星よけのかさ
「お前さん、悪いことはいわんから、やめておきなされ。夏至の日に白星山に登るなんて、命知らずにもほどがある!」
宿屋の主人が、ラナの手をつかんで止めようとしますが、ラナはするりとかわして、肩をすくめます。
「どうして命知らずなんだい? 冬の雪山ならまだしも、こんな真夏なら、たとえ遭難しても死にはしないだろう?」
腰に下げたダガーをトントンッとたたいて、ラナはにやりとしました。
――ふん、若い女だからって、なめないでもらいたいね――
事実、ラナは凄腕のハンターでした。そして若さあふれる美しい女性でもあります。その美しさにひかれて、山賊の男たちに狙われたりもするのですが、そんなやつらはすぐに、美しいものにはとげがあることを学ぶのです。
宿屋の主人も、きっと山賊たちを恐れて忠告しているのでしょう。ですが、ラナは知っていました。白星山には、夏至の日にのみ採れる、白星銀という鉱物が眠っているということを。
――白星銀は、夏至の日の夜にのみ、星明かりに照らされて輝くらしい。その価値は、ひとかけらで金貨十枚以上のものらしい。……だが、夏至の日以外には、輝きを失い、見つけることすらできないとか――
ラナが狙っているのも、その白星銀でした。
「とにかく、あたしのことはほっといてくれ」
手をひらひらさせて、宿を出ようとするラナに、宿屋の主人は苦々しげに顔をゆがめました。
「あんた、白星銀を採ろうとしているのか?」
ラナの足がぴたりと止まります。一気に感覚をとぎすませて、気配を探りますが、宿屋の主人からは殺気は感じられません。ラナはすぐにダガーを抜けるように身構えて、宿屋の主人をふりかえりました。
「……だったらどうする?」
宿屋の主人は、「ふぅ」と小さな息をもらして、それから「ちょっと待ってな」といって、奥の部屋へ引っこんでしまいました。もうすぐ日が沈みます。早めに出発しないと、もしかしたら他のハンターに白星銀を採られてしまうかもしれません。ですが、さっきの宿屋の主人の、あきらめたようなあわれむような、複雑な顔が少し気になって、ラナはその場に棒立ちになっていました。
「すまんな。正直いって、これはうちの村でもほとんど使うやつはいないからなぁ」
しばらくしてから、宿屋の主人が黒く細長いものを手に持って、戻ってきました。ラナは目をぱちくりさせました。
「なんだい、それ? かさか?」
「そうだ。といっても、ただのかさじゃない。これは、『星よけのかさ』という。この布には、一本一本に魔力がこめられた糸が使われているんだ」
「相当な値打ちものだぞ」とつけくわえてから、宿屋の主人は星よけのかさをラナに手渡したのです。
「なんだい、そんな値打ちものを、見ず知らずのあたしにくれるってのか?」
「やるんじゃない、貸すだけだ。ちゃんと明日には戻ってきて返してくれよ。……まぁ、戻ってこれなくても、かさを探しにいけばいいだけだが」
ぽつりとつぶやき、宿屋の主人はラナに背を向けました。
「ふん、なんだ、山賊どころか、人っ子一人いないじゃないか。あの宿屋のおやじ、あたしをだまそうったってそうはいかないよ」
ラナは苦々しげに笑うと、宿屋の主人からもらった星よけのかさを見ました。
「でもまぁ、このかさはずいぶんと値打ちものみたいだし、この布地もシルクのような手ざわりだから、売れば少しは旅の足しになるだろ。どうせ魔力がこめられてるなんて、ハッタリだろ」
そもそも今日は、雨が降る気配はおろか、雲一つ見えません。それこそ星々が、まるで宝石のように輝いています。とはいえラナはハンターです。手が届かない宝石などには興味はなく、足元で輝いているだろう白星銀を探して目をこらします。
「……だが、どうして他のハンターはいないんだろうか? 金貨十枚稼げれば、つつましく暮らせばハンターから足を洗えるってのに」
などといっていますが、もちろんラナはハンターをやめるつもりなどありませんでした。世界をまたにかけて旅する……といえば聞こえがいいですが、要は根無し草の旅人精神が根付いているのです。ラナは星明かりを頼りに、目を皿にして白星銀を探します。と、そのときです。
「なんだ? 今、銃声みたいな音が聞こえたが」
急いでその場にかがみ、ラナはあたりをすばやく見わたします。ダガーに手をかけ、神経をとぎすませますが、人はおろか、動物の気配すら感じられません。でも、確かに銃声のような、「ドンッ!」という音が聞こえたのです。他のハンターたちが争っているのでしょうか? すると、またしても「ドンッ!」と音が聞こえました。しかも今度は近くです。
「くそっ、どこだ、どこにいやがる?」
気配を探るラナの目の前に、音の正体が突然現れました。というよりも、最初はラナにも、なにが起こったかまったくわからなかったのです。なぜなら……。
「うわっ!」
いきなりラナの目の前の地面が、「ドンッ!」という音とともにくぼんだからです。突然できた穴を見て、ラナはようやく気付きました。だれもハンターたちがいないわけが。そして、白星銀の本当の名前の由来が……。
「白星銀ってのは……まさか、流れ星のことだったのか!」
ラナの言葉にこたえるように、今度はあちこちから、「ドンッ! ドンッ! ドンッ!」と、まるでたいこのように音が鳴り出したのです。ラナの周囲の地面も、「ドンッ!」という音とともに穴ができていきます。
「ひぃっ!」
今までは、星明かりで必死に地面を探していたのに、今のラナは夜空を見あげて、必死に星明かりを探しています。ダガーを構えますが、もちろんそんなものはなんの役にも立ちません。流れ星が一つ、ラナのすぐわきに落ちていきました。あわてて飛びのこうとしますが、ダガーの先端に当たり、すさまじい衝撃で手がはじかれたのです。
「うっ!」
流れ星が当たったダガーは、真っ白な炎に包まれて溶けてなくなりました。ゾッとするラナでしたが、そんなひまはもちろんありません。もはやたいこの音ではなく、雨の音でした。一粒一粒が、水ではなく燃え盛る流れ星でしたが……。
「ひぃぃっ! た、助けてくれぇっ!」
ダガーも失い、丸腰になったラナは、腰を抜かしてすわりこみます。そんなラナめがけて、流れ星の雨がいっせいに襲いかかってきました。
――これは、『星よけのかさ』という――
ラナは反射的に、宿屋の主人からもらった星よけのかさを開いていました。手にずっしりと重さが感じられますが、それは豪雨のときにかさを開いたような感触でした。星よけのかさにはじかれた流れ星が、ぽろぽろとラナのまわりに落ちて消えていきます。
「白星銀だ!」
そうです、それはすべて、白星銀のかけらでした。地面に落ちると、それこそ雨粒のように光となって消えていきます。ラナはごくりとつばを飲みこみました。
――あのかけら一粒で、金貨十枚――
白星銀のかけらは、星よけのかさからこぼれてどんどん消えていきます。もしわずかでも手ですくえたら、たちまちラナは大金持ちになれるでしょう。星よけのかさで、流れ星の直撃は防げます。少し手を伸ばせば、白星銀のかけらをいくつも手に入れられるのです。ラナは吸い寄せられるように、白星銀のしずくに手を伸ばし……そしてフッと手を引っこめました。
「旅を続けられなくなるなら、意味はないからな」
そんなラナの言葉を聞いていたかのように、流れ星の雨が激しくなりました。しずくははじけて、ラナの足回りの地面がどんどんえぐれていきます。ラナは星よけのかさを両手でぎゅっと持ち、そしてしゃがみこんで身をちぢめました。かさと地面のすきまから、何百もの白星銀のしずくがこぼれていきましたが、もうラナは手を伸ばそうとは思いませんでした。
「……ふーっ……。嵐のあとの晴天、か」
ようやく流れ星の雨が収まり、ラナはうーんと伸びをしました。星よけのかさを閉じると、星一つない夜空が広がっていました。雨のあとの冷たい風が、ラナの髪をくすぐりました。
「……ん? あれは……」
ラナが目をこらして夜空を見ます。星一つないはずの夜空に、うっすらとですが小さな明かりが浮かび始めたのです。黒一色の空のあちこちに、ほんのわずかな明かりが、うすぼんやりと灯っています。
「きれいじゃろう? 古い星たちが落ちて、新たな星が生まれるのじゃ」
いつの間にか、あの宿屋の主人がラナのとなりに立っていました。その手にはもちろん、星よけのかさが持たれています。
「……あぁ、きれいだな」
「しかしあんた、よかったのかね? 少し手を伸ばせば、金貨十枚どころか、何百枚も手に入ったというのに」
宿屋の主人が意地悪くいいます。ラナはふんっと鼻を鳴らして肩をすくめました。
「いくら金をもらったところで、命がなくなったら使えないだろう? ……それに」
「それに?」
「いくら金を払っても、見れないものを見せてもらえたからな」
そういってラナは、再び目をこらして、星が生まれる様子をいつまでもながめているのでした。
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