七話
しばらくすると少しだけ目が慣れてきた。
が、視界が悪いのは相変わらずだ。
娘は、確かに今もついてきている。
おぼろげながら、姿ははっきりと見えている。
心なしか、先ほどよりも姿が濃くなっている気がした。私の思いが強くなっているのだろうか。
気が、焦る。
焦れば焦るほど、事態は悪くなると分かっていても、気を落ち着かせることが出来ない。
「おい。」
たまらなくなり、後ろを振り娘に声をかけた。
「お前は、なぜ私についてくるんだ。」
・・・・・・
しばらく待ってみたが、返事はない。
――所詮、自問自答か。
そう思い、歩き出そうとする。
と、
「あなたは。」
娘は、口を開き、
ぽつりと、そう言った。
小さな声ではあったが、私の耳には、はっきりと聞こえた。
・・・言葉を、話した。
話すことが、出来るのか、こいつは。
娘は、夜気に透き通るような声で私に問うた。
「時が移り換わっても、私を好きでいてくれますか。」
ぼう―と、して。
何かを求めるかのようにそう言い。
また、口を、閉ざした。
無常。
時は、常に移り変わる。
この娘もまた、それに苦しんでいたのか。
――人の心もまた、無常、か。
自分の外側の風景に惑わされれば、それによって心も変化する。
世は、一つとして変わらぬものなど無い。
それは、人の心もまた同じ。
人は、老いる。
姿が変われば、人の心もまた変わろう。
こいつは、
それが、恐ろしかったのか。
姿が変わることで、愛するものの心が変わることを。
見かけだけの美しさに惑わされれば、時とともに変わってゆくそれに、絶望するだろう。
――仕方のないことだ。
何も、悪くないのだ。
女も
男も
それは、ただ有るように変わってゆくだけ。
見せかけだけの美に惑わされるのも、仕方のないこと。
それを悪いことだとは、誰もいえぬ。
美しい花を見たときと同じ。
美しい花を見れば、部屋に飾りたくもなろう。
だが、朽ちた花を、いつまでも飾っている人はいない。
花は、朽ちれば新しい花に変えたくもなる、それは当たり前のことなのだ。
誰であろうと、そうだ。
――ただ、それが花ではなく、人であっただけ。
それだけの、違いなのだ。
枯れてまで好きでいてくれるか問うた所で、誰も答える事は出来ぬ。
それは、
今、ではないからだ。
こいつはただ、
見えぬ人の心をのぞこうと、あがき苦しんでいただけだ。
「・・・・馬鹿だな、お前は。」
じっと、乞うように見つめる娘に向かって、私は言った。
「――人の心など、どんなことをしても分からぬ。ましてや、今より先の事などはな。」
こいつは、聞こえているのだろうか。
私の言葉の意味を理解しているのだろうか。
「お前は、今、お前の愛した人を選べば良かったんだ。未来まで愛しているかどうかなど、思い悩むだけ無駄だ。」
そう言って、
私は初めて、娘の顔を真正面から見つめた。
夜風が、私のほおをなでる。
竹の葉の隙間から、真白い月が浮かんでいた。
――と、
唐突に、
何かを思い出した。
――あなたは、いつまでも私を好きでいてくれますか。
どんなことがあっても。
今と同じように、この場所で、娘と話し合っている。
――え。
私は、あなたの事を愛しています。
――これは。
なんだ?
確かに、今の言葉は聞いたことが有る。
遠い昔、どこかで。
そうだ、
娘の声はどこか懐かしい。
声は、私が知っているものよりも幼いけれども、確かに知っている声だ。
そうか、
お前は。
「――さよ、か。」
そうだ、
この娘の姿は、
―――私の妻の幼い頃の姿だ。
昔、私もこのくらい幼かったころ、今と同じように問いかけられた事が有った。
そのとき、私は、どう答えたのであったかな。
・・・そうだ。
今と同じように、分からない、と答えたのだった。
――ははは、ひどい奴だな。
嘘でも、好きだと答えてやれば良かったものを。
――そうか。
答えてやれば良かったと、心のどこかで後悔しているのか、わたしは。
だから、こうして、今になって、それを思い出して苦しんでいるのか。
だから――腹が立っていたのか。
無常をあきらめきれなかったのは……私の方だ。
私は、足を止め、娘の方へ振り返った。
先と同じように、乞うような眼で、私をじっと見つめている。
確かに――さよだ。おもかげがある。
始めから、よくよく見つめてみればすぐにでも分かったはずだ。
結局、私はこいつを真正面から見つめることが怖かったのだ。
さよは、無表情なのではない。
じっと、待っていたのだ、私の言葉を。
時が過ぎても気持ちが変わらないかなど、本当の事は誰にも分からない。
さよは、愚かな女では無い。きっとそれも分かっていたはずだ。
……ならば、こいつは。
あの時、好きだと言ってやれなかった私の思いが、幻影となって現れたもの……か。
「・・・お前が老いても好きかどうかなど、わからぬ」
優しく、言葉を選び、思いを遂げるように、
「だけど、わたしは」
答えを告げなかったことをわびるように。
「今でもお前のことを愛しているよ」
そう言った。
すると、
幼いさよは、嬉しそうにほほえみ、
――消えた。




