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彼岸の郷  作者: 狐禅
6/8

六話

「明日にすればいいだろ?覚才。、なにもこんな夜更けにそんな場所へ行くことはないぞ。」


外へ行こうとする私に、暦縁が後ろからそう言った。


おそらく暦縁の言ったとおり、こいつが現れた原因は、あの時見た骸である。私はあの骸を見、只の死体だと思ったはずだが、きっと心の中で何か別に思うところがあったのだろう。暦縁の話を信ずるのであれば、その原因を探りさえすれば、この娘を消す方法が分かるかもしれない。


草鞋をはき直し、暦縁の方へ振り返った。


「私は一刻も早く、これが何なのか知りたいんだ。」


私がそう言うと、暦縁は呆れた様にため息をついた。


「・・・頑固だからな、お前も。まぁ、止めはしないよ。」


そう言って、縁側に座り直し、自分の杯に酒をついだ。


「早く帰ってこいよ。お前がいないとつまらないからな。」


ふくれ面で言う暦縁が妙にほほえましい。


「ああ。わかったよ、暦縁。」


「ただ、忘れるなよ、覚才。」


「・・・なにを?」


「さっきも言った通り、それはお前が作り出したものだ。答えは、お前の内側にしかないぞ。」


「・・・わかったよ、肝に銘じておく。」


酒を飲む暦縁に後ろ手に手を振り、私は西連寺の山門をくぐり抜けた。




ざわざわと、竹の葉がざわめく音が聞こえる。

足で探り当てる様にして、そろそろと慎重に石段を下っていった。

暗闇で、数歩先は見えなくなっている。

月明かりも、ここまでは届いていないようだった。

どこに何が有るのかも分からない。

そもそも、本当に何かが有るのかどうかも確かめようがない。

私は、今、本当に石段の上にいるのだろうか?

本当に、下へ降りているのだろうか。

今は、かろうじてある足の感触で、それを感じ取る事が出来る。


――確かに、


――眼が見えないだけで、これほどまでにこの世は不確かになるのか。


この状態で、もしも、耳も聞こえなくなり、足にある地面の感触すらなくなれば、


――私にとっての、この世は無くなる。


そう思うと、急に背筋がつめたくなった。


この世が有ると思っているのは私だけ……


では、私とはいったい何だ?


今、私がここにいると「思える」のは五感が有るからだ。


体が無くなってしまえば、この私すら無くなってしまうのだろうか?


いや、そもそも・・・

私、などという物は、本当に「有る」ものなのだろうか?


五感があり、頭の中でこの世は「有る」と思いこんでいる。


それならば、自分の体すら、私が「有る」と思いこんでるだけではないのか。


この世は頭の中で作り出した物だらけだ。


生まれると言うことも死ぬということも。


有るということも無いということも。


移り変わっていると感じることも。


眼も耳も鼻も舌も体も。


未来も過去も。


悪も善も。


名前も。


私も。


すべて、本来は「無い」ことなのにも関わらず、私たちは頭の中でそれを作り出している。

しかも、「無い」ということすら頭の中で作り出したものだ。


……いったい「有る」とは、なんなのだろうか。


私は後ろを振り返った。


そこには、紅色の衣の娘が先ほどと同じようにぼうと立っている。


暗い、闇夜の中でも。

こいつだけは、闇に遮られる事無く、はっきりと見えている。


こんなものが、私の心に巣くっているものだというのか。


ふと、思った。


体のないこいつは、


本当にここに存在しているのだろうか、と。


ざわざわ。


ざわざわ。


竹の、葉のざわめくおとがする。


「竹」の「ざわめく」「音」?


そんなものは後から加えられた知識だ。


そんなものなくとも「これ」は感じる事が出来る。


ざわざわ。


ざわざわ。

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