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改訂聖者伝  作者: う゛え゛ーりあん
最後の使徒章
14/18

その日に応報あれ

「ガハハッ!その脚で()ォ踏ん張るものよ」


鼻と、腫れ上がった左目から血をダバダバと現在進行形で垂れ流し、巨漢はゼェゼェ息をしてなお笑う。


「…………」

片脚フラミンゴ状態のリウジェンは今、人生で三番目ほどに疲弊していた。一番目は、数万の軍勢がぶつかる二つの会戦を生き延びた夜。二番目は、丸七日間、洞窟ダンジョンで遭難した時。

身体中が筋肉痛で、節々(ふしぶし)に骨が軋む感じがする。痣と切り傷打撲が無数。


「じゃが脚のその包帯がわりが限界そうよの。このわいの左眼を奪ったんじゃ。参ったしても恥では無いぞ。首を撥ねて終わらせちゃる」


「お前なぞ知らんッ!斃れるなら俺が知ってる奴の前で斃れるわッ」


「立場が同じならわいもそう言うた。本っ当に良き戦士じゃわい。何故こっちに来ない?良か金と酒と女がたんまりぞ」


「平気で村娘を攫うような野盗は気に食わねぇな。俺ァ兵士である前に、全能なる神の御前に平れ伏す神官だ」


「それじゃッそれだけがつまらん。勿体ない男よ」


カマランが握り拳を構えた所でピタリと、魂の抜けたような顔をして虚空を見つめて固まった。


『全員退け。今日は死に過ぎだ』


下ったは、指揮官の命令。


『今回は撤退する。奴らの居所を探し出して、その時報復しよう』


「撤退だァ〜……!?断じて有り得ぬッ」


カマランの手が半透明に輝いている線を捕らえ、耳に引っ付いていたそれを強引に引き剥がす────


『貴様ッ』

指揮官の叱咤的反論は待たれず、線は何等分かにぶち切られ、彼は轟音の吠えを張り上げた。


「わいは決めたぞッお前を殺すまでここを出て行かんわァッ!ガハッハッハッ」


両陣営からして、はた迷惑な話であった。が、暴走猪武者は真正面から飛び回し蹴りを敢行。リウジェンの頭蓋に風穴をあけてやるという所、すんでのところで、最小限首だけ動かして回避。


空中にいるという、これ以上無い隙を逃さない。


僧兵の、気が最大限込められた、即応的ストレート突き。

全神経全筋繊維全関節に頼みをかけたヤケクソは、巨漢の腕の防御をすり抜け、鳩尾に深く突き刺さった。


飛び蹴りの衝撃とリウジェンの迎撃の衝撃は互いのスピードを打ち消し、カマランはその場にて地に落ちた。


「カマランさんッ!?」


僧兵は、地べたに倒れ、起き上がろうともしない巨漢にむけ手刀を構える。


「歳は取りたくないのう」


鳩尾(そこ)を打たれてなおお喋り出来るか」


「殺れ。小僧。まさか初めてではあるまい」


巨漢が滝汗をしながら深呼吸するのを見て、リウジェンは苦笑しつつ首を斬り落とした。


「外道め。獄卒は責め苦を緩めんぞ。俺と違ってな」




──────────────────────


「ラッキーパンチとはいえ、カマランまで死ぬのは許容範囲外だな。撤退する」


「え?ちょ、ちょちょっと!奴隷は!?」


「また攫えばいいだろう?蓄えはある。戦力を建て直すのが先だよ」


「え〜……給料払うのは金庫係の私なのに……」


「一緒に怒られるからさ。ね」


(次に連中に会った時には……臓腑(はらわた)の底から後悔させるッ!必ずッ!私達に関わった事をッ!)


女商人を抱き寄せて眉間に皺を寄せた指揮官は、ただただ怒りを胸に─────


「で。オメオメ帰りましたって?な〜に阿呆なこと抜かしてンだよヤトックちゃん」


角を曲がると、瞳孔をかっ(ぴら)いた軽拳闘士が、まるで幽霊のように、不気味と、ゆらりと立っていた。


「……ヘウバさん。カマラン亡き今、この戦闘は続行不可能です」


「あの豚より強い俺が居るのに?」


溜息をつき、軽拳闘士(ヘウバ)を諭そうと努めるが、それを狂気じみた語気で一笑に付し、ゆっくりと二人に近づく。


「死にたいなら勝手にどうぞ。我々は撤収します」


「舐めたこと抜かすなよこの野郎ォ〜。俺の前で不細工な戦いしてくれやがって……そんじゃ目付け役の俺の面子はどうなんだ?あ?信用問題だぜこりゃ」


酒に溺れようが腐っていようが、彼は実力で“準指導官級”という役職と権威を得れる猛者である。が、上納金をたんまり上に流してくれる金ヅル徒党(パーティ)をみすみす動けない様になるまで放っておいた罪状は、彼の権威剥奪の理由になるには十分過ぎるほどであった。


「…………」


「まっ、二人とも身体で支払ってくれるってぇんなら考えてやらんでもないがな……へへへっ」


「じゃ、私だけを一晩好きにして下さい。それとも今しますか?(・・・・・・)


商人が嘔吐(えづ)きそうになるのを自分の身で隠し、更に上の服を一枚脱ぎさって自分の下着と肌を晒し、欲の渦に理性が溶かされた凶人を惑わす。彼女にとってそれが黒く淀んだドブ川を口につけるに等しいほどの不潔な行いであるのを自覚していながら、である。


「お?へへっへ……ん?いや?いや〜」


まんまと釣り餌にかかり、ジロジロと視姦しながら己の服も脱ごうとした所で、彼は立ち止まって怪訝な顔をしつつ何か考えごとを始めた。


「………?」


彼は羞恥を押し殺して下衆に身体を差し出しつつある彼女の横を通り過ぎ、戦闘地域に単身歩き出した。


「あ〜殺る気マンマンみたいだから良いや。アッチにも女はいるしな」


「てかよォ。撤退する前にちゃんと戦闘記録とってろよ?おざなりだったらお前ら全員犯すからな」


彼は吐き捨てるように行ってから幾つか、様々な戦闘支援飲薬剤(ポーション)喇叭(ラッパ)飲みして、暗闇へと駆け出した。


「チッ……食えないオッサンだわ……」





──────────────────────



「撤退……したのか?」


激しい攻防戦が、嘘のように静寂へと変貌した。

各々が警戒しつつ、絞った薬草を傷に塗ったり魔法、祝祷による回復に努める。


「油断するなよォ〜……ゲリラ戦に切り替えただけかもしれないからな」


「肉か魚無いか?オッロールに血肉摂らせなきゃ」


「俺干し肉持ってる」


「俺もフラフラ気味だな……」


「一回出直すのもアリじゃない?」


「いやっダメだ……死に馭者(デュラハン)は待っちゃくれない」


あーでも無いこーでも無いと言い合いつつ、最低限戦える格好を整え、服にまとわりついている固まりつつある泥や砂埃を(はた)き、前進を再開する。


「……!?」


斬られた脚を繋ぎ、治したリウジェンが何か察知する。ほんの小さな、風を切る音。隙間から入り込む風のような、微量の突風の音、その微かな違和感とじんわり染み込むような、遠くから迫る闘気。


それを感じ取ってしまったが故に、準備期間がほんの僅かにでもあると、リウジェンは誤解してしまった。


「なるほど。手こずる訳だな」


警戒して短刀に手を伸ばしつつあったリウジェンの真後ろに、背中合わせに立つ見知らぬ気配。酒の匂い。瞬きの間に現れた、自らを絞め殺さんとする様に伸びる、茨の枝々のような殺気。少々(しゃが)れた、知らない中年の声。


闘争本能が瞬間的に沸騰したリウジェンの身体は飛び上がり鞭の様にしなって、手にした得物を背後の何者かに突き刺さんとする。


するも、痛みを感じるよりも前に僧兵の身体は壁にめり込んでおり、気づくととにかく目の前がチカチカとして喧しくあった。


裏拳。一瞥も無く放たれた中年の一発が彼の身体を数m吹き飛ばしたのだ。


一匹(・・)


「リウジェンッ!」

絶叫と共に開かれた聖書の句に目をやろうとしたルベンはまず驚愕した。


無い。


聖職者の、自らの命に変え難い、紛失などあってはならないソレが一切、自らの両手から失われていた。


ただ固まって、冷や汗が出る前に、パララと砂埃が不自然に降ったため恐る恐る上を見ると、聖書が、吹き飛ばされ壁に埋め込まれた目前の僧兵の身体のように、天井のクレーターに突き刺さっていたのだ。


「テメェ男かよ」

耳にかかる髪が撫でられた。


「て………」


「て?」


「【|天の父よ《nebesnyy otets》────!」

聖句を暗唱しかけた所で、後ろからうなじを片手で鷲掴まれ、強制中断が入る。息が出来ず、コヒュコヒュと苦しむ彼は無情にもそのまま持ち上げられ、冒険者パーティの目の前に差し出される。


「ほれ、撃ってみろよ(・・・・・・)


「テメェ……汚ェぞッ!」


「ルベンさんを離してッ!」


「ん〜?歳のせいかな。俺は誠意がこもってない言葉だけ都合よく聴き逃しちまうんだ。で?今にも死にそうなこのガキをどうして欲しい?」


(呑まれるなッ!ヴルモッ!私ごと撃て)

酸欠の最中、必死に警鐘を教えようとジタバタし、気道の一切をシャットアウトされ、口をパクパクして伝えようとする様に、中年は吹き出す。


「くくっ……見ろよ。釣られた魚みてぇだな」


「クッソ……!」


「でぇ〜?誠意は見せてくんねぇのか?さっさとしてくれねぇとコイツが糞尿垂れ流す羽目になるから俺も嫌なんだよ」


「目的は何だッ!何をすりゃ良い!?」


「贖罪。ここにいる女は全員、今から永劫俺の家畜(ブタ)になって奉仕しろ。そうすりゃそっちの坊主もこのナヨナヨしたガキも助命してやる」


「出来るかボケッ」


「じゃァ全員みっともなく死んでもらう。今日は腹立ってるから、ついでにお前らの家族恋人友人恩人全員ドブに沈めることにする。言っとくが俺に出来ないことは無い。俺の知り合いのお偉いさんに頼みゃいくらでも情報は引き出せる」


「貴様ァッ!外道野郎めッ!」


「下手に抵抗しなけりゃァ、こんな選択選ばずに済んだんだがな」


「ほれ、死にかけてる銀髪くんもなんか言ってやれよ」

体幹のブレも無く、気絶直前のルベンを片手で軽く制御し、口元を耳に近づける。

ボソボソと何か喋っているが、聴き取れない。


「あ〜?んだって〜?」


「【|天の父の怒り舞い降りん《Gnev Ottsa Nebesnogo niskhodit》】」


めり込んだ聖書から中年の足元にかけて眩い光が一瞬で走り、巨大な雷撃の爆音がダンジョン内にこだました。列福されるべき殉教攻撃である。


が、一歩届かない。


芯から焦がされようとも、首の締める力は維持どころかみるみる増されていく。

目から鼻から耳から血を垂れ流し、首にいくつか筋が立つ様は、もはや人間のソレで無く、理性が消えた(ケダモノ)そのものである。


太い血管が浮き出る腕が自らのポケットを漁り、ポーションが入っているらしい小瓶を口にほおりこんでバリバリと咀嚼する。


「簡単には死なさねェぞ小僧……!」


開かれた口の中が、硝子片と糸引く血でいっぱいに地獄絵図を描いている。


怒涛の怒り、殺意が全てルベンが引き受けてくれたお陰で、彼らを挟む前後の戦士らが動けた。


それぞれ縮地法にて射程範囲内へ収めるべしと肉薄したイリュンとリウジェンの回し蹴りに続く連続的な肉弾打撃が炸裂する。

しかし中年は動じず、ただ黙々とルベンを締め上げる。


鳩尾、顎、金的、顔面、喉。格闘家達が思いつく限り怯みそうな場所に高火力を食らわせ続けるが、まるで通用しない。


「ならばッ」


リウジェンは短剣を拾い上げ、暴漢の二の腕深くまで突き刺すと、流石にルベンを離した。これも痛みどうこうでなく、神経と肉がシャットアウトされた為に起こる力みの喪失によるものである。


「あ〜?腕が動かねぇじゃねェかァ〜!?」


「やっぱりコイツ……筋肉と脂肪の鎧も厄介だが痛みを感じねぇのか」


短剣を抜き取ったヘウバは自らの舌に突き刺し、それをグリグリ上下左右に抉ってから短剣を叩き捨てた。


「なら物理的に動けなくさすしかないッ」


「だろうなッ」


リウジェンは再び懐に突進し、拳闘士の足の甲に短剣を突き刺し、更に柄を、何度も思い切り踏む。文字通り釘付けになった中年だが、期を逃すはずもなく、急速離脱するリウジェンの足首を掴む。


「ぐっ……!?」


中年の爪は皮を引き裂いて肉にめり込み、出血を強いてから、猛禽類が、獲物を弱らせる為わざと遥か空から地上に叩きつけるように、足を掴んでの一本背負いが敢行された。


ここは、クッションのある道場では無い。砂を振り散らしただけの、石床である。


リウジェンともあろう者が、受け身もとる事も出来ず、ノーガードで顔面から激突してしまった。

衝撃によりバウンドして見えた顔は、左半面が、真っ赤で、目も潰されているやもしれない。


「お前……わざとか?」


軽拳闘士がかったるそうに呟く。どうやら、私の推理はとんでもない見当違いだったらしい。


「当たり前だろ。受け身とっちまったら、俺の大切な腕がキズモノなっちまうからな」


肉を切らせて骨を断つという言葉があるが、近接格闘に明るくないルベンから見たそれはかなり、とてつもなく狂い気を感じる取捨選択であった。


つまりリウジェンは、次なる攻撃の為に腕を温存し、その代わり頭部頸部を差し出したのだ。


ヒュドラやケルベロスなら分からんでもないが、彼は頭一つの人の子。如何に戦闘力に秀でていて、かつ、身体を強化していようと、頭を潰されれば、首を折ってしまえば、いとも容易く絶命する。


「どうした?お前も格闘家の端くれ(・・・)ならこんぐらいはするだろう?それともアレか?お前自身、ご自慢の肉体についていけてねぇってか?」


「初手で殺されかけた癖に一丁前に口はきけるんだな小僧。生きたまま解体しても良いんだぞ?」


「そら無理だな。お前は焼かれて死ぬんだ」


「あ?」

サムズダウンを首の前に持っていくリウジェンを見つめる中年は、突如、高速に突入してくる氷塊に吹っ飛ばされ、暗い廊下の奥へと消えていった。


「凍えて死ぬが正しかったか?良い射撃の腕前だなオッロール」

ふらふらで、ヴルモとシャイハーンに支えられつつも魔法杖を握るオッロールは、サムズアップを返した。


「手応えはどうかな」

治癒を済ませたルベンがよっとこさと立ち上がり声をかける。


「あったはあった……けど……やれたかどうかは……いまいち」


「もういい。休め。良くやったよ」

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