第4話:泡を監視する者
泡の秩序を監視する存在、“神の代行者”がついに姿を現します。
彼女の登場が、この止まった世界にどんな変化をもたらすのか――どうぞお楽しみください。
静かな朝だった。
――もっとも、この世界に「朝」という概念があるかはわからないが。
泡の都市は、今日も同じ記録を繰り返していた。
人影が通り、動作をなぞり、笑い、泣く“フリ”をしている。
それは生命ではなく、ただの記録の再生だった。
俺はセラと並んで、泡の縁に腰掛けていた。
この世界で唯一、風が吹くように感じる場所。
泡の境界に近づくと、空気が微かに揺れることがある。
「昨日のこと……」
俺が言いかけると、セラは先に口を開いた。
「“観測者”は、きっともう動き始めてる。
あの歯車が揺れたのは、反応の兆し。
泡の構造に触れた瞬間、その振動は必ず“記録外”として検知されるの」
「つまり……俺はもう、目をつけられてるってことか」
セラはこくりと頷いた。
その表情には、恐れはない。だが、緊張は隠しきれていなかった。
「観測者って、どんなやつなんだ?」
俺の問いに、セラは小さく息を吐く。
「姿は、泡によって違うけれど……
この泡には、ひときわ強い存在が配置されてる。
秩序を監視し、崩壊を阻む“神の代行者”。
名は――フィオナ・ルクス」
「名前があるのか、そいつにも」
「あるよ。記録の世界でも、彼女は特別な存在だった。
本来の記録には“いない”はずの存在。後から書き加えられた、監視のためのイレギュラー」
つまり、バグ対策のセキュリティみたいなもんか。
記録の秩序を守るために、誰かがあとから用意した“刺客”。
なら俺は、間違いなくそいつから見れば“異物”だ。
空を見上げる。
あの歯車の空に、まだ震えはない。
だが――いつまた揺れるかわからない。
この泡の中で、俺たちを“見ている目”がある。
「それでも、俺は止まるつもりはない」
言葉に出してみると、意外なほど自分の声は静かだった。
「刻印がある以上、俺はこの世界の外側に出なきゃならない。
この“閉じられた今”を、壊す必要があるんだ」
セラは少し目を見開いて、それから――微笑んだ。
「……やっぱり、君は“君”なんだね」
「は?」
「その言葉、昔も同じように言ったの。
記憶はないけど、胸の奥に残ってるの。君の声」
それは、あまりに曖昧で、夢みたいな話だった。
でも――なぜか、嘘じゃない気がした。
そのとき、泡の地面が微かに揺れた。
地響き。
いや、“音がない世界”では、視覚と感覚でしか察知できない震動。
「来る……!」
セラが息を呑んだ瞬間だった。
泡の奥、記録の都市の中心――虚空から、一つの影が立ち上がった。
それは人型のようでいて、どこか現実感がなかった。
光を帯びた衣装。動かぬ瞳。
そしてその手に握られた、長い銀の槍。
彼女は、ただ立っていた。
けれど、そこにあるのは“存在感”というよりも、“警告”だった。
「――あれが、フィオナ・ルクス」
セラの声が震える。
これまでどこか浮世離れしていた彼女が、初めて明確に“恐れ”を見せた。
「接触しなければ、まだ大丈夫。
でも、あの距離でこっちを見てる……もう、“記録外”としてマークされた」
刻印が、微かに疼いた。
まるで俺に、「次の扉が近づいている」と告げているかのように。
俺はフィオナを見据え、静かに息を吐いた。
この世界は閉じられている。
だが、それを壊すために“俺”はここにいる。
――ようこそ、観測者。
次に動くのは、俺だ。
最後までお読みいただきありがとうございました!
徐々に迫る“秩序の番人”と、世界のほころび。
次回はついに観測者との対話が始まります。
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