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クロニクル・ゼロ《刻印者の黙示録》 (加筆修正版)  作者: 52hz
第一章:記録のない世界で、目覚めた僕は
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第2話:名もなき少女と、神の器

時の止まった世界に現れた、白髪の少女・セラ。

自らを“神を封じる器”と語る彼女と、アークの出会いが描かれます。

記録の世界に差し込む“記憶”の気配――静かな対話の中に、確かな違和感が芽生えていきます。




 白髪の少女は、泡の世界の中に、ただ一人立っていた。


 白いローブの裾がふわりと揺れる。

 風もないはずのこの世界で、彼女だけが“時”をまとうようにそこにいる。


 


 俺は思わず、視線をそらしていた。

 理由は、自分でもわからない。ただ、彼女の目がまっすぐすぎた。


 


「……なんで、俺の名前を?」


 


 言葉にしても、音にはならない。

 けれど、彼女にはちゃんと届いたようだった。


 


「君の名前は、最初から私の中にあったの」


 


 柔らかい声。感情があるようで、どこか人間離れした響き。

 何より、理解できない言葉を、当然のように話すその姿が不気味だった。


 


「“中にあった”? 何言って……」


 


「私は、《器》なの」


 


 彼女の声に割り込むように、頭の奥でノイズが走った。

 言葉の意味が、まるで直接脳に焼きつくような感覚。


 


「神を封じる器。

 それが、わたしの役目」


 


 ……神? 封じる?

 唐突に過ぎて、思考が追いつかない。


 けれど、彼女の顔は真剣そのもので――何より、嘘をついているようには見えなかった。


 


「じゃあ……お前は、“人間”じゃないのか?」


 


 問いかけた俺に、彼女は少しだけ首をかしげる。


 


「人間……それが何か、わたしはよく知らない。

 でも、君が“動いている”のが、すごく……嬉しいと思ったの。

 この世界では、とても珍しいことだから」


 


 彼女の表情はどこか無垢で、まるで“感情”というものを覚えたばかりのようだった。


 それが余計に――異質だった。


 


「他にも、誰か“動いている”やつがいるのか?」


 


 そう訊くと、少女はしばらく黙ってから、ぽつりと答えた。


 


「……いたけど。もう、“泡”に還っちゃった」


 


「泡に……?」


 


 彼女は視線を空へ向けた。

 そこには、巨大な泡の一つが浮かんでいる。

 中には、かすかに見える、誰かの影。


 


「泡はね、記録を包む“檻”なの。

 過去が終わらないように閉じ込めて、

 中にいる人たちは……ただ繰り返すだけ」


 


 そこで、ふと俺の脳裏に、泡の表面に浮かんだ“映像”がよみがえる。


 誰かが笑い、誰かが泣き――でもそれは、何の反応も起こさなかった。

 ただ再生されているだけの、記録。


 


「でも君は違う。君だけは、“今”を持ってる」


 


「……“刻印”のことか?」


 


 俺の左手に刻まれた紋章。

 それが何かはわからないけど、確かにこの世界の法則を壊せた。


 歯車が共鳴し、世界が“動いた”。


 


「うん。君の刻印は、泡の檻を越える力を持ってる。

 刻印者クロニクル――それが、君」


 


 彼女の口からその言葉が出た瞬間、

 世界が、ほんのわずかに震えた気がした。


 


「……どうして、そんなこと知ってる?」


 


 警戒して尋ねる俺に、彼女は一歩、近づいた。

 その動作に、恐怖は感じなかった。ただ――妙な安心感があった。


 


「知ってる、んじゃなくて……思い出したの。君を見て」


 


「思い出した? お前にも“記憶”があるのか?」


 


「……ないよ。器だから、何も持っちゃいけない。

 でも、君のことだけは……名前も、声も、光も――全部、胸の奥に残ってた」


 


 彼女の目がわずかに揺れた。


 感情がないはずのこの世界で、それは確かに“心”の反応に見えた。


 


「……じゃあ、名前を教えてくれ」


 


 俺は訊いた。彼女の名を、知りたかった。


 けれど。


 


「わたしの名前は……」


 


 その瞬間、彼女の唇が動いた――が、

 その声はまるで、“文字化け”のように、崩れて聞き取れなかった。


 


「……え?」


 


「ごめん。どうしても、“名”だけは外に出せないみたい。

 だから……今は、仮の名前で呼んで。

 セラ、って」


 


「セラ……?」


 


 彼女――セラは、静かに笑った。


 


「君が、つけてくれたの。

 昔――まだ、記憶が記録になる前の、遠い昔に」


 


 また、理解できないことを言っている。


 けれど、彼女のその微笑みに――どこか、懐かしさを感じてしまった。


 


 この世界は狂っている。

 けれど、この少女だけが、唯一の“生”を感じさせる存在だった。


 


「セラ……わかった。じゃあ、その名前で呼ぶ」


 


 彼女は嬉しそうに頷いた。

 その動きには、確かな“今”があった。


 


 刻印者。

 神の器。

 記録の世界に生まれた、“今”の交差点。


 


 俺と彼女の物語は、まだ始まったばかりだ。


最後までお読みいただきありがとうございます!

少しずつ動き出す世界と、記憶を持たぬ人々――

彼らの“静寂”に違和感を覚えるあなたは、もう刻印者かもしれません。


今後も世界の謎やキャラたちの運命が、少しずつ交差していきます。

応援やブックマーク、感想コメントがとても励みになります!

よければ、次回もぜひ読みに来てください!


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