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彼岸の郷  作者: 狐禅
1/8

一話

 ――静かに、ひぐらしの鳴き声がこだましている。

 

 日は大きく西の空へ傾き、辺りは夕焼けの朱色に染まっている。

 辺りを覆うように生えている竹林のせいで、この場所は夜のようにうす暗い。

 竹藪の中に静かに生えている紅葉の、真っ赤な葉がひらひらと舞い落ちていた。

 

 私は古ぼけた石段を足早に駆け上がっていた。昨日、暦縁と約束した刻限はとうに過ぎている。それが気を焦らせていたのだ。

 

 頂上を仰ぎ見ると、まだ石段は延々と続いていた。

 

 この石段を登った先に有るのが、ただの寂れた荒れ寺だとというのだから呆れる。いったい、何を考えてこんな場所に寺を建てたのだろうか?


 ――寺ならば、人の通いやすい場所に建てればよいものを……


 いつもなら苦にもならないこの石段も、気が急いているせいか、妙な憤りを感じる。


 足場がよく見えない。もともと目が悪いのもあり、石段に何度もつまずきそうになった。

 

――寄り道をしたのが悪かったか……。


 そうだ。

 寄り道さえしなければ、西連寺にたどり着くのにもこんな刻限にはならなかったはずだ。


 ――結局、見たところで、どうということも無いものだったからな。


 ――数刻前、私の目にとらえていたものが頭に浮かぶ、


 むしろに転がった、女の骸。

 その上にまだ紅い衣が掛けられていた。

 辺りには、幾房もの枯れた花が散乱している。


 私の目に映ったのはそれだけのものだった。


 それ以上でも、それ以下でも無いものである。


 結局は、ただの骸だったのだ。


 だが、その中には、ちらほらと、私と同じような輩が、物珍しそうにそれを眺めていた。

 中には、手を合わせている者までいる。それも、普段は仏壇にも手を合わせないような若い連中がである。


 どの連中も、巷で騒がれている噂話を聞きつけてやってきたのだろう。


 馬鹿馬鹿しい。


 ―――お前達、眼をさませ。


 そこに有るのは、ただの骸だ。


 噂話という器に盛られただけの、ただの骸だろう。


 死体は、ただの死体。道に転がっている物と何ら変わりがない。


 だが、噂話が加わることにより、それはただの死体では無くなる。

 

 ――おかしな、話だ。


 死体自体は、何も変わらぬと言うのに。


 それならば、皆は何を見ていると言うのだろうか。


 死体か


 噂話の方か。


 それとも、その両方か――。


 人々は、口々に生とははかないものだ、と言っていた。


 しかし、わざわざこんな骸など見ずとも、この世は常に無常だ。


 形有る物は壊れるし、人も生まれ死ぬ。


 人の骸だけを取り上げ、無常と騒ぎ立てるのはおかしな事だ。


 世は移り変わると言うことなど、私はいやというほど経験した。


 だから、無常を感じると騒がれている骸を見ても、只の骸と大差ないと思ったのだ。


 ――何にしても、私にはただの死体にしか見えなかった。それは、変わらぬ。


 人がどう思おうとも関係のないことだ。


 私は石段を登る足を速めた。


 ――と、


 私のいる場所の数歩横、石段の脇に、見慣れない娘が立っていることに気がついた。


 ――何だ?


 見れば、歳が五つか六つくらいの、紅い衣をを着た娘だ。


 人形の様な容姿をしている。

 生気の無い顔で、私の方をじっと見つめていた。


 ――何か、不自然な気がする。


 そう、


 ――気配が無いのだ。


 気配などという曖昧な物に頼るのも気が引けるが、確かに生きている物がそばにいる気がしない。これを気配というのであれば、娘は気配がないという表現がぴたりと言い当たるだろう。娘そのものが風景に溶け込み、自然の一部となっている気がする。


 ――あやかし、だろうか。


 あやかしと言うもの信じない私が、そう答えを出すのは気は乗らないが、そう言う結論なら納得がゆく気がした。


 聞く話によると、見える物に憑きやすいと聞く。


 ならば、見えぬふりをして通り過ぎればよい。


 一度姿を見てしまえば、気配が無くとも視線を感じてしまう。


 私は眼を背ける様にして、娘の横を通り過ぎた。


 数段上った所で振り返ると、もうその場所には娘の姿は無かった。


 ――やはり、あやかしだったか。


 ほっと一息ついて、私は再び石段を登り始めた。


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