第3話:刻印と泡の檻
世界の構造に踏み込みつつ、アークが“泡の境界”に干渉する重要な回です。
少しずつ世界が反応を始める気配と、不穏な予兆にご注目ください。
――この世界は、閉じている。
それを最初に感じたのは、空を見上げたときだった。
ガラスの泡。
都市のすべてはその内部に封じられ、空は天井のような球体の境界で遮られている。
その内側には、止まった人々、再生される光景、
そして、音のない“今だけ”が存在していた。
「この泡って……出られないのか?」
問いかけると、セラはゆっくりと首を横に振った。
「基本的には、誰も出られないよ。
泡の境界は、“記録”そのもの。内側の人間は、それを越えることができないの」
「でも、俺は……」
俺の左手には、青白く輝く**刻印**がある。
あのとき、この手が反応して、世界が“歪んだ”のを確かに感じた。
あれは偶然じゃない。
「君の刻印は、“外側”を触れる力を持ってる。
泡の境界を、一時的に“割る”ことができるの」
セラがそう言った瞬間――俺の視界の端で、何かが揺らめいた。
「……やってみて。泡の壁に、手をかざしてみて」
彼女の言葉に導かれるように、俺はゆっくりと壁に近づいた。
球体の内側は滑らかで、まるで水面のように淡く光を反射している。
その表面に、手を伸ばす。
――左手の、刻印が触れる。
その瞬間だった。
バチッ
光のノイズが走った。
泡の内壁が、まるで生き物のように振動し、
中から聞こえるはずのない音が、俺の頭に“響いた”。
「……っ、今の音……!」
「刻印が、記録に干渉したの。
そのときだけ、少しだけ“時間”が動くのよ」
「つまり、俺は……この世界の法則を壊せる?」
言葉にしてから、自分でもその意味に驚いた。
泡の世界では、すべてが止まっていた。
人々は感情もなく、ただ記録のなかを歩くだけ。
それを“越える”ことができる――それが俺の刻印。
「君の刻印は、“今”を呼ぶための鍵」
セラは、どこか誇らしげにそう言った。
けれど、すぐに表情を曇らせる。
「でも……それは、危険でもあるの」
「危険?」
「君が世界に干渉するたび、“外側”の存在に気づかれる。
この世界を守ろうとする“何か”が動き出すの」
言葉にできない寒気が背筋を走った。
「おい……“外側の存在”って、なんだよ」
セラは答えなかった。
代わりに、小さな声でつぶやく。
「この世界には、“神の代理”がいる。
記録を守り、秩序を維持するために作られた、観測者」
「……観測者?」
「私たちの動きが、彼らにとって“ノイズ”になれば……」
そのとき、泡の天井が、わずかに軋んだ。
見上げた空には、回るはずのない歯車が、ほんの一瞬だけ、震えていた。
気のせいではない。
世界が、俺たちを見ている――そんな錯覚。
「戻ろう、アーク。今日は、もうこれ以上触れちゃだめ」
セラの声が、珍しく強かった。
俺はうなずき、泡の中心へと戻る。
その背中越しに、もう一度だけ振り返った。
泡の壁には、俺が触れた痕跡が、かすかに残っていた。
歪みは、確かに世界に刻まれていた。
そしてそれは、すでに“誰か”に届いてしまったかもしれない――。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます!
止まっていたはずの世界に、アークの“刻印”が揺らぎを生みました。
次回はいよいよ、“観測者”と呼ばれる存在の影が動き始めます。
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