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公式企画(冬)

夜のさんぽ

作者: 岩越透香

 日が完全に沈み、みんなが寝静まる頃、一匹の獏が静かに目を覚ましました。彼女の名前はアクア。とある動物園で飼育されているメスの獏です。


 彼女は白黒の体毛を持ち、可愛らしい顔をしていますが、マレーバクではなく夢を食べる妖怪です。獏は悪夢を食べるとか、邪気を払うとか、そういった能力を持つ妖怪で、簡単に言うと、人に幸福をもたらす能力を持っています。


 彼女の好物は仲良しの飼育員さんに食べさせてもらうリンゴですが、今日はリンゴを貰えませんでした。とっくにリンゴの旬が過ぎていて、中々手に入らないためですが、彼女としては知るところではありません。


 ですので、彼女は妥協して二番目に好きなものを食べることにしました。彼女が二番目に好きなものは人々の幸せな夢です。もちろん見るのも大好きですが、やはり食べることには及びません。彼女が持つ能力の一つの夢喰いを使って、近くで寝ているマレーバクたちの夢を一口食べてみましたが、物足りませんでした。


 より楽しく美味しい夢を作り出すのはより知能の高い動物――人間です。そのため、彼女は幸せな夢を求め、町に繰り出しました。そう、「美味しいものが食べたい」という誰もが持ちうる欲求が、彼女を夜の散歩へと突き動かしたのです。



 彼女が初めに目を付けたのは動物園の近くの一軒家。その中の、ヒーローのフィギュアを持っている男の子の元へ行きました。子供は大人に比べて幸せな夢を見ていることが多いからです。妖怪として長い年月を生きてきた彼女の知恵でした。


 彼女は長い鼻を男の子の額の上に置き、そっと目を閉じました。


 彼女が目を開けると、高層ビルの屋上に居ました。大地が割れるような音がして振り返ると、彼女は怪獣と目が合います。


「ギャオーン」

怪獣は彼女を目掛けて走り出しました。本来の彼女は空を飛ぶくらい朝飯前ですが、ここは夢の中。夢の主人である男の子はバクが飛ぶとは思っていないため、今の彼女には歩くくらいしか出来ませんでした。


 夢の中で死んでしまうと現実にも影響するかもしれません。命の危険を感じた彼女が現実世界に戻ろうとした時、「そこまでだ!」と誰かが言いました。


 声の主は男の子が持っていたフィギュアでした。夢の主人が見当たらないことから、彼女は彼が夢の中でヒーローになっているのだと考えました。夢は都合が良い世界ですから、この世界の主人公が来たのなら安心です。そう考えた彼女は少し離れた所で彼の戦いを見ることにしました。


「これ以上町を壊させない!」

彼はそう言うと怪獣を蹴りました。怪獣は近くのビルを薙ぎ倒しながら地面に倒れます。


(巻き込まれる!)

危機感を覚えたアクアは慌てて夢の世界から飛び出します。


(危ない夢は食べちゃえ!)

現実世界で目を開けた彼女は力を使って夢を具現化させます。彼の夢は真っ赤に熟れた果実のような姿でした。アクアはそれを一口で飲み込みます。


 彼女の口の中で果実がパチっと弾けました。赤い果実はピリ辛で美味しい夢でした。入り込んでしまった彼女にとっては怖い夢でしたが、夢の主人にとっては最高の夢だったのでしょう。



 男の子の夢というメインディッシュを堪能したアクアはデザートが食べたくなりました。甘い夢が食べられそうな家を探して夜の空を駆けました。


 彼女が次に向かったのは五歳くらいの女の子の家でした。お菓子に囲まれる夢の味もお菓子と同じように甘くて美味しいからです。


 アクアは女の子の夢の中に入り込みます。そこは彼女が予想していた通りの空間でした。


 ふわふわの綿菓子雲が浮かぶソーダの色の空の下、スポンジケーキの地面を歩き、チョコ菓子でできた木々を抜けると、町のような場所に出てきました。そこには様々なお菓子で作られた家が並んでいますが、人の姿はありませんでした。


 夢の主人を探そうと、ビスケットで舗装された道を進んでいくと、ブドウジュースの噴水が彼女の目に入りました。歩き疲れていた彼女はジュースを一口、また一口と飲みます。喉が潤い、余裕ができた彼女が辺りを見回すと、今度はオレンジジュースの噴水を見つけます。ブドウとオレンジの噴水があるならリンゴもあるはずだと、本来の目的を忘れ、彼女は広場を駆けました。


「いたっ」

アクアは噴水を探すのに夢中になって前を注意していませんでした。ぶつかったのは夢の主人。彼女は桃色のワンピースを着てフリルたっぷりの可愛いエプロンを着ていました。


「あなたはだあれ?」

「獏だよ。私はアクア」

アクアは声を出せることに気がつきます。


「えっと、わたしは愛梨あいり! いま、なにをしているの?」

「今はリンゴジュースの噴水を探しているところなんだ」

「そうなんだ! 愛梨があんないしてあげるよ!」

アクアは彼女に連れられてリンゴジュースの噴水に向かいます。一人と一匹はチョコレートの川を渡り、ミルフィーユ山を通り、ゼリーの平原を飛び跳ねながら進んで隣の町まで辿り着きました。


 リンゴジュースの噴水を見つけたアクアはごくごくごくとジュースを枯らす勢いで飲みました。あまりの美味しさに息継ぎを忘れ、アクアは息が苦しくなってしまい、咳をしてしまいます。仕方がなく、飲むのをやめたアクアが振り返ると愛梨がニコニコ笑っていました。


「アクアちゃんはリンゴがだいすきなんだね」

「甘くて美味しいから!」

「じゃあついてきて! とっておきをたべさせてあげる!」

愛梨とアクアはタルトの舟でシロップの海を進みます。しばらくすると島が見えてきました。ふわりと甘いバターの香りが漂ってきます。


 島に上陸すると、愛梨は地面をちぎってアクアの口の中に入れました。


「これは……リンゴ?」

「そう! アップルパイ! 愛梨もすきなの」

彼女たちはお腹いっぱいになるまでアップルパイを食べ続けました。


「つぎはどこにいく?」

愛梨は目を輝かせて聞きましたが、アクアは俯いてしょんぼりした顔で「もう帰らないといけないの」と言いました。


「どうして?」

「家が遠いから。早めに帰らないと心配されちゃうんだ」

「……そっかあ。でも、また愛梨のところにあそびにきてね!」

愛梨の手とアクアの鼻で熱い握手を交わした後、アクアは現実世界に戻ってきました。夢の中でお腹いっぱいになったアクアは愛梨の夢を食べずに動物園に帰ることにしました。



 アクアは帰り道で酷く魘されている男性を見ました。彼は仕事着のままベッドに入っていることもあって、快適そうとは言えませんでした。


(魘されてかわいそう……)

彼女は夢を食べてあげることにしました。


 具現化された夢は黒くてドロドロした液体のようでした。アクアはそれを一思いに飲み込みます。その途端、彼女の口の中に強い苦味が広がりました。吐き出したい欲求を抑え込んで、彼女は全てお腹の中に押し込みました。


 夢を食べると彼の顔色は少し良くなりました。アクアは動物園に帰ろうとしましたが、数分もしないうちに彼の顔色はまた悪くなってしまいました。彼は新たな悪夢を見始めているようでした。


(食べ続けていても良くならない。だったら夢の内容を変えよう!)

アクアは彼の夢の中に入ることにしました。


 彼は何もない空間で膝を抱え込んで俯いていました。そして黒い人型の影が彼を囲むように立ち、何かを囁いています。アクアが囁かれた内容を聞くことはできませんでしたが、囁かれるたびに暗くなる彼を見て、良いことを言われている訳ではないということだけは分かりました。


(今こそ、ヒーローの出番!)

アクアは食べた夢を他の誰かに見せる能力を持っています。そしてその能力を夢の世界で使うと二つの夢を融合させることができるのです。彼女はあのヒーローが彼を救ってくれると信じて夢を融合させました。


「一人を寄ってたかって虐めるなんて許さないぞ!」

ヒーローがポーズを決めてビームを放つと、夢の主人を取り囲んでいた影たちは綺麗さっぱり消えました。異変を感じた彼が顔をあげると、ヒーローと目が合いました。その瞬間、彼の目に光が灯りました。


「懐かしいな、ヒーロー。俺も昔は憧れてたっけ。どうして今まで忘れていたんだろう」

彼が立ち上がると何もない空間は壊れ、彼がヒーローに変身していました。


「俺はヒーローになってやるんだ!」

悪夢から解放された彼を見て、アクアは安心して現実世界へと戻りました。



 アクアが使った夢を見せる能力には一つだけ欠点がありました。それは食べた夢を外に出してしまうこと。すなわち、お腹が空いてしまうことです。


 もうすぐ夜が明ける時間。もう一度夢を食べることはできないでしょう。ですが、アクアが動物園に帰る道のりは軽く、彼女は幸せそうでした。

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今後の創作活動の参考にさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
夢を食べる獏という話を聞くことはあっても、夢がどんな味をしているかということは考えたことがなかったですねー。 誰もが幸せな夢を見られますように!
2025/01/27 16:03 退会済み
管理
面白かったです! アップルパイがすごくおいしそうですね!
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