08話 太閤の光明
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秀吉の懸念は晴れていないようだが、彼は遺言の続きを話し出した。
「一つ、五大老縁辺の儀、互いに申し合わせの上、其の結束を図るべき事。」
「一つ、秀頼が大坂城に入城の後は、諸侍の妻子を大坂へ移らしむ事」
「五大老の婚姻同盟と、諸大名の人質にございますな?」
且元の要約が入る。
「そうじゃ。豊臣の天下を盤石のものとするため、五大老にはそれぞれ縁を結ばせ、また、諸大名の妻子を質と為すことで締め付けを図る。無論、五大老とて例外ではない。」
「在京の人質を大坂へ移し、監視下に置く……当然の御判断かと」
「人質……身代金はいくらなのですか?」
秀頼が素朴な疑問を投げかけ、秀吉も且元もキョトンとした顔で不思議そうに秀頼を見つめる。
「……誘拐事件じゃないの?」
「滅相もない!人質とは申せども、諸大名の反意無きことを示さんが為のことにございます。それぞれの屋敷で丁重に、相応の待遇にて、決して粗略に扱うことはござり申さず」
「カッカッカッ!!人質がわからなんだのか!そうじゃのう、諸大名には妻と子を大坂に住まわせることで、その敵意無きことを証明させ、忠誠を誓わせる。無論、離れ離れとはなるが、これも戦国の世の習い故、致し方なき事じゃ」
現在の人質の感覚との違いに戸惑いながらも、これが戦国時代なのかと、多少の実感が湧いた。
「今一つ、御算用など、国の大事は何事も内府殿、大納言殿の御意を得て、その次第を決すべきこと」
政権の運営や豊臣家に関する御算用、つまり会計勘定や家計簿のことについては内府殿(徳川家康)と大納言殿(前田利家)によく相談し、その承認を得ること。と、こういうことである。
秀吉は他にも、家康は秀吉の死後3年は京都伏見に滞在して国政を担うことや、政務の中心となる伏見城の留守居役、つまり留守番係に関することなど、いろいろと遺言の確認をしたのだが、全てひっくるめて言うならば、『秀頼のためによろしくね。』ということである。幼い秀頼の代わりにみんなで役割分担して豊臣家を支えてくれよと、簡単に言えばそういうことだ。
「皆の衆、わしの遺言はこんなもんで良いかの?」
「こんなもんでいいです!」
砕けた雰囲気で聞いてきた秀吉に対して、淀殿や北政所よりも先に秀頼が答えた。
「カッカッカッ!!秀頼には、ちと難しすぎたじゃろう」
「いえ!わかりました!!」
秀吉は冗談交じりに眉をひそめ、少し難しい質問を秀頼に投げかけた。
「そいじゃあ、わしが死んだ後で最も頼るべきは誰か?」
「うーん……」
秀頼は頑張って考えたが……なかなか出てこない。
「且元いかに?」
「はっ!某の察するところ、内府殿かと存じまする。殿下は殊の外、家康殿を頼られており、国政までお預けになりました。加えて、武力においては勝る者これ無く、家康殿がおられる限り謀反などはそう易々と起こせますまい」
且元が家康の名前を出したとき、秀頼の頭にある言葉が浮かんだ。それは……『関ヶ原の戦い』である。
「家康はだめっ!!」
秀頼は反射的に口に出してしまった。
「なぜじゃ?」
当然秀吉は理由を聞いてきた。
「えっと……そ、それは……」
もちろん、『関ヶ原の戦いで家康の天下になって、その後に豊臣家は滅ぼされるからです!』なんてことは言えない。
「ち、父上も気づいておられるのでは?……なんちゃって」
理由が思いつかなくてダメもとで丸投げしてみた秀頼であったが……
「且元よ、我が子は神童やもしれぬ……」
「なんと?」
「まさしく、わしは家康殿を頼ると同時に警戒もしておった、……それは何故だかわかるか?」
「底知れぬ野心……にございまするか?」
「そうじゃ、わしには家康殿の腹の中を探ることはできなんだ」
「なるほど……」
なんか上手いこといったようである。
「7つの子どもがここまで気づけようか?」
「まさに神童……流石は太閤殿下のお世継ぎ、この且元、感服致し申した」
勝手に神童にされた秀頼であった。
「然らば秀頼よ、真に頼るべきは誰か?」
1分も経たずして神童の肩書を失うわけにはいかない!秀頼は全力で考えた。
「それは……」
「それは?」
豊臣家を滅ぼした徳川家康に敵対した人物……
「……石田三成」
秀頼がそう呟くと、秀吉が大声で笑い歓喜した。
「これにて疑うべくもなし!わしは最早死んでもよいわ!カッカッカッ!!」
「なんと仰せられます!!」
「カッカッ!!物の例えよ、然れどわしの考えと秀頼の考えは寸分違わず、豊臣家を想って勇猛果敢に行動に移せる大名は、実直で真っ直ぐ、無類の忠義者である佐吉をおいて他に無し!」
秀頼は神童の肩書を守りきった。ちなみに『佐吉』というのは石田三成の幼名である。
「豊臣家の未来は存外明るいやも知れぬ」
秀吉は我が子の利発さを知り、豊臣家の未来に一途の光明が見えた。
まあ、とんでもない勘違いではあるが、嘘も突き通してしまえばそれは真実。本当は色々知っていた、ということは墓場まで持って行くことにした秀頼であった。
次回、「加えられた遺言」




