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転生、豊臣秀頼  作者: 森部 かい
第1章 豊臣家を背負う者
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08話 太閤の光明

 ――――――


 秀吉(ひでよし)懸念(けねん)は晴れていないようだが、彼は遺言(ゆいごん)の続きを話し出した。


 「(ひと)つ、五大老(ごたいろう)縁辺(えんぺん)()、互いに(もう)し合わせの上、()結束(けっそく)(はか)るべき事。」


 「(ひと)つ、秀頼(ひでより)大坂城(おおざかじょう)に入城の(のち)は、諸侍(しょざむらい)妻子(さいし)大坂(おおざか)(うつ)らしむ事」


 「五大老(ごたいろう)婚姻同盟(こんいんどうめい)と、諸大名(しょだいみょう)人質(ひとじち)にございますな?」


 且元(かつもと)の要約が入る。


 「そうじゃ。豊臣(とよとみ)の天下を盤石(ばんじゃく)のものとするため、五大老(ごたいろう)にはそれぞれ(えにし)を結ばせ、また、諸大名(しょだいみょう)妻子(さいし)(しち)()すことで()め付けを()る。無論(むろん)五大老(ごたいろう)とて例外ではない。」


 「在京(ざいきょう)人質(ひとじち)大坂(おおざか)へ移し、監視下(かんしか)に置く……当然の御判断(ごはんだん)かと」


 「人質(ひとじち)……身代金(みのしろきん)はいくらなのですか?」


 秀頼(ひでより)素朴(そぼく)な疑問を投げかけ、秀吉(ひでよし)且元(かつもと)もキョトンとした顔で不思議(ふしぎ)そうに秀頼(ひでより)を見つめる。


 「……誘拐(ゆうかい)事件じゃないの?」


 「滅相(めっそう)もない!人質(ひとじち)とは(もう)せども、諸大名(しょだいみょう)反意(はんい)無きことを示さんが(ため)のことにございます。それぞれの屋敷(やしき)丁重(ていちょう)に、相応(そうおう)待遇(たいぐう)にて、決して粗略(そりゃく)に扱うことはござり(もう)さず」


 「カッカッカッ!!人質(ひとじち)がわからなんだのか!そうじゃのう、諸大名(しょだいみょう)には(つま)()大坂(おおざか)に住まわせることで、その敵意(てきい)無きことを証明させ、忠誠(ちゅうせい)(ちか)わせる。無論(むろん)(はな)(ばな)れとはなるが、これも戦国の()(なら)(ゆえ)(いた)(かた)なき事じゃ」


 現在の人質(ひとじち)の感覚との違いに戸惑(とまど)いながらも、これが戦国時代なのかと、多少の実感が()いた。


 「(いま)(ひと)つ、御算用(ごさんよう)など、国の大事(だいじ)何事(なにごと)内府(ないふ)殿、大納言(だいなごん)殿の御意(ぎょい)を得て、その次第(しだい)(けっ)すべきこと」

 

 政権の運営や豊臣(とよとみ)家に関する御算用(ごさんよう)、つまり会計勘定(かいけいかんじょう)家計簿(かけいぼ)のことについては内府(ないふ)殿(徳川家康(とくがわいえやす))と大納言(だいなごん)殿(前田利家(まえだとしいえ))によく相談し、その承認を得ること。と、こういうことである。

 

 秀吉(ひでよし)は他にも、家康(いえやす)秀吉(ひでよし)の死後3年は京都伏見(ふしみ)に滞在して国政(こくせい)(にな)うことや、政務の中心となる伏見城(ふしみじょう)留守居役(るすいやく)、つまり留守番係(るすばんがかり)に関することなど、いろいろと遺言(ゆいごん)の確認をしたのだが、全てひっくるめて言うならば、『秀頼(ひでより)のためによろしくね。』ということである。幼い秀頼(ひでより)の代わりにみんなで役割分担して豊臣(とよとみ)家を支えてくれよと、簡単に言えばそういうことだ。


 「(みな)(しゅう)、わしの遺言(ゆいごん)はこんなもんで良いかの?」


 「こんなもんでいいです!」


 (くだ)けた雰囲気(ふんいき)で聞いてきた秀吉(ひでよし)に対して、淀殿(よどどの)北政所(きたのまんどころ)よりも先に秀頼(ひでより)が答えた。


 「カッカッカッ!!秀頼(ひでより)には、ちと難しすぎたじゃろう」


 「いえ!わかりました!!」


 秀吉(ひでよし)冗談(じょうだん)交じりに(まゆ)をひそめ、少し難しい質問を秀頼(ひでより)に投げかけた。


 「そいじゃあ、わしが死んだ後で最も頼るべきは誰か?」

 

 「うーん……」

 

 秀頼(ひでより)は頑張って考えたが……なかなか出てこない。


 「且元(かつもと)いかに?」


 「はっ!(それがし)(さっ)するところ、内府(ないふ)殿かと存じまする。殿下(でんか)(こと)(ほか)家康(いえやす)殿を頼られており、国政(こくせい)までお預けになりました。加えて、武力においては(まさ)る者これ無く、家康(いえやす)殿がおられる限り謀反(むほん)などはそう易々(やすやす)と起こせますまい」


 且元(かつもと)家康(いえやす)の名前を出したとき、秀頼(ひでより)の頭にある言葉が浮かんだ。それは……『関ヶ原(せきがはら)の戦い』である。


 「家康(いえやす)はだめっ!!」


 秀頼(ひでより)は反射的に口に出してしまった。


 「なぜじゃ?」


 当然秀吉(ひでよし)は理由を聞いてきた。


 「えっと……そ、それは……」


 もちろん、『関ヶ原(せきがはら)の戦いで家康(いえやす)の天下になって、その後に豊臣(とよとみ)家は滅ぼされるからです!』なんてことは言えない。


 「ち、父上も気づいておられるのでは?……なんちゃって」


 理由が思いつかなくてダメもとで丸投げしてみた秀頼(ひでより)であったが……


 「且元(かつもと)よ、我が子は神童(しんどう)やもしれぬ……」


 「なんと?」


 「まさしく、わしは家康(いえやす)殿を頼ると同時に警戒(けいかい)もしておった、……それは何故(なぜ)だかわかるか?」


 「底知れぬ野心……にございまするか?」


 「そうじゃ、わしには家康(いえやす)殿の(はら)の中を(さぐ)ることはできなんだ」


 「なるほど……」


 なんか上手いこといったようである。


 「7つの子どもがここまで気づけようか?」


 「まさに神童(しんどう)……流石は太閤殿下(たいこうでんか)のお世継(よつ)ぎ、この且元(かつもと)感服(かんぷく)致し(もう)した」


 勝手に神童(しんどう)にされた秀頼(ひでより)であった。


 「(しか)らば秀頼(ひでより)よ、(しん)に頼るべきは誰か?」


 1分も()たずして神童(しんどう)肩書(かたがき)を失うわけにはいかない!秀頼(ひでより)は全力で考えた。


 「それは……」


 「それは?」


 豊臣(とよとみ)家を滅ぼした徳川家康(とくがわいえやす)敵対(てきたい)した人物……


 「……石田三成(いしだみつなり)


 秀頼(ひでより)がそう(つぶや)くと、秀吉(ひでよし)が大声で笑い歓喜(かんき)した。


 「これにて疑うべくもなし!わしは最早(もはや)死んでもよいわ!カッカッカッ!!」


 「なんと(おお)せられます!!」


 「カッカッ!!(もの)の例えよ、()れどわしの考えと秀頼(ひでより)の考えは寸分(すんぶん)(たが)わず、豊臣(とよとみ)家を(おも)って勇猛果敢(ゆうもうかかん)に行動に移せる大名(だいみょう)は、実直(じっちょく)()()ぐ、無類(むるい)忠義者(ちゅうぎもの)である佐吉(さきち)をおいて他に無し!」


 秀頼(ひでより)神童(しんどう)肩書(かたがき)を守りきった。ちなみに『佐吉(さきち)』というのは石田三成(いしだみつなり)幼名(ようみょう)である。


 「豊臣(とよとみ)家の未来は存外(ぞんがい)明るいやも知れぬ」


 秀吉(ひでよし)は我が子の利発(りはつ)さを知り、豊臣(とよとみ)家の未来に一途(いちず)光明(こうみょう)が見えた。


 まあ、とんでもない勘違(かんちが)いではあるが、(うそ)も突き通してしまえばそれは真実(しんじつ)。本当は色々知っていた、ということは墓場(はかば)まで持って行くことにした秀頼(ひでより)であった。

次回、「加えられた遺言」

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