01話 転生、豊臣秀頼
ザ・平凡な男子高校生、木下英頼17歳。
顔はそこそこ、彼女無し。
身長体重ともに平均、人間関係付かず離れず。
勉強が苦手な彼は、来週に迫っていた期末テストに頭を悩ませていた。
「はぁ……昨日も勉強した日本史、もう忘れてる。どうしよう……」
自室でそんな愚痴を漏らしながらも、テスト勉強のため、渋々と開き癖のない教科書に視線を向ける。
「豊臣秀吉の政治基盤……秀吉は晩年、信頼の厚い家臣を五奉行、有力大名を五大老として、合議制での政権運営を図った。ほうほうそうなのか……」
やはり彼は忘れているようだが、昨日もやった所である。
「五大老には徳川家康……あ、この人、江戸幕府の人だ!えっとそれから、前田利家、毛利輝元、上杉景勝、宇喜多秀家……うん!ぜんぜん知らん」
授業でやった時には何となく覚えている彼だが、一度寝るとすぐに忘れてしまうので困ったものである。
「えーと、五奉行は……おぉ!石田三成って関ヶ原の戦いの人じゃん!中学校でやったなぁ。他の4人は聞いたことないけど!」
こんな調子では来週の期末テストに間に合わないことは明白。
だがやるしかない!
そのまま小一時間ほど教科書と睨み合い……
「ふう……今日はこのぐらいにしとこうかな。あー、疲れた疲れた」
彼は明日も頑張ろうと心に決めてそのまま寝ることにした。
――――――
次の日、いつものように起きた……
つもりであった。
「え……」
時計を見ると、なんと8時を過ぎている。
「やばいやばい!!遅刻する!!!」
彼は慌てて準備をして、そのまま大急ぎで学校へ向かった。
「はぁ、はぁ、間に合うかな……」
到着まであと半分かというところで、彼の目に異様な光景が飛び込んできた。
なんと、赤信号の横断歩道にかわいい子猫がいるではないか!
そして止まる気配がない猛スピードのトラックも。
「危ない!!!」
彼は助けようと、走る足を止めずに横断歩道に突っ込んだ。
しかし!そんな状況から逃れられない猫ではない!
横断歩道の中央まで来ていた彼を差し置いて『ぴょん』と歩道へ…
何とか逃げられたなら良かった……
そう思ったのも束の間、彼の目の前には猛スピードで突っ込んでくるトラックが!!
そして彼は思った、というか口にした。
「うわああーー!!!死ぬぅぅぅー!!!」
――ドゴンッ
状況を把握する間もなく、彼の目の前は真っ白になり、耳鳴りが止まらない。
「俺はこんなところで死ぬのか……まだやりたいことだっていっぱいあるし、一回ぐらい彼女、欲しかったなぁ」
「くそっ!このまま死んじゃうんだったら、一度でもいい!!」
「どんな逆境でもいいから、悔いのない人生を送りたい!!」
――――――
そんなことを思った直後、彼の視界にぼんやりと黒い影が映った。
彼自身は倒れているようで、その黒い影はどうやら人らしい。
上から彼を覗き込んでいる。
「……より、……でより」
何か聞こえる……
「ひでより!!」
「は、はい!!」
大きな声で自分の名前を呼ばれて、思わず声が裏返ってしまった。
「秀頼はいつまで寝ているつもりか?」
飛び起きて、次第にはっきりと見えるようになった彼の目には、藍色の打掛に桜色の小袖を着た、美しい女性が映った。
「だ、だれですか?」
彼がそう尋ねると、その女性はむすっとした顔で答えた。
「まったく……寝ぼけていないで早く起きなさい。そこの小姓が、どれだけ声を掛けても秀頼が起きぬと、わらわに泣きついてきたのですよ」
「はあ、胡椒が……」
まったくもって違う。
「早く支度をするのですよ」
彼女はそう言い残して部屋から出て行ってしまった。
「……」
「……」
小姓と二人きりになってしまったこの部屋に沈黙が続いた。
「あ、あの秀頼様……」
先に沈黙を破ったのは小性であった。
「はい!な、なんでしょうか」
彼は、なぜみんなが自分の名前を知っているのか疑問に思いながらも小性の呼びかけに応えた。
「お召替えさせて頂きたいのですが……」
「お召替え……」
何のことだかさっぱりわかっていないようである。
だが、彼の頭はその言葉の意味を考えるどころではなかった。
「な、なにが起こってるんだ?そもそもどこだ、ここ……ばあちゃん家の和室みたいな……」
小さな声で独り言をぶつくさと言いながら下を向き、口元に手を当てて考えようとした。
「ん?」
視界に入った自分の手を見て彼は気づいた。
「なんか……小さい?」
余計に混乱して何から考えればいいのかわからなくなった彼に小姓が話しかける。
「あの……秀頼様、先ほどから何かおしゃっているようですが、不都合でもございましたか?」
小姓は少し困り顔をして彼に尋ねた。
「不都合というか、なんというか、俺って誰なんでしょうか?」
「え?」
「え?」
「……」
「……」
いきなり他人から自分が誰なのか尋ねられたら、こうなるのも無理はない。
「まちがえた!えーと、俺の名前って知ってる?」
「は、はいっ!太閤秀吉公のお世継ぎ、豊臣秀頼様にございます!」
「え……」
彼は3秒ほど固まり……
「えええええええええ!!!!!!!」
部屋中に、いや、外まで響いたであろう大声で叫んだ。
小姓は驚いて尻もちをつき、何か粗相をしてしまったのではないかと不安になった。
「あ、あ、あの秀頼様……なにかお気に障るようなことを申しましたか……?」
「あ、ご、ごめん!全然そんなことないよ、ほんとにごめんね」
そう言って、部屋の机にあった美しい漆塗りの装飾をされた鏡を見てみると、本当に知らない顔になっている。
「5歳か、6歳くらいか?ていうか、声すごい高かったのに何で気づかなかったんだろう。バカなのか?」
バカである。
とりあえず彼は情報を整理することにした。
ちなみに小姓というのは、武将の側に仕えて、身の回りの雑用などをこなす役職のことである。
「俺はたしか、猫を助けようとして、そのままトラックに轢かれて死んだはず……まさか転生?もしかしてあのトラックって、よく聞く転生トラック……」
「さっき、あの子が秀吉の世継ぎって言ってたから、あの天下統一を果たした豊臣秀吉の息子なのか??」
「なんで異世界とかじゃなくて過去の日本で、しかも戦国時代なんだよ……」
「まてよ……」
彼は授業で習ったことを何となく思い出した。
「そういえば豊臣家って、秀吉が死んじゃってすぐに徳川家康の時代になって……江戸幕府ができた後に滅亡してなかったか……?」
「でも何年のことかわかんないし……今が何年かもわからん……」
「くっ……こんなことならもっと勉強しておけばよかった……」
来週の期末テストの範囲が近世で、しかも『戦国大名の登場から江戸幕府の成立』でなければ恐らく何も知らないまま滅亡していたであろう。
「滅亡することだけでも知ってるからまだマシか……これからなんとかするしか……」
「まさか……逆境でもいいからもう一度悔いのない人生を、とかお願いしたせいなのか??ああああ!!ミスったあああ!!!」
「もしあの時、あのトラックが転生トラックだって知っていたら……くそう……」
いまさらどうにもならない後悔をしつつ、豊臣秀頼に転生したことを悟った彼は、とりあえず今の状況を整理して、今後の身の振り方を決めることにした。
はじめまして、森部かいです。この『転生、豊臣秀頼』は私の人生初作品になります。史実や細かい出来事や事件、時期などが結構あいまいですが、ifストーリーとして許してください。また、月日については陰暦(睦月、如月、弥生など)が分かりにくいので、現在の言い回し(1月、2月、3月など)で表現します。それから、諱の敬避についても、分かりにくくなるためあいまいになっています。ご了承ください。次回、「ひでよりだけど、秀頼じゃない!!」お楽しみに!