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改訂聖者伝  作者: う゛え゛ーりあん
最後の使徒章
17/18

調伏の日

神の御心のままにと行きたいのは山々であるが、天から降る試練は度々堪え難いものが混じっている。

そんな言葉を先人達は口酸っぱく我々神官候補生達に教えこんできた。


今、私はその立ちはだかる試練の前に立っている。


「───だから、貴方達は何があっても手出しせず、ただ私を見守っていて欲しい」


「しかし……天使様が言うたからって、危険すぎます。あれは剣を纏った竜巻同然です」


「私の身を案じてくれるのはありがたい。が、繰り返し言うが断じて手出しは無用!私に与えられた試練なら、私一人で乗り越えねば」




清い川の水が満々に入った革水筒、一斤の聖別パン、貴重な硝子であつらった瓶いっぱいの葡萄酒。それだけを、乾燥させた柔らかい草の緩衝材で包み込んで背嚢に収めて背負う。


「預言者様。改めて忠告させて頂きます」

壮年の、顔にペイントと刺青が入った戦士が近寄る。


「この先に岩場があります。岩場を抜ければ硫黄の湧く沼が、沼を抜ければデュラハンがいる高原です」


「今申し上げました岩場と硫黄には妖精がいます。それらは皆、見た目、人数、気性、全てが様々」


「しかし、妖精は唯一、太古から不変の性質を持っています」


「して、それは?」


「悪戯が、何よりも好きなのです。飯の種より悪戯の種を探す方が好きとも言われるほどには」




見送りを受けながら、私は岩場へと向かった。






流木を杖代わりにして足場の悪い岩がごろつく場を、手探り手探り歩いていたルベン司祭は、寡黙な追跡者に気が付いた。


金の杖をつき、目を瞑りながらひょいひょい岩を飛び越える、肌が死人のような少年であった。彼の頭は二つで、首までかかる長髪を後ろに束ねている。


彼から見て右の顔は、口角が上がっていて、口の周りの歯を象った刺青、笑いの表情の皺を象った刺青によって狂気的な笑顔を貼り付けている。


彼から見て左の顔は、口角が下がっていて、流れる涙を象った刺青、眉間の皺を象った刺青によって悲劇的な泣顔を貼り付けている。


(太古、諸々の部族が妖精を称え、妖精と同じよう装いをする様になった。それが化粧や刺青の始まりと聞くが………)


思いを馳せていると、二つの顔ががぱっと大きく口開いた。


« お兄さん お兄さん 銀髪お兄さんは これからどこに行く? »


洞窟で響いた童謡と形容すべき、自然神秘的かつ、底知れない異物感からの恐怖。

妖精は、無視を最も嫌う。


「妖精さん。私はデュラハンを鎮めに、これから向こうの高原へ行くのです」

子供を諭すように、努めて笑顔で、猫撫で声混じりに。


«何で? 何で?»


「デュラハンは厄災そのものなのです。家畜や人の頭を尽く落としてしまう……」


«どうするの? どうするの? 銀髪お兄さんはどうするの?»


「会ってから、決めることにします」


«じゃあ! じゃあ! ダメだよね!»


一瞬の沈黙。“ダメ”の意を解することが出来なかったリウジェンは、表情を変えることなく首を傾げた。


【妖精とは即ち、原始より飛び交う混濁した意思そのもの】


妖精の背中から突如、拳大の(つぶて)が何個も現れ、回転しながら高速で飛来し、それはルベンの全身を満遍なく打った。

猛者拳闘士の滅多打ちと形容するべき破壊力は、彼を数m後方へ吹き飛ばす。


«お兄さん お兄さん 何がどうして 何がどうして 赤い血を吐くの»


片方の顔は、タトゥーを洗い流すのではないかという勢いで涙を大量に流し、そう喚いた。


「?………?!……?」


【彼らは人より先に生まれ、自然より後に生まれた】


【神が創り給うた人類と自然の副産物にして、エルフ、ドワーフなど諸部族の母】


【大自然の表現者の思考を読むことは、主なる神の他に誰も叶うことは無い】


妖精は悪戯が生きがい、というのが世の論調であるが、しかしそれは果たして当たっているだろうか。

獣よりは幾分理性的に見えるが、彼らの論理や認識は我々と随分乖離している。

だのに傍から見たら彼らは人語を喋り、我々の人語が通ずる様に見えるので厄介極まりない。

しかも無視は共通して彼らの琴線に触れる。


(数百年前の神学者の一人が、“妖精と政治討論するぐらいなら魔王と茶会を開く方がマシ”と宣ったらしいが、少し彼女の気持ちがわかりそうだ)


「主よ……私の……身体に祝福を……」

うつらうつら、激痛と呼吸難から忍び寄る気絶を霧散させ、立ち上がる。


«やった やった 司祭さんは 立ち上がった!»


“自ら壊した玩具(おもちゃ)が勝手に直った”ぐらいの認識なのだろうか。本当に子供のようにキャッキャ騒いで走り回っている。

泣顔は黙り、反対に笑顔側はタトゥーや顔の皺が更に笑いを作り出している。


(私司祭って言ってないんだけどな)


大自然は全てを見て聞いている。言葉は風と木の葉と旅をして山中を巡る。或いは川に流され海を渡る。

大自然に繋がる妖精は当然、全て見聞きしている。


«かけっこしよ»


「良いですよ」

拒否が死に繋がってもおかしくない。

私は自棄(やけ)混じりに彼と一緒に走り始めた。





──────────────────────


«楽しいね! 楽しいね!»


数時間ほど岩場を駆けずり回っていると、硫黄の臭いが鼻につき始めた。


(硫黄沼が近いか………)


何だか地面から所々煙が吐き出すのが見えるようになって、そしていつしか岩は少なくなっていき、遂に岩場をぬけて、大きな沼地に出た。

沼は硫黄のせいかエメラルドグリーンに輝いていて、毒々しく感じつつもそれでいて美しいという感想が頭の中に充満していった。


«あ!»

岩場の妖精は沼の真ん中を指さして、ゲラゲラと笑い始めた。


«もう!失礼ですよ»

沼から巨大な蟷螂の鎌が勢いよく10本ほど伸び、そのうち数本は岩場の妖精に向けて攻撃を仕掛け、ルベンが慌てて退避したその場は、鎌で何度も殴りつけられていくつものクレーターが出来ていた。


岩場の妖精は、跡形もない。


«ごめんなさい。司祭さん。あの子が迷惑かけましたでしょ?»

グロテスクな程にカラフルでフリフリのエプロンに、ロバの足。髪をツインテールに結んだ痩せ型少女は、背中から生えた何本もの蟷螂の脚に支えられ、空高くからゆっくりと私の高度まで降りてきた。


「あっ……あ……」


«お詫びと言ってはなんですけれど、お茶をご馳走させて下さいませんか»


ぎこちない所作で、娘は頭を下げた。


「あの、あの、あの子は……?」


«あら、あの子なら明日にはまた変わりなく走り回ってるはずですよ。一回休みするだけです»


私は胸を撫で下ろした。

本当に、彼らは我々と乖離している………それは、“死”の概念ですらも。




彼女はピクニックのようにレジャーシートを広げ、そしてどこかから取り出した異国風給茶器(サモワール)に松かさと大量の水とを別々に入れて火をつけた。

……硫黄の燻るこの場で、である。


(仕方が無いが、香りが分からない……)

皿に盛られた紅いのをスプーンに掬っては舐め、カップの中の液体を喉に流し込む。

臭いのせいで硫黄を舐めて硫黄を飲んでいる気分だ。


«貴方にお詫びがしたいです。どうしたらお許しいただけますでしょうか»

銀色のトレーを抱えつつ、硫黄の妖精は無表情にそう言った。


「いや、私は許すも何も────────」


【彼らは風と川により全てを見聞きする】


……いや、これは神の思し召しでは無いか?他の者が居ないからこそ、堂々と聞ける。


「……では、貴方のお力をお借りしたい事があります」


«何でしょう»


「二人の女性の現状を見て聞いて、私に知らせて下さいませんか。一人は酒屋のエルケ、もう一人は魔族の女王のマルカといいます」


目の前の妖精はにこりと口角を上げて、耳と目に鎌を寄越して覆って、ブツブツと呟き出した。

すると北西と南東から強風が吹き荒れ、妖精の周りを竜巻が如く高速に回り始める。


北西の風は懐かしい匂いがした。祖国の山の風。エルケを報せる風だろう。


南東は知らない草と土と、香水と蜜の匂いがする。マルカを報せる風だろう。


私はもう涙ぐみそうになっていた。


« 知らせましょう 知らせましょう 貴方の想い人の今を »


妖精はルベンに歩み寄り、ゆっくり浮いて、両頬を両手で優しく触る。

小さい稲妻が走ったようにバチッとした音がすると、情景が同時に流れてくる。


「うっ……!?」


晴れ雨の木の下、立派な根に腰掛ける、ボロ雑巾のように汚れた娼婦の服を着た、傷だらけのエルケが、自らの腹を撫でている情景。

首や手脚に麻縄の跡があり、悲愴であるが、だが彼女の顔は力無く笑っていた。


サバンナらしい市場にて、カラフルな果実を手に取る筋骨隆々の大男の二の腕に絡みつく、頭にターバンを巻き、半袖と鎧という、典型的な女冒険者の格好に身を窶したマルカの情景。

彼女は恍惚とした顔で大男の顔を見上げていた。


「これ……は……」

理解が追いつかなかった。

動悸、浅い呼吸、目眩。

胸が、胸骨あたりが痛い。


«ゆっくり噛み砕いてから飲み込んでください»


「げほっうぇ……一つずつ、質問させてください……」


間を置いて、妖精は返事をする。


«はい»


「エルケは……解放されたのですか……?」


«はい。飽きられて捨てられた様子です»


「……彼女は、身重(みおも)なのですか?」


«はい»


私は激しく歯軋りをした。眼球ですらにも力が入る。血が激しく私を駆け巡る。


「父親は誰だ」


«答えられません»

グリンッと私の眼球は妖精に向いて眉間に皺が寄る。

激昂。濁流が心臓に流れ込む。

私はそれに突き動かされるままに妖精に詰め寄った。


「何故だッ?それを聞けば私が憤死するからかッ」


「風に耳を立て川に眼を流せる貴女なら知れない事では無い筈だッ」


«女の(はら)の事は、天の父がお決めになる事だからです»


私の血流は一瞬で冷やされ、頭から首の下へジワジワ帰っていくのがわかった。


「……確かにその通りです。声を荒らげて申し訳ない」


«いえ»


「……マルカは今、この人と旅をしているのですか?」


«はい。冒険者としてこの大陸を転々している様です»


冒険者として……?深い心傷を持つ彼女が何故に……?日銭を稼ぐ為か?


「彼女の心の傷は、癒えたのですか」


«“癒えては”いませんが、歪な形で無理やり抑え込んでいるようです»


「それは危険だ」


冒険者の仕事場とは即ち、高い確率で命のやり取りが発生する、まさに戦場。油断一瞬怪我一生。

死ななくとも、少額の宝を持ち帰る代わりに手脚や五感を仕事場に置いて帰ってくる者も少なくない。

幾ら身体が強くとも、心が脆い状態でそんな場に放り出されたら、末路は想像に難くない。


「彼女らは今どこに?」


«酒屋のエルケなら、貴方の故郷の村近くに。女王マルカなら、貴方から南東六千kmに»


そうか、そんなにも遠くに。だがしかし、妖精が言うのであれば確かにそこにいるのだ。その事実に私は元気づけられた。


(必ずや、手遅れになる前に救うぞ)



──────────────────────


「お茶、美味しくいただきました。それでは、また」


«お気を付けて»

淑女は頭を垂れて私を送り出す。


【妖精は童と同じなのです。家族のように、隣人のように愛しつつ教えてみなさい。海綿(スポンジ)のように吸収して何でも覚えますから。服を編んだり、魚を捌いたりする事も出来るようになりますから】


(彼女を育てた人は、さぞ立派な人だったのだろう)


司祭は硫黄の沼を踏み越え、デュラハンの高原を目指し始めた。





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