第7話
昨日のあの昆虫野郎は、一体何だったんだ?胸の奥にこびりつく不気味な予感を拭えないまま、俺は放課後の校舎を歩き、蒼霧のいる化学研究部へと向かっていた。
「やぁ! 黒鐘君、昨日の昆虫型超獣のデータ見ましたよ~!」
部室のドアを開けるなり、相変わらず能天気なテンションで蒼霧が迎えてくれる。その脳内を疑おうとした瞬間、ポケットの中でスマートフォンが激しく振動した。
画面を開くと、一通のメッセージと一枚の写真。薄暗い廃工場のような場所で、パイプ椅子に縛り付けられ、口を粘着テープで塞がれた天宮の姿があった。そしてその横で、狂ったように歪んだ笑みを浮かべる男の顔。
「金剛……ッ!」
「黒鐘君?」
昨日のあの昆虫超獣の正体は、金剛翔だったのか!
俺の変身に怯んで一度は逃げ出したくせに、プライドを打ち砕かれた腹いせに天宮を誘拐するという暴挙に出やがった。
「クソが……ッ! 天宮に手を出しやがったら、絶対に許さねぇ!」
「黒鐘君っ!? ちょっと待ってください! 場所は分かるんですか!?」
駆け出そうとした俺の襟首を掴む勢いで、蒼霧が叫ぶ。
「ん……。わ、わかんねぇ」
「呆れましたね……。待ちなさい、さっきの写真の背景と位置情報からすぐ割り出しますから!」
蒼霧はすぐさまデスクのキーボードへ向かい、爆速でタイピングを始めた。画面上で不気味なほど手際よく画像解析が進んでいく。
「……ありました! 街外れの廃工場跡地です!」
「助かった!」
俺は鞄を放り投げ、教室内を蹴って目的地へ疾走した。
埃と錆の匂いが充満する広大な廃工場跡地。剥き出しの鉄骨が天井を覆う中央で、天宮は拘束されていた。俺の姿を認めた天宮が、テープで塞がれた口から「んーっ! んーっ!」と必死に声を漏らそうとする。
「待ちかねたぜ、犯罪者クン!」
陰から姿を現したのは、狂気で目を血走らせた金剛だった。その腰には、見覚えのない異質なベルト型の装置が装着されている。中央のホルスターには、禍々しい紫色の液体が満ちたシリンダーが装填されていた。
「ヒャハハハ! 驚いたか? この力さえあれば、俺はお前を超えられる! 清徒会から授かったこの力で、お前をペチャンコにしてやるよぉ!」
狂ったように高笑いを上げる金剛。その甲高い声が工場内に響き渡り、耳障りで仕方がない。
「……おい金剛」
俺は冷ややかな視線で奴を睨みつけた。
「お前の臭い息が、天宮にかかるだろ。口閉じろ」
「な……んだとぉおッ!?」
煽りに弱い金剛は一瞬で顔を真っ赤にし、腰のベルトのシリンダーを激しく押し込んだ。
ガチャンッ! 『OVER DOSE』
「ギ、グギャアアアアッ!?」
金剛の体が膨れ上がり、皮膚が割れ、黒緑色の硬質化が始まる。頭部から二本の長い触角が伸び、両脚の筋肉が丸太のように肥大化していく。だが――両腕だけは細く萎び、胸元にぴたりと貼りついたまま退化していた。
圧倒的な脚力と引き換えに、腕の機能を完全に削ぎ落とした、さしずめ『バッタ超獣』だ。
「殺してやらぁあああッ!」
ズドオンッ!
凄まじい脚力で地面を砕き、バッタ金剛が上空へと躍り出た。俺も迷わず右腕のデバイスを掲げる。
「ブレイブソウル! インッ!!」
漆黒と紺色の装甲を全身に纏い、ライドブレイバーを起動する。頭上から襲いかかる無慈悲な急降下蹴り。直撃すれば命はない。だが、一度戦った相手だ。奴の攻撃パターンも、そして、最大の弱点もすでに見抜いている!
「死ねぇ! 黒鐘ぇ!」
予備動作なしの飛び蹴り。速い、だが避けられる!ギリギリまで引き付け、間際で体勢を伏せた。
「なまったか! 金剛!」
金剛の攻撃を躱し天宮へ近づく。
「天宮、少しだけ耐えてろ!」
俺は天宮を椅子ごと抱え上げると、そのまま壁を破って廃工場の外へと飛び出した。
「逃がさねぇぞぉッ!」
狂乱した金剛が、鉄骨を叩き割りながら追いかけてくる。工場のすぐ裏手に広がるのは、鬱蒼とした雑木林と底無しの泥が溜まる深い『沼地』だった。
「ここだ……!」
俺は沼の手前に着地し、天宮の椅子の拘束を素早く破り捨てる。彼女を安全な草むらへ降ろすと、背後の金剛に向かって中指を立てた。
「来いよ、ポンコツバッタ」
「ぶっ殺してやるッ!!」
激高した金剛が、上空高くへと跳躍。死角からの必殺の急降下蹴りが、俺の頭上へと一直線に襲いかかる!
俺は直前まで引きつけ一寸前で横転し、泥のギリギリ外側へかわした。
ドバアアンッ!!
金剛の強烈な蹴りが沼地へ突き刺さり、凄まじい泥水が跳ね上がる。そして、俺の狙い通りになった。
「グ……ッ!? な、なんだコレは……脚が抜けない……!?」
金剛の下半身が、底無しの泥沼へと深く沈み込んでいく。慌てて抜け出そうと暴れるが、足場がない泥の中では自慢の脚力も意味をなさない。
そして何より――
「忘れたのか? お前には『腕』がないんだよ」
泥の中で必死に泳がせようとする金剛の腕は、胸元で細く縮こまったままだ。地面や木々に手をかけて体を引っ張り上げることすらできない。暴れれば暴れるほど、泥の底へと沈んでいくのみだった。
「ヒッ……!? う、腕が……力が入らない……っ!? 抜け、抜けないぃい!」
「これで終わりだ」
俺は沼の浅瀬に立ち上がり、右腕のデバイスへ手をかざした。
『Good end trigger standby』
右拳に眩い高密度エネルギーが収束していく。逃げ場を失い、首まで沼に埋まりかけたバッタ超獣の顔面に、渾身のストレートを叩き込んだ!
「ハァアアアッ!!」
ドゴォオオンッ!!
爆発的な衝撃波が沼地を吹き飛ばし、光の粒子が怪人の姿を打ち砕く。
光が収まると、そこには泥まみれになって倒れる金剛の姿があった。身につけていたベルトは砕け散り、もとの人間に戻っている。……だが、どれだけ呼びかけても、金剛が目を覚ますことはなかった。意識不明ってやつか。
「勇牙さん……っ!」
駆け寄ってきた天宮を庇うように抱きかかえながら、俺は転がっている『砕けたベルトの破片』を拾い上げ、ポケットにねじ込んだ。こんな危険なシステを、放置しておくわけにはいかない。蒼霧に連絡を入れる。
『……そんな、ことが……!?』
電話の奥で、蒼霧の焦燥しきった声が響く。
『金剛君は、僕たちの学校の生徒ではありません……! 清徒会の実験は、すでにこの学校の枠を超えて、他校の生徒にまで侵食しているというのですか……!?』
「そう、らしいな……」
清徒会の手先は、俺たちの知らないところで着々と勢力を広げていた。手の中にある冷たいベルトの破片を握り締めながら、俺は背筋に冷たいものが走るのを感じていた。戦いはもう、ただの「学園内のトラブル」では済まされない段階へ入っていた。




