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純文学

今日は8月15日

作者: 本羽 香那


 俺は大学2年生で、夏休みに突入していた。

 少し前までは、夏休みの中でも講義やサークル活動もあったが、もう少しでお盆なためどちらもない。

 友人達は皆実家に帰っているため、遊び相手もいない。

 バイトもないし、県外の大学に進学したため1人暮らしで家には誰もいない。

 1人だからと言って、1人で楽しめるような趣味も持っていない。

 またここはとても田舎なため、遊ぶところもあまりない。

 スマホと言う最強な味方はいるものの、少し暇を持て余していたのであったのだ。


 そんな中、母から電話が掛かってきた。

 普段は電話などはせず、母はLAINやインスタグラムなどのアプリは落としていないため、メールでたまにやり取りをするだけ。

 電話をしてこない母だったので、少し驚いたものの、スマホを取り耳を当てる。


「ねぇ、こっちに帰ってこない?」


 母は一言だけそう言うと、俺の返事を静かに待った。

 何でこんなことをわざわざ電話で言うのか不思議に思った。

 この一言のためなら、メールで良いじゃないかと思ったのだ。

 しかし、そう言えば最近メールを見ていなかったと気づく。

 実は暇すぎて何もすることがなかったので、ずっとベッドの上で寝ていたのであった。

 急いでメールを開くと、2日前に母からメールが届いていた。

 その内容は先ほど尋ねられた質問であった。

 俺が返事をしなかったから、わざわざ電話で掛けてきたのだと、ここまで来てようやく理解することが出来た。


「帰ってくるの? 帰って来ないの?」

 

 母は少し苛ついているようでもう一度尋ねる。

 母は帰ってきて欲しいと言うことは分かっている。

 何故なら去年の夏休みにも、春休みにも同じ質問をしてきたからだ。

 去年の夏休みは、この田舎では車の必要性を感じ、自動車の免許を取ろうと断った。

 去年の春休みは、友人達と遊ぶからと言う理由で断った。

 2回とも断った俺だが、この答えを聞いた母は分かったと言いながらも少しがっかりした声だった。

 去年は期待のある明るい声だったが、今回は今年もどうせ断られるのだろうなと言う諦めの少し暗めの声だった。

 どうやら、断られる可能性は考えているようだった。

 しかし、今の俺には断る理由がなく答えは一択だった。


「帰るよ」


 その返事を聞いた母は驚いたようで、明るい声で待ってるわと嬉しそうに返答した。





 夜行バスに乗り、約半日かけて実家の近くにあるバス亭を降りた。

 地元も田舎ではあるが、大学があるところよりは都会であり、交通の音が常に鳴り響いていた。

 10分ほど歩いていくと、実家が見えてきた。

 見慣れた光景に一息つく。

 玄関前に着き、鍵穴に暫く使っていなかった鍵を入れてゆっくりと回し、そしてゆっくりとドアを開ける。

 その音に反応した母はすぐに玄関に来て、「お帰り」と笑みを浮かべた。

 俺は素っ気なく「ただいま」と言い、靴をそのままにして廊下に上がる。

 ダイニングルームに進むと、父は綺麗に並べられた料理の前で定位置で待ってくれていた。

 父の前に顔を表すと、とても嬉しそうに「お帰り」と温かく迎え入れてくれた。

 再び「ただいま」と言ったあと、普段使っていた席に座り、母もいつものように同じ席に着く。

 そして俺達は一緒に両手を合わせていただきますと揃えて言った。

 最近いただきます・ごちそうさまは、ずっと言っていなかったので少し新鮮さを感じたのだった。

 料理を見てみると、どれも自分の好物であった。

 自分ではいつも最低限の料理しかしないので、久しぶりに食べた母の味は少し懐かしくてまた美味しく嬉しいもので、また家族と共に食べることは安らぎがあった。

 食事の中、両親は勉強は捗っているかとか、友達とは仲良くいっているかとか、恋人はいるのとか様々なことを聞いてくる。

 確かに大学生の生活は楽しくはあるが、特別楽しいと言うことはなく、話は他愛のない話となってしまう。

 そんな話でも両親は嬉しそうに耳を傾けてくれていた。




 お盆に入り、家族でお出かけしたり、夏祭りに行ったりと様々な時間を過ごした。

 去年は友人としていたことを、家族でするのはやはり違うもので、これはこれで楽しいものであった。




 日は過ぎて今日は8月15日。

 今年の夏、最後に実家で過ごす日だ。

 父は今日から仕事と言うことで、俺は母と実家でゆったりと過ごしていた。

 母は掃除をしていたため、自分も手伝おうかと尋ねてみたところ、折角だからゆっくりしてなさいよと手伝わせてはくれなかった。

 そのため母とは話すことも出来ず、暇になり、リモコンを取ってテレビをつけた。

 すると天気予報のニュースが流れる。

 そのニュースを見ていると、スマホで確認していた通り、明日は地元も現在住んでいるところも共に1日中晴れと言う予報だった。

 天気予報のニュースが終わり、暇だなと思った俺はテレビのチャンネルを適当に変えてみる。

 色々と変えてみたものの、あまり面白い番組はなく、チャンネルを変えるのをやめた。

 手に持っているリモコンを見つめる。

 この形も、感触も久しぶりなものであった。

 そもそも、今住んでいる家にはテレビがない。

 何故ならテレビがなくてもスマホ1つで情報を得ることが出来るからである。

 今までテレビで見ていたアニメや天気予報はスマホで解決されるのだ。

 だからテレビは必要なかったのである。

 スマホの存在を思い出した俺は、スマホを取り出して、そしてリモコンの電源を切ろうと電源ボタンに親指を添えた。

 ボタンを押そうとしたその時、1つのニュースが流れてきた。

 そのニュースは天皇と皇后が追悼式に参加し、その意を遺族者の前でお祈り申し上げると言うものだった。



 8月15日。

 この日は終戦記念日。

 誰もが知っている日である。

 しかし、最近は好きなニュースしかスマホで見ておらず、興味のないニュースを全く見ていなかった俺は、その日の存在をすっかり忘れていたのだ。

 また、この日は祝日でもないため、スマホのカレンダーにも載っておらず全く気づかなった。


 8月15日、終戦記念日。

 もう、すでに70年以上前の話である。

 勿論、その頃は俺も生まれていないため、本当にどれぐらい恐ろしいのかはよく分からない。

 しかし、祖母は普段は大したものは食べられず、芋ぐらいしか食べられなかったと語っていた。

 そのため、米だとご馳走であると語っていた。

 また、祖母は無意識のうちに芋を食べることは避けていた。

 別に嫌いなわけではないが、戦争時には芋ばかり食べていたので無意識に避けているのだろうと母は言っていた。

 その当時、子どもであった祖母ですら苦しい思いをしていたのだから、大変だったのは間違いないのだろう。

 今自分の現状を振り返ってみる。

 特別楽しいわけではないけれど、平和に過ごしている日々。

 こうやって勉強出来るのも、ご飯を食べられるのも、家族や友人と他愛のない話が出来るのも平和だからこそ出来ることだ。

 今まで学んできた平和の尊さを身を持って実感する。

 

 そろそろ正午。

 確か、この日の正午には1分間黙祷をするよう言われていることを思い出した。

 黙祷の準備をしようと姿勢を正すと、母がやってきて俺と同じくこの日のことを思い出したらしく、姿勢を正した。

 そして正午。

 俺達は1分間黙祷をする。

 戦争で亡くなった方々へのご冥福と永続的な平和を強く強く願った。


 


 次の日、俺は両親に見守られる中で実家を出る。

 再び10分間ほど歩いてバス停に到着する。

 その30分後にバスが到着し、乗り込んだ。

 これからはサークル活動も始まるし、友人も帰ってくるだろうからまた楽しい時間を過ごすことが出来るだろうと少しワクワクしながら考えていた。

 そして、ここ数日のことを振り返る。

 どれも印象的な時間だったが、やはり1番印象に残ったのは昨日の出来事だった。

 平和であることに感謝する日を思い出せたからだ。

 このことをありがたく思うも、少し不安にも駆られた。

 確かに現在日本では、戦争は起きていない。

 しかし、世界では様々なところで戦争が行われている。

 例えば、ウクライナとロシアでは未だに終わっていないのだ。

 何と恐ろしいことだろう。

 また、日本も戦争が起こっていないと言うだけで、沖縄の軍基地など解決されていないことは多くある。

 日本でも再び悲惨な悲劇が近いうちに行われるのではないかと恐怖を感じた。

 それでも、僕に出来ることなんてほとんどなく、ただ祈ることだけである。

 そのため、この祈ることは毎年忘れずに行おうと強く誓ったのだった。

 

 

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[良い点] 平和を願う気持ち。 小説にするのはとても難しかったと思います。 正直、お若い本羽さんだからこそ書ける部分も多くあるのでしょうね。 物語の中で「おばあさんが戦争時には芋ばかり食べていたので無…
[良い点] メッセージ性のある、とても良い小説でした。 なるほど、題名と内容が強くリンクしていて、納得しました。 最後になればなるほど、物語全体が加速して行く感じがありました。 おばあちゃんのお芋の…
[良い点] 『純文学ってなんだ? 企画』 から参りました。 大学生の夏休み、実家に行かなくてもいい理由はきっといくらでもありますよね。 でも、あえて実家でお盆を過ごした主人公は、そこで感じることがたく…
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