五大乙女ヶ山
いつまでもいつまでも、ゴミはそこに集められていた。吐き溜め。肥溜め。屑地帯。通りがかる誰もが唾を吐く。まるで口内に溜まった穢れの感覚を吐き出すかのように。
「おい、曇ってきたな」
「荒れそうだな。防風砂林が欲しいよ」
「あぁ風が吹いてきた。嫌だなぁオイ。帰ろう」
彼らの地を喰らい尽くす為に、飛蝗艦隊は緩やかに降下を始めた。先遣隊が先である。
先遣隊はまるで巡航ミサイルのそれのように地上1m程度の高度を這うように飛行。やがて数十mまで迫り、そして神の意思が介在した彼らは目一杯フェロモンを焚き上げて本隊を誘導する。
「おい……アレ本当に雲か?」
「なんだァ……」
飛蝗艦隊は先遣隊、右左翼隊、後衛、本隊合わせ総数2400億匹。総重量480万tである。
大飢饉を齎す遣いの本隊は、ゆっくりと前から降下していく。
◆
「北西だったか?」
「そう。五大乙女ヶ山の三合目にある」
「合ってなんだっけ?」
「山を10等分した単位。三合は下から三等分目」
「なるほど」
ルベンとリウジェンは馬に跨り村を出発する。
ゆく道のほぼほぼが荒野だが、オアシスと村が点々とあるために馬の食べる水と草に心配が無かった。
勿論、非常時の為の馬糧と水も馬に積んでいる。
「しかし図書館なんて一大財産。武力による保護無しは有り得ん」
リウジェンが洩らす。
「そうだな……だが、大兵を引き連れて行く訳にも行かんだろ」
「次が控えてるし、補給がな……」
「それに、中途半端な強硬策は悪い方へ転ぶ。最初から柔和に行った方が物事の通ることもあるからな。喧嘩吹っ掛けるなよ?」
ルベンがニヤつくのを、リウジェンも買い言葉で嗤い返す。
「どっちがだよ。お前も大概すぐ頭に血が昇るじゃん」
談笑しつつ、かろうじて足跡によって維持されている交易道を進み、丸一日ほどで最初の村についた。
主に、輝く宝石がところどころの肌に埋まっている亜人で構成されるakrilojn族の村である。
「この宝石は、私達に生き血が流れている証なんです」
手のひらに埋まる、青く光る透明な宝石を触らせてくれた彼が言った。
「無理矢理引っこ抜くか私達が死ぬとね、これがぐずぐずに黒ずんで溶けるんです」
どういう機構なのだろうか。この骨より硬い硝子のようなのも内臓の一種なのだろうか。
太陽光を集めて中での青い乱反射を作る宝石に神秘を感じつつ、透明故に見える管と肉のグロテスクさに、生命を考えさせられた。
そしてやはり、十字軍の魔の手がこの地にも伸びていたらしい。彼らの宝石を売りさばこうとした愚かな騎士がいたのであろう。
「預言者様のお話はお伺いしております。不躾な質問ですが、私達は現世で救済されますでしょうか」
ニコニコとした声色、表情。だが、底知れぬ圧力。物悲しさ。彼は一体何を見てきたのだろうか。
「構想があります」
私は絞れるだけを絞り出した。
「構想……」
「今我らが村で諸族の長達が検討中である、万民救済の為の、力強く行われる“施策”の構想です」
ルベンは立ち上がり、太陽に向かって宣言するように力強く、しかし静かに語ってから宝石人の青年へ振り向いた。
宝石人の青年は何を思い出していたか、瞳が潤って、頬に涙の道の跡が出来ていた。瞼がしぱしぱ痙攣するかのように揺れ、唇を噛んでいる。
「その時まで、是非とも貴方々の御力をお借りしたい。救済の地盤が整うまでは」
それを強く見つめてから、ルベンは腰を折る。
すると青年は、涙をぼろぼろと流して預言者へ訴え始める。
「わ、私の……私には、婚約者がいて……それで、元服する頃に結婚する予定だったんです」
「ずっと、ずっと……物心つく頃ぐらい、昔から一緒で、妹みたいに可愛いがってきて……子供が出来て、大きくなったら家族で旅したいとか話してたんです」
「でも、でも、そうならなかったんです。そうはならなかった。あのクソ野郎共が……クソ野郎共がァァ……!」
肩を震わせ、地面を拳で振り下ろして打ち、雄叫びのように彼は泣いた。
「彼女が生きてるのか死んでるのかも分かりません……! 叶うことならば、私はただ、ただあの娘の顔が見たい」
「必ず、神の名の下にこの世全ての業を清算しましょう。我々の手で」
【神を畏れるように、神の使徒を畏れよ。彼の言葉は天上の言葉。彼を、彼の言葉を穢す時ほど、神への挑戦ととられることはない。天の怒りは津波が如く隕星が如く溶岩が如くすべて砕き飲み込む】
【審判を畏れよ。其れは神御国に昇る(際の)試練。主は零細で多き悪事を働きたる者を虫とし、巨大で少なき悪事を働きたる者を地底の拷問にかけられ、巨大で多き悪事を働きたる者は永遠に底の底となる】
【主は度々、救世主に審判を委ね任す。本当に主は使徒たる人に余りある権威をお預けなさる。預言者よ、(或いは)赦し、(或いは)首を斬り落とせ】
「私の目の玉が黒いうちに世界から偏狭、差別、迫害、搾取を永久に取り除きます。これは理想論でなく、圧倒的かつ現実的な力を以てです」
ルベンが天に手を伸ばして強く拳を握りしめると、血に濡れた岩が粉々に砕けて砂塵に隠れた。更に拳を解いてみると、砂塵は風に吹き飛ばされる。岩があったはずのそこには、雪国でしか咲かない待雪草という花が一輪だけあった。
「救済は愈々、到来しつつあります」
◆
『|加盟する諸大公国の為の諸条約会議《M G D T》』
チャレンジャー超大陸の中央から南端にかけてを支配する巨大な封建国家の群れがそれである。
国際的には、かつて大陸を併呑した『月と海と太陽の国』に一番近しい後継者であると目されており、その証拠に、古さびた兵営国家を率いる諸侯達はかの大帝国の貴族の血と伝統の流れを汲んでいた。
彼らは科学文明を穢れであると忌み蔑む。だがそれに頼らずとも魔法と奇跡の併用によって、充分過ぎるぐらいに物理で形作られた大陸西中央の『フラコノ=アイラロン協約』との冷戦を繰り広げれていた。
「飢餓等対策有事委員長たる卿の、忌憚なき意見を聞きたい」
現在ルベン達が居を構える村より南に7000kmほど。大公条約を批准するアウバルロ大公国。ただいま同国君主たる大公の諮問が行われている場所は、大公国枢密院庁舎である。
「……今回の蝗害は、我が国の建国……いや、帝国時代を含めましても1、2を争うほど深刻でございます。食糧備蓄を大放出しましても、甚大な被害を被るのは確実でしょう」
「我が軍を総動員して駆除に当たるのは賛成であるが……更に教会の兵団や冒険者ギルド、友邦諸国からの援助を要請してはどうか」
「恐らく、彼らも他に援助する余裕すら無いと思われます。大使館を通して要請してはみますが、期待はしない方が良いかと」
「……この際、首都や重要都市、要塞防空用の魔法壁を転用して使えぬか? 兵務相」
「はっ……恐縮の極みにございます。そうしますと国家安全保障上の問題が発生する恐れが」
「構わん。蝗害の最中に戦をする馬鹿はおるまい。他に問題が無いのであらば今すぐにでも勅令を出すが」
「承りました」
「他は決議通りでよろしい。大公国の興廃は、忠良なる百僚有司と陸海将兵、臣民庶衆にかかっていると心し、一切の手段を尽くして此の国難を破らんとせよ」
◆
同国より北数千km。平和を求めて不可触民達が北へ発った港町は、既に壊滅的打撃を受け死屍累々の様相に染まりつつあった。穀物どころか植物由来の建材、本、服、果ては人や家畜の肉、飛蝗の死骸に座礁した川魚ですらも飛蝗達に「食い繋いでいくにこれ幸い」と目に映ったらしく、彼らによる虫食い……を通り越して“全食い”が横行した。
三日三晩食席で堪能した飛蝗達は、更に食い扶持を求める戦災の民が如く南下していった。
港町の市民6083名。内、死亡1479名。重軽傷者3022名。倒壊家屋37戸。
恐らく数百年ぶりの大被災。
ルーゼル司祭は──────────
「クソッ……痛いな………」
井戸に飛び込み、生き長らえていた。
右手側親指、薬指。
左耳
左眼球
その他身体と服の所々が食いちぎられるも、存命。
【悔い改めが必要だ】
「まただ……ッあの男の言葉と顔が浮かぶ……! 畜生!」
ぷかぷかぴちゃぴちゃ井戸に浮かび、石づくりの壁をその裏拳で叩いて唇を噛んだ。
◆
二人の司祭は更に数つオアシス村を越え、巨大な山脈の麓まで辿り着いた。
最後に立ち寄った村の民の言う通りの景色と道のりだったので、これが恐らく
「五大乙女ヶ山……いつまでも雲が晴れない山。かといっていつまでも雨が降らない山」
「瘴気が凄いな……吐きそうだ」
「仕方ない、蝋燭は随時つけるか」
「あぁ。これじゃ消耗が激しいが……背に腹はかえられんな」
二人は燭台と杖用の長い木の枝を片手ずつ持ち入山。目標たる三合目を目指した。
「おい、これ」
「見えてるよ……間違いない。人間が入ってるな」
ふたりが見たのは、多数の足跡と木につけられたバッテンの傷である。
「禁足地だよな? ここ」
「そう言っていたはずだがな……気になるのは、私達が通った道……村民達が知る道にこのような痕跡は見当たらなかった」
「果ての地外の人間か……!? 考えられるのは冒険者だな。しかし何の用で」
「案外、狙いは同じく図書館だったりして」
「……否定しきれん。トレジャーハンターが飛びつきそうな話題ではある」
五大乙女ヶ山には伝説がある。
遥か古代から山を信奉するアミニズム文化において神聖娼婦が捧げられる聖域だったが、無理やり娼婦として連れてこられ捧げられた彼女らの恨み辛み痛みが年々沈澱し続け、その影響で住まう動物が魔物化した為禁足地としたのだと言う。
そしてある日、旅の高位吸血鬼が入山した途端、魔物が山から降りてくる事が無くなったとの事。
「高位吸血鬼なんて、それこそ財宝持ってそうだしな」
「しかし参ったな……連中と交戦する羽目にならなきゃいいが」
リウジェンが腕を組んで唸るので、ルベンが驚く。
「冒険者ってそんなに野蛮なのか」
勇ましいイメージはあるにはあったが、まるで彼らが目につくものに迷わず喧嘩を売るような言い方だったのが気になったのである。
「一時期在籍してたけど、マフィア崩れとかがゴロゴロいるしな。全員が全員そうじゃないが……時々分け前争いで他の徒党と殺し合うのもあったぞ」
「げぇっ……嫌だな。魔物に加えて冒険者で三つ巴は勘弁だぞ。どうにか味方に引き入れれないかな」
「関わらない方が得策だぞ。治療薬や矢を分けてくれる善人がいれば、気に入らないつって殺しに来る悪人が揃う幅広い世界だからな。さ、登ろう」
長枝を杖に山道を登り、数十mを行った所でルベンが口を開く。
「……見分ける方法は無いかね。善人パーティと悪人パーティのさ」
勿論、人の腹の中まで見れるとは思わないが、図書館がダンジョン化してるなら二人では厳しい戦いになると予想される。もし出来るならば多数で協力して攻略していきたい。
「………奴隷、だな」
「奴隷?」
「冒険者パーティは大概奴隷を引き連れている。と言っても恒久的なものじゃなくてその都度その都度臨時雇用って感じだがな」
「悪人パーティは平気で奴隷を使い潰すが……善人パーティなら奴隷を連れていくのに抵抗があったり、丁重に扱う」
「なるほど、奴隷か。しかし胸糞悪いったらありゃしないな」
「俺が冒険者を辞めた理由だよ。思い出すだけで吐き気がするぜ」
二人は周りを警戒しつつ、一合目に辿り着き小休止とした。




