招かれざる者の正体
―夕日が顔を出し始めた頃、男が意識を取り戻した。
「……ん。……ここは」
男は目を開け、ゆっくりと上体を起こす。
「起きたか。人間」
彼らの近くで見張りを任されたフェンが男に話しかけた。
フェンに気づいた男は、急に視界に現れた彼に驚き勢いよく体を起こす。
同時に着ている鎧がガシャンと音を鳴らした。
「フェンリル!?どうして、こんなところに聖獣が……!」
「まあ、驚くのも仕方あるまい。ここは本来魔獣の住む森だからな」
そう、この暗闇の森は、魔獣たちが住む森のため、聖獣と呼ばれる種族はいないはずなのである。
男の反応になるのも無理はない。
「ではなぜ聖獣であるあなたがここに……って、人間と言葉を交わせるのですかっ!」
フェンと普通に会話をしていることに驚き、思わず声を上げた。
「まぁ、私のように力のある者に、人間と言葉を交わすことなど容易いものだ」
彼は得意げな顔でそう言った。
「私がなぜここにいるのか、だったか?それについてはいずれ分かる」
フェンが男の質問に答え終えると、男は突然、彼を前に跪いた。
「申し遅れました。セレイム王国、竜騎士団団長。カイン・アルバートと申します。まだ眠っている、こちらは私のパートナーの聖竜です。この度は、私たちを助けていただきありがとうございます」
ブルーアッシュの髪色と吸い込まれそうなほどの黒い瞳が特徴的なこの男は、カイン・アルバート、そう名乗った。
また彼と一緒にいる、淡い翡翠色の鱗をまとったドラゴンは、聖竜という聖獣の上位種だった。
セレイム王国とは暗闇の森から北西に位置する、自然豊かで、人々の活気に溢れる国だ。
レイも薬草や、それらから作った薬を売るのに訪れる場所でもある。
重症だった彼らが、竜騎士と聖竜だという、フェンの推測は当たっていたようだ。
それから、カインが彼に対してこれほど畏まるのには訳がある。人間は聖獣を崇める文化があり、またフェンリルなどの最上位種に対して到底敵わない。そのため、弱い立場の人間側は、その力の差を言葉と態度で示すのだ。
「ふむ。セレイム王国の者か。私のことはフェンと呼んでくれて構わない。それから、お前たちを助けたのは私ではない」
「違うのですか?では誰が。それに、貴方は名をお持ちで?ということは人間と契約しているのですか?」
カインは、状況が上手く飲み込めず、質問が止まらない。
「ああ、そうだな。私は人間と契約しておる。私の契約者は、そこで釣りをしているあの娘だ。それから、お前たちを助けたのもあの子だ」
フェンは湖で釣りをしているレイに視線を向けた。彼はそのまま、彼女のいる方へ向かって歩く。
カインは、フェンリルが契約獣であること、またこの森に人がいることに驚き、放心状態になってしまった。
「レイ。起きたぞ」
フェンはレイの傍にたどり着き、彼女に声を掛けた。
「見張っててくれて、ありがとう、フェン」
彼の呼び掛けに、レイが釣りをする手を止め、釣った魚を入れた箱と、釣具を片付けて、二人でカインたちの方へ戻る。
「見張り代は、肉でいいぞ」
戻る道中、フェンがそんな冗談を言う。
「ふふ。分かったわよ。今日のお肉は多めにしてあげる」
レイは、彼の我儘を優しく受け入れた。
「よし」
言った本人は、冗談ではなく本気だったようだ。
「あの子はまだ起きてないみたいね」
レイは、未だ目を覚まさない聖竜に視線をやった。
聖竜は深く眠っている。まだ、目を覚ます様子はない。
「そうだな。相当体力を消耗しているようだ。しばらくは起きないだろう」
「傷の方はどう?一応、癒しの力ヒールはかけたけど」
カインのもとへ着いたレイは彼を前に屈み、不愛想に言葉をかけた。
「あ、あぁ。すっかり良くなったよ。ありがとう。私は、セレイム王国の竜騎士、カインだ。それと、今眠っているのが、私のパートナーの聖竜。先日の戦いで私たちは敵の攻撃を受け、ここに落ちてしまったんだ。私たちを助けてくれたこと、大変感謝する」
カインは座りながらではあるが、レイたちに深々と頭を下げた。
「一つ聞きたいのだが、君はずっとここに住んでいるのか?」
カインはレイに興味を示す。それもそのはず、この森に人が暮らしているという事は耳にしたことがないからだ。
「ええ」
カインには目を向けず、レイは短く返事をする。
彼女は隣で眠る聖竜の様子を調べている。問題はなさそうだ。
「そうか」
三人の間にしばらく沈黙が流れた。
すると、今まで眠っていた聖竜が、ゆっくりと目を開けた。
「目を覚ましたか!すまない、お前を危険な目に合わせてしまって」
カインが聖竜に触れる。すると、それに答えるように聖竜は彼にに頬ずりをした。
それを見たレイは、少し安心した表情を浮かべる。
「そう。あなたにとって、大事なパートナーなのね。リリィ」
―リリィ。レイはそう聖竜に向かって言った。




