八十八話 激突
未読の方は概要欄から第一部をどうぞ。
バギィン!
耳に障る金属音が高く鳴り響く。
翔霏の棍の一撃目は、覇聖鳳が慌てて拾い上げた大刀によって防がれてしまった。
本当に、悪運の強いやつだッ!
しかしその衝突で、覇聖鳳自慢の大刀が割り折られる。
強いぞ、椿珠さんオススメ、西方鋼鉄を使った車軸鉄棍!
切っ先の破片が宙を舞い、翔霏は上体を反らして難なくそれを避ける。
「生きてたかサル女!」
折れた刀のもう半分を翔霏に投げつけ、見栄えも気にせず逃げの一手を打つ覇聖鳳。
覇聖鳳の愛馬はとても優秀らしく、主人の危機を察してぴょんと跳ねるように走り出す。
「逃がさんッ!」
翔霏は自分に投げられた覇聖鳳の刀をキャッチし、そのまま覇聖鳳が跨る白馬の尻に投げ返す。
見えている範囲なら、翔霏に飛び道具の攻撃は効かないんだよ!
回転しながら飛んだ刀は、見事に馬の臀部に突き刺さる。
驚いた馬が跳ね、バランスを崩した覇聖鳳は地面に投げ出され、ごろごろと受け身を取りながら転がった。
唖然としてその一瞬の出来事を見ていた白髪部、青牙部双方の兵士たちも我に返る。
「囲め! 頭領を守れ!」
「こうなっては一騎打ちもあるものか! 突撃だ!」
「どこの刺客だ!? 白髪の連中の味方か!?」
「あの子らは死んだんじゃなかったんか!!」
現場は両軍入り乱れての混戦、混沌のるつぼと化した。
「なっ!? 俺と覇聖鳳の勝負だ!! 男二人が、勝負の中にあるのだ!! 誰も手出しをするなァッ!!」
斗羅畏さんが悲痛に叫ぶのも虚しく、一度火の点いた戦場が鎮まることはない。
そもそも覇聖鳳がなりふり構わず逃げ出した以上、勝負もへったくれもないのだ。
「邪魔をするなら死ぬぞッ!!」
覇聖鳳の盾となるため立ちはだかる、青牙部の兵士。
それらを正確な急所への打撃でバタバタと薙ぎ倒し、斃れた敵の身体を飛び越えながら、翔霏が覇聖鳳を追う。
頑強な鉄棍を携え、手加減なし容赦なしの瞬殺モードを発揮している翔霏は、通り過ぎただけで命を奪う死神の如しだ。
人の目で追える攻撃の速度ではなく、鎧や兜もまるで意味を成さない衝撃の強さで、モーセが海を割るように兵の波を切り抜ける。
「頭領、こっちだ!」
仲間にかばわれながら、他の馬に乗り換えて逃げようとする覇聖鳳。
「させるかよおおおおおおッ!!」
「ブンメエエエエエエエッッ!!」
そこに軽螢とヤギが雄叫びと共に、捨て身の特攻をぶちかます。
「ぐっわ!!」
「ヒヒヒイィィィン!!」
兵士たちはヤギに弾かれ、馬は軽螢の青銅剣に脚を打たれる。
暴れた馬体に振りほどかれ、覇聖鳳はふたたび地面に飛んだ。
「いででっ」
どうやら足を挫いたようで、立ち上がろうとした際に足首に力が入らず、再びコケた。
そこに、ただの邑人Aにしか見えない、目立たず、誰にも警戒されず、小さな体でコソコソと、修羅場の真ん中へと紛れ込む一人の女。
私だよ!
起き上がろうとする覇聖鳳の前に。
毒の串を逆手に握った、私が一人、立っている!!
「あ、お前」
ぽかんとした顔の覇聖鳳に。
「うわああああああああああああああああああああああっ!!」
全力で、串を持つ手を振り下ろす。
私の小さな体、乏しい腕力でも。
お前一人くらい、殺せるんだからなーーッ!!
「ぐっ!」
私が右手で振り下ろした一本目の串は、顔をかばった覇聖鳳の左手に突き刺さる。
喉を狙ったんだけど、上手く行かないもんだ!
それでも、人間の手は、二本あるんだぞ!!
「ああああああああああああああああっ!!」
殺意しか籠っていない叫びとともに、私の左手に握られたもう一本の毒串が、続けて覇聖鳳の首筋を狙う。
「でぇッ!」
しかし、覇聖鳳の頭突きをカウンターで顔面に受け、私は後ろに吹っ飛んだ。
「ギィ!」
アドレナリン出まくってるからか、ちっとも痛くないもんね!
二本目の串は、覇聖鳳の服に引っ掛かってぶら下がり、すぐに地面に落ちた。
「ふーーーーーーーっ! ふーーーーーーーーっ!!」
昂奮の息吹、流れる鼻血とともに私は起き上がり、懐からさらに二本の串を取り出す。
「毒かよ」
覇聖鳳は下腕に刺さった串をすぐさま抜き取り、この一撃がたちの悪い毒劇物であることを敏感に悟る。
傷の深さ、毒の沁み具合はわからない。
しかし、覇聖鳳は生きて、まだ元気に動いている。
秘蔵の毒串、手には二本。
残り二本。
最後の二本だ!
「覇、聖、鳳おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
絶叫して走り出す私を見て。
覇聖鳳は、確かに、笑っていた。
この期に及んで、呼び捨てにするなよ、とでも思っているんだろうか。
どうでもいいよ、今は。
お前がどう思おうと。
私がどう感じようと。
これで、終わりだ!!
「麗央那、危ねえッ!!」
突然、私の横から軽螢が飛んできて、胴タックルを仕掛けた。
もんどりうって地面に転がる私たち。
「軽螢どいて! 覇聖鳳を殺せない!!」
私が叫んで、憎き仇の顔を見ると。
ストトトトトトッ! と連続して、さっきまで私がいた場所に、大量の矢が飛んで来て、地面に刺さった。
「二人とも走れ!! 狙われてる!!」
翔霏の声でハッと事態に気付く私。
ふと見た上空から、無数の矢がこっちに飛んでくるのがわかった。
「ヤな予感はこれかよ~~~!!」
軽螢がうんざりした声で叫ぶ。
一緒に全力でダッシュして、ヤギも私たちに続き、降り注ぐ矢の群れから逃げる。
最初に軽螢が嫌がって拒否した観察ポイントの近くに、青牙部の伏兵が潜んでいたんだ。
そいつらが今、覇聖鳳を避難離脱させるため、援護射撃を始めたのか!
「北西の丘じゃあ! 潜んでる弓兵を片付けい!!」
白髪部の誰かわからないけれど、年配の将が叫ぶ。
迅速に兵たちが動き、丘の林に隠れる伏兵たちを掃討しに向かう。
私と軽螢は邑の入り口に構えられた矢倉の陰に滑り込み、飛んでくる矢から身を守る。
「二人とも大丈夫か?」
翔霏が合流して、私たちの安否を気遣った。
「な、なんとか……」
「メメメメメェ……」
ひぃはぁと息を乱し、軽螢が答えた。
ヤギは超、震えて啼いてた。
私も、矢が服や毛皮の帽子をかすめたけれど、不幸中の幸いで大きな怪我はない。
あ、鼻血をドバドバ出してますね。
今になって、じんじんと痛くなってきちゃったよう。
でも、両目から溢れる涙は、痛みのせいじゃない。
「ダメだった……あと一歩だったのに……あああああああん、うわあああああん」
わあわあと泣く私を、翔霏がぎゅうっと抱き締める。
翔霏が覇聖鳳をこれ以上、追い詰めていない理由は。
「余計なことを、してくれたなァ……!!」
怒りで右目の傷口からゴポゴポと血を噴出させてる斗羅畏さんが、私たちの前に立っていた。
まさに地獄の鬼か羅刹のような形相だ。
覇聖鳳たちを追い散らし、邑を制圧した白髪部の精兵たちが私たちを取り囲んで、刀槍をずらりと向けている。
一騎打ちを邪魔され、誇りを穢された斗羅畏さん。
私たちの行いが、白髪部としての軍事行動に対する阻害、迷惑行為であることも、重々承知している。
分かっていた、理解していた。
それでも私たちは、こうするしかなかったんだ。
なのに、ここまでのことをしたのに、覇聖鳳にトドメを刺すことはできず。
混乱の中で、逃げられてしまった。
「この場でお前らを血祭りに上げて、皮を剥いで野犬に食わせたいところだが」
血管のビキビキに浮いた顔で、それでも斗羅畏さんは自分を抑え、剣を鞘に納めた。
「親爺が待つ東都で拘留させてもらう。赤目の大伯父貴に感謝しながら、マシな言い訳でも考えるんだな」
私たちが星荷さんの連れて来た客人であることを理由に、その処分を保留してくれたのだった。
またあの胡散臭い坊さんに、借りを作っちゃったよ。
「形の上だけじゃが、縄をかけさせてもらうぞ」
私たちの体を拘束しようと、老将が近付く。
声からして、丘の上の伏兵にいち早く気づき、討伐を指示した人だ。
「指一本、私たちに触るな」
彼を翔霏が睨み、拒絶する。
その気迫と覚悟がただ事でないと正しく理解した老将は、一瞬、たじろぐ。
翔霏がやけを起こして暴れ出すとどうなるか、ついさっきにまじまじと見せつけられたばかりだからだ。
辺りには、翔霏の棍を喰らって悶絶昏倒している青牙部の雑兵たちが、何人も横たわっている。
しかし彼は引き下がることなく、と言って威圧的に脅すでもなく。
小さな声色で、私たちだけに聞こえるように言った。
「そうでもせんと、御曹司は納得してくれぬ。頼む、ここは聞いてくれ」
なおも黙って静かな威嚇をする翔霏に、老将は重ねて言った。
「御曹司を救ってくれて、感謝しておる。あのままでは、覇聖鳳のやつに打ち負かされていたじゃろう……」
その顔に憎しみや敵意は感じられなかった。
私たちの行動は、あくまでも結果だけを見れば、片目が塞がって不利になっていた斗羅畏さんを、有耶無耶のうちに助けたことになるからだろう。
斗羅畏さんのプライドを慮り、割って入ることができなかったお仲間の、代わりを務めたように見えなくもない。
老将の重厚で優しい雰囲気に、翔霏も抵抗の意志を引っ込め、黙って俯き棍の構えを下げた。
「今日はこれ以上、走るのも喧嘩も無理だよ。従っとこうぜェ」
軽螢がバンザイ状態で、疲れた声を出した。
私たちは、素直にお縄につくことにした。
翔霏一人ならともかく、私と軽螢はもう、抵抗できないのだ。
「助かる。悪いことにならんよう、最善は尽くす」
老将さんの気遣いか、手足は拘束されずに、胴体を緩く結ぶだけの縄が、私たちにかけられた。
がくり、と翔霏がその場に這いつくばり、拳で地面を叩いた。
「最初の一撃、飛んだ刀の破片を無意識に避けてしまった。それがなければ二撃目を、もっと速く打ち込めたはずなのに! 私は、臆病者だ……!!」
普段は泣き言も後悔も、まず口にすることはない彼女が。
自分の判断が、あの一瞬の行動が誤っていたのだろうかと、声を震わせ、目尻を濡らすまでして、悔しさに喘いだ。
あの翔霏ですら泣くほど、地をかきむしるほどに悔しいのだ。
翔霏が臆病者なら、全人類の9割9分9厘は震える子鹿ちゃんみたいなものだな。
けれど。
本当に、文字通り、あと一歩、あと一挙の距離に、覇聖鳳の命を、捉えることができたのに。
残り1厘の勢いが私たちにあれば、やつを、殺せたのに。
そう思うと、私の胸も、たまらない感じになる。
「次があるよ」
強がって上を向き、そう言った。
まだ私たちだって、生きているんだ。
次に覇聖鳳を、じっくりと殺し直すためには。
時間と休息、そしてなにより、新しい策が必要だ。
局面も状況も、大きく変わってしまった。
第3ラウンドは、痛み分け。
「おぬしら、とんでもない気迫じゃったのう。背に炎を負っておるようじゃったわ……」
私たちを東都に送る馬に乗せ、先ほどの老将さんが嘆息する。
前にも誰かにそんなことを言われた気がする。
ジャッジの採点では今回のラウンド、私たちに優勢点がついたかな?
戦いは終わっておらず、これはただのインターバル。
泣いている場合じゃないぞ、北原麗央那!
次回もお楽しみに。




