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《8》私と学園のアイドル

 ――私は、いま不思議な体験をしている。

 卒業式を終えたのと同じ春の――いや、より一層穏やかな暖かい風が吹き抜けるこの駅に、これまでと同様に同じ制服を着てこの場所に舞い戻ってきたという……信じがたい状況なんだけど……。


 そもそもこうなったのは、この駅からそう遠くない近くの神社にある()()の想い出の場所で、小花さんという――いや、今は夏蓮ちゃんと呼ぶことになった学園のアイドルの女の子と一緒に話していて、彼女と私が持っていた双葉のアクセサリーを出しあって、私が彼女のアクセサリーに触れようとしたと同時に、変な緑の光に包まれて気がつけばこの日の朝になってたという……。


 う~ん、ってことは一緒にあの場所に居た夏蓮ちゃんはどうなったんだろう? やっぱり私と一緒にこの世界――時代に――飛ばされちゃったってことなのかなぁ? こればっかりは本人に確認しないと分からないことだけど……。


 もしあの時の夏蓮ちゃんじゃなかったらこんな話しストレートに聞いたら私のこと頭おかしい人だと思われちゃうよね……?

 それに入学式まで夏蓮ちゃんとは面識があった訳じゃないし、初対面でいきなり声を掛けるって勇気いるなぁ……。


 

 そう。私と夏蓮ちゃんは2年、3年とクラスメートではあったけど、クラスメート以上に絡むこともなく卒業式の前後に話すぐらいで二人で会話をすることは、ほとんど無かった。

 なぜなら、彼女は演劇部での看板女優的な立ち位置で学園のアイドルという話しも――特に男子を中心に――聞かされていたぐらいであり、何も肩書きのない女子からしたら近寄りがたい存在であったからだ。


 でも、まさか()()夏蓮ちゃんがバカのこと好きだったなんて世の中本当に分からないものだよなぁ……。

 ……まぁ……本当に世の中分からないものなんだけど……。


 えっ!? でも待って! もし、夏蓮ちゃんも私と同じようにこの場所に飛ばされたとしたら、私のライバルになるってことだよね……? 学園のアイドルが私みたいな普通の人間の恋のライバルになるなんて……私に勝ち目なんかあるのかなぁ……? ……っっでも! 私にはこれまでの人生の半分近くをバカと一緒に過ごしたっていう事実があるんだし、パッと出の美少女に負けるはずなんて……ないはず!!


 こういう風に夏蓮ちゃんに対してもヤキモキしていた私は、先を歩く陸や結香と距離がどんどん離れていってる事に全く気付いていなかった。


「あれ? 茜まだあんな所に歩いてるぞ」


「あっ、本当だ。やっぱり今日の茜はどこかおかしいのかなぁ?」


「入学式だから緊張してるんじゃないか?」


「そんな大沢じゃないんだから茜に限ってねぇ……。まぁ陸の方が茜のこと分かるんじゃない?」


「いや、俺より女子である長澤の方が女心には敏感でしょ。あっ文人からメッセージが返ってきてる」


「えっ、どれどれ?」


 先を歩いてる二人が私の方を振り返り、心配してくれているとはこの時は思いもよらない私だった。


 そんな中……『ドスッ』と誰かにぶつかった感触があった。思わず「キャッ!」と声を上げてしまったと同時に私と同い年ぐらいの声のトーンでハモっているのが聞き取れた。どうせ私と違って考えごともしないでスマホでも眺めている女子にでもぶつかったのだろうと相手に視線を向けた私だったが……。

  


「……えっ」


 私は一瞬目を丸くしたもののすぐに状況を察した。私がぶつかった相手は同じ制服と同じ(かばん)を身に付け、その(かばん)には私の首もとに付けているアクセサリーと()()色の輝きが揺れ動いていたからだ。


 あのアクセサリーがこの状況で、夏蓮ちゃんの手元にあるってことはやっぱり夏蓮ちゃんも私と同じように……。


「……………………。」


 彼女は私の事をじっと見ているものの驚いて動揺しているのか何も言葉を発さなかった。


「…………夏蓮ちゃん?」


 そして、私はこの呼び方をしたら確信に変わると思い、彼女の名前を呼んでみた。


「…………茜ちゃん?」


 やっぱり間違いなかった。彼女は私がこの世界に来る前に話していた()()夏蓮ちゃんだった。


 私と夏蓮ちゃんが睨みあって――見つめあって――いると遠くから声が聞こえてきた。


「おーい! 茜~! 早く行くわよ~!」     


「ほら、文人から連絡返ってきたぞ!」


 声のする方へと振り替えると、スマホを掲げる陸と、手を振って私を呼んでいる結香の姿があった。夏蓮ちゃんには色々と聞きたいことや共有したいことが山ほどあったけど、二人をこれ以上待たせるわけにも、もちろんいかず。


「ごめん。また後でゆっくり」


 私が無難に返すと「はい。また後で」と返事をしてくれた夏蓮ちゃん。


 そんな夏蓮ちゃんの元を後にし、急ぎ足で二人の待つ方へと向かって行った。


「もう~茜ったら。さっきからぼっーとして。どうしたの?

今日は何か変だよ?」


 私を出迎えてくれた結香は真っ先に私のことを心配そうに気に掛けてくれていた。もちろん陸も……。


「大丈夫! 大丈夫! いつも通りだよ! まぁでも今日から高校生になるって思うと何か新鮮でさ!」


 私は二人に心配掛けないようにと明るく振る舞って見せた。――タイムリープする前の私のように……。


「確かにまだ実感わかないよなぁ。ついこの前まで中学――」


 二人はまだ知らない。この先私たちにどういった未来が待っているかなんて……。もちろん一度目の私も知る(よし)もなく――ここにバカを含めた()()での関係が変わることなくあり続けて欲しいと誰よりも願っていたはずだった。


「そう言えば文人からさっき連絡来てたぞ。電車にちゃんと乗ってるってさ。そろそろ着く頃なんじゃないかな?」


「そっか。それじゃあ入学式には間に合いそうだね」


 文人のことを話しながら学校へと歩みを進めていく私たち3人。


 ……うん? 待ってよ……。小花さんは駅にまだ居たよね……?

 確か……入学式初日って文人が財布を忘れて……。




「私……行かなくっちゃ!!」




「えっ!??」


 

 私は思わず急に大声を出して叫んでしまった。

 当然横並びに歩いていた二人は『何事か?』というような顔をして私の方へ視線を向けてきた。


「ちょっと? 茜どうしたの?? 急に大声なんか出して」


「行くってどこに行くんだ? 今でも入学式はギリギリなのに」


 二人はまた、心配そうに見つめてきていた。


「二人とも驚かせてごめん。私、やっぱり文人を迎えに行ってくる」


 私はいつものように二人に手を合わせて謝った。


「えっ? 迎えに行くっていったって今からじゃ走らないと、間に合わなくなっちゃうわよ」


「うん。 分かってる。でも――」


「――それでも行くんだな。それなら俺も行く」


「って陸も!?」


 陸も私に付いてくると言い出し、結香が驚いた反応を見せる。


「……はぁ。だったら私も行こうじゃない!」


 流れに乗るように結香もその気になっていた。

 二人の気持ちはとても嬉しかった。本来居るはずの『この時の私』がこの関係を維持したいと強く思っていたのも納得出来る。

 

 ――でも。今回は私と夏蓮ちゃんの問題であり、夏蓮ちゃんとバカとの出逢いの場を邪魔しようとする私の心の中の悪魔の考えに二人を巻き込むわけにもいかず……。

 

 あっ、もちろん夏蓮ちゃんがこれ以上不利になるように大勢で押し掛けるのも『申し訳ない』と言う、私の心の中の天使の考えもあるのも確かであり、よくある天使と悪魔の考えがぶつかり合うような気持ちになっていたこともここで伝えておくことにしときます――って、まぁとにかく、まとめると二人を私の諸事情に巻き込むわけにはいかなかった。


「本当にごめん。二人の気持ちは嬉しいんだけど……」と、私が言いかけると……


「あっ、そう言うことね! 分かった。私ら先に行くね」


「えっ? 長澤? どういうことだよ? おい、ちょっと~茜~」 


 何かを察してくれたのか結香が気を利かして、困惑している陸の腕を引っ張り連れて行ってくれた。――本当にあの接し方が出来るなら結香が陸に想いを伝えるのも容易(たやす)いものに見えるのに、()というものを意識するとそれが簡単に出来なくなるのは不思議なものだと思う。


 って、今は人の恋を分析してる暇はなかった! せっかく結香が作ってくれたチャンスを生かさないと!! もう夏蓮ちゃんとの戦いは始まってる……。私はこの過去に戻って(バカ)の心をもう一度射止める好機を逃すわけにも……バカを二度と失う訳にも……いかない……!


 そう考えながら夏蓮ちゃんを見掛けた方向へと足早に向かっていった。

 

 そして……遂に。


「……居た」


 駅の改札前に付いた私は自然と小さく声を漏らしていた。

 息を少し切らしながら見詰める先には数日振りに見る(バカ)の姿が。


 ……文人、文人、文人――私の心の中は(バカ)の名前を呼ぶ声でいっぱいになり、かつての何のしがらみが無かった幼馴染みの時のように彼に『抱き付きたい』『抱き締めたい』との想いが溢れ出るようにして、改札を駆け抜けたと同時に……。


 

 再会した彼の見詰める視線の先が私ではなく……。

 


 ……()()ちゃんであることに気づいてしまった……。


 遅かった……。 二人はもう出逢ってしまった。 

 

 

 でも……。



 出逢っていたのは前回の世界でも同じこと。 まだまだこれからだと思い、一呼吸置いた私はこの過去に戻ってきた世界で、『初めて』彼に言葉を発した。前回の世界を含めても直接彼に言葉を掛けるのは久々の事だったけど、なるべく以前と()()()()()ように……明るく、気軽に……。


「文人~!! もう! こんな所で何やってるの!?」


 ――こう発した瞬間、ようやく過去に戻った実感が私の中で強く湧いてくるのだった。

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