《7》親友と元カレ
私と陸、そして彼は小学校からの幼馴染み。その後、進学した中学校で長澤結香と私が仲良くなり、いつしか4人で居ることが増えて、高校に入学する際はいつも一緒に居るのが当たり前という関係にまでなっていた。通学の際も4人とも電車通勤で、家が近所の私、陸、彼が揃って先に電車に乗り、隣町の次の駅から結香が乗ってくる。帰りはその逆というのが、高校に入学した当初の日課だった。
「ふーん、スカートの長さねぇ。まぁ私も短めだから人のこと言えないんだけど……茜の場合オシャレでやってるんじゃなくて動きやすいってのがね……それなら長くしても良いんじゃない? てかスカートが短いのが――真面目ちゃんバージョンとか――矛盾してるし」
結香よく言ってくれた!私も同感。過去の私の行動を沿うならって思ってやってるけど本当は長くしたいんだよね。
結香は陸と私の間に立ちながら会話に参加していた。正直この時の私にとっては、こうやって間に入ってきてくれる結香の存在がとても有り難く感じていた。
「……確かに。陸も結香もそう言うなら長くしていこうかな」
「後は、大沢の意見も聞かないといけないんじゃない?」
「ちょっと! 結香! 文人なんかこの件には全く関係ないじゃん」
結香とバカについて、こんなやり取りするの久しぶり……またこうやって二人との話題が出来るなんて……明るく話すことが出来るなんて……。
「……茜? どうした? やっぱり今日はなんだか顔色が悪いぞ」
「ううん。大丈夫! 心配してくれてありがとう陸」
本当に二人はいつの頃も優しいなぁ。優しすぎて胸が痛むよ…。
「ねぇ相馬? やっぱり大沢が居ないから茜は元気ないのかな?」
「どうだろう……でも文人のやつ、大事な日に寝坊するって。本当に式には間に合ってくれよ……」
私が感極まっている横で、私に聞こえないように二人は小声で話していた。
「茜、一応もう1回文人にメッセージ入れたから、心配しなくて大丈夫だからな」
「……えっ。うん」
陸は私のことをいつも見透かしている。しかし……流石に今の私の考えていることまでは想像もつかないよね……。そう言えば……陸が文人にメッセージ入れるのって学校に着いてからだったような……もしかして私が駅に到着するのが遅れてみんなの電車の乗る時間も変わってきてるのかな……
「相馬? ……ちなみに私の制服姿はどう?」
結香が陸に対して少し恥ずかしそうに聞いた。
「……どうって、茜と違ってスラッとしてるし、ポニーテールとも相性よくて良いと思う」
うん? ちょっと陸? 今の感じだと私はスラッとしてないことになるんですけど~? 確かに結香は身長が女子の間でも高めで、脚が長くてモデル体型。それに中学の頃から変わらない、犬の尻尾のようにフリフリと揺れる、肩ぐらいまでの長さのポニーテール。誰が見ても似合ってて可愛いとは思うけど……。
「……そっか! ちょっと大人っぽくなっちゃったかなぁ……って思ってたけど、そんなこと無いかな?」
「……茜と違って丁度いいと思うなぁ。結香の良さが出てるし」
「それならよかった! 男子の意見も大事だからね」
私と違ってって……。――まぁ結香が欲しいのは男子の意見と言うより、陸の意見なんだよね……。いま見れば明らかに結香は陸に好意を抱いているのが分かる。でも……これは結香本人から、陸への想いを聞いて知っているから……それまでの私は、結香が陸のことを好きだなんて考えもしていなかった。
――そう。この時までは。
私が彼と別れた後、陸から告白をされ、その事を結香に相談をした時。その時の場所は、卓球部の部活終わりの空き教室で、結香と同じ卓球部の陸は先に帰っており、結香と準部員のような存在の私の二人で片付けをしていた。
「……そっかぁ。相馬もついに茜にね……」
結香から放たれる言葉にしてはいつにも増して重く感じた。
「うん。それで私もびっくりしてね……」
「……そりゃあびっくりするね」
これまで幾度も結香には様々な相談を行っていた。その時も結香だから私は真っ先に相談をすることが出来たのだが……今考えれば結香に相談をするような事では無かったと……空気の読めなかったあの頃の私を恨み続けている。
「……本当になんでこんなタイミングに言うんだろうね……陸はずるいよ……私がこんな弱ってるときに告白するなんて。ねぇ、結香もそう思わない?」
「……うん。本当にずるいよ……」
片付けていた結香の動きが不自然に止まっているのをこの時の私は全く気付くことなく話しを続けていた。
「だよね。今は返事なんて考えられる余裕なんて――」
「――ずるい。茜は……………………ずるいよ………………」
「………………えっ。……………………結香?」
私がこれまで結香に真剣な相談をしてきた中では、私のことを貶すような答えが結香から返ってきたことは一度もなかった。……ただ一度。――この時を除いて。
「――私ね、本当ね、茜と大沢が上手くいくことを誰よりも願ってた。それがこんなことになるなんて…………あーー! なんか大沢のこと腹が立ってきた!! 一回お説教しないとだよね」
心の優しい結香はすぐに話しの矛先を変えようとしていたけど、私はこれまでにない結香のやりきれないような反応が気がかりで仕方がなかった。
「……結香? ……どうしたの? さっきのって……」
私は恐る恐ると結香の背中を見つめて尋ねた。するとこれまで私に背を向けていた結香が私に振り向きこう話してきた。
「……私ね、相馬のことずっと好きだったんだ」
「えっ……」
私はもちろん言葉を詰まらせた。これまで思いもよらなかった発言を聞き驚くと同時に、これまでの事を改めて考えていくと、思い当たる節が無かったと言い切れないことに、今さら気づく私だった。
「だからね、ずっと相馬のこと見てた。そんな相馬が私と同じようにずっと見てたのって誰か分かる? 私は相馬のこと誰よりもずっと見てたから分かっちゃってたんだよな~これが」
明るく話そうとしてるようにも見えるが、実際には遠くを見つめて、どこか寂しげに話す結香の姿が私の目に焼き付いていた。
「………………」
私は何も言葉が浮かばなかった。この時はじめて結香の本音を知って、これまで結香の想いを知ってあげられなかったことを悔やみ、そしてこんな重大なことにも気付かない私が、結香の親友だと言い放っていた事にも酷く腹が立っていた。
「私とね相馬って、これまでおんなじ想いをしてきたんだよね……それがお互い叶わぬ恋だと分かってても想い続けた。ねぇ、茜。好きな人がいる相手を好きになったことってある? これってね本当に辛いんだよ……私は中学から相馬のことを想ってたけど……相馬はいつからなんだろうね。過ごした時間が長い分、告白するのも勇気がいったと思う。だから……茜も色々とあって気持ちの整理をするのは大変だとは思うけど、ちゃんと相馬に向き合って欲しいな」
「……結香。私……本当に……何も知らずに……」
私は結香のこれまでの苦しみや、そんな結香に対して、陸に関しての無神経な話しをしていたことを考えると申し訳なさすぎて知らず知らずのうちに涙が流れ落ちていた。
「もう~泣かないの。例え茜と相馬が付き合おうと、私は茜と親友で居続けたいし、相馬とも今までの距離感で居たいと思ってる。だって私の親友と好きな人が両想いでいられるなら安いもんだもん」
そう言いながら結香はいつものようにそっと私を抱き締めてくれた。本当に泣きたいのは結香のはずなのに……自分の想いを押し殺してでも陸の想いを実らせようと話す結香は本当に素晴らしい大人な女性に見えた。……それなのに。……私は。
「結香……」
こうして私は陸の想いと向き合った結果、陸と付き合うことになった。そんな私は未来の陸や結香の想いを踏みにじり、陸と別れて過去に来ている……もう私はやるしかない。――たったひとつの目的の為に。
「ちょっと陸~! さっきから聞いていたら、茜と違って、茜と違ってって何回も! どうせ結香みたいに身長もないし子供っぽいですよ」
私は陸と結香に対して頬を『ぷくー』っと膨らませて言った。これがこの頃の私の姿だ。――まだ何も知らない私の。
「あぁ……文人が居ないからって俺に八つ当たりされてもなぁ……早く文人来ないかな~」
「だ・か・ら別に文人は関係ないんだから!」
本当に関係ない。ただ……なぜだか分からないが、結香を褒める陸を見ていると少しモヤモヤする私がいた。私はそんな気持ちになる自分に対して虫酸が走っていた。