本の館 知恵の館
「着いたな……三合目! そしてあのデッケェのが……」
「あぁ。図書館、もとい知恵の館だ」
木々を抜けた先にある、ちょっとした塀に囲まれた四角い舘。木造であるが、かなり巨大。硝子の窓は少ないながらも取り入れられており、確かに本棚らしきが見て取れる。
「12345678910……15階建てか。これを吸血鬼一人で建てたってのか? とんでもねーな」
「見ろ。門が破られてる」
両開きの門は開けっ放しで、敷地内にちょっとした破城槌が放置されていた。草や苔が生している為、長い年月手付かずだった様子である。
「ここら辺から足跡が沢山だな。観光地かよ」
「油断するなよ。もしかしたら奴ら、またこちらを覗いてるかも」
リウジェンが先頭、ルベンが後衛となり、彼女らを挟むようにして知恵の館へ突入する。
塀をくぐると、全て石畳で敷かれた庭園があり、それらも全て緑がかっている。
「玄関も破城槌でこじ開けたのか。強引だな」
「こりゃせっかくのレッドカーペットが砂だらけだ……」
十数メートルある庭園を通り、なぎ倒された巨大な扉を踏み締めてエントランスホールらしきへ侵入。敵地も敵地なので、より一層、全員が緊張する。
床は砂だらけ土だらけゴミだらけで酷い有様だが、天井や壁にびっしりの宗教画、シャンデリア、壁に掛けてある燭台等は、まるで最近手入れされているかのように汚れは目立たない。
「僧侶さん……右手の通路行くと地下行きの階段に繋がる……アイツら地下行くって言ってた。」
羊の娘が、リウジェンの裾を引き、指をさして呟く。
「そっか……腹は決まったか、ルベン」
「決まったも何も最初から殺るつもりだったよ。サソリへの雷撃より前からな」
「気を付けてね……アイツら馬鹿じゃ無いからさ」
ハーピーの娘も、リウジェンの裾にしがみつきながら、震えながらも助言する。因みにクモの娘もリウジェンの背中にしがみついている。
「……お前ら、戦闘になったら離れろよ? じゃルベン。後ろ任せた」
「OK」
ネコの娘は、ルベンの腕に抱きついている。
◆
果ての地を目指す狂人がまた一人ここにいた。
彼は白い衣は砂に塗れて薄汚れ、まるで怨霊のように覚束無い足取りで、ただただ北上する。
彼の名はルーゼル。
(確かめねばならぬ。ルベン司祭は果たして本当にサタンが遣わした魔女なのか……それとも本当に神が遣わした使徒なのか)
(主よ! 天使よ! どうか私をあの男の元へお導き下さいませ)
日で汗は垂れ、風は冷たく容赦なく彼に吹きつける。彼もまた、神の国の探求者。元服と同時に洗礼を受け、神に仕えると宣誓した身である。
彼はルベンを、間違いなく、神と対極の位置かはたまた神に一番近しい所に立つ者と信じていた。
(もし預言者ならば奴の裁きに身を委ねるし、サタンならば血で溺れさせてやる)
鞘に収まった短剣を撫で、彼は薄まりつつある足跡を辿って行った。
◆
「階段だ………」
リウジェンが呟く。
階段からは、生暖かい空気がゆっくりと出入りしているのが感ぜられる。
「風があるな……」
「天井見てみろルベン。魔法回路だ。コイツが空気を循環させているんだ」
赤い文字が独特なタッチと手法で壁に刻まれており、解読不能。我々はこれを「悪魔の文」、「悪魔文字」などと呼ぶ。魔法は教会からすれば神の国の離反者が作り上げた法力であり、悪魔の力の象徴でしかないからである。
6人は警戒しつつゆっくりと階段を下り始め、会敵せず地下一階に到達した。
「これは……水晶か。水晶に魔法をかけて光源にしてるな」
「空気の循環があるとはいえ、松明だと窒息の危険性があるからな……だが、この魔法回路群を維持するとなると膨大な量の魔法使いが必要になるが……」
「あ! おーい!」
全員は突然こちらを呼ぶ知らない声に心臓が爆発する。ルベンが振り向くと、そこには若人で構成される4人パーティが普通に立っていた。
「……アレか?」
「違う。見たことない」
ルベンが猫の娘に耳打ちすると、件の連中では無い事が分かった。
確かに彼らは温和そうな雰囲気だし、何より奴隷がいない。
「ルベン、油断するなよ。特殊な魔法で変装することも出来るんだからな。あと連中じゃなかったとしても普通に信用ならん……」
リウジェンもボソボソと警鐘を呟くので、聖書の【地獄章】は開いたままにしておく。
(なるほど。冒険者稼業の敷居が低いのに万年人手不足と呼ばれる理由の一端がわかった気がするな)
任務期間中は1mmも警戒を緩めてはいけない。
それが例え同業者であったとしても……。
「お前らも“吸血鬼の財産”狙いか? やっぱり一攫千金はロマンあるしな〜」
大きな羽のついた帽子をかぶっていて全体的に鮮やかな赤と青い衣装。バックパックを背負い、腰に剣を差す男は大手を振って近付いてくる為リウジェンがジリジリと解放奴隷達の前に出る。するとこれまた色様々な勾玉を首からぶら下げる黒ローブの少女が彼の肩を掴んで耳打ちする。
「ちょっとヴルモ……アイツら……」
「んぁ? ……お前ら、その娘らは何だ?」
ニコニコしていた男は急激に眉間に皺を寄せてドスの効いた声を吐き出す。
「……あ、ルベン。俺ら最悪な勘違いされてる」
「私もそう思う……」
二人は乾いた苦笑いをしてどう説明しようか頭を巡らせる。
「何ニヤついてゴチャゴチャ言ってんだ? その娘らは何だって言ってんだよッ!」
男子の語気は怒りに染って強くなり、勢いよく剣を抜くとその場の魔力がグンと高まって司祭達は非常にマズいと感じた。
「待て、話せばわかる!」
「奴隷持ちと話す事なんざねーなッ!」
剣に炎がまとわりついて巨大化し、メラメラとこの一帯を熱して照らす。
「〖|火柱よ敵を撃て《Arty cædžyndz Æhs znadžy æhsænty》〗ッ!!」
炎は急激に増幅して剣の先に巨大な火の玉を作り上げ、そこから雲から伸びる雷のように枝分かれし、鋭い2本の炎がこちらへ襲いかかる。
「【|聖地より加護を 聖母の恩寵を《Blagosloveniye Svyatoy Zemli, Blagodat' Bogoroditsy》】ッ!」
ルベンが古原文を誦えて聖書を投げると、それを起点に球体のバリアが広がり、二つの徒党を挟んで廊下に充ち満ちた。
炎の枝は全くバリアに阻まれ、その先を進む事が叶わない。
「〖えぐりこむ〗〖破城槌〗〖|氷の剣《ihdžyn kard》〗〖|毒の矢《margdžyn æhsængarz》〗〖|これらを我の目前へ《U æmæ ænqælmæ kæs mæ razy》〗」
一つ一つ、大きく深い呼吸を挟んで魔法文を誦える。すると巨大な丸太や、冷気を放つ水色の剣、カラフルな色をした鏃をつけられた矢が、全てこちらに向いて浮きつつ、静止している。最早空間が埋め尽くされ、向こうのパーティが見えないほどに。
「おいおいおい……化け物め! 一度にそんな事が出来るのか!」
「アイツこの娘らごと殺る気か……!?」
「〖|其れは雨霰が如し《khævdau ærhauyn》〗ッ!」
ズゥッと、ずれ込むように我々へ向けて加速し、回転しながら前進し始める。超高速での飽和攻撃を打ち込む気であろう。
「【|神秘の盾を我らに《Dayte nam tainstvennyy shchit》】ッ!」
「【|獣の魔の手より御加護を《Da blagoslovit vas Bog ot zloy ruki zverya.》】ッ!」
司祭達は彼らを傷付けたく無い。それどころか上手く仲間に引きずり込みたいという甘い考えから、彼らへの攻撃よりも多層防御による迎撃を優先した。
確実に伝わる撃滅の意思が込められた攻撃は、ただいま始まった。
毒矢、氷の剣、破城槌の順に高速で回転しながら突入し、多層結界へ激突。だが勢いは落ちず、食い破らんとして火花、極度の閃光を散らし防御線を押し込む。
「単純な面制圧じゃ無理か」
男は冷静に呟いて左手を掲げて熊手のようにし、どんどんと絞っていくと、散らばっていた突入体は中央に合流し始め、そして結界が悲鳴をあげ始める。
「リウジェン、軽く小突いてやってくれ……! 結界は私が死ぬ気で維持する!」
「ぶっ倒れんなよっ」
「【礫を投げる者は誰か。彼に罪はあるのか】ッ!」
リウジェンが砂を巻き上げるとそれは渦を巻いてから丸く固まり、敵の突入体に勝るとも劣らない勢いで4人パーティに向けて飛んでいく。
「うわっぷ!?」
砂の玉は剣の男の目の前で爆発し、砂粒が顔に向けて飛び散る。
それと同時に突入体がほんの一瞬薄まり、色が若干薄くなる。
(ここだッ! )
ルベンが両手を広げると、多層結界が伸びて広がり、ルベンが両手をパンと音を立てて閉じると、結界は突入体全てを包み込んで飲み込み、どんどんと萎み、最終的に結界ごと全て消えた。
「あ゛ー……死ぬかと思った」
ルベンがゼェゼェと息切れしていると、鼻腔から血がドロっと垂れる
「め、滅茶苦茶な……」
黒ローブの女の頭は、一瞬で起きた出来事の処理を終えたらしく、感想をもらしてへたり込む。
その一方で男は処理が出来ていないらしくいまだフリーズしている。が、数秒するとハッと我に返ったようで、また剣を強く握り込むが、リウジェンはそうさせなかった。
縮地法で一瞬で距離を詰め、彼の手の甲に飛び後ろ回し蹴りを喰らわせて剣を弾き飛ばす。
男は理性が気付くよりも前に反射的に短剣に手を伸ばすがリウジェンの捕縛術の方が早く、縄が首と足に巻き付けられ、抵抗する間もなくリウジェンは足払いして転ばし、数秒で制圧した。
「ヴルモッ!」
「ヴルモ! お前ら───」
「動くなッ!!!!!下手な真似してみろ。このじゃじゃ馬坊主の頭引っこ抜くぞッ!!!!」
後ろに控えていた3人が駆け寄るが、リウジェンが大声を挙げて一喝するとビクッとして止まる。
「ったく好き勝手解釈して暴れてくれやがって……ピリピリする気持ちも分かるが、まず頭ァ冷やして話する癖つけねーと後々困るぜ?」
「何ぃ……?」
ルベンとリウジェン、娘らは弁を尽くして自分らが反奴隷主義であること、彼女らが解放奴隷であり保護したこと、残りの奴隷を解放する為の戦闘を仕掛けに行くこと、更に首無馭者ヶ國が発生した為歴史書を漁りに来たことを説明した。
「……本当にすまない。まさか解放奴隷だったとは」
「熱い意志を持つのは素晴らしい事だな。だがここはいつも冷やしておかんと。狡賢い連中に良いように食われるぞ」
リウジェンは縄を解いて4人を正座させ、自らの頭を指さして説教する。
「ま、クドクド叱るのは俺も嫌いだからこんぐらいにするとして……手早く自己紹介タイムに入ろうか。名前、職種の二つな。俺はリウジェン。僧兵やってる。であっちが」
チラリとルベンに視点をやる。
「私はルベン。僧侶だ。よろしく」
「よーし、次はお前達だ。左から順に紹介してくれ」
「俺はヴルモ。魔法剣士だ」
「私はシャイハーン。呪い士です」
「ボクはイリュン・グェンザップ。棒術の軽戦士です」
「ぼ、僕はオッロール。遠距離魔法士。よ、よろしくお願いします」
「あー、彼女らはまだ“洗礼名”を剥奪してない。任務終了後に考えるとしようか」
「洗礼名って……」
「あの酷い名前だよ。村に帰ったら正式に名乗らせよう」
6+4で10名。リウジェンの判断で彼らと手を汲むこととした。目的は違うが、彼らは反奴隷主義のグループに属していて亜人に理解があるし、そもそも貴重な戦力だからである。そして何より見るからに根が悪くなさそう。
「危険な橋を共に渡ってくれること。心から感謝する……だが、もし私達に先制攻撃した負い目を感じての事なら─────」
「何言ってんだよルベンさん。俺らもあの野郎どもの横暴には我慢ならねぇ!ってなってたんだ。さっさと始末しちまいたくて震えてるんだよ」
「ホント気分悪いんだからアイツら!年貢の納め時って奴よね」
「平気で村娘を攫うケダモノだからね連中……簀巻きにしてゴブリンの洞窟に放り込んでもバチは当たらないよ……」
「ぼくも十発ずつ思い切り蹴り入れてやりたいよ」
不平不満がわんさか噴き出す。よほど素行が悪かったのだろう。吃驚するほど人望が無い。
「しかし良く“後ろ弾”されなかったな連中。その口振りだと相当恨み買ってんだろ?」
「|正確には後ろ弾されまくってる《・・・・・・・・・・・・・・》よ」
しばらく静寂を保つ解放奴隷の中で、“病魔”を名乗ったハーピー娘が口を開く。
「全て撃退してるってことか……?軽拳闘士は今回だけなんだろ……?」
「撃退出来てないよ。毎回襲撃隊がしくじっちまうからアタシらは敗走、再編を繰り返してたのさ。で、再編が終わったら襲撃隊を地の果てまで追って徹底的にお礼参りするってわけ」
「で、今じゃしっぺ返しが怖くて手がつけらんない状況と。本当、山賊みてぇな連中だな」
リウジェンが舌打ちをする。
「でもでも、貴方達二人がいるなら心強いわ!ヴルモの本気を跳ね除けちゃうなんて!しかも連中の古参召喚士を始末できたんでしょ!?胸が高鳴るわ〜!」
呪い士のシャイハーンがウキウキな様子で早口になる。
(冒険者って怖ァ〜………)
ルベンは一人肩身の狭さを感じつつ、全員の物騒な語彙にただ畏怖していた。




