嫁入り
「キミはいかなくて良かったのかな?」
「何がです?」
「その……リウジェンのとこに」
五大乙女ヶ山を一足先に降りたヴルモ一行は一足先にギルドの帰路につき、私と解放奴隷達も村へ帰ることとした。
私が少しひっかかっていたのは、紫髪のハーピー。攻めっけを出した二人と違い、寝室に連れ込まれるリウジェンを生あたたかい目で見守った彼女は、何もせず平然と私と同行したのだ。
何となく、恋愛の素人の私でも分かるほど彼女はリウジェンに身体を擦り寄せたりと好感的に見えていたので、それが意外で仕方がなかった。
「わたし、意外と“考え”を使うんですよ」
「へぇ」
「さっきわたしが行ったところで、四対一の乱行になるだけじゃないですか。それじゃ、わたしへの愛情……じゃないや、えーっと」
「印象?」
「そう!印象が薄いままです。なので後から、隙があるタイミングを狙って行きます」
強か。そういう感想がまず出た。自分の想い人が、今、他人に、しかも複数人と共寝しているという事態だというのに、こんなにすました顔が出来るものなのか。
輝かしき未来のために、今をなんの躊躇いもなく犠牲に出来る。言うは易いが、これをこんなにも平然と実行出来る人間は中々いない。
「預言者様には、私の戦いをサポートして頂きたいんです」
「助言ぐらいしか出来ないよ」
「十分です。いずれお返しします」
「預言者様は、死にに行くのですか?」
彼女ら奴隷は雄弁を好まず静寂を拠り所にしがちだ。生来の質どうこうでなく、皆が全て、環境がそれを作る。
“言うことが気に触ったから”
“うるさいから”
“声色が気に入らない”
果ては“そこに居たから”
という理由で、飼い主は彼女らに好きに暴行を加える。奴隷とはそういう物。
何が飼い主に“きっかけ”を与えるか分からないのだ。だから彼らは、静かに、壁の隅に寄りかかり、丸まって、じっとする。
どうせ永遠の隷従と監禁が約束されているのだから、せめて痛み苦しみを最低限に抑えたいが為の、生き方。
特に彼女。abomeはそのきらいがある。
のだが、その彼女にしては力強く私に問うた。
「まだ死ぬとは決まってないよ。ちょっと嫁入りしてくだけ」
「嫁入りなら、私が代わりに」
私は、そうせがむabomeの髪を撫でた。フケまみれで、ボサボサで、脂っぽい。
「村についたら、お風呂に入ろう」
彼女は納得していない様子で、力無く頷いた。
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リウジェン達は数時間の戦の後、バスタブにて湯船に浸かっていた。
「こんなの初めてだ……」
ずっと傭兵稼業にて飯を食ってきた彼は、公衆浴場などの経験は数少ないとは言えある。が、もちろん高貴な世界に縁もゆかりも無いので、こんなに綺麗で、清潔で、良い香りのする湯浴みは想像すらしたことが無い。
「ここに住めば毎日入れるぞ?どうだ」
バスタブにて向かい合い、リウジェンと脚を絡めるヴァレットは、サイドテールをほどいて柔らかなタオルに包んでいる。
「断る。俺には義務があるんでね」
戯れで接吻を強請る彼女を押し退けて、リウジェンは毅然と返す。
「義務そっちのけでしつこく求めてきたくせによく言うわ……まぁいい。明日発つのか?」
「あぁ。死に御者は放っておけん。一日でも早く解決せねば────────」
舌なめずりしていた彼女はリウジェンの怪力を跳ね除け、身体を押し付けて抱きつき、舌を彼の口腔内に捩じ込み、ゆっくりお互い堪能した所で、舌を引き抜いた。透明な唾液のアーチが二人の間に架かる。
「それならば、今から明日の朝まで抱き殺しても大丈夫だな?耐えられるよな?嬉しいよな?我が夫よ」
リウジェンは苦笑いして彼女の頬に手を添えてやった。
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「で?調子に乗って酒盛りしつつお楽しみしてたら遅刻したと?」
ルベンの怒りは、彼自身の片眉を軽く痙攣させる程にひどく膨張していた。そしてその原因は目前の砂利に正座させられている鴛鴦夫婦と愛人格二人にあった。
「申し訳ない……」
リウジェンが村についた時、約束の正午を四時間もオーバーしていた。しかも腹の立つことに両手に花で。イチャイチャしながら。
「リウジェン。断りずらいのも分かるが今我々は真っ先に義務を果たすべき時にある。民を第一に動くべしと言ったのもキミだろうに。ヴァレット卿も、そういう事情がある事を努々お忘れ無きよう」
クドクドと、司祭は説経する。正直、遅刻した分際で、かつ往来でイチャついてる様は見るに堪えないぐらい腹が立つものである。その怒りをぶつけていないかと言われたら、実際、反論は出来ない。
「全くその通りだ。返す言葉もない」
「しかしだねぇルベンくん。私にも事情が」
吸血鬼が日の光を浴びて良いのだろうか。
ヴァレット卿が生徒が教壇に対してするように挙手して反論をしかける。概ね、“若くして子を成すは我が家の義務”云々であろう。分かっている。貴き生まれも貴き生まれで義務があり責任があることは。しかし。
「定期的に時間は作ってあげますから!良いですね?」
「はい……」
しかし、貴き生まれも民を第一に思っていて欲しいと思うのは私の我儘であろうか?
交換条件を押し付けつつ反論を封じる。
四人がすごすごと湯浴み屋に行くのを、村人達はニコニコした意味深な表情で送っていった。
一件落着かと思われたが、ポンッと、後方から肩を叩かれる。頭に疑問符を浮かべながら振り向くと、そこにはまたニコニコしたまま私の肩に手を置くPikloj族のヨハナがいた。
「ちょっとお話があります。ルベンさん。少し裏にお越しいただけます?」
彼に恋する娘のうちの一人。私は襟首を掴まれながら裏路地に連行された。
「酷いじゃないですかルベンさん!話が違う!私を全面的に支援してくれる話はどうなったんですか!?信じて送り出したのに、帰ってきたと思ったら婚約しててかつ愛人が出来てるじゃないですか!」
忘れていた訳では無い、忘れていた訳では無いが……あの場で口に出す胆力なぞ持っていない。
彼女の友人らしいヨハナの部族の女子数人に囲まれつつ説経される。
「言い訳をさせて……私は恋多き側の人間じゃないんだ。友人が求婚されてる場でこの事を言い出せないよ……」
「それじゃあヨハナ姐の気持ちはどうなるんですか!」
「預言者様の意気地無し!」
「お家再興とか子を成すのが義務云々を熱く語られたんだぞ!そんな中で話を持ち出すのは無理だろう!?というか言わせてもらうがなヨハナ!リウジェンは娘っ子達から引っ張りだこだ!恋多き男だ!もう私を介してとかじゃなく、ヨハナ自身が直球勝負するしか無いぞ……!」
「ぐっ……それは確かに……で、でも、あの人達一緒に浴場行きましたよね?もう一線は越えてるんでしょう……?だったら……そう……あれを……」
ヨハナは顔を紅潮させてうつむき、ぶつぶつと何か呟いている。
「預言者様」
ヨハナの取り巻きが、手招きして私の耳を拝借する。
「ヨハナ姐は耳年増おぼこなんですから、あまり想像させるように煽ると暴走しちゃいますよ……」
「え、知らなかったそんなの……」
「決めた!私今日リウジェンさん襲ってくる!ミュハ!なんか度の高いお酒とお香用意してきて!出来るなら媚薬とかも!」
「ほらぁ〜……」
「なんでそうなるの……」
「姐……リウジェンさんは今日はデュラハン征伐ですから夜いないですよ……」
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「大変だ!行き倒れだ!」
出発の直前に、誰か村人が大声をあげた。
皆と一緒に駆け寄ると、見覚えのある者が砂に塗れていた。
「ルーゼル司祭……!?」
ルベンを打擲した、張本人である。
何故この村が分かった?
何故この村へ来た?
わざわざ私を始末する為にここまで?
「そこに居るのはルベン司祭か……?た、頼む……私を、私を同行させてくれ……」
うつ伏せに倒れている状態から何とか顔を横に向けて彼は喋り出したが、力が入らないのかルベンのいる方へ首を向ける事は叶わない様子である。
「何故?」
ルベンは彼の視界に入ってやり、座って返事をした。
当然の、疑問である。
「夢を……夢を見た……飛蝗の軍団が来襲する直前、それを告げる夢を見たのだ」
軍隊飛蝗は、やはりあの街を襲ったのか。
「私がいた街だけでない。あの飛蝗雲は諸々の国を覆って、全ての農作物を食いちぎって行ったのだ……夢の通りならば、この後に────」
「戦争が始まる……有史以来、来た事がないような、巨大な戦争が……!」
彼の目は血走っており、喋る口の勢いのあまり唾が飛び出る。何か恐ろしい情景を見せられたのであろうか。
ならば、内容はともかく。
「ならルーゼル司祭。事実ならばお前は預見者という事になるな」
「………そうだ」
「ならルーゼル司祭。啓示を受けてどう思った?どう行動する気で私達を訪ねた?……聞かせてもらいたい」
「私は……私は────」
「私は全てを直接見聞きして、神の御心に従いたい。預見者としてでなく、一神官として、一神の下僕としてだ」
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「行って参ります」
結局、日が沈みかける頃に彼らは征伐に出かけた。ルベンとリウジェン、我らが村の戦士とpetalopika族の戦士合わせ二十人、そしてルーゼル司祭である。
戦士は皆々、弩弓と剣の扱いに慣れている者達であり、日々野盗や獣とやり合っている猛者達である。
ルーゼル司祭は我々に非礼を詫びて一団への同行を希望した。これに関してはリウジェンが「よし」と即決した。
曰く、見れば全て分かんだろ、との事。なるほど直感的らしい彼の考えである。
揺れているとはいえ、ルーゼル司祭からすれば我々は未だ神からの離反者。ならば、信じ難い言葉を尽くすより現実を目前に用意する方が得策であろう。
それに、神官の同志が多いに越した事は無いであろう。
「預言者様。ここからは岩場が多くなります。小休止としましょう」
「わかった」
我々は川沿いを行軍し、ついに中継地点たる傾斜の差し掛かりに辿り着いた。
草花が生い茂り、土の湿った匂いが春をよく想起させて心地好い。
「水を汲んでくるよ」
水量が半分以下になった革の水筒を携えて、近くを流れる川へと振り向く。
「なれば、私どもがお供を」
「いや、大丈夫。すぐ戻るから」
腰のベルトに剣をさしている、恰幅のよい二人の勇士がすっくと立ち上がる。
が、幾らなんでも私も十六。貴族でもあるまいし元服している身で大の大人に供させるのは気が引ける。
川の水は透き通っていて、かつ小魚が元気に跳ねたりして見ていてかなり癒される。
最悪の厄災へ出向く緊張が、少しばかり解された気がした。
『ルベンよ。司祭にして預言者ルベン』
「……お久しゅうございます。天の御使いよ……」
声がしたかと思うと、川の水が泡立って激しく渦巻き、その渦より一柱の天使が垂直に浮いて現れた。
金色の髪飾りと六対の白い翼が揺れて、三つ編みに結われた淡い水色髪がフワフワと浮いている。
『お前達の為に啓示を告げる。心して聞きなさい』
徐に、目の前の宙におられる御方は、指を指した。
『神は……ルベン司祭。お前に、お前一人でデュラハンを訪れよと命じられている。一切の供する者を引き連れるのを禁じられた。そして、お前が彼女の物となるのを禁じられた。更に、お前が彼女のため死する事も禁じられた』
───私は困惑に困惑を重ね、一体、どこから質問をすれば良いか分からなくなった。
「それは────」
『努努、忘れないように』
蜃気楼が如く、彼女はぐにゃりと歪んで、段々と透明化していった。




