表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
彼岸の郷  作者: 狐禅
7/8

七話

しばらくすると少しだけ目が慣れてきた。

が、視界が悪いのは相変わらずだ。


娘は、確かに今もついてきている。


おぼろげながら、姿ははっきりと見えている。


心なしか、先ほどよりも姿が濃くなっている気がした。私の思いが強くなっているのだろうか。


気が、焦る。


焦れば焦るほど、事態は悪くなると分かっていても、気を落ち着かせることが出来ない。


「おい。」


たまらなくなり、後ろを振り娘に声をかけた。


「お前は、なぜ私についてくるんだ。」


・・・・・・


しばらく待ってみたが、返事はない。


――所詮、自問自答か。


そう思い、歩き出そうとする。


と、


「あなたは。」


娘は、口を開き、

ぽつりと、そう言った。


小さな声ではあったが、私の耳には、はっきりと聞こえた。


・・・言葉を、話した。

話すことが、出来るのか、こいつは。


娘は、夜気に透き通るような声で私に問うた。


「時が移り換わっても、私を好きでいてくれますか。」


ぼう―と、して。


何かを求めるかのようにそう言い。


また、口を、閉ざした。


無常。


時は、常に移り変わる。


この娘もまた、それに苦しんでいたのか。


――人の心もまた、無常、か。


自分の外側の風景に惑わされれば、それによって心も変化する。


世は、一つとして変わらぬものなど無い。


それは、人の心もまた同じ。


人は、老いる。


姿が変われば、人の心もまた変わろう。


こいつは、


それが、恐ろしかったのか。


姿が変わることで、愛するものの心が変わることを。


見かけだけの美しさに惑わされれば、時とともに変わってゆくそれに、絶望するだろう。


――仕方のないことだ。


何も、悪くないのだ。

女も

男も

それは、ただ有るように変わってゆくだけ。

見せかけだけの美に惑わされるのも、仕方のないこと。

それを悪いことだとは、誰もいえぬ。


美しい花を見たときと同じ。


美しい花を見れば、部屋に飾りたくもなろう。

だが、朽ちた花を、いつまでも飾っている人はいない。


花は、朽ちれば新しい花に変えたくもなる、それは当たり前のことなのだ。


誰であろうと、そうだ。

――ただ、それが花ではなく、人であっただけ。

それだけの、違いなのだ。


枯れてまで好きでいてくれるか問うた所で、誰も答える事は出来ぬ。


それは、


今、ではないからだ。


こいつはただ、


見えぬ人の心をのぞこうと、あがき苦しんでいただけだ。


「・・・・馬鹿だな、お前は。」


じっと、乞うように見つめる娘に向かって、私は言った。


「――人の心など、どんなことをしても分からぬ。ましてや、今より先の事などはな。」


こいつは、聞こえているのだろうか。

私の言葉の意味を理解しているのだろうか。


「お前は、今、お前の愛した人を選べば良かったんだ。未来まで愛しているかどうかなど、思い悩むだけ無駄だ。」


そう言って、


私は初めて、娘の顔を真正面から見つめた。


夜風が、私のほおをなでる。

竹の葉の隙間から、真白い月が浮かんでいた。



――と、


唐突に、

何かを思い出した。


――あなたは、いつまでも私を好きでいてくれますか。

どんなことがあっても。


今と同じように、この場所で、娘と話し合っている。


――え。


私は、あなたの事を愛しています。


――これは。


なんだ?


確かに、今の言葉は聞いたことが有る。

遠い昔、どこかで。

そうだ、

娘の声はどこか懐かしい。

声は、私が知っているものよりも幼いけれども、確かに知っている声だ。


そうか、


お前は。


「――さよ、か。」


そうだ、


この娘の姿は、


―――私の妻の幼い頃の姿だ。


昔、私もこのくらい幼かったころ、今と同じように問いかけられた事が有った。

そのとき、私は、どう答えたのであったかな。


・・・そうだ。


今と同じように、分からない、と答えたのだった。


――ははは、ひどい奴だな。


嘘でも、好きだと答えてやれば良かったものを。


――そうか。


答えてやれば良かったと、心のどこかで後悔しているのか、わたしは。


だから、こうして、今になって、それを思い出して苦しんでいるのか。


だから――腹が立っていたのか。


無常をあきらめきれなかったのは……私の方だ。


私は、足を止め、娘の方へ振り返った。


先と同じように、乞うような眼で、私をじっと見つめている。


確かに――さよだ。おもかげがある。


始めから、よくよく見つめてみればすぐにでも分かったはずだ。


結局、私はこいつを真正面から見つめることが怖かったのだ。


さよは、無表情なのではない。


じっと、待っていたのだ、私の言葉を。


時が過ぎても気持ちが変わらないかなど、本当の事は誰にも分からない。


さよは、愚かな女では無い。きっとそれも分かっていたはずだ。


……ならば、こいつは。


あの時、好きだと言ってやれなかった私の思いが、幻影となって現れたもの……か。


「・・・お前が老いても好きかどうかなど、わからぬ」


優しく、言葉を選び、思いを遂げるように、


「だけど、わたしは」


答えを告げなかったことをわびるように。



「今でもお前のことを愛しているよ」


そう言った。


すると、

幼いさよは、嬉しそうにほほえみ、


――消えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ