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改訂聖者伝  作者: う゛え゛ーりあん
最後の使徒章
7/18

血の蕾

「何人やられた!」

 ルベンが民衆に駆け寄ると、既に六体の遺体が横並びに安置されていた。殉教者達は皆、顔に布を被せられている。


「死者が十六名、負傷者は二十七名だ。負傷者は俺が祈祷で癒したから、この殉教者達は預言者が直接荼毘に付してやってくれ」


「分かった。……必ずお前達の魂を祀る神殿を建ててやるぞ」


 遺体を灰にして土に還し、逃亡者達は更に北上した。

 三日の流浪の末、我々は、湖に注ぐ川を見つけた。我々を阻む形でそれは緩やかに流れており、対岸には何か建物が見られた。


「あれは……時計塔か!?」


「しめた! 村があるぞ」


 ルベンとリウジェン、そして数人の男が代表団として川を渡ってみる。

 見渡すと、畑作業や、網いっぱいに魚を入れて運んで仕事に従事していたのは、紛れもない、亜人であった。

 獣人だけでなく、いわゆるドワーフ。植物にルーツを持つ花人、手足に水かきがある魚人などが散見される。

 彼らは我々に気付くと、警戒して眉をひそめ、ヒソヒソと何か話し始めた。野盗か何かにでも見えるのだろうか。

 暫くすると、杖をついて、白く長い眉毛と髭をたくわえた、いかにも長老らしい長老が、若い衆の手を借りてやってきた。


「はて……野盗にもマフィアにも見えんがのぉ……しかし、血の臭いがするわいな」

 老いた、力無い震えた声で長老が喋る。


「まぁまず、要求を聞こうかの。ほれ、そこの若い銀髪。お前さん一人でこい」


「私ですか」


「お前さん以外に銀髪はおらんじゃろ」


 彼らは踵を返して、時計塔の中へ入っていった。

 ので、ルベンも首を傾げつつも、時計塔へと歩を進めた。

(なにも口を開いてないけど、私が頭って分かるものなんだなぁ……)



 時計塔内は簡単なつくりであったが、やはり礼拝堂だった。古い感じはするが、間違いなく蝋燭教会系列(私の古巣)だ。

 ステンドガラスの蝋燭のモニュメントに向かって指を組み、祈りを捧げる。


 その後に、長老らしい長老と相対する形で、テーブルごしの席に座った。

「人を殺めたな? つい最近じゃ」


「えぇ。我らは迫害を受けた身でして。自衛の結果です」


「なんと。また亜人迫害か?」


「えぇ。聖職者(我々)は、彼らに与したので迫害されました」


「どこもかしこも乱世よの」


「……だが、だからといってタダでお主らを村に引き入れる訳にもいかん。如何せんお主らの人数が多すぎる。お前さんはこの村に何をくれる? お前さんの民はこの村に何を求める?」


「民を置いてくださるなら、我らが神の力を以て、あなた方とあなた方の子孫が飢え無いようにいたしましょう。また、とこしえに呪いと病に苦しまないようにいたしましょう」


「ふむ……」

 怪訝な顔が絶えない。当然と言えば当然だ。ここは警察組織どころか政府すらない、言わば何でもやりたい放題の地域なのだから。

 敬虔な聖職者、慈善団体、迫害を受けた難民。犯罪者達が星の数ほどにそれらの皮を被り、市井から垂れる甘い汁を吸い続けてきた事だろう。


「“しるし”を見せてくれんかの。神の寵愛を見せてくれれば、儂らは信じよう」


「分かりました。では、外に出ましょう」


 ルベンは、彼らを連れて外に出、馬車が通った泥濘にまで歩を進め、そこで立ち止まる。

 彼は水溜まりの中を見つめていたかと思うと、粘ついた土をすくい両の手で包み込んで、息を吸った。

「主よ。民に、貴方の御(しるし)をお見せしたいのです」


 そう言って、包まれた泥にくちづけ(接吻)し、息を吹き込み、手を離し広げると、白い鳩がそこより飛び立った。彼の口にも手にも服にも泥は無く、白い羽毛がついているのみであった。

 一陣の風が吹き、鳩は風にのって南へと旅立って行った。

 これぞ神より下された権威、(しるし)である。どんな魔法でも呪術でも祈祷でも、息吹を以て泥に命を吹き込むことは不可能である。ルベンは世界で一番優しい権威、しるし(・・・)を民に示した。


「確かに、奇跡よな」

 老いた酋長は、そう呟いた。


「我らはあなた方蝋燭の民を歓迎する。さぞ苦労した事だろう、我が村で安息なさい」

 酋長は振り向き、また若い衆の手を借りて、時計塔へと帰っていく。


「なんと御礼を申し上げたら良いか」


「よいよ。貴方の奇跡で村を潤してくだされば、何も言わなくても構わない」



 ◆


「それでこの(てい)たらくかッ!」

 領主の館、格式高いダイニングルーム。

 二十人掛けの特注ダイニングテーブルに飾ってあった硝子細工を、領主は老騎士の顔に投げつけた。


「申し訳ございません」

 老騎士は兜を外して素顔を晒していた為まともに投擲を喰らい、鼻血を流す。が、真顔を崩さず、凛としたまま不動の姿勢を崩さなかった。


「貴様らは生き恥だ。よくも平気な顔して戻ってきたものだな」

 領主は落ちて割れた硝子を拾い、老騎士の首に押し付ける。


「貴方の身と、部下の身を優先しました」

 鮮血が硝子を伝って領主の服に流れ、ぼたぼたと床を濡らしていく。


「今お前は更に二度、藪蛇をつついた。一つは私のせいにした事。もう一つは呆れた勤務態度を、少しの罪悪感も見せず言い放った事だ」


「部下の身だと? 貴様ら武官は黙って文官(わたし)の命令で討ち死にすればいいのよ。いいご身分だな本当に。えぇ? 馬鹿みたいに剣を振って一丁前に威張ってりゃ給金とタダ飯を貰えるんだからな。その癖戦となれば死ぬのが怖くておめおめ帰ってきたって? 笑わせるのも大概にしろよ」


(あるじ)への献身という騎士の義務も忘れたか大不孝者めが。貴様は私の顔と家、この街の名に泥を塗ったのだ。貴様らが死んで私に詫びるのが誠意だとは思わないのかね」


「おっしゃる通りでございます」

 無表情に、機械的に、されど震えた声が、気まずさで満ちたダイニングルームに、小さくこだまする。


「市長様。不義を承知で暫く暇を頂きたく」


「なんの為だ」


「旅に出ます。必ずや貴方様の御前に奴らの首を並べてしんぜましょう」


「……良いだろう。それまでこの街の敷居を跨ぐことを禁ずる。良いな。それと、私の呪術者を連れていくがいい」


「ありがとうございます」


「さぁ行け。さっさと行くがいい。例え亡霊となってでもきゃつらを殺してこい」


「仰せのままに」


 老騎士は敬礼し、退室。薄暗い廊下を歩み、階段を下っていく。

 と、彼が通り過ぎた天井の暗がりが粒となって床に落ちていき、その集合体が立ったあと、人の形となった。

 彼女の名はユンヴァーリ。市長お抱えの呪術者である。黒い外套、被っている黒いフードから流れている黒い髪は、整っているかのように見えてそうでなく、ボサボサ気味のまま放置されていた。


「儂の禊に付き合わせて悪いな」


「ふひっ……何を仰いますドミニク様。貴方に付き従えれて至極光栄というものです……共に虫クズに鉄槌を下して雪辱を晴らしましょう」


「虫クズか。儂はその呼び名が嫌いだな」

 ジロリと、老騎士はユンヴァーリに視線をやる。軽蔑。怒り。悲しさ。全てが詰まった目であった。


「貴方様はお慕いしておりますが……その思想だけは相容れませんな……奴らは世界に巣食う疫病そのものです」


「眉唾だな。泥に塗れている彼らを見るとそうは思えん」


「ひひひっ……彼らはいつでも我々の首を狙っていますよ。何せ……」


大陸統一帝国(月と海と太陽の国)を崩壊させたのも彼らなのですからねぇ……」


 


 ◆


 我々流浪の民が辿り着いた村は、農業と漁業が盛んな村であった。湖は塩が無く、完全な淡水である為にこの二つの第一次産業が両立できていると言える。


「気に入りましたかな。預言者よ」

 中年で、背の高い男だった。鉄のような腕っ節で、恰幅の良い、いかにも村の戦士という出で立ちである。東洋風の、リウジェンが持っている刀のような薙刀を杖のようにしてこの高台にあがってきたと見える。

 名前は、ユーライと言っていた。


「いい村です。活きていて、楽しげで燃えている。しかも部外者に寛容だ」

 ゆっくりと、また、ルベンは村の方を見てみる。

 大漁唄をうたって網を引き、農兵節で鍬を振るう。活発で、若人が沢山。早速、私が連れてきた民達が一生懸命、村人達に混ざって働いている。


「預言者よ。早速ですが、貴方に頼み事がございます」

 彼は手招きして、案内を始めた。


「と言っても、私の頼みでも、酋長の頼みでも無いのですがね」


「? なるほど?」


 私が戦士ユーライに連れてかれるがまま、ある一軒家に入ると、丸テーブルを囲って老人達が座っていた。

 我らが酋長以外、皆白ひげを蓄えている老人達であったが、彼らに見覚えは無かった。


「おぉ、このお方かね」


「若いな」


「いや良い事じゃないか。我らにとって……」


「しかし、若人に背負わせるには……」


「酒は飲めるのかね?」

 ガヤガヤと老人達は、物珍しそうに私を見ては口々に言葉をかけてくる。


「いえ、神官は祭儀の時しか飲めません……」

 まぁ、1回禁忌を犯したのだが。と、彼は思ったが、口に出す事は出来なかった。


「ルベン殿。(まこと)なる神の代理人たる貴方に助けを請いたい」

 酋長が頭を下げて、私に何かを願った。


「それは良いのですが、一体どうされたのです? この方達は?」


「……おい。説明してやれ」

 髪や髭から青いプルメリアが咲く、色黒の部族の長が、左目に黄色いグロリオサが咲いた若い男を前に出す。


 グロリオサの青年は、震えながら事の顛末を語った。


「我らpetalopika族は、高原で山羊を放牧して暮らしているのですが……見て、しまったのです」


「首から先が無い、何匹もの山羊を率いた、首なし騎士(デュラハン)を見たのです……! お、お、俺は生で見ちまって、恐ろしい、恐ろしい……! 話すだけで身体が芯から凍るようだ!」


「……彼らは付近の村々、部族の長だ。我々はこの問題について議論していたのだよ」


死に馭者ヶ國デュラハン・ドミニオン……」


 【災いなるかな、たびたび(きた)る無頭騎士の主権の地。(騎士の)踏む地は、軍団の領地。侵されて朽ちた、罹災者そのもの。虫も鳥も魚も獣も花も、あるいは人も、頭を落とす】


 【山より重く、海より暗い恨み。(騎士の)率いる無頭の民を見よ。彼らが(無頭騎士を)鎮められたのは、彼らであるから(である)】


 それは全ての国、全ての大陸に伝わる最悪の災いの一つ。

 近づいた者を全て斬り伏せ、斃れた者を死者の軍団に引き入れる。


 聖書にすら書いてあるし、全ての国の歴史書にも何度も登場している、まさに災害だ。

 たかが十数体のデュラハン退治の為に、20万の大軍を派遣した軍事大国があったが……。

 その遠征軍はわずか2万名を残して壊滅した。


「もはや移住するしか無いのではないか?」


「しかし、一体何処へ……?」


「まだ諦めるな! 預言者様が来てくださったのだぞ」


「変わらんよ。あれは龍か準魔族の類よ。人の力ではどうにも出来ん災害じゃ」

 長老らは口角泡を飛ばしてあぁでもないこうでもないと討論らしい討論を再開した。


「少しだけお静かに願いたいッ!」

 ルベンが大声を張り上げると、全員、ピタリと発言をやめて司祭の方へ視線を向ける。


「私が何とか鎮めてきましょう」


 おぉ! と老人達は喜び、そしてpetalopikaの族長が立ち上がった。

「ありがとうございます預言者様」


「しかし喜ぶにはまだ早い。色々詰めましょうか」


「確かに、先走りましたな。これ、誰ぞ地図を持ってる者はおるか」



 ◆

 ルベンが居を構えていた村。伽藍堂の寺院がそのままの村。焼畑の、つまらない村。

 かの村の、端。パン窯を焚いていた村娘が、村の外の方の林を見たかと思うと、薪木をその手から落とした。


「マリン?」

 娘が黙って見つめている先。木に手を添えて立つは長い銀髪の、耳が長く尖っているエルフであろう少女。だがただのエルフでは無い。魔法を扱う彼女らに似合わない、全身がチェインメイルに覆われ、その上に一枚だけ黒い外套を纏い、腰でベルトに巻かれている。


 そして一番の異様さは、肩に置かれたその武器である。その細腕で振り回せるとは考えられないほどの、1.5m程ある櫛状の大剣。

 彼女はゆっくりとこちらに近付いて来るが、母子は動けないでいた。恐怖とも警戒ともつかない身体の強張りが、その場所に二人を縛り付ける。


「悪魔を見なかった?」


「……はい?」


「悪魔を見なかった?」

 全く同じ調子、声色で繰り返す。


「いえ……この村には、教会がありますので……」


「ふぅん……にしては加護が感じられないのだけれど」


「あ〜……務めてた神官さんが、居なくなっちゃいまして……一体何があったんだか」


「へぇ。いつぐらい前?」


「10日ぐらい前ですかね」


「…………ふぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん。ありがと。これ御礼ね」

 エルフの少女は耳をぴこぴこ動かしてから、コイントスの要領で金貨を親指で弾き、母子に渡した。


「!!! あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

 激しく頭を下げる母子に目もくれず、エルフは人差し指の第二関節をガリガリと噛んでブツブツと何か呪詛のように呟く。


「まさか……神官と駆け落ちとか……? いやいや……でも……うん……そうよね……誰だろうと……うんうん……絶っっ対ムリ……いやだし……そんなの絶対許さないからっ……私の」


(わたくし)の大淫婦ちゃん……絶っっ対に破瓜(はじめて)は譲らないから」

 歯が皮をやぶり、血が垂れて彼女の手を赤く染め、肘につたい、雑草へと落ちていった。


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