もちやの飯はうまい
「結構歩きましたけど、その食堂ってどこなんですか」
「もうすぐそこだよ」
ヤルゼさんが指をさして場所を教えてくれる。
先ほどまでチュートリアル空間に行きたいと駄々をこねてたが、持ち直してくれたようだ。
「ここだ」
「『めし処もちや』ですか」
初めから開いている入口の横にある看板にそう書いてあった。
「入るぞ」
ヤルゼさんについて行く。
入ると割烹着姿の少女がやってきた。
「いらっしゃいませ。そちらの席へどうぞ」
案内された四人くらい座れそうなテーブルの席の座る。。
店内は少し狭く、自分たちが座っている席と同じものが三か所あり、カウンターにも数席、奥には料理を作っているおじいさんが見えた。
「お先にお代を頂きます」
「ここは頼めるのが一種類だけだから注文しなくていいんだよ」
ヤルゼさんがそう教えてくれた。
「お金の払い方ってどうやるんです」
「こうだ」
ヤルゼさんがアイテムボックスから一枚のカードを取り出して店員の少女に向ける。
少女もカードをポケットから取り出してカードをヤルゼさんの方に向けた。
薄くガードが光を放つ。
「お支払いありがとうございます」
少女がお礼を言っているので支払いが終わったのだとわかった。
ヤルゼさんがこちらにカードを見せながら言う。
「このカードがプレイヤーの財布だ。アイテムボックスに入ってるから取り出してみな」
言われた通りにアイテムボックスに手を入れてカードを取り出す。
「数字が書いてあるだろ、それが今自分が持ってるCの残高だ」
カードには『0C』と書いてあった。つまり無一文である。
「あのぉ」
少女がこちらにカードを向けていた。
「すみません。持ち合わせがないので自分は結構です」
「あ、来たばかりの人ですか」
そういって少女はヤルゼさんの方を見る。
他の初心者の人にもここを教えているのだろうと僕は察した。
「お金を稼いでからここに来た方が良かったと思うんですが」
「大丈夫だ。お金なくてもここは食べさせてくれる」
「ええ・・・」
少女の方を見ると困ったような顔をしていた。
「お金払わなくても大丈夫なんですか」
「払ってもらった方がいいのですけど・・・」
尋ねるとそう返答される。
「ここを教えるのも金欠な時にも利用できる店だからだ。キリちゃん、裏の切り株開いてる?」
「ええと・・・あれ?」
ヤルゼさんがそう尋ねると、キリちゃんと呼ばれた少女は済まなそうにカウンターの奥を見た。
つられて奥を見ると先ほどまで料理を作っていた老人の姿がない。
「お前が払え」
いきなり後ろからドスの利いた低い声が耳に響いた。
ゆっくり振り返ってみると料理をしていた老人が立っていた。
ギロリと睨まれる。
僕はゆっくりと正面に向き直った。
ヤルゼさんに言ったみたいなので、ここは黙って大人しくしておこう。
「お前が払え」
老人がヤルゼさんにもう一度言う。
「いやぁ、払えるけどさ」
「金持ってる奴が金を持ってないやつを連れてきて奢らない。変な話だと思わねえか」
「お金持ってなくても食える場所として教えたかったのよ。メシ旨いし」
「教えるだけでいいだろう、毎回違う人連れてきて金払わないで働かせて・・・こっちゃ迷惑なんだ。出禁にするよ」
「うへぇ、すんませんしたぁ・・・」
ヤルゼさんがテーブルに手と頭をつけて謝っている。
しゃべる人がいなくなったので沈黙が落ちた、ので自分から尋ねてみる事にした。
「あの、働かせるって言ってましたが、食器洗いとかですか」
「違う」
語彙が強いおじいさんだ。しゃべる言葉すべて怖く聞こえる。
「店の裏で料金分の薪割りをして貰う」
「薪割りですか」
「俺と孫だけでここでの商いを切り盛りしとる。難儀するんでな。薪割りを冒険者にさせとるんだ」
「なるほど」
それでヤルゼさんがお金なくても食えると言ってたわけか。
「いつまで頭を下げてんだ。こいつの分も払ってくれ」
「へい」
短く返事をしてヤルゼさんはキリちゃんにカードを向けた。
「お支払いありがとうございます」
「食ったらさっさと帰んな」
「もおー、おじいちゃんっ。お客さんに失礼でしょ」
「うるせえ」
少女に注意されても気に留めず、ぶっきらぼうに呟いてカウンターの中へと帰っていった。
「あんなおじいちゃんですけど料理は美味しいんで、贔屓にしてくださいね」
笑顔でそう言いながらキリちゃんはコップに入った飲み物を運んでくる。
「お料理、少々お待ちくださいませ」
「あ、はい」
老人のインパクトにやられていた僕は生返事をしてコップの飲み物を一口飲む。
普通のお茶だ。
「なんか、すごい老人ですね」
「なー。へい、って変な返事しちまったよまったく」
ヤルゼさんが小声でそう言った。
「なんつーか、声が親分なんだよあのじーさん」
「確かに」
「いい声してるよなぁほんと。羨ましい」
またですか。
「ヤルゼさん、そういう話に持ってきたがりますよね。声聞きにここに通っているのでは」
「それもある」
「やっぱりですか」
「けど飯が旨いのは本当だぜ。食えばわかるから」
「そうですね」
しばらくして、お盆に料理を乗せたキリちゃんがやってきた。
「お待たせしました。ごゆっくりどうぞ」
「ありがとうございます。頂きます」
「おっしゃ食うぜ。頂きまーす」
テーブルに載った料理を見る。
ご飯、お味噌汁、焼き魚の三点だ。
「日本の朝食って感じですね」
「一点おかしなのがあるがな」
「確かに」
おかしなのとはご飯の事だ。
白飯ではなく色が黒い。
「赤飯ですか?」
「黒飯って言うらしい。ジダイの特産品だとさ」
「特産品・・・」
「ジダイの近くで育てた米が黒い色になるんだと」
「何故でしょうか」
「なんか、近くに魔界の入り口があるからだって聞いたぞ。どういう事かは知らん」
「環境のせいですかね」
食べてみたが普通の米の味だった。
「美味しいですね」
「焼き魚も味噌汁も旨いぞ」
焼き魚の身を箸でつまんで食べる。
塩焼きだ。
ご飯と交互に食べる。
旨い。実に安心する味だ。
「・・・あ」
自分でも気づかなかったが、かなり美味しかったらしい。
味噌汁を残して他は食べきってしまった。
「確かにうまいですね」
「だろ~」
集中しているのか、視線を料理から離さずにヤルゼさんは食べていた。
最後の味噌汁を啜る。
ぎょっとした。
「うっんま!」
思わず腰が浮いた。
こんな美味しいお味噌汁初めて食べた。ダイブ中だけど。
「めちゃくちゃ旨いですねこれ」
「目ぇ見開くほど良かったか。紹介してよかったわ」
ヤルゼさんが満足そうに言った。
「ちょっとビビるくらい旨いんですけど」
「そんなにか? 確かにうまいが」
「お代わりいいですかね」
返答される前に手を上げていた。
「金持ってないだろ」
「奢ってくれるのでは」
「ははっ。お前結構図々しいな」
笑いながらヤルゼさんが注意する。
「旨すぎたのはわかるが暴走しなさんなよ」
「本当に旨すぎですよこれ。なにかやばいものとか入っているのでは」
「ばっ──」
とん、と手を上げていない方の肩に。何かが下ろされた。
「うっ──」
旨すぎた味噌汁の興奮が一気に覚める。
横目で見ると、包丁が肩に当たっていた。
ただ触る程度で切られてはいなかった。
そして後ろから、料理を作っていたはずのおじいさんが、席の横へと回り込んできた。
包丁を肩に当てながら、ゆっくりと体を屈ませて、視線を合わせてくる。
「今日は帰んな」
「へ・・・へい」
「ごっそさんした! おし行くぞ!」
青ざめている僕を引きずって、逃げるようにヤルゼさんが出入口を目指す。
店を出る直前に、
「ごちそぅさまでしたぁ・・・」
なんとかそう告げようとしたが、ビビってしまっていたせいで、か細く、小声になってしまったので、聞こえたかどうかは不明だ・・・
ここまでお読みいただき有り難う御座います。
お味噌汁が好きな方です。
前にとんかつがメインの飯屋に大勢で行くことがあり、そこでお客さんには出さない魔法瓶に入れられた味噌汁を飲ませて貰った事があるのですが、それがめちゃくちゃ旨かった!
その思いで補正でお味噌汁が一番うまい話になりました。
来月もがんばります。