六話
「明日にすればいいだろ?覚才。、なにもこんな夜更けにそんな場所へ行くことはないぞ。」
外へ行こうとする私に、暦縁が後ろからそう言った。
おそらく暦縁の言ったとおり、こいつが現れた原因は、あの時見た骸である。私はあの骸を見、只の死体だと思ったはずだが、きっと心の中で何か別に思うところがあったのだろう。暦縁の話を信ずるのであれば、その原因を探りさえすれば、この娘を消す方法が分かるかもしれない。
草鞋をはき直し、暦縁の方へ振り返った。
「私は一刻も早く、これが何なのか知りたいんだ。」
私がそう言うと、暦縁は呆れた様にため息をついた。
「・・・頑固だからな、お前も。まぁ、止めはしないよ。」
そう言って、縁側に座り直し、自分の杯に酒をついだ。
「早く帰ってこいよ。お前がいないとつまらないからな。」
ふくれ面で言う暦縁が妙にほほえましい。
「ああ。わかったよ、暦縁。」
「ただ、忘れるなよ、覚才。」
「・・・なにを?」
「さっきも言った通り、それはお前が作り出したものだ。答えは、お前の内側にしかないぞ。」
「・・・わかったよ、肝に銘じておく。」
酒を飲む暦縁に後ろ手に手を振り、私は西連寺の山門をくぐり抜けた。
ざわざわと、竹の葉がざわめく音が聞こえる。
足で探り当てる様にして、そろそろと慎重に石段を下っていった。
暗闇で、数歩先は見えなくなっている。
月明かりも、ここまでは届いていないようだった。
どこに何が有るのかも分からない。
そもそも、本当に何かが有るのかどうかも確かめようがない。
私は、今、本当に石段の上にいるのだろうか?
本当に、下へ降りているのだろうか。
今は、かろうじてある足の感触で、それを感じ取る事が出来る。
――確かに、
――眼が見えないだけで、これほどまでにこの世は不確かになるのか。
この状態で、もしも、耳も聞こえなくなり、足にある地面の感触すらなくなれば、
――私にとっての、この世は無くなる。
そう思うと、急に背筋がつめたくなった。
この世が有ると思っているのは私だけ……
では、私とはいったい何だ?
今、私がここにいると「思える」のは五感が有るからだ。
体が無くなってしまえば、この私すら無くなってしまうのだろうか?
いや、そもそも・・・
私、などという物は、本当に「有る」ものなのだろうか?
五感があり、頭の中でこの世は「有る」と思いこんでいる。
それならば、自分の体すら、私が「有る」と思いこんでるだけではないのか。
この世は頭の中で作り出した物だらけだ。
生まれると言うことも死ぬということも。
有るということも無いということも。
移り変わっていると感じることも。
眼も耳も鼻も舌も体も。
未来も過去も。
悪も善も。
名前も。
私も。
すべて、本来は「無い」ことなのにも関わらず、私たちは頭の中でそれを作り出している。
しかも、「無い」ということすら頭の中で作り出したものだ。
……いったい「有る」とは、なんなのだろうか。
私は後ろを振り返った。
そこには、紅色の衣の娘が先ほどと同じようにぼうと立っている。
暗い、闇夜の中でも。
こいつだけは、闇に遮られる事無く、はっきりと見えている。
こんなものが、私の心に巣くっているものだというのか。
ふと、思った。
体のないこいつは、
本当にここに存在しているのだろうか、と。
ざわざわ。
ざわざわ。
竹の、葉のざわめくおとがする。
「竹」の「ざわめく」「音」?
そんなものは後から加えられた知識だ。
そんなものなくとも「これ」は感じる事が出来る。
ざわざわ。
ざわざわ。




