03話 母上と朝ごはん
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「秀頼様!お召替えが完了いたしました!」
「うむ……」
豊臣秀頼6歳、悲しくも同じく6歳の子供に着替えさせられたのである。
――――――
さかのぼること15分前……
「それでは秀頼様、お召替えさせて頂きます」
「う、うん」
何を隠そうこの秀頼様、『お召替え』が何かわかっていない。
どうするのだろう?そんなことを思っていると、重成が近づいてきて、秀頼が今着ている服を脱がし始めたのである。
「うぉい!ちょっと待てええええい!!!」
「な、何事ですか??」
重成が不思議そうに秀頼を見つめる。
「着替えぐらい自分でできるから!その服貸して!!あっち向いてて!!」
「で、ですが!!」
「いーから!」
「は、はい……」
そう言って、重成から綺麗な空色の着物と紺色の袴を受け取ると、今着ている着物を脱いでそれを着ようと試みる。
「ん?なにこれ、どうするんだ?くっ……こうか?」
現代の洋服とは当然異なるため、彼は苦戦しているようである。
「うーん……よし、できたぞ!!」
「そちらを向いてもよろしいですか?」
「うむ!どうだ!!」
「……」
彼は重成に自慢げに見せたが……衿も逆、袴の向きも逆、ぜーんぶ逆のオンパレード。
「秀頼様……」
「うむ!」
重成は秀頼の前にスッと片膝を立てて座ると、『御免っ!!』と言ってサササーっと、ものすごい手際でぐちゃぐちゃの着物を脱がしていく。
「ぎゃああああ!!!」
「ぎゃあ!ではございません!!このような格好で、淀殿との朝餉にどうして向かえましょうか!!」
「あ、あさげ?」
「朝食にございます!」
そう言って重成は秀頼の「お召替え」を始め、15分後に戻るのである。
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「秀頼様!お召替えが完了いたしました!」
「うむ……」
この時代の服の不便さを実感しながら、恥ずかしい時間は過ぎ去ったのであった。
「それで重成、朝ご飯はどこで食べるの?」
「はっ、今我々のいる西の丸御殿、御座の間にございます」
「に、にしのまる?」
「某がご案内仕りますので、御同道賜りたく存じます」
「ごどう……なんて???」
重成よ、彼に難しい言葉は使わないであげてほしい。
すると彼は、秀頼が理解していないのを察したのか……
「えっと、ついてきてください!」
「は、はい!」
すぐに主君の意を汲み取り、簡単な言葉で言い直すとは……重成はできる男である。
そのまま重成について部屋を出ると、優しそうな中年の男が廊下に控えていた。
「お主は誰じゃ?」
秀頼は時代劇のような言葉遣いを意識して尋ねてみた。
「はっ、御前に侍りまするは豊臣家家臣、片桐且元にございます」
片桐且元、彼は豊臣家の家臣として仕え、史実において秀吉にその才能を買われ、戦略・軍事などで重要な役割を果たした。
豊臣家が徳川家康によって滅亡の危機に陥った際、且元は徳川との交渉などに東奔西走するも、結果は史実の通りである。
「憚りながらこの且元、若君の御身を守るべく、御方様よりご下命を賜り、斯くの如く馳せ参じた次第にござりまする」
哀れなるかな秀頼よ、またしても難しい言葉が盛りだくさんである。
「???」
当然の反応である。
「秀頼様!」
「んあ……??」
「彼は、『秀頼様の目の前にいるのはあなた様の家臣の片桐且元でございます。恐れ多いですが、秀頼様をお守りするように淀殿からご命令がありましたので、このように来た次第です』と、申しておいでです」
「な、なるほど!」
木村重成、できすぎる男である。
6歳にしてなんという気遣い、このおバカには勿体ない程である。
「且元よ!」
「ははぁー!」
「しっかりと守っておくれ!」
「はっ!この命に代えましても!!」
別に命まで懸けなくても……秀頼はそんなことを思いながら淀殿の待つ御座の間へと向かった。
「こりゃ迷路だな……」
「秀頼様!あちらにございます!」
重成の元気な声に励まされながら、小さな歩幅でせっせと歩いていると、彼を起こしに来た綺麗な女性が座って待っている部屋が見えた。
「あれが母上……」
先ほどはせかせかと出て行ってしまってあまりわからなかったが、よく見てみると、とんでもない美人である。
「秀頼様」
「よし、じゃあ行こうか!」
重成の手をつかんでその広間に入ろうとすると、且元が言った。
「では某は隣の部屋で待機しております」
「え、そ、そうなの?一緒に食べないの?」
「お、恐れ多きことにございます!御儀の場ならばいざ知らず、仕えるべき御方と共餐致すなど!!」
また難しい言葉を使ったな……と思いながら、秀頼が『じゃあまた後でね』と言うと、且元は『では』と一言を添えて隣の部屋へ向かった。
「重成は?」
秀頼がそう尋ねると、重成は淀殿に一礼をして「某は秀頼様の後方にて待機致しております」と言って、秀頼が座るのであろう場所の後ろに向かった。
そして秀頼がお膳の手前に座ると、少しだけ近寄って重成も腰を下ろした。
しばしの沈黙がその場を包む。
初めに口を開いたのは、やはり淀殿であった。
「秀頼、今日はずいぶん時間がかかったようですね?新しい小姓は手際が悪いのですか?」
淀殿はちらっと重成のほうを見て秀頼に尋ねた。
後ろを見なくても重成の不安そうな顔が目に浮かぶ。
あんなにできる男は重成をおいて他にはいない!!そう思いながら少し食い入るように秀頼は答えた。
「いえ!母上!今日遅くなってしまったのは、自分でお召替えをしようとして、でも出来なくて重成に初めから直してもらったからなのです!」
「それと、重成が家臣として相応しいかどうか試験をしておりました!!」
「あらまあ……試験??」
まるで友達と遊んで帰ってきた子どもの話を聞くかのように、淀殿は朗らかな笑みを浮かべながら秀頼の話を聞いている。
「はい!重成は、出した問題に丁寧に答えてくれました!しかも、且元が難しい言葉を話して困っていた時に分かりやすい言葉に直して教えてくれました!!」
「ふふ、そうですか、それはよかったわね」
淀殿は明るく話す秀頼を見て、嬉しそうに答えた。
「では重成と仲良くなさい」
「はい!母上!」
重成は、安堵の思いに加えて、秀頼に褒めてもらえたことに嬉しさを隠しきれず、感謝の気持ちを込めて秀頼に向かって深く頭を下げた。
どうやら淀殿は、食事中あまり話さないようで、あれよあれよという間に食べ終わってしまった。
「では秀頼、今日は未の刻ぐらいにまた呼びに行きます。それまではゆっくりしていてね」
「は、はい!」
そういって淀殿はどこかへ行ってしまった。
「秀頼様!我々も戻りましょう!」
「うん!」
大広間を出て、隣の部屋の且元を呼びに行く。
「且元!食べ終わったよー!」
「はっ!ではお供いたします!」
そうして、3人は秀頼の部屋まで帰った。
次回、「お勉強の時間(前編)」