。最高33度C。
午前5時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが6回目の産卵をしていた。
「獲物をあげなくてもマダラヒメグモは産卵する」だなあ。〔…………〕
午前9時。
玄関のドアを開けたらダンゴムシが1匹転げ出た。朝の退避が遅れたので、仕方なくドアの下に潜り込んだというところだろう。せっかくなので、捕まえて左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んだ……のだが、コンクリート面まで落ちてしまった上にあまり動かないので、左前隅ちゃんが反応しない。まあ、粘球糸で吊り上げられてしまえば捕食してもらえるだろう。
午前10時。
光源氏ポイントまで行ってみたのだが、7月13日にコガネムシをあげたコガネグモ2匹はいなくなっていた。産卵だと思いたいところだが、光源氏ポイントを一通り見てまわってもコガネグモは4匹しか見つけられなかったから引っ越したと考えるべきかもしれない。
ジョロウグモの幼体たちの体長は5ミリから10ミリくらいまでばらついていた。ついでに書いておくと、頭胸部と腹部の長さの比率にもかなりの差がある。
矢印看板の裏のオオヒメグモの3番目の卵囊はしぼんでいるようだった。3日間も目を離してはいかんのだなあ。
午前11時。
用水路ポイントにいるコガネグモの1匹の円網に雄が同居していた。雄は雌の腹部に後方から近寄ったり、また離れたりしているから、脱皮直後に交接し損なったというケースではないかと思う。こうなると、雄は雌に捕食されないように交接しなければならないからたいへんだ。
冷蔵庫から出してきた体長10ミリほどの細め体型の甲虫をあげておく。もっと大型の獲物なら雄のチャンスも増えるんだろうけど……。
7月18日。晴れ。最低23度C。最高33度C。
午前6時。
光源氏ポイントに体長20ミリほどのナガコガネグモがいたので、体長10ミリほどの細め体型の甲虫をあげた。
その近くにいたやや小柄なコガネグモにはコガネムシをあげる。ところが、この子は120秒間捕帯を巻きつける間に3回も休憩を取るのだ! まったくもう……。パターンが見えてきたと思った途端に違うパターンが現れるのである。
「大っ嫌いだ! コガネグモなんか」〔…………〕
とはいえ、どのコガネグモもコガネムシの腹部と頭部、あるいは頭部と胸部の境目に牙を打ち込んでいるようだ、くらいのことは言えそうだ。
昨夜のうちに捕まえておいたコガネムシの残りは用水路ポイントにいるコガネグモたちにあげてしまう。
午前8時。
なんてこった。なんてこった。舗装路脇の道路標識とガードレールの間に円網を張っているコガネグモと出会ってしまったぞ!
隠れ帯は向かって左側にハーフサイズが1本。さらにお尻が薄べったいし、ガードレールには白い卵囊が取り付けられているから、おそらく産卵したばかりなんだろう。今年度初観察の卵囊なので産卵祝いをあげたいところだが、コガネムシはすべて配ってしまった。「私には何もないもの」状態なので、逃げるように堤防の上の舗装路へ向かう。
しかし、クモの神様は作者を見捨てたわけではなかった。飛んでいた黒っぽい鞘翅に多数の白い点が散らばっているコガネムシサイズの甲虫(ヒゲブトハナムグリ科のシロテンハナムグリらしい)が目の前の草に着地したのである。さっそく捕まえてポリ袋に入れ、道路脇のコガネグモのところまで戻る。
円網にシロテンハナムグリを投げ込むと、なんと、この子は三分以上もの間、捕帯を巻きつけたのだった。ああもう! 運がいいんだか悪いんだかわからん。
※コガネグモの卵囊について「卵のうは薄い黄緑色」とか「卵のうは淡黄緑色~淡い緑色」としているサイトがあるのだが、茨城県某所のコガネグモを観察してきた結果から言わせてもらえば、コガネグモの卵囊の本来の色は「白色」である。
その後、湿度が高い場所にある卵囊は上半分からカビが生えたような色に変化していくが、これはまさしくカビの色だと思う。クモの卵囊はタンパク質の糸で覆われているので、水分があればカビが生えるのは当たり前なのだ。
現在のクモ学世界には、こういう正しくない知識を広めることを企む悪の組織が存在しているので油断は禁物なのである。
この子の近くには若いナガコガネグモのカップルもいた。成体になる前~同居していれば確実に交接できるだろう。
午後5時。
ガス漏れ警報器ちゃんが体長7ミリほどの甲虫を食べている。どこから入り込んだんだか……。
7月19日。晴れ時々曇り。最低23度C。最高32度C。
午前4時。
玄関先にワラジムシがいたので左前隅ちゃんの不規則網に落とし込んでみた。左前隅ちゃんはワラジムシに近寄っていったのだが、吊り上げられなかった。というわけで、マダラヒメグモは脚を素早く動かすタイプの獲物は苦手なのかもしれない。
室内をウロウロされると厄介なので、ワラジムシはもう一度捕まえて屋外へリリースした。
ガス漏れ警報器ちゃんは甲虫を食べ続けているようだ。
肩の腹面側と骨盤の上と腿の内側が痛い。今日はサイクリングしない。
午後4時。
体長1ミリほどの子グモがノートパソコンの脇に不規則網を張ろうとしているのに気が付いた。その他にも本の山や予備のロードバイクの周囲、コンパクトカメラの充電アダプターの近くなどに少なくとも5匹の子グモがいる。
意識して獲物を与えているわけではないのだが、体長2.5ミリほどの子の不規則網の周囲には体長2ミリ以下くらいの羽虫の食べかすがいくつか転がっているから、獲物がいないということはないのだろう。
7月20日。晴れ。最低24度C。最高33度C。
午前6時。
玄関先に体長4ミリほどの羽アリがいたので、玄関の左側に住みついている体長1.5ミリほどのマダラヒメグモの幼体(多分)の不規則網に落とし込んだ。羽アリはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、1.5ミリちゃんが駆け寄ると、簡単に吊り上げられてしまった。
おそらく、背面に粘球糸を付けられて吊り上げられてしまうと、その糸を脚で外すことができる節足動物は多くないのだろう。脚の短いダンゴムシには無理だし、昆虫でもバッタの後脚でなんとかなるかもしれないというところであるはずだ。吊り上げ式の罠はきわめて優れた捕獲システムなのだなあ。〔何を言うか。獲物を落とし込んでいるくせに〕
ダンゴムシを不規則網に向かって誘導するのはめんどくさいんだよ。
午前7時。
光源氏ポイントにいたゴミグモは円網ごといなくなっていた。
矢印看板の裏にいるオオヒメグモの卵囊についてだが、雨に打たれていると糸が切れて落下してしまうのかもしれない。それを防ぐのには、出囊まで母親が糸を補修し続けていればいいわけだ。そして、出囊直前の段階で母親が補修をしなくなると、いずれは落下するということなのかもしれない。まあ、雨の中を10キロ先まで観察しに行くほど物好きではないのでしょうがない。
さてさて、これを検証するためには、雨ざらしになる場所にあるオオヒメグモの卵囊付き不規則網から母親を取り出し、雨が降る度に卵囊の様子を観察するという鬼畜な実験をするのがいいだろう。もちろん作者はやらないが。
ガードレールに付けられたコガネグモの卵囊の上半分がうっすらと灰緑色を帯びてきている。
午前8時。
今日はあちこちのコガネグモたちにコガネムシを配ってみた。その結果は以下の通りだ。
(1)7月18日にシロテンハナムグリをあげた子の円網にコガネムシを投げ込むと、この子は捕帯を約207秒間巻きつけてから、ホームポジションに戻って休憩。それからコガネムシをホームポジションに運んで食いついた。
(2)2番目の子は、コガネムシを投げ込む前にハチの仲間(多分)が円網に飛び込んでしまった。ハチに対する捕帯巻きつけ時間は約22秒。休憩あり。
(3)捕帯58秒間。休憩なし。
(4)捕帯28秒間。休憩なし。
(5)捕帯50秒間。休憩なし。
(6)捕帯31秒間。休憩なし。
(7)捕帯24秒間。休憩あり。
(8)捕帯66秒間。休憩あり。
(9)捕帯50秒間。休憩なし。
(10)10番目の子はすでにコガネムシを食べていたのだが、円網にコガネムシのお代わりを投げ込んだところ、捕帯を約25秒間巻きつけてからホームポジションに戻って食事を再開した。
なお、どの子も捕帯を巻きつけている間にも触肢で捕帯越しにコガネムシに触れているし、コガネムシの頭部と胸部と腹部に何度も牙を打ち込んでいるのだが、頭部、あるいは頭部と胸部の境目辺りから先に打ち込んだ子もいるし、先に腹部に打ち込んだ子もいた。
やれやれ……。これでは「オニグモやナガコガネグモよりは捕帯巻きつけ時間が長い」くらいのことしか言えない。
困ったことに、コガネグモが円網を張る高度はコガネムシたちの飛行高度と重なっている。しかも、コガネムシはかなりの長距離飛行能力を持っているのらしい。ということは、コガネグモは円網を張って待っていれば、コガネムシの方から罠に飛び込んでもらえるわけだ。そして、円網の大きさや横糸の間隔も、大きな翅を持つ大型の獲物を受け止める機能を持っているように見える。というわけで、コガネグモの狙いはコガネムシだとしか思えない。
しかし、しかしだ。なぜこんな鈍くさい狩りをするんだ? コガネムシを捕食するという点だけを比較してもオニグモやナガコガネグモの方がもっと洗練された無駄のない狩りをしているぞ。しかもオニグモが狙っているのはガで、ナガコガネグモはバッタ狙いだ。どう考えてもコガネムシ狙いだとしか思えないコガネグモがどうしてこれほど長時間、だらだらと捕帯を巻きつけるんだ?
可能性としては、コガネグモの場合、オニグモやナガコガネグモよりも捕帯の原料の備蓄量が多いので、捕帯を長時間巻きつけても困らないとか、一度に注入できる毒の量が少ないので、何回も牙を打ち込まないと仕留められないとか、そもそも毒がオニグモなどよりも弱いので捕帯の量で補っているとかが考えられるんだが……。
午前9時。
光源氏ポイントでナガコガネグモの雄を見つけた。オトナの雌ももうすぐ現れるだろう。
体長12ミリほどのジョロウグモの幼体の円網に体長15ミリほどのバッタの子虫を少し弱らせてから投げ込んだ。この場合のコツは身動きはできるが逃げられないという程度に弱らせることだ。
他のやや小柄な幼体たちには体長6ミリほどのアリを、これも弱らせてからあげておく。「暴れなければどうということはない!」である。
体長60ミリほどのカマキリの子虫もいたので撮影しておく。この体長でも、まだ子どもなんだよなあ……。
午前11時。
帰宅してみると、マダラヒメグモの左前隅ちゃんが7回目の産卵を終えていた。このところ食欲がなさそうな様子だったので心配していたのだが、産卵前の食欲減退だったようだ。後でダンゴムシをあげよう。
午後9時。
左前隅ちゃんに体長10ミリほどのダンゴムシをあげた。獲物に対してあまり積極的ではない様子だったのは気温が高すぎるせいかもしれない。
7月21日。晴れのち雨。最低24度C。最高34度C。
午前1時。
天井から体長1.5ミリほどの子グモが降りてきた。前回と同じ子かどうかはわからない。
ちょっと気になったので『茨城県レッドリスト』というサイトを閲覧してみると「多くの県民の方にご覧いただき希少動物のおかれている現状と保護の大切さについてご理解を深めていただきたいと考えています」としか書かれていなかった。つまり、具体的な保護活動を行うつもりはまったくないというわけだ。さすがはお役人様。「レッドリストを作成するところまでが仕事だ。あとは野となれ山となれ」ということらしい。
午前5時
サザンカの植え込みに不規則網を張っているヒメグモが体長3ミリほどの昆虫を捕食していた。
午前6時。
トイレのドアに体長1.5ミリほどの子グモがぶら下がっていた。表面がツルツルなので苦労しているようだ。
午前7時。
光源氏ポイントに新たなコガネグモが1匹現れた。体長は23ミリほどだが、円網は縦糸数本しかない。
7月18日にコガネムシをあげたコガネグモも横糸を張っていなかった。
その代わり……と言っていいのかは疑問だが、残業しているサツマノミダマシを2匹見つけた。そのうちの体長10ミリほどの子には体長15ミリほどのガをあげておく。
午前7時。
コガネグモの道路標識ちゃんも円網を張り替えていなかった。これはまずい。冷蔵庫から出してきたコガネムシがはけないではないか。
しょうがない。コガネムシは用水路ポイントにいるコガネグモたちに配ってしまう。準絶滅危惧種に対する自主的な保護活動である。草刈りをしないでもらうのが一番なんだけどね。
午前11時。
よせばいいのに、今日は116キロ走ってしまった。クモ観察込みで約六時間。血圧は88と48。昼間だというのに目の前が暗くなっている。意識を失う寸前だ。〔年寄りのロングライドだな〕
どうしてヒトは直立二足歩行なんかを始めてしまったんだろう? 四足歩行のままなら脳の位置が低い分、脳貧血にはなりにくいはずなのに。〔あなたは人間よ。人間なのよ!〕
※食欲もなくなっていたから、かなり危険な状態だったようだ。
午後7時。
マダラヒメグモの1.5ミリちゃんの不規則網に体長10ミリほどのアリを少し弱らせてから落とし込んでみた。「通常の6倍です!」という大物なのだが、1.5ミリちゃんは果敢に近寄って仕留めようとしている。円網を張るクモたちなら逃げるところだろう。たいしたものである。
7月22日。晴れのち雨。最低25度C。最高34度C。
午前1時。
コンビニの店先でコガネムシを各種14匹捕まえてしまった。今日から道路工事で通行止めになるというのに……。
午前8時。
当たり前の話だが体中が痛い。特に左腿の内側は右よりも明らかに痛い。きょうはサイクリングしないことにする。
1日おきに100キロ走るよりも毎日60キロ走り続けた方が走行距離は伸びるんだが……たまには無理をしたいというのがサイクリストの本能なのだよなあ。
午前9時。
サイモン・シン著『フェルマーの最終定理』を読み終えた。350年もの間証明されないままだった定理を、その後に発表された多数の論文――日本人二人による論文も重要な働きをしたのらしい――を駆使して証明したのは素晴らしいことだと思う。しかし、作者は数学が嫌いだ。この本を読み終えてさらに嫌いになった。
数学の世界では曖昧である事は許されない。例えば数学では1+1は2にしかならない。なれない。しかして、うちの玄関に住みついていたマダラヒメグモのヒメちゃんは――おそらく雄と交接して――25個の卵囊を造り、そのうちの23個から子グモたちが出囊した。1個の卵囊の中に平均で40個の卵が入っていたとすると、その計算式は以下のようなものになる。
1+1=(40×25)-(40×2)
こんなデタラメな計算式は許されないだろうから、化学反応式風に「➝」を使うことにしよう。
1+1➝920
920匹の子グモたちも、オトナになる前に捕食されたり飢え死にしたりして最終的に生殖できるのはほぼ雌雄1個体ずつになる。
1+1➝920➝1+1
もちろん、この「1+1」も理論上の平均値で、可能性としては「0」から「920」までの値を取り得る。こうして、最終的にはなんとなく平衡状態が成立することになるのが生物なのである。
生物の体内で起こっている生命活動と呼ばれる多数の化学反応にもかなりの間違いが含まれているはずだ。それでも、その生物全体の化学反応を総合すると、おおむね正しい方向へ進んでいくのだろう。この曖昧さこそが生物の本質であり、生物の魅力であると作者は思っているのである。
「数学とは違うのだよ。数学とは!」
午前11時。
ツマグロヒョウモンのサナギが風に揺れている……と思ったら、背中が割れていた。サナギはうかうかしていると羽化してしまうのであるなあ。〔…………〕
午後8時。
ガス漏れ警報器ちゃんの卵囊が13個に増えていた。
7月23日。晴れ一時雨。最低24度C。最高35度C。
午前2時。
ガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていたので体長15ミリほどのダンゴムシをあげた。
右前隅ちゃんは住居にこもっている。室温が高すぎるのかもしれない。
午前5時。
左前隅ちゃんの不規則網に体長10ミリほどの羽アリを落とし込んだ。すると、不規則網の中にいた体長1ミリほどの子グモも反応するんだ、これが。
羽アリは左前隅ちゃんが捕食したから、同居するメリットはあまりないような気が……いやいや、自分で網を張る必要がないというのは無視できない差になるかもしれない。
午前6時。
ドローンを使って水田に農薬を撒いている人たちがいた。まいったね。〔…………〕
光源氏ポイントにいるコガネグモは1匹だけになっていた。藪の中に踏み込まないと獲物を投げ込めないのでとりあえずパス。
道路標識ちゃんの姿も見えなかったが、円網に大きな穴は開いていない。ということはまだ近くにいるかもしれない。そこで周囲を見まわしてみると、道路標識の裏で「卵囊を守る」をしているコガネグモがいた。
「見えるぞ。私にもコガネグモが見える!」〔お尻が黄色と黒なんだ。見えるのは当たり前だろ〕
午前7時。
冷蔵庫から出してきたコガネムシは用水路ポイントにいるコガネグモたちに1匹か2匹ずつ配ってしまう。1匹目に一通り捕帯を巻きつけた後なら2匹目にも問題なく対応できるようだ。
ただし、脚先の爪同士が引っかかって「お手々つないで」状態になってしまったドジっ子が1匹だけいた。第二脚が伸びきっているので、放っておくと脚を自切することにもなりかねない。コガネムシの脚をつかんで外してあげた。
ジョロウグモの円網にコガネムシを投げ込んだ時にも「お手々つないで」をしてしまった子がいたから、クモには「引いてもダメなら押してみな」という考え方はできないのかもしれない。
午前8時。
電柱に係留糸を繋いで水田の上に円網を張っているコガネグモを見つけた。コガネグモでは珍しいかもしれない。ちなみにナガコガネグモはイネの草丈よりも低い位置に円網を張る。
午前9時。
舗装路を歩いていた体長20ミリほどのオオヒラタシデムシを捕まえた。一応甲虫の仲間ではあるが、その外骨格は柔らかいので力が逃げてしまってコガネムシのように力強くもがくことはできない。ああっと、もしかしてこれは、クモの神様のお導きなんだろうか?
オオヒラタシデムシをポリ袋に入れて光源氏ポイントまで引き返す。慎重に藪の中に踏み込んで、今日はまだ獲物をあげていないコガネグモの円網にオオヒラタシデムシを投げ込むと、すぐに駆け寄って約17秒間だけ捕帯を巻きつけてからホームポジションに戻って休憩を始めたのだった。ビンゴ! 17秒だ! 17秒だ!
「じっちゃんの名にかけて、初歩的な脳細胞だよ、明智君」〔混ぜるなと言うのに!〕
コガネグモがコガネムシを仕留める時に捕帯を長時間巻きつけるのは、コガネムシがいつまでも脚を動かし続けているからだったのだ! コガネグモとしては確実に捕食したいので、その分捕帯巻きつけ時間が長くなってしまうのだろう。オニグモやナガコガネグモの場合は人間の釣りで言う「外道」なので「逃げられてもいいわ」という気持ちで雑な仕留め方をしている。そのために捕帯巻きつけ時間が比較的短くなるのだろうという仮説である。
とりあえず機会があったら、脚でもがくことができないようにしたコガネムシをコガネグモにあげてみよう。この場合の捕帯巻きつけ時間は、おそらく30秒以内になると思う。
空腹度を揃えたコガネグモ、オニグモ、ナガコガネグモをできるだけ多く用意して、体重を揃えたコガネムシの脚の動きを制限しておいて円網に投げ込み、捕帯巻きつけ時間を計測するような精密な実験はプロの論文屋さんにお任せしよう。サイクリストがやるべきことだとは思えないし。
午後2時。
左前隅ちゃんの不規則網の中に子グモたちがいるのに気が付いた。出囊が始まったらしい。何個めの卵囊だっけ?
午後10時。
玄関に住みついている体長4ミリほどのマダラヒメグモの不規則網に体長17ミリほどのダンゴムシを転がし込んでみた。「通常の4倍です!」という大物なのだが、4ミリちゃんが近寄っては離れ、近寄っては離れする度にダンゴムシは少しずつ吊り上げられていく。単純に比較してはいかんのだろうが、大型の獲物に対しては円網よりも不規則網の吊り上げ式の方が優れているんじゃないか?
7月24日。晴れ。最低24度C。最高35度C。
午前1時。
左前隅ちゃんの不規則網の下に捨てられていたダンゴムシなどの食べかすを掃除させてもらった。獲物をあげる時にさえじゃまになっていたのだ。
コガネムシの仲間(ドウガネブイブイ、アオドウガネ、ヒメコガネ、その他)を13匹捕まえた。夜が明けたら実験開始だ。
午前6時。
実験開始。6本の脚を付け根付近で切り落としたコガネムシを1匹ずつ、コガネグモの円網に投げ込んでいく。
※こんな非虫道的な実験をしたのでは地獄へ墜ちることになるだろうし、お釈迦様もクモの糸を垂らしてくれないだろうが、一向にかまわん。クモの神様がお釈迦様に内緒で糸を垂らしてくれるはずだし。
実験結果。
①ちゃんは隠れ帯1本。捕帯巻きつけ時間32秒。おお、いいじゃないか。
②ちゃんは隠れ帯がフルサイズ1本とハーフサイズ1本。捕帯巻きつけ時間30秒。これも当たり。
③ちゃんは隠れ帯2本。捕帯巻きつけ時間56秒。これはハズレだ。
実は②ちゃんが「何これ? 何か変だわ」とでも言いたげな様子だったので、③ちゃんの時はコガネムシの脚を少し長めに残してしまったのである。科学の世界では否定的なデータもデータのうちなのだ。
④ちゃんは隠れ帯なし。捕帯巻きつけ時間27秒。当たり。
⑤ちゃんは隠れ帯1本。捕帯巻きつけ時間32秒。当たり。
⑥ちゃんは隠れ帯なし。捕帯巻きつけ時間62秒。これはハズレだ。
この子はすでにコガネムシを食べているところにお代わりを投げ込んでしまったのである。やめておけばよかったかなあ……。
⑦ちゃんは隠れ帯1本。捕帯巻きつけ時間17秒。当たり。
その他に円網を張り替えていない子が2匹いたのだが(おそらく産卵前だと思う)、脚を切り落としたコガネムシは円網から外れてしまいやすいので実験対象にしなかった。
というわけで、素直に平均値を計算すると36.6秒。異常値が出た原因らしいものが分かっている③ちゃんと⑥ちゃんのデータを除外して計算し直すと27.6秒になる。コガネムシを混ぜて使っているし、コガネグモの空腹度も揃えていないから高精度な実験とは言えないが、捕帯巻きつけ時間は明らかに短くなっている。
脚を切り落としていないコガネムシの場合のデータももう一度書いておくと、207秒、58秒、28秒、50秒、31秒、24秒、66秒、50秒だ。ばらつきが大きいが、平均値は64.25秒になる。
コガネグモがコガネムシに対してのみ長時間捕帯を巻きつけるのは、コガネムシが脚の動きを止めないからだと言い切ってしまおう。
午前7時。
光源氏ポイントでは1匹のナガコガネグモがカマキリの子虫を仕留めていた。
午前8時
コガネグモの道路標識ちゃんの姿は見当たらなかった。円網にコガネムシを投げ込むような迷惑なやつがいるので逃げたのかもしれない。
明日から道路工事ということで、資材を置くために移動式のガードレールを道路脇の空き地に片付けているのだが、その中の1台には道路標識ちゃんの卵囊が取り付けられている。準絶滅危惧種の卵囊なので、外して光源氏ポイントに生えている低木の幹に縛り付けておく。
当たり前の話だが、卵囊を吊っている糸は円網の縦糸や横糸よりも切れにくかった。係留糸や枠糸と同じ素材のようだ。
午前9時。
光源氏ポイントの奥の森の中では、ヒメグモ科のヤリグモが獲物を食べていた。クモを専門に捕食するクモなので、食われているのはもちろんクモである。
午後11時。
また天井から体長1ミリほどの子グモが降りてきた。しかも寝床の真上だ。眠っている間に吸い込んでしまいそうだからやめて欲しい。
7月25日。晴れ。最低25度C。最高35度C。
午前8時。
骨盤の上や腿の内側が痛いので今日は1日休み。調べてみたら、8月は昨日までに1086キロ走っていた。体重はベストから3キロオーバーだから、まだ追い込めるような気もするのだが、コガネグモはどんなクモであるのかもわかってきたことだし、無理することもあるまい。
午前11時。
暇なので病気ネタをひとつ。このところ、右膝にニキビのようなものができていて、少し痒かったのでアンメルツを塗ってみたところ、そのほとんどがカサブタになったのだ。顔のニキビにも効くかもしれない。〔眼に入ると危険です。よい子は絶対に真似してはいけません〕
※もしかすると、アンメルツには皮脂を溶かす効果があるのかもしれない。そうだとすると、1日に何回か塗ることによって、ニキビができるのに必要な皮脂を皮膚表面から奪ってしまうということもあり得るだろう。
「ニキビ抑制効果は本当にあったんだ!」〔…………〕
ついでにもうひとつ。最近は血圧の薬を飲んでいない。これが実にいい。75キロ走ったくらいでは脳貧血が起こらないのだ。医者も薬屋も商売だから薬は買うとして、それを飲むかどうかは患者が自己責任で判断するべきなんだろうな。ついでに言っておくと、冬になると自然に血圧が上がるから、そうしたら飲んでもいいかもしれない。
午後2時。
玄関の天井近くに体長1.5ミリほどの子グモがいた。床からの高さは約2.3メートル。もちろんアイガーの北壁ちゃんである。やはり高い所を目指す子は一定数いるようだ。やはり高い所を目指す子は0.5パーセントから2パーセントくらいの範囲で存在するようだ。
7月26日。晴れ。最低25度C。最高36度C。
午前6時。
体長20ミリほどで細め体型のナガコガネグモの円網に脚を切り落としていないコガネムシをそっと置いてみた(投げ込むと突き抜けてしまうことが多いのだ)。捕帯巻きつけ時間は約126秒。ええと……空腹の子は確実に仕留めようと考えるので、捕帯巻きつけ時間が長くなる、ということなんだろうかねえ……。
なお、コガネムシの脚を切り落としてから円網に投げ込む実験は2度とやらない。ニッパーは重いし、手間はかかるし。
お尻が太めのナガコガネグモにはマメコガネをあげた。捕帯巻きつけ時間は41秒。小型の甲虫だとこの程度で十分なのかもしれない。
別のナガコガネグモの円網にコガネムシを置いてみると、捕帯巻きつけ時間は128秒だった。
光源氏ポイントではコガネグモの道路標識ちゃんの卵囊から出てきた子グモたちがまばらなまどいを形成していた。産卵から出囊まで7日か8日くらいだろう。ただし、出囊までの期間は気温によって変化すると思う。産卵が秋になったナガコガネグモだと出囊まで七ヶ月以上かかるんだし。
体長15ミリほどのガを捕まえたので、体長12ミリほどのジョロウグモにあげた。ガであれば、この大きさでも問題なく仕留めてもらえるのだ。
午前7時。
舗装路に角の先端から腹部後端まで80ミリほどのカブトムシが転がっていた。車にはねられたようだ。
用水路ポイントの近くの道路標識でもコガネグモの子グモたちがまばらなまどいを形成していた。
1匹のナガコガネグモの円網にコガネムシをそっと置いてみた。この子は捕帯を55秒間巻きつけると、ホームポジションに戻って休憩に入った。
隠れ帯を付けていないコガネグモの円網にはコガネムシを投げ込んでみた。捕帯巻きつけ時間は94秒。
隠れ帯を付けていないナガコガネグモの円網にはコガネムシを置いてみた。捕帯巻きつけ時間は56秒。
隠れ帯2本付きのコガネグモの円網にもコガネムシを投げ込んでみた。捕帯巻きつけ時間は42秒。
隠れ帯1本付きのナガコガネグモの円網にコガネムシを置いてみると、捕帯巻きつけ時間は89秒だった。やれやれ……。
用水路ポイントでもコガネグモの卵囊を見つけた。上半分がわずかに灰緑色になってきている。
※この灰緑色はカビの色だと思うのだが、コガネグモは意識して卵囊の表面をカビが生えやすい状態にしているんじゃないだろうか? その目的はもちろんカモフラージュだ。そういうことでもなければ、常に目立たない灰緑色のカビが生えるというのはあまりにも都合が良すぎるような気がする。進化論的な表現をするなら「灰緑色のカビが生えるような卵囊を造るコガネグモは子孫を残しやすかったので、そういう卵囊を造る個体が徐々に増えていった」というところである。
さてさて、カビが生えるのに必要なものは栄養と温度と水分だったと思う。クモの糸はタンパク質だから栄養になる。そして夏は気温が高い。あとは水分だが、コガネグモの卵囊の表面は吸い取り紙のように、いかにも水を吸い込んで、そのまま湿り続けそうな見た目をしているのだ。
ああっと、コガネグモの卵囊の使用期間は7日程度でしかない。カモフラージュする必要はないかも……。そうだとしたら、この灰緑色のカビは特別にクモの糸を好むタイプのカビだというだけのことなのかもしれない。
午後10時。
今日もコガネムシの仲間を11匹捕まえてしまった。コガネムシのシーズンはまだ続いているようだ。
7月27日。晴れのち曇り。最低25度C。最高35度C。
午前6時。
左前隅ちゃんが8回目の産卵を終えていた。このところ、ダンゴムシを無視していたのは産卵前の絶食だったようだ。
右前隅ちゃんは7個目の卵囊の仕上げをしている。
午後11時。
今日もコンビニの店先でコガネムシの仲間を11匹捕まえてしまった。これで冷蔵庫の中の在庫は23匹である。コガネグモたちに食べてもらわねば。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んでみた。ダンゴムシはコンクリート面まで落ちてしまったのだが、左前隅ちゃんが不規則網の中をジグザグに駆け下りてダンゴムシに近づいた、と思ったら吊り上げられてしまった。完全復活である。
7月28日。晴れ。最低25度C。最高35度C。
午前4時。
コガネムシを11匹とマメコガネを1匹捕まえてしまった。ちょっとまずいな。
午前6時。
コガネムシの仲間34匹とマメコガネを1匹、ポケットに入れてロードバイクにまたがった。昼間は道路工事をするらしいので、いつもの川沿いコースではなく、市街地側から用水路ポイントへ向かう。
さすがにコガネムシの在庫が多すぎるので、クズが群生している場所で10匹リリースしてしまう。
午前7時。
今日もコガネグモたちにコガネムシを配って歩いたのだが、めんどくさいので珍しい観察結果だけを書いておく。
円網に隠れ帯を付けていないコガネグモの円網にコガネムシを投げ込むと54秒間捕帯を巻きつけた。それからしばらく待って、捕帯を巻きつけたコガネムシをホームポジションに持ち帰ったのを確認してから2匹目のコガネムシを投げ込むと、その捕帯巻きつけ時間は86秒間だった。
お尻の後端を少しだけ太陽の方向に向けたかったらしいコガネグモは第四脚2本の爪を円網に引っかけてぶら下がり、さらに右第二脚で円網を押して体の角度を変えている様子だった。
水田脇の道路標識に取り付けてあるコガネグモの卵囊は二個になっていた。1個目は上半分が薄い茶色だが、2個目の方は上3分の1暗いが黄緑色になっている。
その近くにいたナガコガネグモ2匹にもコガネムシをあげた。ただし、投げ込むと円網を貫通してしまうので、円網の数センチ上からそっと落とすのだ。めんどくさい。その上、「こんな大っきいの無理!」とばかりに円網を揺らす子もいる。これをやられると、コガネムシなど簡単に外れて落ちてしまう。ナガコガネグモはバッタ狙いのクモなのである。
午前8時。
光源氏ポイントまでもう少しというところまでは行けたのだが、道路工事屋さんたちが準備を始めていたので引き返した。
午前10時。
うちの玄関には、確認できている範囲で5匹のマダラヒメグモがいる。
右前隅ちゃんと左前隅ちゃんの他に体長3ミリほどの子が向かって右奥に1匹、左奥にはセンサーライトを挟んで体長2ミリほどの子が1匹ずつだ。不規則網は円網ほど場所を取らないのだが、それでも各1メートルの3面に5匹である。
咳が出ているので今日は60キロしか走らなかった。
午後5時。
ガス漏れ警報器ちゃんの卵囊が一四個になっていた。
7月29日。晴れ。最低24度C。最高33度C。
午前5時。
喉が痛い。呼吸能力を表すピークフロー値が10パーセント低下している。それでいて血圧は176と99。
血圧はともかく、呼吸能力が下がり続けると困ったことになる。今日は安静にしていよう。
午後4時。
ピークフロー値は20パーセント低下した。咳が出る。痰も出る。血圧は164と92。
午後8時。
右前隅ちゃんの子グモたちを9匹確認した。
左前隅ちゃんの卵囊からの出囊も始まっている。
7月30日。晴れ。最低23度C。最高30度C。
午前3時。
ガス漏れ警報器ちゃんと左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
咳が出て眠れない。夜が明けてから寝よう。
午前11時。
スーパーの東側に円網を張って居た体長10ミリほどのジョロウグモの幼体に体長7ミリほどのアリをあげた。
この子も含めて、これくらいの大きさのジョロウグモは背面側のバリアーに丸い糸の塊を多数付けていることが多い。もしかして、ジョロウグモは古い円網の糸を食べていないんじゃないか?
7月31日。晴れ。最低23度C。最高30度C。
午後3時。
咳がひどくて動けないので「ジョロウグモ 隠れ帯」で検索していたら、画面中央にピンクの円が写り込んでいる画像を見つけた。
「「フレア」は本当にあったんだ!」
オリンパスのTGシリーズなんか使ってはいかんのだなあ。
8月1日。曇り時々雨。最低24度C。最高29度C。
午後4時。
かかりつけ医にまったく的外れな薬を処方されてしまった。
作者のかかりつけ医は年寄りの内科医なので、喘息の診断基準を喘鳴(ゼイゼイ、ヒューヒューという呼吸時の雑音)に置いている。アレルギーや喀痰検査、一酸化窒素検査などに関する知識も喘息の予防薬を吸入しているのにピークフロー値が低下したことの意味も理解していないのだろう。
しょうがない。ステロイドの錠剤を二倍量服用して自力で回復させることにする。
8月2日。雨時々曇り。最低25度C。最高32度C。
午前3時。
ガス漏れ警報器ちゃんの次の卵囊からの出囊が始まっていた。トイレットペーパーホルダーの上にも子グモが1匹いる。
午前8時。
咳が出たので眼が覚めた。それでも三時間くらいは眠れたようだ。
午後4時。
ピークフロー値は-15パーセントくらい。咳をし続けているので左脇腹が筋肉痛。
咳が出始めたら上体を起こして咳を抑えるので連続的に眠ることができない。一日中寝てはいるのだが、常に睡眠不足という状態である。
午後6時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが9回目の産卵をしていた。だいぶ住居が狭くなっているようだ。
8月3日。晴れ時々曇り。最低25度C。最高32度C。
午前1時。
眠いんだが、咳が出て眠れない。しばらく散歩する。
午後7時。
軽い喘鳴が出た。喘鳴が出ている状態で診察を受ければ「喘息」という診断をもらえるかもしれない。頑張って悪化させよう。
午後10時。
体長5ミリほどの羽アリを数匹捕まえたので、マダラヒメグモの右前隅ちゃん、左前隅ちゃん、ガス漏れ警報器ちゃんの不規則網に落とし込んだ。あまり期待してはいなかったんだが、なんと、右前隅ちゃんまで飛びついて牙を打ち込むではないか!
「マダラヒメグモには羽アリがよく似合う」〔発生する季節が限定される獲物は良い獲物とは言えないぞ〕
右前隅ちゃんが不規則網の補修をしないのは飛行性の小型昆虫を狙うタイプだったからなのかもしれない。
午後11時。
おそらくだが、上体を横たえると肺や気管支が重力で潰されて咳が出るのだろうと思う。というわけで、今夜は椅子に座ったまま、モニターを閉じたノートパソコンの上に枕を置いて寝てみるつもりだ。出来れば4時間くらいは眠りたい。
8月4日。晴れ。最低25度C。最高35度C。
午前3時。
コンビニの店先でコガネムシの仲間7匹とイナゴの雌1匹を捕まえた。ナガコガネグモとイナゴの季節が来るのだなあ。
午前10時。
ピークフロー値を座って計測すると-20パーセントだが、仰向けで計測すると-30パーセントまで低下するのがわかった。
8月5日。晴れ一時雨。最低25度C。最高38度C。
午前6時。
冷蔵庫からコガネムシの仲間22匹とイナゴの雌1匹を出してロードバイクにまたがった。ピークフロー値は-20パーセントだが、力尽きてしまったらしいコガネムシも出始めているので、ここは無理をしてでも用水路ポイントまでは行かなくてはならない。
午前7時。
水田の中からイナゴが1匹飛び出した。
用水路ポイントでは体長20ミリクラスのナガコガネグモが数匹、円網を張っていた。イナゴ成虫の出現タイミングと見事に重なっている……と言いたいところなのだが、一週間も観察を休んでしまったので断言はしかねる。そのうちの1匹には持ってきたイナゴをあげておく。
コガネムシ各種はコガネグモたちに配ってしまう。まず、投げ込める距離にある円網に1匹ずつ投げ込む。
一通り配り終えたら第二ラウンド。この頃には1匹目の獲物はホームポジションに固定されているので、2匹目を投げ込んでもじゃまにはならない。
残ったコガネムシ3匹は広葉樹の葉の上にリリース。冷蔵庫の中で力尽きてしまったらしいコガネムシもそこらに捨てておく。まったく身動きしない獲物を積極的に捕食するクモは多くないが、死骸を食べる昆虫はいるだろう。
午前8時。
帰宅してみると、マダラヒメグモの左前隅ちゃんの不規則網に雄らしい個体が侵入していた。すでに脚先が届く距離まで接近しているが、左前隅ちゃんは追い出す様子はない。
そのうちに逃げたり追いかけたり、相手の脚を軽く叩くというキャッキャウフフ行動――。〔「求愛行動」と言え!〕
求愛行動らしいことを始めた。「交接しました」フェロモンを感知できないんだろうか? 左前隅ちゃんも目障りな雄など、とっとと追い出すべきだと思うんだが……。
その後、シャワーや洗濯をしながら観察していると、2回だけ、雄が左前隅ちゃんの腹部腹面にキスするような動作を見せた。ジョロウグモなら「交接した」と言うところだ。
さらにその後で見た時には、雄は近寄ってくる左前隅ちゃんを避けるように不規則網の端を移動していて、約1時間後には姿を消していた。
観察したのはこれだけなのだが、マダラヒメグモの雌は2回以上の交接ができるのかもしれない。「玄関のヒメちゃん」の最後の2個の卵囊から子グモたちが出てこなかったのも、精子の不足分を補給出来なかったためだと考えることもできるだろう。
午前9時。
玄関の右奥にいる体長4ミリほどのマダラヒメグモが最初の産卵を終えていた。ああっと、この子も2度目の交接をするようなら「み、右奥さん!」「いけません。私には主人が……」という台詞を当てることができるな。〔…………〕
午前11時。
アブラゼミの死骸を2個見つけた。さらに目の前を飛んで行った子が1匹。この子は本屋さんの店先にとまったので、ワンカットだけ撮影させてもらった。
8月6日。晴れのち雨。最低25度C。最高34度C。
午前1時。
咳がひどくて目が覚めた。それでも3時間か4時間くらいは眠れたかもしれない。
午前7時。
今日はイナゴを2匹持ってきたので、用水路ポイントにいるナガコガネグモの中から2匹を選んで円網に落とし込んだ。片方のイナゴは脚を大きく広げたまま捕帯を巻きつけられることになったので、網の主のナガコガネグモは大型の獲物用の必殺技であるDNAロールを見せてくれた。
コガネムシはコガネグモたちに配ったのだが、円網を張り替えていない子が2匹だけいた。1匹のお尻はまん丸だったので、産卵前の絶食ではないかと思う。
問題はもう1匹の方で、コンクリート製の橋と水門の間という、いかにも日照時間が短そうな場所に小さめの円網を張っていたのだった。これでは日光浴で体温を上げ、消化酵素の活性を高めるというコガネグモ流の必殺技が使えないではないか。
「お前さんの前世はナガコガネグモかい!」
これはまずい。作者なら問題ないが、こういうひねくれ者を見た論文屋さんは「コガネグモは陽当たりの悪い場所を好む」などという論文を書いてしまいかねない。いやいや、論文だけならともく、仲良しこよしの論文屋さんたちの間でたらい回しに引用されていると、一般読者向けの解説書にまで「コガネグモの一般的な行動」として記載されてしまうかもしれない。そこまで行ってしまったら、より正しい仮説を発表することさえ許されないという暗黒時代の始まりだ。天動説のように、地動説が受け入れられるまで何百年もかかるということになってしまうだろう。
人間が何をどれだけ間違えるかなど作者にとってはどうでもいいことではあるのだが、作者の好きなクモの生態が誤解されたままになる可能性を虫――もとい、無視するわけにはいかない。命が続く限り「クモの真実」を記録しておこうと思う。
ただし、『クモをつつくような話』に書かれているのは、あくまでも作者にとっての「クモの真実」である。他の誰かによる観察や追試、また茨城県某所以外の場所では同じ結果が得られないということも当然あり得る。仮説は機会があるごとに修正していくつもりだが、読者の皆さんも鵜呑みにせずに楽しんでください。
午後3時。
30分くらい咳が止まらなかった。咳が出ている間は何もできない。それこそ、眠ることさえできないからつらい。
午後4時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが不規則網の補修をしていた。ついにやる気になった……んだろうかねえ……。なにしろ、この子はとんでもない怠け者なのだ。
午後10時。
右前隅ちゃんが不規則網の中にダンゴムシを転がし込んでみた。少々反応は鈍かったものの、右前隅ちゃんはダンゴムシを吊り上げた。そこまではいいとして、なんと、コンクリート面から5センチくらいの高さでダンゴムシに口を付けたのだった。住居の近くまで吊り上げる手間さえも惜しむほど空腹だったんだろうか?
8月7日。晴れ一時雨。最低25度C。最高35度C。
午前1時。
マダラヒメグモのガス漏れ警報器ちゃんが住居から出ていた。おそらく空腹なのだろうということで、ダンゴムシを1匹、不規則網に落とし込む。
午前3時。
咳がひどくて眠れないので散歩に出た。
スーパーの北側の角に体長4ミリほどのオオヒメグモかマダラヒメグモがいた(産卵してくれれば、その卵囊の見た目でわかるが)。
オオヒメグモなら多分4年間で3匹目になると思うが、同じ場所はともかく、ほぼ同じ高さ(コンクリート面から約1メートル)に不規則網を張っている。これを「偶然だ」と言ってしまうわけにはいかないだろう。
午前6時。
用水路ポイントには円網を張り替えていないコガネグモが2匹いた。食欲がありそうな子を選んでコガネムシとイナゴを配る。
新たなコガネグモの卵囊を2個見つけた。草の葉で包み込むように取り付けてあったのと気管支の状態が悪いのとで見落としていたようだ。
3日前にレンズキャップを紛失してしまったので、それからはWGー6をレンズむき出しでサドルバッグに入れているのだが、レンズが汚れる様子もない。どうもレンズを下向きにしておくとゴミがレンズ面に落ちないようだ。
レンズキャップを付けていると必ず落とすのだし、新たな問題が生じない限りはレンズむき出しのままにしようと思う。
午前7時。
この時間では道路工事はまだ始まっていない。その隙を突いてコガネグモの道路標識ちゃんの卵囊を回収した。
午前9時。
昨夜は咳のためにまったく眠れなかったので、今日は昼間のうちに少しでも眠っておこうと思う。夜中過ぎでなければ咳も出にくいはずだし。
8月8日。晴れのち雨。最低24度C。最高33度C。
午前1時。
コンビニの店先にいたコガネムシの仲間は6匹だけだった。コガネムシのシーズンは終わりに向かっているようだ。
玄関先でアブラゼミとイナゴを1匹ずつ捕まえた。
午前2時。
スーパーの北側の角にいるオオヒメグモ(仮)の不規則網にダンゴムシを落とし込んだ。運が良ければダンゴムシが引っかかることもあるのだ。
この場所は2年くらい前からダンゴムシが少なくなってしまったので、放っておくと引っ越しをされてしまうような気がする。せめて卵囊を観察するまでは積極的にサポートしようと思う。
アブラゼミをもう1匹捕まえた……というか、拾った。死んではいないが、もう飛ぶことはできないようだ。
午前6時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの幼体の最大の子は体長17ミリほどになっていた。二番手は16ミリほど。それぞれ、、オンブバッタの雄(多分)をあげておく。
午前7時。
今日は行き倒れのアブラゼミを2匹持ってきたので、用水路ポイントにいるコガネグモ2匹にあげた。さすがに、この程度の大きさの獲物なら何の問題もなく仕留められるようだ。
その代わり、コガネグモは小さな羽虫を食べない。おそらく、小型の獲物は円網を回収する時に糸と一緒に食べているんだろう。
コガネムシ6匹は他のコガネグモたちに、イナゴはナガコガネグモに配っておく。
午前8時。
光源氏ポイント近くの電柱にコガネグモの卵囊が取り付けられているのに気が付いた。
午後5時。
スーパーの北側のオオヒメグモ(仮)は徘徊性のクモを仕留めたらしかった。
一般的に地上性の節足動物の脚は腹面から生えているので、背面に粘球糸を取り付けられてしまうと、それを外すのは非常に難しいはずだ。きわめて優れた罠であると言えよう。
例外はゴキブリの仲間で、彼らの翅の表面はツルツルしていて粘球が効きにくい。したがって完全に吊り上げられる前に脱出できてしまうことも多いのではないかと思う。なお、作者は「ゴキブリの仲間がツルツルの翅を獲得したのはクモの粘球糸対策である」などと言うつもりはない。おそらく、環境要因の何かに対して有利であったために広まった形質であって、最初からクモ対策として獲得したものではあるまい。
8月9日。晴れ時々曇り。最低22度C。最高31度C。
午前5時。
2時間くらいは眠れたような気がする。
午前8時。
睡眠時間を2時間追加。
昼間の方が咳は出にくいのだから、昼間の内に眠っておいて、深夜に咳が出始めたら起き出して、朝になるまでパソコン作業をするという手もあるかもしれない。
しかし、オニグモのように基本的に夜行性のクモならともかく、コガネグモが円網を張り替えるのは夜が明けてからであることが多い。確実に食べてもらうためには円網が劣化する前に獲物をあげるのが有効なのだ。いったん眠ってしまっても観察結果を忘れないでいられる自信もないし、何よりもサイクリングするなら明るい時間帯の方が楽しいし。
午前11時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが10回目の産卵をしていた。今はお尻ぺったんぺったんをしているところだ。
午後5時。
スーパーの北側の角にいるオオヒメグモ(仮)の不規則網に体長7ミリほどのアリを落とし込んだ。2回めまでは通り抜けてコンクリート面まで落ちてしまったのだが、3回めにはうまく引っかかって、左右の第四脚を交互に使って糸を巻きつけてもらえた。
8月10日。雨時々曇り。最低24度C。最高28度C。
午前1時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。
午前2時。
コンビニの店先でイナゴを6匹捕まえた。イナゴのシーズンだなあ。
午後1時。
また間違えた。スーパーの東南の角辺りにコガネムシの仲間が5匹いたのだ。コンビニの店先が好きな群れがほとんどいなくなっただけということらしい。
スーパーの北側の角にいたオオヒメグモの姿が見えない……と思ったら、40センチくらい下の陰際でうずくまっていた。何を考えているんだ、この子は?
午後7時。
トイレットペーパーホルダーの上に体長1.5ミリほどの子グモがいた。3センチ登っては滑落、5センチ登ってはまた滑落、というのを繰り返しながら少しずつ天井に向かっているようだ。天井までたどり着いても湾曲したオーバーハングがるだけなんだが……。
8月11日。雨時々曇り。最低26度C。最高30度C。
午後4時。
2時間くらいは眠れたらしい。
8月12日。曇りのち雨。最低27度C。最高30度C。
午前1時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんがまた徘徊性のクモを仕留めたらしかった。今回は体長15ミリほどの大物だ。いったいどこから入り込んだんだ、こんな大きなクモ?
午前5時。
スーパーの北側の角にいるクモが産卵していた。卵囊は薄い茶色。というわけで、この子はオオヒメグモだ。
午前6時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの幼体たちのうち、最大の2匹は体長17ミリほどになっていた。「ジョロウグモ3日会わざれば刮目して見よ」であるなあ。〔「男子」なんだが……〕
この2匹にはそれぞれ、体長15ミリほどのガと体長20ミリほどのバッタの子虫をあげた。
ガをあげた子はすぐに飛びついて牙を打ち込んだのに対して、バッタをあげた子は素早く獲物に駆け寄ったものの、直前でUターンしてホームポジションに戻ってしまった。おそらく、空腹だったとかで反射的にスタートしてしまったものの、直前で大型の獲物であることに気付いて安全確認からやり直すことにしたんだろう。
午前7時。
今日見つけられたコガネグモは6匹だけだった。3日も観察をサボるとこういうことになる。手を出せる位置で円網を張り替えていた4匹に2匹ずつあげてもコガネムシが余るので、残りは用水路ポイントでリリースしてしまった。
今日はイナゴも持ってきたので、ナガコガネグモの円網に1匹落とし込み、ガードレールの3メートル先に円網を張っていたコガネグモの円網には投げ込んでみた。この距離だとイナゴは翅を広げて飛んでしまうのだが、曲がっていく方向を予測しながら投げ続けていると、3匹めがコガネグモの円網に飛び込んだ。「ツーイナゴ、ワンストライク」である。〔2匹は大暴投だがな〕
午後3時。
3時間くらい眠って、目が覚めたら咳が止まらない。必要なら椅子に座ったまま眠ることにしよう。
午後11時。
おそらく4時間くらいは眠れたと思う。どうやら意識的に浅い呼吸をすると咳が出にくいようだ。気管支への刺激を少なくするというのがポイントなんだろう。
8月13日。晴れ時々曇り。最低23度C。最高30度C。
午前1時。
スーパーの東南の角でコガネムシの仲間を33匹見つけた。終わりの始まりはまだ始まっていなかったというわけだ。まいったね。
午前6時。
血圧はなんと、193と111! うまく眠れるようになったために眠りすぎたようだ。
「眠っちゃダメだ。眠っちゃダメだ。眠っちゃダメだ」
ピークフロー値は-2パーセント。確実に回復に向かっている。あとは気管支の痛みと咳だけだなあ。
午前7時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモの17ミリコンビにアオバハゴロモをあげた。一方の子はアオバハゴロモの翅に牙を打ち込んでしまったようだが、抜き牙差し牙でちゃんと暴れる獲物の胸部にたどり着いていた。
用水路ポイントでは出囊したコガネグモの幼体たちがまどいを形成していた。
なお、今日見つけたコガネグモは6匹だ。もう少しコガネムシを用意してもいいかもしれない。ああっと、コガネグモが1回産卵するのには何匹のコガネムシを食べる必要があるんだろう?
8月14日。晴れ時々曇り。最低22度C。最高30度C。
午前1時。
ピークフロー値は-20パーセント。咳も止まらない。これは二次発作だ。まいったね。
午前7時。
光源氏ポイントでは白っぽいカニグモ科のクモ(多分アズチグモ)がジョロウグモの幼体を捕食していた。近くの円網には脱皮殻がぶら下がっていたから、脱皮したばかりで抵抗できないジョロウグモの円網に進入して仕留めたのだろう。
「あれえぇ。お許しくださいませ、お代官様」
「よいではないか、よいではないか」〔やめんかい!〕
徘徊性のアズチグモも一応は糸使いだからそこまでは問題ないとして、粘球付きの横糸は取り扱いに慣れていないので外に持ち出して食べようとしていたのではないかと思う。
※引っ越しをしようとして円網を出たところで襲われたという可能性もないとは言えないが、面白くない。
午前8時。
用水路ポイントでは体長20ミリほどのナガコガネグモの円網に大きめのイナゴを落とし込んでみた。円網に引っかかったイナゴは長い脚を広げたので、20ミリちゃんは必殺のDNAロールで捕帯を巻きつけていた。コガネムシだと突き抜けてしまうことが多い円網なのだが、イナゴなら難なく捕捉できるようだ。
「ナガコガネグモにはイナゴがよく似合う」
体長20ミリほどのコガネグモの円網には体長35ミリほどのキリギリス体型のバッタを投げ込んでみた。長い後脚で暴れるタイプの獲物なのだが、捕帯の巻きつけ量はコガネムシよりも少ない。その分楽をしているように見えるが、コガネグモにとっては一生に一度出会うか出会わないかという大物だろう。人間に例えるなら大きなホールのケーキというところか。コガネムシはもちろん、米飯やパンである。
コガネグモの幼体のまどいはだいぶ小さくなっていた。少しずつ分散しているということなんだろうか?
今日も1匹のコガネグモが円網を残して姿を消していた。すべてのコガネグモがいなくなった時、夏もまた終わるのだろう。
午前9時。
堤防の斜面で薄いピンク色の大きな花が咲いていた。花びらは6枚だからヒガンバナ科のアマリリスのような気がするのだが、『LOVEGREEN』というサイトによると「アマリリスの咲く季節は、4月~6月と10月。春から初夏に咲く品種と秋に咲く品種があります」ということらしい。あまりに暑いので狂い咲きしてしまったのか、あるいはまったく別の花なのかもしれない。
午前11時。
ピークフロー値は標準値まで上昇した。どうも夜中から夜明けまでの時間帯に呼吸能力が低下して咳が出るのらしい。昼間のうちに眠っておいて、呼吸能力が低下する時間帯は起きていた方が楽かもしれない。やることがないんだが……。〔掃除しろ〕
8月15日。晴れのち雨。最低23度C。最高33度C。
午前5時。
血圧は180と104。やはり4時間も眠ってはいかんのだなあ。
午前6時。
光源氏ポイントにいる体長17ミリクラスのジョロウグモの幼体2匹の円網にそれぞれ体長15ミリほどのガを投げ込んでみた。面白いことに、前回ガの翅に牙を打ち込んでしまった子は今回も翅に牙を打ち込んだのだった。もしかして、生まれつきガを仕留めるのを苦手としているんだろうか?
なお、この2匹の円網の奥にも体長16ミリほどのジョロウグモの幼体がいる。ということは、ちゃんと仕事ができる「ダイ姉ちゃん」、ドジっ子の「チイ姉ちゃん」、マイペースな「妹ちゃん」というキャラ付けができるかもしれない。引っ越しされたら誰が誰やらわからなくなってしまいそうだが。
妹ちゃんにはそこらで捕まえたハエをあげておく。
午前7時。
用水路ポイント近くの道路標識の裏ではコガネグモの幼体が5つに分かれたまどいを形成していた。
昨日イナゴをあげたナガコガネグモの1匹とコガネグモはイナゴを食べていた。もちろん、新たに捕獲したイナゴだという可能性も否定はできないのだが、コガネグモの方は円網を張り替えた様子がないから食べ続けていると判断した方がいいだろう。イナゴ1匹の可食部分はコガネムシ2匹よりも多いのかもしれない。
なお、去年、イナゴ1匹を数時間で完食したコガネグモの場合は小型のイナゴで、今回は大きめのイナゴなんだが、それにしても結果の差が大きすぎる。ちゃんとコガネグモの空腹度、コガネグモとコガネムシやイナゴの体重、気温、陽当たりの良さなどを揃えないときれいなデータは得られないのかもしれない。まあ、そういう精密な実験は論文屋さんにお任せしよう。ただの自転車乗りがやるべきことではあるまい。
今日も3匹のコガネグモにそれぞれ2匹のコガネムシをあげたのだが、そのうちの1匹は二匹めのコガネムシに対して、ろくに捕帯を巻きつけようともせずに円網から外して捨ててしまった。どうにも今年のコガネグモたちは予想通りの行動をしてくれない。クモの食欲を見切る能力が必要なんだろうなあ。
午後4時。
2時間くらいは眠れたのだが、咳が出る。咳が止まらないようなら椅子に座ったまま寝よう。
午後7時。
スーパーの北側の角にいたオオヒメグモがいなくなっていた。
「卵囊を守るクモ」が好きな人間が多いのは承知しているが、一度に数十個、一生に数百個の卵を産むクモが、なぜ卵囊を守る必要があるのかを論理的に説明できる人間がいたらお目にかかりたいものだな。ああっと、ついでにサケやウナギが卵を守らない理由も説明してもらいたいなあ。あっはっはっはっは。
8月16日。曇りのち晴れ。最低24度C。最高30度C。
午前3時。
咳が出始めたので起きてしまう。多分、昼頃になれば眠れるだろう。
玄関ではマダラヒメグモの左前隅ちゃんの不規則網に雄らしいクモが侵入していた。それに対して左前隅ちゃんが数歩踏み出すと、雄は静かに向きを変え、不規則網の外へ向かって歩き出した。
この雄はそのまま壁伝いに体長2ミリほどの子の不規則網にも侵入したのだが、2ミリちゃんはまったく反応せず、雄も立ち止まる様子も見せないまま不規則網を横切って行った。おそらく、この子は幼体だったんだろう。オトナの体長でもないし。
この行動について考えてみると、第一に、雄は不規則網に侵入しただけで網の主がオトナの雌か幼体かがわかるのではないかという気がする。多分、不規則網の糸の匂いが違っているんだろう。
第二に、オトナの雌に対しては慎重に近寄ってみるようだ。それで雌に攻撃的な態度を取られたらおとなしく退散。そうでなければさらに近寄って、最終的には交接するのだろう。
あえて擬人化するなら、マダラヒメグモの男たちはオトナの女性の家を訪問しては「男はいりませんか」と売り込み、「間に合ってます」と断られたら次の家に向かい、「あら、いい男。ぜひお願いするわ」と言われたらベッドイン、というところだろう。〔…………〕
2回交接することにどんな意味があるのかは今のところわからないが、面白いシステムである。
午後5時。
咳が出て目が覚めた。4時間くらいは眠れたと思う。
8月17日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高34度C。
午前1時。
「咳喘息」で検索してみたら「自然治癒まで6ヶ月」なんて記事が出てきた。夜中から朝にかけて眠れない状態が6ヶ月も続くというのなら死んだ方がマシだな。今のところ、あと2年でやるべきことはすべてやり終える予定だから、そうしたら死ぬことも考えよう。……楽になりたい。
午前2時。
コンビニの店先にいたコガネムシは6匹だけだった。その代わり、コンビニの店先とスーパーの周辺でイナゴを7匹捕まえた。
午前5時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんが8回めの産卵をしていた。ただし、その卵囊の直径は1個めの半分くらいしかない。ダンゴムシをあげても捕食しないしなあ……。
午前6時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんの隣に細め体型のクモがいた。多分雄だろう。しばらく観察していると、右奥ちゃんは数センチ離れたり、脚が絡められる距離まで近づいたりというのを繰り返している。それに対して雄はほとんど動いていない。
これもおそらく、求愛行動なんだろう。雌の方が積極的に動くというのは珍しいパターンかもしれないが……。ああっと、もしかしたら「さっさと出て行きなさい! 出て行かないとひどい目に遭わせるわよ!」と言っていたのかもしれない。雄の方はそれが虚勢だとわかっているからまったく気にしない、とか?
人間にクモの心を理解することなどできるわけがないのだよなあ。もういいや。出かけよう。
午前6時。
光源氏ポイントにいるジョロウグモのダイ姉ちゃんの隣に、やや小型で脚の色が薄いジョロウグモが寄り添っていた。多分雄だろう。さすがはダイ姉ちゃん。手が早い。〔その表現は不適切だぞ〕
ああ、確かにジョロウグモには手がなかったなあ。〔…………〕
ダイ姉ちゃんとチイ姉ちゃんは円網を張っていなかった。ガをあげたのは2日前だから、脱皮が近いんじゃないかと思う。
持参した体長17ミリほどのガは妹ちゃんにあげておく。
午前7時。
用水路ポイントにいるナガコガネグモ1匹とコガネグモ5匹に、それぞれイナゴを1匹ずつあげた。
持参したコガネムシ各種12匹は来年のためにリリースする。
午前9時。
行き倒れのかなり大型のガを見つけた。面白いのはその胸部背面で、白地に黒で口ひげを生やしたヒトの顔のような模様がある。体型はスズメガの仲間のようだが、種名まではわからない。
午前11時。
胸が痛い。咳も痰も出る。
何よりも夜中から朝までは咳が出始めるまでしか眠れないのがつらい。昼寝しても2時間くらいで咳が出るし。
午後3時。
咳が出て目が覚めた。2時間くらいは眠れたようだ。
午後8時。
マダラヒメグモの右前隅ちゃんにダンゴムシをあげた。右前隅ちゃんが住居から出てきたのでわかったのだが、右前隅ちゃんの隣に同じくらいの体長のクモがいた。もしかするとこれは右奥ちゃんといちゃついていた雄かもしれない。そういうことであるならば、徘徊しながら手当たり次第に雌と交接しまくるという、見事な博愛主義者である。人間の雄も見習うべきだな。〔いやいや、人間は一夫一婦制が基本だから〕
午後11時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんが11回めの産卵をしていた。
8月18日。晴れのち曇り。最低24度C。最高33度C。
午前1時。
コンビニの店先でコガネムシの仲間を14匹捕まえた。夏はまだ終わらないようだ。
午前5時。
4時間も眠ってしまったせいか、咳が止まらない。2時間単位で眠るべきかもしれない。
左前隅ちゃんが動きまわっている。どうも壁から少し離れた位置にあった卵囊を壁際に移しているのらしい。
午前6時。
光源氏ポイントではジョロウグモのダイ姉ちゃんもチイ姉ちゃんも円網を張っていなかった。
ジョロウグモの消化能力はコガネグモ科のクモより劣っているような気がする。小型の獲物を狙うのなら強い消化能力も必要ないだろうし、古い円網、つまり消化し難い繊維状のタンパク質を食べようとしないのもそれで説明できる。「お菓子がなくてもパンなんか食べないわよ」というタイプのクモなのである。
それでいて個体数でコガネグモ科のクモを圧倒できているのは、成体になってから産卵するまでの時期をずらして他の大型クモたちとの競合を避けることに成功したからだろう。街を出て荒野に向かい、「この荒野はすべてあたしのものだー!」と宣言するような生き方だな。
妹ちゃんの円網にも雄が入り込んで……というか、雄が円網の中心部にいて、妹ちゃんは上端近くに追いやられている。念のために円網にガを投げ込んでも、近寄ってきたのは雄の方だった。
今日は体長20ミリほどのアブも1匹持ってきてしまったのだが、食べてくれそうな子がいない。しょうがないので、少し余計めに弱らせてから体長12ミリほどのジョロウグモの幼体の円網に投げ込んだ。もちろん無視されてしまったが、「安全に仕留められる」と判断したら食べてもらえるだろう。
※2時間後には食いついていた。
午前7時。
用水路ポイントで新たなコガネグモの卵囊を1個見つけた。背の高い草の葉陰に取り付けてあったので発見が遅れたのだ。
円網を張り替えていたコガネグモは4匹だけだった。大量に余ってしまったイナゴやコガネムシはリリースしてしまう。ここで産卵してもらえば、来年現れるコガネグモたちも獲物に困ることはあるまい。
午後4時。
2時間くらいは眠れたようだ。咳もさほど出ない。今日は75キロ走ったから、それが効いたのかもしれない。気管支に異常を抱えたままサイクリングするのはかなり苦しいんだが……。
午後8時。
マダラヒメグモの右奥ちゃんの卵囊が2個になっていた。
8月19日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高34度C。
午前1時。
咳が出て目が覚めた。眠くてたまらん。
午前2時。
マダラヒメグモの左前隅ちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んだのだが、捕食してくれない。夏に活動が低下したという観察例は他にもあるらしいからマダラヒメグモも夏バテするのかもしれない。
午前5時。
咳が出る。血圧も高い。
午前10時。
光源氏ポイントではジョロウグモのダイ姉ちゃんが円網を張っていた。体長15ミリほどのガをあげる。チイ姉ちゃんと妹ちゃんは円網を張っていない。
行き倒れのミンミンゼミを見つけたので撮影していると、脚を少し動かした。なんと、まだ生きているじゃないか! これは大変だ。食いついているアリを払いのけて、近くにいた体長20ミリほどのナガコガネグモの円網にそっと落とし込んだ。
こんな大型の獲物がかかるとしおり糸を引いて逃げてしまうナガコガネグモも多いのだが、この子は「逃げちゃだめだ」とばかりに踏みとどまった。今のところ、捕帯を巻きつける様子はないが、「安全に仕留められそうだ」と判断すれば捕食してくれるだろう。
※1時間後に見た時には捕帯を巻きつけていた。
午前11時。
用水路ポイントで円網を張り替えていたコガネグモは2匹だけだった。それぞれイナゴをあげておく。
コガネグモもイナゴを狙えば、コガネムシのように大量の捕帯を巻きつける必要がないから楽ができるはず……なのだが、コガネグモ成体の出現期は5月から9月なのである。それに対して、バッタ科イナゴ亜科のハネナガイナゴもコバネイナゴも成虫の出現期は8月から11月なのだ。つまり、コガネグモが5月にオトナになっても、その円網にイナゴが飛び込んで来ることはあり得ないのである。
※ツチイナゴやクビキリギスのように成虫で越冬できるバッタもいるのだが、ハネナガイナゴやコバネイナゴ、コガネムシの仲間ほど生息数は多くない。それに、これらのバッタを狙うならナガコガネグモのように、もっと低い位置に円網を張るだろう。
そして、ナガコガネグモ成体の出現期は8月から11月。代表的なイナゴ成虫の出現期にぴったり重なっている。見事な棲み分けである……と言いたいところだったのだが……。
今日もコガネムシが余ったので、ポリ袋をひっくり返してリリースしたら、そのうちの2匹がナガコガネグモの円網に飛び込んでしまった。しかも、円網を突き抜けることもない。それぞれのナガコガネグモはあっさりとバーベキューロールでぐるぐる巻きにしてしまった。
なぜこうなるかというと、飛行中のコガネムシは折りたたみ式の後翅を広げて羽ばたいているので、作者が投げ込む時よりも多くの糸がその運動エネルギーを受け止めることになるからだろう。まったく……なんで今頃になって、こんな重大な見落としに気付いてしまうんだか……。大っ嫌いだ! クモの神様なんか。
※帰宅してから実際にコガネムシの後翅の幅を測ってみると、体長約21ミリ、幅11ミリのコガネムシの後翅の左右の端までは約50ミリだった。翅を広げたモンシロチョウよりやや小さいという程度だ。
なお、ナガコガネグモの円網は、コガネムシの仲間の飛行高度よりかなり低い位置に張られていることが多い。
午後1時。
久しぶりにパンクした。いつもならたいしたことではないんだが、この時間帯の気温は33度Cだったらしい。サイクリング中は風の中にいるのであまり暑さを感じないせいもあって、ただのパンク修理がかなりキツかった。夏場は昼過ぎまで走らない方がいいな。〔年寄りの熱中症だぞ〕
8月20日。晴れ。最低24度C。最高35度C。
午前6時。
光源氏ポイントの手前の水田脇でコガネグモを1匹見つけた。隠れ帯は下側に1本と半分。イナゴをあげておく。
その近くの電柱ではコガネグモの幼体がまばらなまどいを2個形成していた。卵囊は1個しか見当たらないから、2つのグループに分かれたのかもしれない。
円網にジグザグのリング状の隠れ帯を付けているナガコガネグモを見つけた。お尻は丸くなっていないので、念のためにイナゴをあげたのだが、知らん顔をしている。隠れ帯2本以上に食欲がないようだ。
ジョロウグモのダイ姉ちゃんに体長20ミリほどのバッタをあげた。ところが、ダイ姉ちゃんはいったんはバッタの頭部に牙を打ち込んだものの、バッタを置き去りにして、バッタが自切した後脚をホームポジションに持ち帰ったのだった。まあ、小物狙いのジョロウグモらしい行動ではあるのだが。
チイ姉ちゃんも円網を張っていたので、体長15ミリほどのガをあげた。
妹ちゃんの近くには脱皮殻があった。明日辺りから円網を張るんじゃないかと思う。何か適当な獲物を用意できるといいのだが……。
ミンミンゼミをあげたナガコガネグモは隠れ帯を下側に1本だけ付けていた。ただし、円網がだいぶ汚れているから、今朝は張り替えなかったという可能性もある。
午前7時。
用水路ポイントの道路標識の裏に取り付けられているコガネグモの卵囊は4個になっていた。
その近くにいるコガネグモは円網の横糸をすべて外してしまっていた。完全な絶食体勢である。道路標識の卵囊がすべてこの子のものであるならば、卵巣内の卵を使い切って「いいクモ生だったわ」という心境になっているのかもしれない。ただし、お尻がまん丸なので、単なる腹ごなしという可能性もないとは言えないかもしれない。
今日は、この子も含めて円網を張り替えていなかったコガネグモが3匹。張り替えた円網に隠れ帯を付けていない子と下側に1本だけ付けている子が1匹ずつだった。この2匹にはイナゴをあげておく。
自販機の前で休憩していて、ふと上を見ると、体長15ミリほどのオニグモが2倍くらいの体長のバッタらしい獲物を仕留めていた。ただ、平屋の屋根くらいの高さにある円網なので細部までは見えない。デジタルズームを使って撮影しても、画像がザラザラで丸い物と細長い物があるという程度のことしかわからない。なお、近くの地面にはコガネムシの鞘翅が残っている肉団子状の食べかすも落ちていた。
円網を張る場所と横糸の間隔、狩りの様子などから考えてオニグモが狙っているのはガだと思うのだが、オニグモというのは「お菓子がないのならパンでも米でもイモでも食べちゃうわよ」という庶民的なクモらしいのである。この好き嫌いの少なさこそが、6月から10月までという円網を張るクモとしてはかなりの長期間にわたって成体が出現できる要因の一つなのだろう。
※新海栄一著『日本のクモ』では、コガネグモ成体の出現期は「5~9月」、ナガコガネグモは「8~11月」、ジョロウグモは「9~11月」とされている。
コガネグモの「5~9月」が気になったので『昆虫エクスプローラ』というサイトで調べ直してみたら、コガネムシの出現期は「5~8月」、マメコガネが「5~10月」、シロテンハナムグリが「5~11月」などと、コガネグモの獲物は十分にいそうなことがわかった。ちゃんと調べないといかんなあ。
なお、作者はイナゴの季節にはコガネグモにもイナゴをあげてしまうのだが、イナゴは本来歩いたり跳ねたりする昆虫なので、高い位置にあるコガネグモの円網に飛び込むというのはかなり不自然な状況である。コガネムシを2匹投げ込むよりもイナゴ1匹の方が楽なのでやってしまうのだがね。
8月21日。晴れのち雨。最低25度C。最高35度C。
午前1時。
咳が出て目が覚めた。4時間くらい眠ると咳が出るというパターンかもしれない。
午前10時。
ジョロウグモのダイ姉ちゃんとチイ姉ちゃんの円網にガを投げ込んだのだが、知らん顔をされてしまった。この時間でも気温は33度Cになっているという話だから、あまりに暑いので仕事する気になれないということなのかもしれない。もっと涼しい時間帯にあげてみようかねえ。
また間違えた。用水路ポイントで円網の横糸を外していたコガネグモがバッタを仕留めていたのだ。お尻も薄べったくなっているから、横糸を外したのは産卵前の絶食だったんだろう。
お尻が薄くなっていたコガネグモはその他に2匹いた。ただし、卵囊は見つけられなかった。丸1日姿を見せなかった子もいるから、往復と産卵で24時間かかるような場所まで出かけていたのかもしれない。
その他に草葉の陰で見守っている子が――。〔やめんかい!〕
もとい、草葉の陰で涼んでいる子が1匹いた。
この時期でも、すでに体長5ミリほどになったコガネグモの幼体が円網を張っている。
午後11時。
目が覚めた途端に咳が出た。4時間くらいは眠れたようだが。
8月22日。晴れ時々曇り。最低24度C。最高31度C。
午前6時。
光源氏ポイントには体長4ミリほどのゴミグモがいた。来年が楽しみだ。
チイ姉ちゃんの円網にアオバハゴロモを投げ込んだのだが、無視されてしまった。お尻も食も細い子である。
ダイ姉ちゃんには体長5ミリほどのアリをあげた。
体長15ミリほどのジョロウグモの幼体には体長20ミリほどのバッタの子虫をあげた。するとこの子は、円網に穴を開けながら慎重に獲物に近寄って、脚先でチョンチョンしてどれくらい暴れるかを確認し、それから第一脚
の爪を獲物に引っかけて引きつけながら、同時に素早く踏み込んで牙を打ち込もうとしたものの、牙が届かないという失敗を繰り返し、それでも何回か試みているうちにやっと牙が届いて、第一脚と第二脚を高く上げたのだった。
そんな苦労をすることになっても、強力な捕帯を捨てるという生き方を選んだのがジョロウグモなのである。
午前7時。
用水路ポイントにいるコガネグモ4匹のうち、円網を張り替えていた子は2匹だけだった。それぞれ大きめのイナゴを1匹ずつあげておく。
イナゴは可食部分が多いようだから、1日か2日は獲物をあげなくてもいいかもしれない。
午後5時。
ピークフロー値は毎分480リットル。ほぼ標準値だ。後はのどの痛みと咳と痰が出なくなれば回復したと言えるだろう。
8月23日。曇りのち晴れ。最低25度C。最高35度C。
午前1時。
コンビニの店先にいたイナゴは1匹だけ。コガネムシの仲間も6匹しかいなかった。その他に体長25ミリほどのセミが1匹。
マダラヒメグモの右奥ちゃんは3個めの卵囊を造っているところだ。
左前隅ちゃんの不規則網にダンゴムシを落とし込んでみたのだが、まったく反応しない。「いいクモ生だったわ」状態のような気もする。
※30分後に確認すると、ダンゴムシは60センチくらい移動して右前隅ちゃんに仕留められていた。
午前10時。
4時間くらいは眠ったはずだが、咳が出ない。やっとここまで来たんだなあ。
午後5時。
2時間くらい眠ったら咳が出た。あっはっはっはっは。
8月24日。晴れ。最低26度C。最高35度C。
午前2時。
コンビニの店先でコガネムシの仲間を11匹捕まえた。夏が終わらん。
イナゴは3匹しかいなかった。しかも2匹は交尾していたので見逃す。イナゴを捕食できるようなクモも多くはないし。
午前6時。
ジョロウグモのダイ姉ちゃんのバリアーには雄が2匹同居していた。体長15ミリほどのガをあげておく。
チイ姉ちゃんは30センチくらい引っ越したらしかった。円網のサイズが縦30センチ、横40センチくらいまで大きくなっていたから、円網を大きくするために引っ越したのかもしれない。そしてチイ姉ちゃんは3匹の雄を同居させていた。いつの間にかダイ姉ちゃんを追い越している。たいしたものだ。体長20ミリほどのバッタの子虫をあげておく。
妹ちゃんは円網を張っていなかった。
午前7時。
用水路ポイントにはコガネグモが4匹いた。ただし、姿を消した子と帰って来たらしい子が1匹ずついる。
1匹めの子には大きめのイナゴをあげた。
2匹めの子には体長25ミリほどのセミをあげておいて、捕帯の巻き付けが終わったところでお代わりのコガネムシをあげた……のだが、コガネムシが円網を突き抜けてしまう。どうも円網が垂直面から30度くらい傾いているので、コガネムシを支えきれないのらしい。3回めには成功したのだが、糸1本でぶら下がったような状態だったので、指先でツンツンして横糸数本に押しつけた。
3匹めの子には小さめのイナゴをあげておく。
四匹めの子は円網を張り替えていなかったが、その近くにあった卵囊の周囲では子グモたちが密集したまどいを形成していた。
二日前には丸かったお尻が細くなっていたナガコガネグモもいたのだが、卵囊は見つけられなかった。ナガコガネグモの場合は基本的に来年の5月頃に出囊だから、あまり簡単に見つけられるようでは捕食されてしまいやすいんだろうな。
クモをつつくような話 2025 その3に続く