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改訂聖者伝  作者: う゛え゛ーりあん
最後の使徒章
2/6

天使告知

私のベッドは今、角の生えた彼女に占領されている。と言っても私が進んで彼女を安静にさせたしなにか文句が言いたい訳でもない。しかし私はジッと彼女の寝顔を見つめて考える。どうしようか。

大量殺人犯にして悪魔憑きにして魔族。しかも自ら滅ぼした部族の王朝の正当後継者。

…本当にどうしてくれようか。

彼女が浴びせられた筆舌に尽くし難い被害への充分な酌量ありきで、拷問無しの死罪が適当と法院は結論を出すであろう。

大量殺人犯は問答無用で車裂きか火炙り。

悪魔憑きは永久幽閉(コンクリート制の地下墓地(カタコンベ)とか垂直洞窟とか)。

魔族は良くて性奴隷。悪くて実験動物。

こんな、話の通ずる娘を、礼儀を知る娘を私は引き渡さなければならぬのか?魔族滅ぼすべしという標語が当局からくだっている現状で?


───そもそも、存在するだけで大罪というカビの生えたような慣例も、私からすれば馬鹿馬鹿しい感じるが───


|(今一度、蝋燭の御意志を汲もう)

司祭は神の力を借りる他無いと確信し、戸棚を漁った。

見つけた巨大な蝋燭を灯し、天に言霊を送って神の言葉を聞こうと、ルベン司祭は手で火が大きくなるのを煽り、言霊を天へ送り始める。

「天にまします父祖なる主よ。願わくば万世万地に生きた諸殉教者。願わくば神の御使い、願わくば万里を照らす天使を私に遣わしてくださいますよう。遣いを通して私にお言葉を下さりますよう。」

そう唱え、両腕を大きく広げて祈ると、蝋燭の火は天井へ触れるほど巨大なものとなり、その火柱より三人の娘が鐘と喇叭の音、紙吹雪と花吹雪に塗れて急速に飛んででてきた。厳かに目を閉じ、司祭の頭上を飛ぶ美しい娘らは間違いなく、天使である。

天使は六対の白鳥のような翼や、蜻蛉のような虫の羽を四対、更には蝙蝠のように黒く頂点に爪が見られる翼を二対など、様々な姿形であった。

司祭は直ぐにひれ伏して目を瞑った。

『ルベン。若き司祭ルベンよ。面をあげよ。ハレルヤ』

白鳥の翼の天使は厳かに声をあげた。

「はい。司祭のルベンは今ここに」

〘汝が我らに問いたいものは分かっている。あの娘の処遇であろう〙

蜻蛉の羽の天使は軽やかに声をあげた。

《アァメン。ハレルヤ。我らが答えよう》

蝙蝠の翼の天使は重厚に声をあげた。

『ルベンよ。その娘は汝が朧気に感じているように、救世の嚆矢(こうし)である』

「はっ…つまりは」

〘悪魔と魔族の罪は先程、主の名において許された。ついてはルベンよ。その娘に洗礼を施せ。主の加護に加え入れ、救済するのだ〙

あっさりと、天使は重大な事を口走る。冷や汗が止まらない。100世紀より前から、魔族は神より離反した敵であった。

それを先程許された(・・・・・・)と……

だが、確かにそうだ。悪魔や魔族は教会を見る事が出来ない。触れる事も出来ない。だのに、マルカは。悪魔つきのマルカは、今、教会内に安眠している事実がある。

《伝道せよ。司祭のルベン。神の光はさしている》

「しかし…教会は許しませんでしょう。教会は彼女を殺す為遣い(・・)をよこすでしょう」

『実績を建てよ。軍を建てよ。民に印を示し奇跡を成し信頼を得よ。国を得よ。汝がそう判断するならば、汝の建てた兵で教会を滅ぼし、新しく教会を建て直しても構わぬ』

〘今より汝の敵は魔族に非ず。世は神を畏れぬ国々と会合に満ち満ちている〙

『命ずる。神の名のもと巨大な権と武によりて、民主主義と富溢るる地上の乳と蜜の流れる地を創るのだ』

「はっ…身命を賭して拝命します」

《それと。その娘と悪魔を娶れ》

「はっ?」

《双方と子を成せ。子を成すのは早ければ早いほど、子を成すのは多ければ多いほど良い》

「不躾を承知で申しますが、彼女は惨たらしい目にあっております」

〘お前はただ沢山愛せば良い。お前の真っ直ぐな、歳相応の愛を表せば良い。さすればその娘も悪魔も応える。子を成すのはそれからで良い〙

「…悪魔と子を成すとは…?」

『確かに女悪魔といえど、実体が無い。子を産む身体は主が用意してくださる。マキの霊山を訪ねよ。霊山の頂に、悪魔の身体を置いておく』

「ハッ…」

『ルベンよ。汝は正真正銘最後の預言者である。神の意を示しつつ、アジルマの地とマキの霊山を目指せ。世界の南端へ行くのだ』

炎は消え、天使らも霧散した。

暖かな風が巻き上がってルベンの髪を逆立てていく。

ルベンはまた、頭を抱えた。

どうしようか。と。

すると、マルカは目を覚まして辺りをゆっくりと見渡して、悩んで唸るルベンを見た。

「ルベン司祭…」

「…あぁマルカ。朝ご飯にしましょう。そろそろ日が昇りますし……嵐も更けました」

「…はい、いただきます」

我々は気まずい中、パンとスープだけの朝餉をとることにした。

「全て、聞こえてました。天使さまのお告げ…」

突然の告白に、どきりと、ルベンは胸の奥深くが爆発したような衝撃を味わった。すべて。私が悪さをした訳でもないのに冷や汗が止まらない。

「いや、その……」

なんて応えれば良いのか。易くはぐらかして良いものか。かけるべき言葉が一向に見つからない。非情な運命に流された娘がまた、巨大な波にさらわれようとしているさなかで。

雨の匂いが鼻を通り抜ける中で、礼拝堂のうちは無言と気まずさが支配した。

「貴方も、大義に生きる方なんですね」

ぽつりと、目の前の娘は言う。

「私はもう…大義とか、そういうのはこりごりです」

にこりと、彼女は明らかに無理して笑みを絞り出した。

「ごめんなさい」

彼女は食べかけのパンとスープを残して隙をつくかのように突発に立ち上がり、教会から逃げ出ていってしまった。

私は追いかけるような野暮はしなかった。誰だって、運命から逃れる権利を持つ。

逃げ切れるかどうかは別として私は彼女に、是非、逃げ切って欲しいと思う。でないとあんまりにもあんまりだ。

「朝食には…ちょっと重すぎるな」

テーブル奥に置いたパンとスープを自分の方に寄せて、司祭はそう、呟いた。



彼は結局一人で荷造りを始めた。あの娘を追うためではない。一人で運命を成就する為である。彼は護身用の短剣と聖書、第二聖典、溢れんばかりの蝋燭を背嚢に詰め込んだ。

「慈悲あまねく慈悲深き御方よ。聖なる所を旅立つことをお許しください」

寺院の内を丁寧に掃除を行い外に出て、玄関に向けて一礼する。白い衣が腰を折れると、司祭以外誰もいないのに勝手に扉のうちの閂と錠前が下ろされた。

神のしるしに感動しつつ、彼は聖所を後にした。


ただ南を行くと、歓楽街があった。そこは港湾都市の郊外であり、水夫や日雇い港湾労働者(コンテナ・ギャング)が酒瓶と女を抱く為に舞夜繰り出す街である。夜を妖しく煌びやかに照らす街である。

(神はこれらを否定しないが…私は修行の身だ。俗世を避けねばならんな)

遠回りをしようとすると、木の影から声が聞こえた。

『聞け。子羊ルベン。私がお前に助言を言う』

ルベンは慌てて木の影に跪く。天使の声だったからだ。

『ルベンよ。あの街で酒を飲み、商売女と一夜を明かせ』

天使が語ったのは戒律に反するれっきとした神罰(・・)の対象である。司祭は婚前交渉と儀式以外での飲酒は死罪を持って償わされ、死後は最後の審判まで地獄で焼かれる。

「な、何を仰られます…私は司祭です。神に仕える者がそんな事をしては─────」

『司祭のルベンよ。我らが主に仕える者に期待するのは、千世楽土の到来までの俗世の発展と防衛である』

『民を知らない王が善き政を敷けるのか。兵を知らない将が戦に勝てるのか』

『俗世を知らぬものが、果たして俗世の防衛者になり得るのか』

「しかし、戒律には…」

『そもそもお前達の先人が建てた戒律は、解釈に間違いがあることを言っておく』

「え!?」

そう言い、天使は木の影に銀貨のつまった一袋をそこに残して消えていった。ルベンは困惑しつつもそれを拾い、頭をかきながら、その街を目指す事にした。


───賑やかに堕落した街の名はK-64という。その街は香水と酒と生臭い匂いに立ち込めて満たされていた。若い娘たちは肌を見せる服を着て熱心に客引きをし、男どもは鼻を伸ばして娘たちを品定めしている。

私はというと肩身狭くやや顔を下向きにして歩いていた。罪の意識である。

だがこれは修行である。しかも天の使徒直々の────だから罪だなんだと言ってられぬ。

私は目に入った、紫のネオンに光る看板を掲げた酒場に入った。中は労働者と酒の匂いに満ちており、むせそうになるほど男共が馬鹿騒ぎしている。私がカウンターの席に座ると、長い銀髪を後ろに伸ばしている店員が木のコップを置いてそこに酒を注いだ。

「坊さんが酒場に来るたぁ珍しいな」

「修行です。俗世の防衛者足る為の」

「そうか。なら、お天道様も許してくれるか」

店員と乾杯した私はそれを飲み干した。甘くて、濁っているその酒は思ったよりも飲みやすいものだった。

「若いなアンタ。いくつよ?」

「16です」

「おぉー、オレと同い歳かよ。その歳で出家たぁ思い切ったな」

「いや、出家は10になる時に」

「…あ〜孤児院出か。奇遇だな。オレは孤児院出てからここで働いてんだよ」

店員は二杯目を私のコップに注いだ。

「オレと真反対だ。アンタ偉いよ」

「偉いなんてこと無いです。全ての職に貴賎は無いですから。私が偉いのだったら、貴方も偉いのですよ」

私はあまりにも心地よい酒だったので二杯目を空にした。なるほど、確かに、俗世を知るのは良い経験なのかもしれない。飲み客の熱気が温かくどこか良い。

「アンタいい人だ。気に入った!オレの酒出してやるよ。奢ってやる」

我々の酒盛りと過去の語りは一時間は越えただろうか。お互いに微睡(まどろ)みに包まれていく感覚は、遠くの昔の孤児院のノリを思い出ささせた。




微睡みは眠りへと誘い、私はその後の記憶が無い。気付くと私は宿屋にいた。頭が痛い。吐き気が私の上半身をグルグルと不快に回っている。目も回る。

私は声を出す事すら億劫で、ただ不快と後悔に苛まれて知能指数が著しく低下しているのと、酒に呑まれた事だけ解した。

個室らしい。ちょい高かったろうに。

リハビリ(・・・・)に腕を動かしてみると、私の手は柔らかいものを掴んだ。手にギリギリ収まらないぐらいで、触り心地良く、温かい。何か記憶にひっかかる。

(…?)

(!!!!!!!!!!!????????)

目を開けて確認すると、あの店員が寝ていた。裸で、毛布だけを被っている。そういえば私も何も着ていない。そして私は今、知らなかったとはいえ彼女(・・)の胸を揉みしだいていた。

一瞬で手を引っ込めて寝返りをうち彼女に背を向け、私は震えていた。

(何故…!?何がどうなってこう(・・)なった…!!)

そもそもこの人は男では無かったのか…!?

聖職者が酒から遠ざかるのは、こういう緊急事態を避ける為でもある。

(これは一線越えたと考えて間違い無いな…)

姦淫の罪は、火に焼かれる。天使の啓示通りになってしまったが…これを神官に見られれば当局(・・)がくる。解決策は責任を取る形での結婚しか無いが…本人に拒まれればそれまでだし、夫を持っていれば論外である。

「…エルケ!エルケ!起きてくれ」

名前を呼び、肩を揺らして彼女を起こそうと努める。

「…ルベン?」

眠気に包まれた彼女は、私と彼女自身が一糸まとわぬ状況を見て何が起こったか察したらしい。

「!?お前…女じゃなかったのか!?」

私は「は?」と声を出すぐらいに困惑した。つまりは、私達は互いに同性であると勘違いしたまま宿に泊まって、そのまま────という事になるのか?

「私の台詞ですよ!貴方男じゃ無かったんですか!?」

「はぁ!?……マジかよ…どうしよ」

「その…責任取ります」

「当たり前だろ!……でもなぁ…ヤバいな…どうしよ」

「オレ婚約者いるんだよ…」

全身の生き血が重力というか下に向かって勢いよく吸われていく感覚に襲われた。なら私は、他人の妻(になる予定の未婚者)に手を出した事になる。頭を抱えた。

(最低だ…私は何て最低なんだ…浮かれ過ぎていたのでは無いか?預言者と言われて傲慢になっていたのでは無いか)

「しかもフォルケン子爵の寵姫の息子でさぁ」

「奉公に行った時見初められたとか何とかで…特別何かした訳じゃないんだけどなぁ……」

「ははぁ」

愛人の息子…非嫡出子か。子爵家の継承権は無く、貴族よりも格は下がるが、それでも絶対的に平民とは差がある。

(私も良くて死罪かなぁ…)

私は涙がほろりと零れそうになった。死への恐怖より、あまりにも、情けなくて。

「でもさぁ、あの野郎オレとは趣味が合わないっていうかさぁ。話してて楽しくないし。それに裏で侍女らが話してるの聞いちゃってさ」

「侍女に無理やり酒飲ませて手篭めにするようなヤローなんだってさ。嫌すぎるだろ」

「そんな奴と結婚したくないし、そんなクズの子供なんて、産みたくねぇなぁ…って思ったね」

「正直、アイツよりお前の方が好きだよ。話してて楽しいし」

「……私も、酒で酔った他人の婚約者を寝盗るような男ですよ」

「はははは!確かに!」

「笑えませんよ…」

「ジョーク飛ばしたのはお前だろ」

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